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特定の恐怖とネコとイヌの話

地域猫ポスター「にゃんぱく宣言」の猫

 

上はACジャパンのポスター。飼い主にネコの飼い方について注意している。

 

地域ネコになってしまったネコたちの一部は飼い主の無責任に由来する。上のポスターの最後は、多頭飼いについて注意している。

 

地域ネコ3匹、耳カットされたオスも

 

これは最近撮影した3匹のネコ。全員、お耳がカットされている。

 

地域ネコ3匹、耳カットされたオスも

 

一番前でポーズをとっているネコは、向かって左耳がカットされているのでオスネコである。

 

地域ネコ、耳カットのオス猫

 

イエネコは約13万年前、中東・北アフリカに生息していたリビアヤマネコを起源としている。暑い地域が発祥地だが、地域ネコを見ていると、寒い時期より暑い時期の方がリスクが高いように見える。実際、老齢の地域ネコは弱ってくると、うっかり暑い場所で寝ていることがある。

 

ネコは寒がりではあるが、近年のような異常な暑さになるとかなり厳しい。ネコは肉球と鼻の先でしか汗をかけないらしい。毛が生えている身体部分では汗はかけないのである。つまり身体全体に比べ汗をかける面積がかなり少ないため体温調整が難しい。

 

上に挙げた3匹のネコは涼しい場所を選んでいる。

 

地域ネコ3匹、耳カットされたオス猫も

 

地域ネコ、3匹の猫、耳カット

 

長毛種のネコも夏には夏毛に生え変わり、見た目少しすっきりしている。(上の写真ではないが)

 

茶トラ猫が地面のカリカリを食べている

 

これは小顔の人がカリカリを貰って食べているところ。

 

 

最近考えていたこと。イヌを非常に怖がる人はいるが、ネコを恐れる人はほとんどいない。上の記事では、

 

特定の恐怖症における恐怖の対象となる物及び状況には、出現頻度の高い順に、
動物、嵐、高所、病気、怪我、死。

 

と記載している。動物と言っても、怖がられるのは、ヘビ、トカゲなどのグロテスクな爬虫類と、昆虫ではないムカデ、蜘蛛などの生物、ゴキブリなどの虫(あるいは幼虫)が多い印象である。イヌについては、太古の昔にヒトの祖先がオオカミに捕食されていたと思うので怖がられるのは合理性がある。(嫌いと怖いは異なる)

 

ネコもおそらくヒトの祖先を捕食していたと思うが、ネコがヒトのコミュニティに入り込んで以降、遺伝子が書き換えられてしまったように想像する。

 

ヒトとネコが共生し始めたのは、約1万年前と言われている。9500年前(紀元前7500年)の新石器時代のキプロスでヒトとネコが一緒に埋葬された例が発見されている。当時、キプロスには野生のネコがいなかったので、ヒトがネコを船で連れてきたと考えられている。つまり当時、既にヒトとネコにはかなり密接な関係があった。

 

ヒトが農耕を始めた時代、穀物の貯蔵の際にネズミが集まるようになり、ネコを飼うことにより、ネズミを捕ってくれると言うメリットがあった。お互いウィンウィンの関係が成立していたのである。当初は、ネコがヒトの集落に(ネズミ目的で)自発的に入り込んだと思われる。

 

ヒトとネコの共生はおそらく自然発生的だったのであろう。ネコはヒトと共生するうちに、ビジュアルをより可愛く進化させた。

 

一方、ヒトとイヌの関係はずっと古く、40万年前の遺跡には既にオオカミの骨が発見されている。ヒトは狩猟などの際にイヌが手助けになるため、次第にオオカミを飼い慣らしイヌに進化させている。その点では自然発生的ではない。

 

何万年も一緒に暮らしていればヒトがイヌに対して恐怖感を抱かなくなりそうだが、現代でもネコとちょっと違う点がある。

 

