どうも、星乃 まゆかです。

いつも、ブログを読んでくださってありがとうございます。

 


もう少しで、2025年も終わりますね〜🌅

今日は、年末になると
「来年こそはちゃんとしなきゃ」
「目標を決めなきゃ」

と、なぜか苦しくなってしまう人に向けてお話しします。
 

もしあなたが、目標を立てようとした瞬間に
ワクワクよりも焦りやプレッシャーを感じるなら
今日はきっと、あなたのための話です。

 

私はあえて言います。
毒親育ちさんは、来年の目標は決めない方が幸運になることがある。
 

 

毒親の母親の「ちゃんとしなさい」という言葉

 

私の母親はいわゆる毒親で、口癖はいつも
「しっかりしなさい」
「ちゃんとしなさい」

でした。



だから私は、子どもの頃から
(ちゃんとしていないと否定される)
(ちゃんとできない私はダメ)

と、ずっとビクビクしながら生きてきました。

 

その感覚は、大人になっても消えませんでした。

 

 

毒親育ちの私は目標を決めると...

 

大人になった私は、「ちゃんとする」の延長で、完璧主義になっていきました。


特に年末になると、来年の目標を立てて、数値を決めて、行動を逆算する。

私は以前、起業コンサルタントをしていたので、こうした目標設定や逆算思考は得意でした。


でも正直、目標から逆算して行動するたびに、
どんどん苦しくなっていったんです。


(この目標を達成するために〇〇しなきゃ)という
やるべきで頭がいっぱいになって
自分がやりたいから動いている感覚がなくなっていました。


 

そして、どれだけ頑張っても結果が出ないと、
頭の中で母親の声が聞こえるんです。


(ほら、ちゃんとできてないじゃない)



その自己否定のループが、
私の起業人生を大きく狂わせました。


 

 

人のやる気には、実は2種類ある

 

そんなとき
「人のやる気には2種類ある」
という考え方に出会いました。


ひとつは、目標やビジョンから逆算して動くビジョン型

もうひとつは、今日一日が満たされているかで動ける価値観型

私は完全に、価値観型でした。


でも毒親育ちの私は、「ちゃんとしている証明」として
ビジョン型のやり方を無理に選び続けていたんです。


それが、苦しさの正体でした。

 

 

今日からできる小さな行動

 

もし来年の目標が決められないなら、
無理に決めなくて大丈夫です。


代わりに、こう問いかけてみてください。

「今日を、少しだけ満たすために、私は何を選びたい?」

それだけで十分です。

 


毒親育ちの人は、もう十分すぎるほど、ちゃんとしてきました。

だから来年は、ちゃんとしなくていい年にしてもいい。

目標がなくても、あなたの価値は下がりません。



この話が、あなたの肩の力を少しでも抜くきっかけになったなら、
それだけで意味があったと思っています。


あなたのペースで、あなたの感覚を大切に、来年を迎えてください。

私は、そんなあなたを応援しています。

 

 

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どうも、星乃 まゆかです。

いつも、ブログを読んでくださってありがとうございます。

 

今日は、少し重たいけれど、とても大切な話をします。

もしあなたが今、
「なぜか自分を好きになれない」
「理由は分からないけど、生きづらい」
「頑張っているのに、ずっと苦しい」

そんな感覚を抱えているなら、今日はあなたのための話です。


テーマは【毒親育ちあるある】。


親を責めるための話ではありません。
毒親のもとで育つと、心にどんな癖が残るのか。
それを、私自身の体験を通してお話しします。

 

毒親の母親しか頼れる人がいなかった現実

 

私の母親はいわゆる毒親でした。
暴力はありませんでしたが、否定・暴言・嫌味が日常でした。


「そんなこともできないの?」
「ほんと使えない子」
「あんたなんて産まれてこなければよかったのに」


兄弟もおらず、逃げ場はありません。
私はいつも、母親の機嫌を伺いながら生きていました。

 

毒親育ちあるある10選

 

 

あるある① 自分のことが好きって思えない

母親は、私の存在そのものを否定するような言葉をよく口にしました。
特に多かったのが、容姿に関する嫌味です。


「その顔でよく外に出られるわね」
「ほんと、可愛くない」

そんな言葉を、日常的に浴びて育ちました。


だから私は、自分のことが嫌いでした。

大人になっても、鏡の前に立って自分を見るのが苦手でした。 

(どうせ、可愛くない) その前提が、心の奥に染み付いていました。

 

