上越市の山間地には棚田が連なっています
「日本の棚田百選」に選ばれるほどの著名な棚田群はありませんが、
谷筋や緩傾斜地は人力により拓かれた棚田で埋め尽くされていました(過去形)
かつて、家族労働に支えられた山間地の稲作は地域の基幹産業であり、
終戦から高度経済成長期の国民の胃袋を満たすことに貢献してきました
時は流れ、昭和40年代中頃から米が余り出して、生産調整が行われるようになり
水利条件や作業効率の悪い田から徐々に管理保全と称した耕作放棄地が広がっていきました
(豪雪地のハンデから果樹やハウス園芸への転換は難しい)
稲作だけでは家族を養えず、かといって勤務先が役場か農協しかなければ、必然的に子や孫は家を離れざるをえません
それでも地域に残った老農家はプライドをもって田を護り続けてきました
それが家長の務めだったわけですが、さすがに年齢的に限界がきています
地域を廻ると、棚田の景色が年々変わっていくことに驚きます
写真に残したかつての美田はほとんどが二度と見ることができなくなりました
私も気持的には「土を護る者」でありたいと願うものの、明日は我が身
やれるところまでやったら田んぼに感謝しつつ永の休息に入ってもらうことにします
【今日の一句】
耕(たがやし)の
幾世重ねし
土の色
隅田恵子
雨月 200506
青田風
休耕田に
消えにけり
佐野幸子
百鳥 200410















































