上越市の山間地には棚田が連なっています

「日本の棚田百選」に選ばれるほどの著名な棚田群はありませんが、

谷筋や緩傾斜地は人力により拓かれた棚田で埋め尽くされていました(過去形)

 

 

かつて、家族労働に支えられた山間地の稲作は地域の基幹産業であり、

終戦から高度経済成長期の国民の胃袋を満たすことに貢献してきました

 

 

時は流れ、昭和40年代中頃から米が余り出して、生産調整が行われるようになり

水利条件や作業効率の悪い田から徐々に管理保全と称した耕作放棄地が広がっていきました

(豪雪地のハンデから果樹やハウス園芸への転換は難しい)

 

 

稲作だけでは家族を養えず、かといって勤務先が役場か農協しかなければ、必然的に子や孫は家を離れざるをえません

それでも地域に残った老農家はプライドをもって田を護り続けてきました

それが家長の務めだったわけですが、さすがに年齢的に限界がきています

 

 

地域を廻ると、棚田の景色が年々変わっていくことに驚きます

写真に残したかつての美田はほとんどが二度と見ることができなくなりました

 

私も気持的には「土を護る者」でありたいと願うものの、明日は我が身

やれるところまでやったら田んぼに感謝しつつ永の休息に入ってもらうことにします

 

 

 

 

【今日の一句】

 

 

(たがやし)

幾世重ねし

土の色 

 

 隅田恵子

雨月 200506

 

 

 

 

 

青田風

休耕田に

消えにけり

 

佐野幸子

百鳥 200410

 

 

 

田植えが終わって草刈りも一巡したので近場の散策に出かけました

今頃はネマガリタケのシーズンだけど、熊のこともあって今年は山に入っていません

かつてはリュックに背負うほど採ってきて瓶詰にしたこともありますが、ムカシのことです

 

 

当地でも熊が人里近くに頻繁に出没するようになったし、ネマガリタケのタケノコは熊の好物でもあるらしいから、もうタケノコ採りに山に入ることもないでしょう

近くの直売所で一握り買ってきて、年に一度タケノコ汁を味わうだけでいいかなと思ってます

 

 

そんなんで、山の散策とは言っても車の移動がほとんどになります

良く出かけるのは妙高~北信方面

赤倉、燕、池の平、笹ヶ峰、戸隠、斑尾などが多いです

 

 

まだ梅雨入りはしていませんが写真的には雨とか霧の日のしっとり感が好きです

でも、せっかくでかけるのだから爽やかな青空のほうが気持ちが良い

どちらの天候を優先するかと自問すれば、近ごろは後者ですね ウシシ

 

 

 

 

 

【今日の一句】

 

いつもの「歳時記」インデックス「滝」より二句

 

 

天霧らふ

樹々の奥より

滝こだま

 

 渡邊牢晴 雨月 200009

 

 

 

 

 

 

 

渾身の

水のちからを

滝という

 

木村和彦 海程 200111

 

 

今日は久しぶりに終日雨模様

晴天が続いて乾ききった畑の野菜には恵の雨になりました

今が盛りの庭のバラは雨に濡れて重たげにうなだれていますが、水滴を乗せた葉や潤った根は喜んでいることでしょう

今年はカラ梅雨にならずに適度に降ってくれますように!

 

今日の俳句鑑賞は野の花と昆虫を4句です

 

 

 

 

野の蜂や

夢に夢継ぐ

羽の色

 

永田耕衣

ながたこうい、1900~1997

兵庫県尾上村出身の俳人

禅的思想に導かれた独自の理念に基づき句作

諸芸に通じ書画にも個性を発揮

 

 

写真はアザミの花とホバリングするミツバチ

(ミツバチにしては触角が長いので、調べたらニッポンヒゲナガハナバチのメスかも)

 

 

 

 

 

虻の縞

蜂よりも濃く

あざやかに

 

右城暮石

うしろぼせき、1899~1995

高知県本山町出身の俳人

穏やかな目線で小動物を扱った句が多い

 

 

写真はコウリンタンポポとヒラタアブ

子どもの頃、コウリンタンポポとオオキンケイギクは見たことなかったですが、今はいたるところで増殖しています

 

 

 

 

 

君や蝶

我や荘子が

夢心

 

松尾芭蕉

 

荘子の「胡蝶の夢」を踏まえ、芭蕉は詠みました

もしや君は荘子が夢の中で見た蝶ではないか

そうだとすると私は蝶が夢の中で見た荘子だということになる

まるで夢を見ているようだ

 