例えばヒトがシベリアなどで遭難した際、野犬に襲われて死亡する危険性がある。しかしネコにはそれがない。ここがネコとイヌの大きな相違だと思う。今でもなおヒトは、イヌないしオオカミに捕食されるリスクがある。

 

イヌは、ネコに比べ遺伝子の書き換えが弱いと言ったところだと思う。

 

統合失調症の人への抗精神病薬と日本人の国民性について

精神科の薬に限らず、治療に使われる薬全般はその疾患を改善する方向に作用する。ただし、副作用がきついため身体あるいは精神にかなりストレスになることもある。例えば抗がん剤や膠原病に対するステロイドなどである。

 

これは、リスクとベネフィットを勘案して処方されるため、患者さん本人に副作用などが説明されていることがほとんどである。本人に話さない方が良い場合は、家族に説明されている。

 

その点では、身体科の薬は非常に紛れがないと言うか、クリアカットだと思う。

 

精神科では特に入院時に、病識が欠如している人への向精神薬は本人に副作用などを説明せずに処方されることもある。

 

また外来治療で十分に説明をされずに副作用が強い向精神薬を投薬するケースでは、中断率は高くなる。従って本人にフィットした薬でも経過が思わしくないこともある。

 

向精神薬でも病識が保たれている患者さんに対する薬は、診察時に副作用の説明もされることが多いし、効果がある時に本人もそれを感じ取れることが多い。これは身体科の薬に似ている。これらの薬は、抗不安薬や抗うつ剤と呼ばれるカテゴリーに入る向精神薬である。

 

結局だが、病識のある人に副作用などの説明をせずに向精神薬を処方することは、治療的に損な選択肢だと思う。なぜなら、手順的ミスで治療が中断したりするからである。

 

一方、病識がない内因性精神病に対する抗精神病薬は、説明がされないか、されても不十分なこともよくあるので、外来だと治療が続かないこともしばしばである。これは外来治療を続けるかどうかは患者さんの任意と言うことも大きい。

 

これは身体疾患ではあまり見られないケースだと想像する。

 

基本的に、例えば代表的な内因性精神病の統合失調症でさえ、抗精神病薬やその他の薬は、本人の精神的ストレスを減少させる方向に作用する。例えば不眠が改善するとか、幻聴、恐怖、不安を減らすなどである。

 

ただし、その疾患が重ければ重いほど、そのプラスの効果を本人が実感できない。これは疾患の座がそういう判断をする同じ脳だからであろう。

 

ここが精神病の治療における障壁の1つだと思う

 

本人が、薬がどのように効いているかどうかわからない時、周囲の人が指摘して気づくこともあるが、その理解は曖昧なことが意外に多い。

 

従ってその指摘が、治療継続の強いモチベーションになるかと言うと、そこまではない。

 

一方、これまで記載した内容と矛盾するが、どのように薬が効いて、どこが良くなっているのかさっぱりわかってないのに、服薬をしてくれる統合失調症の人も意外にいる。これは不思議なことだと思う。

 

これは薬好きの日本人の国民性と、病前性格的に素直で疑うことが少ないことも関係している。

 

新型コロナワクチンが嫌いだった欧米の人(特にアメリカ人)たちは、日本人に比べ疑い深いし、他人を信用しない国民性なので、陰謀論的な思考パターンになりやすい。銃の所持をやめられないのもこれが影響している。

 

日本に比べ、欧米では統合失調症の患者さんへの持続性抗精神病薬の処方率が段違いに高い。これはそれくらいしないと、自ら服薬などしてくれないのだと思う。

 

日本人の持続性抗精神病薬の処方率の低さは、日本人の国民性をよく表している。

 

 

オリジナルの映画パピヨン

 

 

上の動画は、1973年のオリジナルの映画パピヨンの最後の場面。

 

映画パピヨンは、作家アンリ・シャリエール本人の壮絶な実体験を基にした終身刑囚、パピヨンの脱獄劇を映画化したものである。臨場感がある凄い映画。

 

