いかにして契りおきけむ白菊を

都忘れと名づくるも憂し

 

順徳天皇

 

 

「どんな運命なのだろうか 白菊に都忘れと名前を付けても心の憂いは晴れないままだ」

 

承久の乱に敗れ佐渡に流された順徳天皇は、父である後鳥羽上皇が好んだ白菊に似た花を都忘れと名付け、都への想いを忘れようとした

結局、順徳天皇は二度と都へは戻れず、在島21年46歳の若さで崩御

それは食を絶っての覚悟の自死であったと伝えられている

 

 

 

 

「都忘れ」の検索で上位に出てくる有名な歌ですが、順徳天皇が見た花とはちょっと違うとか

佐渡に自生しているのは深山嫁菜(ミヤマヨメナ)で、写真は後に改良された園芸品種

 

源頼朝から続く清和源氏の将軍が途絶え、朝廷の言うことを聞かない北条氏の時代になり、起こるべくして起こった朝廷と武家の対立抗争

その大きな流れに翻弄され敗者となった天皇の悲運と心境や如何に

 

 

 

 

 

【今日の一句】

 

此処にして

都忘れとはかなし

 

藤岡筑邨

 

藤岡改造(ふじおかかいぞう、1923~ )

長野県松本市生まれの作家、俳人

高浜虚子、富安風生に師事

「りんどう」主宰、「若葉」同人、号は筑邨(ちくそん)

 

 

 

句の意味はよくわかりませんが言葉のイメージだけで選んでみましたうーん