 

あるある② 自己価値の低さ

母親が機嫌の悪いとき、私はよくこんな言葉を投げつけられました。

「あんたなんて、産まれてこなければよかったのに」
子どもにとって、この言葉は致命的です。


私は、(私は存在してはいけない子なんだ)そう思い込むようになりました。
その思い込みは、大人になっても消えませんでした。


人と関わるとき、常に相手の顔色を伺い、

  • (私、迷惑じゃないかな)
  • (やっぱり私なんて必要ないよね)

そんな考えが、すぐ頭に浮かびました。

 

 

あるある③ 自己否定が止まらない

母親との会話は、否定が前提でした。

何をしても、 「それじゃダメ」「そんなやり方じゃ意味がない」

だから私は、自分の考えや選択を、最初から信用できなくなりました。


大人になっても、何か新しいことに挑戦しようとすると、

  • (自分なんかできっこない)
  • (どうせ失敗する)

そんな声が、頭の中で自動的に流れます。

自己否定は、もはや思考ではなく、反射でした。

 

 

あるある④ 自己犠牲が優しさだと勘違い

幼少期から、私の意思は尊重されませんでした。
「あなたはどうしたいの?」と聞かれた記憶が、ほとんどありません。


代わりに、

  • 「黙って言うことを聞きなさい」
  • 「空気を読みなさい」

そう教えられてきました。
 

だから私は、自分よりも他人を優先することが当たり前になりました。
自分を我慢させることが、大人になることだと思っていました。

 

 

あるある⑤ 見捨てられ不安が異常に強い

恋愛をするようになると、
私は「見捨てられ不安」を、そのまま相手に向けていました。

少し連絡が遅れるだけで不安になる。

機嫌が悪そうに見えるだけで、(何かしたかな?)と自分を責める。

嫌われるくらいなら、自分の気持ちは後回しでいい。

そう思っていました。

 

 

あるある⑥ 孤独が耐えられず、依存しやすい

一人=価値がない

そんな感覚が、心の奥にありました。
 

だから、常に彼氏がいないと落ち着かない。
誰かと繋がっていないと、不安で仕方ない。

正直に言うと、(誰でもいいから、そばにいてほしい)そんな気持ちになることもありました。

愛されたいというより、孤独を感じたくなかったのだと思います。

 

 

あるある⑦ 自分軸がない

「私はどうしたい?」 そう聞かれると、言葉に詰まってしまう。
自分の本音が、どこにあるのか分からなかったからです。
 

仕事でも、人間関係でも、私は常に「相手ありき」で動いていました。
その結果、疲れても理由が分からない。
頑張っているのに満たされない。

 

 

あるある⑧ 他人と自分を比較して凹む

SNSを見れば、

  • (この人の方がうまくいっている)
  • (私なんて、やっぱりダメだ)

比べなくていいと分かっていても、勝手に比べて、勝手に落ち込む。

そして最後は、(どうせ私なんて)という自己否定に戻っていく。
 

この比較癖の根っこには、(私は人より劣っている)という、深い思い込みがありました。

 

 

あるある⑨ 自分の人生を半分諦めてしまっている

毒親育ちの私は、どこかでずっと思っていました。

  • 「親は選べないんだから、仕方ない」
  • 「家庭環境が悪かった時点で、もう人生は決まっている」
  • 「私は、幸せになる側の人間じゃない」

そんな諦めが、心の奥にありました。

だから大きな夢を描くこともなく、「そこそこ」でいい
「無難に生きられればいい」 そうやって、自分の人生を半分諦めていました。

 

 

あるある⑩ 0か100思考

母親から「しっかりしなさい」「ちゃんとしなさい」
 そう言われ続けて育った私は、物事を極端にジャッジする癖がついていました。

  • できていない自分=ダメ
  • 完璧じゃない=意味がない
  • 結果が出ない=全部失敗

グレーが存在しない世界で、生きていました。

だから少しつまずくだけで、「やっぱり私はダメだ」と、すべてを否定してしまう。

 

 

あなたの問題ではないから、自分を責めないで!