 

 

 

 

芭蕉の句をもうひとつ

椹や

花なき蝶の

世捨酒

 

蝶が花の無い時期に桑の実で蜜を吸っている様子が

世を捨てて孤独に過ごしている芭蕉自身を象徴しているとの解釈

「椹」は樹木の「サワラ」とも読みますがこの場合は「桑の実」

桑の実の写真がなかったのでチョウジソウでイヒ

 

 

 

幼年期のこどもは生き物が大好き

それが昆虫でも魚でも動物でも動くものすべてに興味津々

これは何を捕まえたのだろう

オタマジャクシかアマガエルか、それともメダカかザリガニか

 

 

 

 

こどもは成長するに従って興味の対象が広がり

やがて生き物に対する本能的とも思える執着が薄れていく

そして、今の世の中は人間の成長の速さを上回るスピードで変化しているから

時代の流れに乗るには多くのものを犠牲にしなければならない

でも、純粋無垢な感性は大人になっても心の中に残しておいて欲しいと思う

 

 

 

 

 

【今日のひとこと】

 

おとなは だれも

はじめは子どもだった

しかし

そのことを忘れずにいるおとなは

いくらもいない

 

「星の王子さま」 サン・テグジュペリ

 

 

 

メダカもいます

 

 

いかにして契りおきけむ白菊を

都忘れと名づくるも憂し

 

順徳天皇

 

 

「どんな運命なのだろうか 白菊に都忘れと名前を付けても心の憂いは晴れないままだ」

 

承久の乱に敗れ佐渡に流された順徳天皇は、父である後鳥羽上皇が好んだ白菊に似た花を都忘れと名付け、都への想いを忘れようとした

結局、順徳天皇は二度と都へは戻れず、在島21年46歳の若さで崩御

それは食を絶っての覚悟の自死であったと伝えられている

 

 

 

 

「都忘れ」の検索で上位に出てくる有名な歌ですが、順徳天皇が見た花とはちょっと違うとか

佐渡に自生しているのは深山嫁菜(ミヤマヨメナ)で、写真は後に改良された園芸品種

 

源頼朝から続く清和源氏の将軍が途絶え、朝廷の言うことを聞かない北条氏の時代になり、起こるべくして起こった朝廷と武家の対立抗争

その大きな流れに翻弄され敗者となった天皇の悲運と心境や如何に

 

 

 

 

 

【今日の一句】

 

此処にして

都忘れとはかなし

 

藤岡筑邨

 

藤岡改造(ふじおかかいぞう、1923~ )

長野県松本市生まれの作家、俳人

高浜虚子、富安風生に師事

「りんどう」主宰、「若葉」同人、号は筑邨(ちくそん)

 

 

 

句の意味はよくわかりませんが言葉のイメージだけで選んでみましたうーん

 

 

 

水田に水が入ると景色が変る

代掻きから田植え後の稲が育つ前の水鏡は散居村の佇まいを際立たせる

 

 

 

ここは富山県の砺波野

庄川の氾濫原として成長した扇状地

もともとは砂利層が厚く保水力のない土地だから水田には不向きだったが

豊富な庄川の水を扇状地の隅々まで行きわたらせることでこの景観が生れた

 

 

 

砺波平野の散居の起源と発展の過程には諸説があるようだ

例えば、「加賀藩が防衛上の理由で家屋を点在させた」とか、

「強風による火災の延焼被害を防ぐため」などとあるが、

農業に携わる者として一番合点がいくのは、「農民たちが開墾しやすく水を引きやすい土地を順に選び、耕作に都合よいように、その中心に家を建てて住んでいった」との説

従って、砺波平野全体に家々がちりばめられたのは、古代史にさかのぼるほど古いことではなく、戦国時代を経て、近世に入り加賀藩の治水事業が始まってからのことのようだ  

 

 

ちょっと固いウンチク話になりましたが、富山に居た時に「散居」に興味があって調べたことがあったので、その時の写真と記憶を呼び起こしてみました。

 

 

 

 

 

【今日の一句】

 

(それらしい句が探しきれなかったので、AI作になりますえー?)

 

田水張る

散居の家々

影を置き 

 

んー、イマイチかな

「散居」という単語が固くて俳句にはなじみにくいような・・・えー?

