こんにちは!

パーソナルカラー&骨格コンサルタントのマルノナツコです。

 

 

 

生い立ちシリーズ

 

①引っ越し・転校続きの子ども時代

②エピソード覚え書き

③とっても繊細な子どもでした←え?

④残念な体育/ボーイフレンド

⑤女子は小さくても、結構したたかです

⑥りぼん派?なかよし派?

⑦委員に選ばれて泣いた/遠足で骨折

⑧かえるは自前で。沼津時代後編

⑨マディソンバッグとぺちゃんこの学生カバン
⑩【バブル期写真つき】1980年代洋楽とあの頃の歌謡曲

⑪高校時代は青春時代

 

 

 

高校時代の記事、実は今までで一番まとまらなかった。

小さい頃の話は、覚えてることが少ない分、

ピンポイントで強く思い出せるんだけど

大人に近づいてくると、

なんか全体がぼやーっとしてるんだよね。


子どもの頃は単純だった思考が

複雑化してくるからかもしれない。

「あの時の私、ばかじゃないの!?」ってことが沢山ある。本当の黒歴史はここでは書けないけどね(笑)

 

 



《短大》

(大学ってもっと遊べると思ってた)

・こっちの経路はたったの7人

 

 

 

高校を卒業して、唯一受かった短大へ。

家からなんとか通えるんだけど、

結構、田舎方面に遠い。

うちからの通学経路は2つあって、ひとつは大多数の学生が利用する、学校の最寄り駅からスクールバスが出てる経路。

もうひとつは、違う路線の駅から、公共交通機関のバスを使って20バス停近く乗る。

所要時間はどっちもどっちなのだけど、前者は混むし乗り換えが多いので後者を選択。

 

 

単科短大なので、学生の人数は非常に少ない。

学校が始まってみれば、公共のバス利用の学生は、10人程度だった。

なぜわかったかというと、

バスの本数が極端に少なくて

1時間に1、2本。

行きも帰りも、1本バスを逃したらアウト。

1限から登校するならみな同じバスになるので

数日で、全員顔見知りになったわけ。

あまりのバス本数の無さに耐え切れず、

途中からスクールバス路線に変更して会わなくなった子もいたけどね。

あと、ある日突然学校に来なくなる子とかもいたり(笑)

最後は、7人くらい残ってたかなって感じ。

いつもすいていたから、バスの中で予習やテスト勉強をよくしてたっけ。

 

 

というか、大学生って、もっと遊べるイメージを持っていたけど

うちの大学に関しては

毎日休みなく1限から夕方まで必修講義びっしりで、結構課題もあったし

通学で片道2時間くらいかかってたから

終了後どこかに遊びに行ったりする元気が無かった。

(してる子もいたよ!凄いなと尊敬してた)

高校より大変だったわー。

 

 

 

 

・シスターがいっぱい

 

 

カトリック系の学校で、外国人シスターの教授が多かったのが特徴かな。

もちろん日本人の男性・女性の教授もいらっしゃったけど。

シスターじゃない方は、Mr. とか Ms. 呼び。

日本人の教授に対してでもそう。

 

 

シスターは格好がまんまシスターの方も。

(コスプレじゃなくほんとに!)

ベールかぶって、ロザリオもってお祈りしている姿を想像してね。

学生から呼びかけするときは、シスター●●となる。

●●部分はファミリーネームね。

「シスター●●、質問です」って風に。(当然英語で)

ともだち同士で話す時も

「シスター●●は課題多いよー」となる。

 

 

 

あるシスターの講義では

英会話でミニスタンツやんなきゃいけないことが多かったの思い出した。

" I'm starving.I could eat a horse! "

っていうのが一番最初に教科書に出てきた文章。

これを、気持ちを込めて、みんなの前でやるの。

演技力が必要とされるのー。

あとピーナツバター&ジャムサンドイッチっていうものの存在を知ったのもこの時。

どうでもいいことしか覚えてないという(笑)

 

 

 

季節の行事など、何かと「ミサ」が行われていて、普通に全員参加。

学生の中にも洗礼を受けたクリスチャンも少なからずいたようだけど、それは個人の自由。

キリスト教とかミサとかはなんとなく小説の世界みたいで、そういう雰囲気は嫌いじゃなかったよ。

それまでずっと男女共学の公立学校だった私が、

唯一、私立の女子だけという環境にどっぷり浸かれた貴重な2年間だった。

 

 

 

 

・タイプライター試験

 

 

ブログを読んでくださってる中で、タイプライターを知ってる人って、どのくらいいるんだろう?

 

 

文書作成の方法として

今はパソコンのソフト(Wordなど)を使うのが当たり前だけど、

ずーっと前、会社員時代の前半はワードプロセッサだったのね。

通称”ワープロ”は、文書作成専用の機械。

フロッピーという記憶媒体があって

今では考えられないくらい大きかったなあ。

 

 

そして、それ以前。

学生時代にはまだ

英文タイプライターというものが普通にあったんだよ。



こういうやつです。

 

 

無料画像サイトからお借りしました

 

 

懐かし~!

