小田真嘉です。
今日のセミナーで
お話しさせていただいたことの一部を紹介します。
テーマは
チカラに憧れずに、愛の人になるということでした。
そもそも人はなぜ
チカラ(知識、技術、才能)を求めてしまうのでしょうか?
それは
満足感を得たいからです。
認められて自己重要感を満たしたいため。
賞賛されて優越感に浸りたいため。
人を操作して思い通りの結果を手にするため・・・。
それは全て
自分の欲望(エゴ)のためだけです。
満足感にはキリがありません。
いくらお金を得ても
さらにお金が欲しくなるように
満足感を得るほど
欲望(エゴ)は大きくなっていきます。
そして
それと同時に不安、恐怖、虚しさも大きくなっていくのです。
するとネガティブな感情を誤魔化すために
再び満足感を得る行動を取り始めます。
それは麻薬と一緒。
満足感の効用が切れると
禁断症状が出るのです。
満足感には、中毒性があるのです。
しかし
満足感を求める限り
幸せはありません。
満足感は
幸せと勘違いしやすいものです。
しかし
「満足」と「幸せ」とは似て非なるもの。
満足とは依存です。
何かがあったら満足する。
何かがなかったら不満になる。
満足感を得るというのは
常に何かの奴隷になっているということです
何の奴隷になっているのか?
それこそが
チカラ(知識、技術、才能、お金、規模、地位、名誉、成功…)です。
チカラによって感じる幸せとは
「相対的なニセモノの幸福」に過ぎません。
何か(誰か)と比べて満足というニセモノの幸せは
一瞬で不幸へと転落します。
目の前に自分の以上に
チカラがある人が現れたときです。
そのとき
人はさらなるチカラを求めようとする。
こうして不幸のスパイラルへとハマっていくのです。
満足感の中毒に侵されながら・・・。
満足感を得て
失うのは人間性(魅力)なのです。
一方
本当の幸せは
チカラに依存しません。
チカラがなくても幸せ
チカラがあっても幸せです。
興味関心が自分の欲望(エゴ)を満たすことではなく
目の前の人に自分がどうあるか
何ができるかということにあるからです。
その人に最善(愛と誠)を尽くすことにフォーカスします
さらに相手が喜んだとしても
感謝すれど、調子に乗りません。
たとえ
相手が喜ばなかったとしても
反省すれど、落ち込みません。
それは相手から満足感を得ようと
相手に依存(期待)していないからです。
相手の結果に左右されず
幸せを感じます。
いや、幸せを感じているからこそ
最善(愛と誠)を尽くすことができるともいえるでしょう。
それこそが「絶対的なホンモノの幸福」です。
どんな仕事にも不要なのが
自己満足です。
満足感を求めるほど
相手が不在になります。
相手の心が見えなくなります。
自分が本当にすべきことが分からなくなります。
そこには
真の成長も
真の貢献もありません。
本当の自分の人生を歩むとは
満足感を超えて
自分が幸せであること
愛の人であることがスタートラインなのです。
それがこれからの時代
とくにリーダーやトップには必須になってくるでしょう。
小田真嘉
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