主人公は、胸に蝶のタトゥーをしていることからパピヨンと呼ばれていた。パピヨンはスティーブ・マックイーンが演じている。彼は金庫破りで捕まったが殺人罪に問われ(冤罪)、フランスの刑務所から南米の仏領ギニアの監獄へ送られた。脱獄などほぼ不可能な環境である。

 

パピヨンはそこで債権偽造で捕らえられたルイ・ドガと出会う。ルイ・ドガはダスティン・ホフマンが演じている。ルイ・ドガはお金は持っているため、パピヨンは彼を守ってやる条件で、脱獄のための資金的な援助を得るようにしたのである。最初は打算的な関係だったが、この映画を通じて男同士の強い友情を描いている。その辺りがリメイク映画との相違点。

 

この映画は幾つか医学的な点で興味深い見どころがある。

 

パピヨンとルイ・ドガは、ジャングルの劣悪な環境の労務に従事するが、そこはマラリアに罹患しかねないのである。彼らはマラリアの特効薬、キニーネを手に入れ服薬する場面がある。

 

パピヨンは何度か脱走して捕えられるが、ある脱走の途上、ハンセン病で隔離された村にたどり着く。細かいところは忘れてしまったが、ハンセン病に罹患したその村の長が差し出す飲み物を飲んだのである。

 

ハンセン病は一般の人に誤解されているが、95%の人は生まれつきないし自然に免疫を持っているため感染しない。ある程度濃厚に接触したとしても、感染し発病する人は最初から決まっているような感染症である。

 

パピヨンはハンセン病の男から移らないのを知っていたのか?と言われる。(実はそんなはずはない。パピヨンは状況的に拒否できず飲まざるを得なかった)

 

パピヨンは脱走中に捕らえられ、真っ暗な独房に入れられる。その時、ルイ・ドガは彼が栄養失調で弱らないようにパパイヤのようなものを食事と一緒に出すように手配するが、バレてしまうのである。

 

パピヨンは、誰がパパイヤを入れたのか言うように詰問され暴行を受ける。ある時、あまりに苛烈だったため、一瞬話しそうになるが、認知症になったように振る舞い話すことはなかった。

 

パピヨンは決してルイ・ドガを売らなかったのである。

 

また真っ暗な独房にずっと入れられていたために、ビタミンDが不足し歯が抜けてしまう場面がある。長期間食事を減らされ、栄養補給のためにゴキブリ?のような虫を捕らえて食べることもしている。

 

最後、上の動画のように大量のココナッツの実を集め浮力のある筏を作り、島を脱出するのである。ルイ・ドガとの会話にあるように、ルイ・ドガはパピヨンが生きて逃れられるとは思っていない。

 

この後、パピヨンはベネズエラに渡り、当初は逮捕され監獄に収監されるが、最終的にベネズエラ市民権を得た。(映画は筏で海洋に出る場面で終わっている)

 

この映画は、皆、受刑者が薄汚れていて、時間が経つにつれて更に汚くなる。

 

またスティーブ・マックイーンはこの映画のために自分の歯を抜歯して撮影に臨んだらしい。なんと言うプロフェッショナルだろうか!と思う。

 

自分の体の一部を失う覚悟でこの映画の主人公を演じるスティーブ・マックイーン。

 

これと似たような事例として、1978年のモハメッド・アリvsレオン・スピンクス第1戦がある。この試合、テレビでハラハラしながらライブで観ていた記憶があり、自分はレオン・スピンクスがどう観ても勝ったと思った。しかし結果は2-1のスピンクスの際どい判定勝ちだった。どう判定すればSplit Decisionになるのだろうか?と思ったものだ。

 

この試合、レオン・スピンクスは自分の前歯を全て抜歯して試合に臨んでいる。試合を観ていれば、スピンクスの前歯が全てないのはすぐにわかる。スピンクスは、歯を抜歯することによりモハメッド・アリのパンチのダメージをかなり減弱させたのである。

 

 