キーを打つと、インクリボンが押されて

挟み込んだ用紙に印字されるという単純な構造。

一行の終わりまで打ち切ると、チーンと音がして

それを合図に用紙位置を元に戻すのも当然手作業。

バックレバーをぐいーっとね。

英語科だったからね、提出書類はこれで打つのよ。

当然卒論もだよ。

 

 

パソコンのキーボードみたいに軽く触れるだけでいいわけでなく、

しっかり力入れて一字一字押し込まないとならないし、

間違えたからといって戻って取り消しとか

段組みのやり直しとかできないからねー

一発勝負よ。

オリベッティ社のマイタイプライター持ってたよ。

 

 

そして、タイプライター検定というのも存在してたの。

一定の時間で、見本を見ながらタイプを打って、いかに早く、間違いが少なく見本通りに打てているかを見る試験。

受験は任意だったけど、学校で実施してくれたから受けたことがある。

今となっては検定試験の合格結果も履歴書に書けないし(笑)

 

 

まあでもタイプライターができていたおかげで、会社入ってからのワープロも

キーボードのブラインドタッチを問題なくできたから良かったのかも。

 

 

 

 

・今では考えられないバイト

(技術面などの発達、世の中の流れにより、現在は仕事として成り立たないという意味でありえないという意味)

 

 

 

上に書いたように、平日は時間があんまりなかったけど

お金は欲しいし、せっかく大学生になったので

家の近所のファミレスでバイトを始めたの。

私は要領がいい方ではないので、

お客様のオーダーを通し忘れたり、

サラダ落としたり( ;∀;)

 

失敗したことしか覚えてない・・・

 

配膳の他に、パフェとかのデザートを盛るのをやらせてもらってたけど、

規定より量が多すぎるって(店長に)注意されたことも。

しばらく頑張ったけど、結構身体も辛かったので数か月でやめちゃった。

 

 

 

それからは、平日はあきらめて、

夏休みとか冬休みとかの長期休みごとに、期間限定のバイトをしていた。

毎回違うことしてたよ。

 

 

《今では考えられないバイト①》


・ゴマをひたすら容器に詰める流れ作業。完全手作業。量をはかる係、詰める係、など日替わりで持ち回り。

・カセットテープ(!)のビニール包装、専用の機械でパッケージし、箱詰め。

 

単純作業すぎて、ほんとうにほんとうに辛かった。機械でできないんかい!と思った。短期だったからなんとかやりとげた。

 

 

 

・某テーマパークのクルーの制服をクリーニングする工場でひたすらアイロンをかける。

 

夏場だったんで、暑すぎて短パンでやってた(笑)一回鼻血出してしばらく横になってたことあるし。毎日くたくたで、帰宅しても夜ご飯食べられなかった。

それ以来アイロンが得意になったかというと謎。

 

 

 

《今では考えられないバイト②》


・大手企業のチラシポスティング。

 

下請けとかじゃないの。結構大きな会社の募集だった。当時は人力だったのね~。

都心の繁華街で道行く人に配るのではなくて、沿線の担当を決めて、各駅で降りながら、片端からポスティングしていくという仕事。

今ならネットやら何やらあるから絶対こんなバイトに予算割かないよ。

結構な人数がいたけど、応募してから採用の返答までちょっと日数かかった。

どうもある程度学校名でふるいにかけられたらしく、一緒に回った方々は名前を知ってる学校の方ばかりだった。

いいかげんな人だと、チラシを配らずにどっかに捨てられてもわからないからかなと思った。

でも、有名校の学生が全員信用おけるとは限らないけどね!

2人一組でひたすらポスティング。

知らない駅に降りて、知らない町を歩くのは楽しかったけど、毎日となると結構大変だったな。

 

 

 

・大型電気店で販売員の補助。

 

大手○○電機で、結構な人数を募集していたので説明会に行ったら、年末の電球販促時期に、各地の電気店に助っ人を派遣しますよーってやつだった。

だいたいの場所の希望も聞かれたので、知り合いが来なさそうな、家から離れたお店にした。ヤマダじゃないけど、とある大型電気店舗だった。


一応、「自社の電球をすすめてねー」って建前なんだけど、実際は、派遣された店舗の店長指示に従うことになるよね。

電気コーナーにいたら、○社じゃない電球も説明できるようにしなきゃならないし、他のコーナーに配置される日もあった。

お客様から見たら、社員もバイトもなく、立派な?店員だから気は抜けない。

家電にちょっと詳しくなったし、この電機店のバイトはなかなか楽しかったかも。

 

 

 

《今では考えられないバイト③》


・役所での事務。

 

知り合いのご紹介で。

こういう所はコネがないと入れないから興味深々。簡単な事務だよーって言われていたけど・・・

確かに誰でも、バ○でもできる作業で。

とある名簿を別の紙にひたすら書き写す仕事だった・・・。

今ならスキャンで済むこと。コピーが無かったのか、コピーしちゃだめな理由があったんだろか。

機密だったら外部の人しかもバイトなんかにやらせないよね。

「これって、本当に必要なことなの?税金使って人雇ってまでやること!?」

って、学生ながら思ったよ。

そのほか、お茶碗洗いとか、業務外の雑用とかも色々させられ。

まあこれはバイトだから仕方ないけど。

2週間くらいいたけど、雇われた課も、付近の課も、本当に本当にのんびりしていて、たまに鳴る電話にも、もっと真剣に答えてあげたらって思う受け答えで。

16時30分くらいには、皆さん、机の上片づけちゃって17時のベル鳴るの待ってる感じだったよ・・・。

バイトの私は終業を待たずに帰る契約だったから見てないけど、たぶん、17時になったら即座に全員帰ってるんだろうなと。


現在の役所は、さすがにこんな状態だとは思いたくないんだけど、大丈夫だよね?

 

これが入社直前の春休みだったので、会社に入ってから、全然違うってほっとしたよ。

 

 

 

 

他にもなんかやったかもだけど、忘れてるってことは大した仕事じゃないと思う。

あの頃の私、結構頑張った!←自画自賛



 

短大時代、もひとつ続きます。
 

 

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