どなたか添削お願いしますゲラゲラ

 

 

 

 

 

 

【追記】

上の句は載せてはみたものの、しっくりこないので

寝起きに考えて、中の7文字を変えてみました

 

田水張る

垣遶の森の

影を置き 

 

 

「垣遶」は「かいにょ」の当て字で砺波では「屋敷林」のことをそう呼びます

いかがでしょう イヒイヒ

 

 

 

 

【追記2】

山野俳子大先生より味わいのある句をいただきました

これもいいですねぇ

ひとつだけですが掲載させていただきます

(もう一句はコメント欄参照)

 

田水張る

散居が里の

夕かげり
 

 

 

 

【今日の一句】

 

この花に

勿忘草と

いふ名あり

 

 

清崎敏郎

(1922~1999)東京生まれの俳人・国文学者

慶應義塾大学文学部卒、同付属高校教員

「ホトトギス」同人、富安風生亡きあと「若葉」主宰

 

 

 

ワスレナグサはヨーロッパ原産で明治時代に輸入された外来種です

1905年に植物学者の川上滝弥によって英名の「Forget me not」を直訳して、我を忘れる事勿れ(勿忘草)と命名されました(AIコメント)

 

 

 

家では何の管理もせずほったらかしですが、種が付いたら家の周りの日陰っぽい所にバラ蒔いておくと、気に入った場所で育ってます

以前はピンクの花もあったけれど、今は青一色になってしまったようです

 

 

 

私の年代では「忘れな草」と言えばやっぱり倍賞千恵子さんですね

どんな理由なのか別離の定めに抗えず、忘れな草の花に託してただ愛する人の幸せを祈るしかない傷心の乙女

うーん、昭和歌謡ですなぁ ほっこり

 

 

 

魅力的な花だから、このまま連れ去って近くに置きたい誘惑にかられるけれど

環境が変われば生きていけないのは分かっているから、それはしない

会いたくなったらこちらから出向いて来るに限る

この自然の中に咲いているから美しい、そんな花のひとつ

 

 

 

ある日の林道終点

残雪を踏みしめて南葉山へ

 

   

 

 

【今日の一首】

 

白根葵 咲てありしと 思ひいでて

見上ぐる崖に 今年も咲けり

 

植松寿樹

 

 

植松寿樹は大正・昭和期の歌人

中学、高校の教諭として生徒とともに山に登り、山岳詠を多く残す

 

 

 

 

【今日の一句】

 

海陸の

風がぶつかり

鯉幟

 

鷹羽狩行

 

 

 

 

北陸自動車道ができてから国道を走ることが少なくなりましたが、時間に余裕がある時は26本のトンネルが続く単調な高速道路ではなく、あちこち寄り道をしながら8号線を走りました

ここは能生の弁天岩近くの海水浴場

 

 

能生は「のう」と読み、以前は町だったのが市町村合併後は糸魚川「いといがわ」市になりました

横綱大の里関の母校県立海洋高校がこの近くにあるので、「のう」も「いといがわ」も少しは世間から認知されるようになりました

 

 

今日は「こどもの日」で端午の節句で立夏とか

ひしひしと迫りくる少子高齢化の現実が、いよいよ老体の身に染む昨今

日本の宝であるこども達が健やかに育ちますようにと願うのみ

前回に続きチューリップネタです

 

(朝日町HPより)

残雪の朝日岳・白馬岳を背景に、桜並木とチューリップ、菜の花の『四重奏』

 

 

今日の写真はもう10年以上前に撮ったものです

毎週の仕事場への行き帰りに立ち寄った舟川の堤防とチューリップ畑

桜とチューリップや菜の花が咲き揃った景色は見れませんでしたが、それぞれ単体でも十分楽しませてもらいました

 

富山県でのチューリップの球根栽培は前回紹介した砺波市が一番ですが、この朝日町も県全体の2割近くの生産量を占めているそうです

 

今日の俳句はいつもの「歳時記」から引用させていただきました

 

 

 

花過ぎてひたひたと老迫りくる 

 

能村登四郎 

芒種     1999

 

 

 

 

 

丘一面一條一色チューリップ 

 

松原智津子

万象     2013

 

 

 

 

 

太陽の今日を掴んでチューリップ

 

嶋田一歩

ホトトギス 2000

 

 

 

 

 

菜の花やうたはひかりになりにけり

 

豊田都峰

京鹿子  2005

 

 

 

 

 

菜の花の郷愁昭和初期生れ

 

塩路隆子

精鋭選集          2000