余談だが、精神科医はスティーブ・マックイーンやレオン・スピンクスほどの覚悟で治療で患者さんに対峙しない。

 

なぜなら、そのレベルのエネルギーを注いでしまうと、患者さんにむしろマイナスになるからである。

 

精神科治療的には、おかしな距離感と言うことなんだろう。

 

参考

以下はパピヨンのリメイク映画 このリメイク映画は画面が明るすぎると思う。

 

 

 

 

 

エイリアンと倫理の話

今日は終戦記念日である。時々、思っていたこと。

 

過去の宇宙人の映画では好戦的に描かれていることが多い。彼らは侵略目的で地球にやって来ているのである。これは本当にそうなのか?と言う話。

 

第二次世界大戦以後、今でも世界各地で紛争や戦争が絶えない。しかし、戦争にも一定のルールがあるようには見える。例えば通常兵器のみで戦い、核兵器を使わないなどである。現代社会で核兵器を使う可能性がある国はおそらくイスラエルだけだと思う。

 

第二次世界大戦のドイツ各地の空襲では、イギリスとアメリカでは明確に戦略的相違があった。イギリスは夜間の無差別爆撃を行い、アメリは昼間に高度な爆撃照準器を用いた視認による精密爆撃を行っている。倫理的なものを考慮してアメリカは爆撃対象を工場、発電所、油田などのインフラに絞っていたのである。

 

アメリカも日本との戦争では時間が経つと一般市民への無差別爆撃や原爆投下を行っている。戦争に倫理的なものを見出すとすれば、そのような配慮をしていると言ったところだと思う。

 

歴史的には、戦争も次第に倫理的なルールが発展してきたように見える。大昔の戦争は、かなり悲惨だったからである。例を挙げると13世紀のバグダードの戦い。

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%82%B0%E3%83%80%E3%83%BC%E3%83%89%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84

 

本当に、当時のモンゴルは野蛮な国だったと思う。

 

遠い未来、地球人が太陽系外の宇宙旅行ができるようになった時、ある惑星の知的生命体に対して破壊的、侵略的に接するだろうか?と言う疑問はある。

 

平和とか倫理などの概念が発達しないようでは、太陽系以外の宇宙旅行が可能になる高度な文明まで発達しえないような気がするからである。

 

逆に言えば、平和とか倫理などの概念がない知的生命体は、宇宙旅行が出来るレベルまでに至らず、倫理的なルールのない大戦争で滅んでしまうだろう。

 

これは宇宙人が地球に到達していた?としても、その気配が全くなく、地球人が侵略された歴史が皆無なのがそれを暗示していると思う。

TNR(捕獲、不妊去勢手術、帰す)

 

上のポスターは、さくらねこについての説明。散歩するエリアはさくら耳カットのネコが多い。おそらく95%以上。

 

しかし時に新入りのネコがいるし、稀に仔猫も数匹いたりするので、徹底されてはない。多分100%は無理なんだと思う。

 

 

最近見た新顔。まだ身体が小さいが、既にさくら耳カットされている。

 

よく思うが、ぶちネコは自分でデザインを決められないのが辛いよね。

 

 

このネコがどのようにこのエリアに紛れ込んだのかわからない。捨てられたわけでなさそうである。たくさんのネコを見ていると平均してメスネコの方が身体が小さいことに気付く。

 

 

このグレーのネコは3年前には既にここにいた。何歳かは不明だが、ノラネコにしてはまあまあ長生きのネコである。暑いのもあるのか、何かしら病気があるのか、毛艶がまるでない。

 

 

 

しっぽに枯れ葉が付いているよ。

 

 

いつか紹介したツンデレの茅森さん。このネコは今日も暑いのに元気そうである。

 

 

最近気付いたことは、ノラネコたちはおしなべて子供が嫌い。

 

僕がなぜかノラネコに好かれていることの裏返しなんだと思う。僕は決してネコに触ろうとしない。ほどほどの距離感が良いのだろう。

 

他、ネコたちは、子供が大声を出すのも嫌っていると思う。