 

でも今、はっきり分かります。

この生きづらさは、私の性格の問題ではありませんでした。


否定され続ければ、自分を信じられなくなる。
存在を否定されれば、自己価値が低くなる。

それは、必死に生き延びるために身についた心の反応だったんです。


 

 

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どうも、星乃 まゆかです。

いつも、ブログを読んでくださってありがとうございます。

 

今日は、少し勇気のいる話をします。

もし今、
「人を優先しすぎて、いつも自分が後回しになる」
「ちゃんと頑張っているのに、なぜか雑に扱われる」
「自分を大切にするって、正直よく分からない」

そんな感覚を抱えているなら、今日はあなたのための話です。


これはポジティブ思考の話ではありません。


毒親育ちの私が、人生のどん底を経て
ようやく自分を大切にできるようになってきた過程
についてのお話です。

 

毒親育ちの私は、自分を後回しすることが美徳と感じていた。

 

私の母親はいわゆる毒親でした。
暴力はありませんでしたが、暴言・嫌味・否定が日常で、
私はいつも母の機嫌をうかがって生きてきました。

 

その影響で私は、
「自分の気持ちは後回し」
「相手を優先することが正解」

という価値観を当たり前のように身につけていきました。



むしろそれを、「私は優しい」「我慢強い」
と、美徳だとさえ思っていました。

 

 

自分を後回しすればするほど、残念な結果に....

 

大人になってからも、その生き方は変わりませんでした。


起業していた頃は、
自分の都合よりお客様の都合を優先し、
価格も相手の言い値でサービス提供をしていました。


でも不思議なことに、そうやって自分を削って合わせたお客様ほど、
後からクレームや理不尽な要求をしてくることが多かったんです。



夫婦生活でも同じでした。
働いていない旦那が「歯の矯正をしたい」と言えば、
80万円以上かけてお金を出しても、感謝はなく、育児も家事もすべて私。
「お前の方が稼ぐ才能があるから」と、4年も働かない状態が続きました


それでも私は、「私が頑張らなきゃ」と、自分を後回しにし続けていました。

 

 

他人よりも、自分を大事にすればいい。

 

2025年、毒親の母親と同居を解消し、縁を切りました。
そのとき初めて、気づいたんです。

自分を大切にしていないときほど、周りからも大切にされないということに。

 

私は、自分を犠牲にすれば愛される尽くせば大切にされる
と勘違いして生きてきました。


でも現実は、自分を後回しにする人ほど、雑に扱われやすいだけだったんです。



そこから私は、
「他人より自分を優先してみよう」
そう意識するようになりました。

 

 

私が最近意識している、自分を大切にする習慣7つ

 

① 疲れたら、徹底的に休む
② 朝の散歩で自然に触れる

③ ジャーナリングで感情を書き出す
④ 好きなことをやる
⑤ 自分の感情に蓋をしない
⑥ 人に頼る・弱音を吐く
⑦ 鏡に向かって自分に愛の言葉をかける


 

 

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どうも、星乃 まゆかです。

いつも、ブログを読んでくださってありがとうございます。

 

今日は、とても個人的な話をします。

もしあなたが、
「毒親育ちの私は、毒親になってしまうのではないか...」
「私なんかが、いい母親になれるのか」


そんな感覚を抱えながら生きてきたなら、今日はあなたのための話です。

これは子育て論でも、正解を教える話でもありません。

毒親育ちの私が、なぜ息子に
『産まれてきてくれてありがとう』
と、毎日のように言い続けているのか。


その理由を、正直にお話しします。

 

私が毒親の母親から言われてきた言葉

 

私は幼少期、母親から
「あなたなんて産まれてこなければよかったのに」
という言葉を、何度も浴びせられて育ちました。



その言葉は、
(私は存在するだけで迷惑なんだ)
(私がいない方がいいんだ)

という感覚として、ずっと心に残りました。



大人になっても、その思い込みは消えませんでした。

 

 

私は存在して迷惑な子だと思い込んでいた

 

🔹恋愛では、好きな人がいても告白せずに終わる。
「きっと迷惑だよね」「私なんていない方がいい」
そうやって、勝手に結論を出して身を引いてきました。
 

🔹夢や目標も、
「どうせ私なんて叶わない」
そう思って、行動する前に諦めてしまう。

 

🔹仕事でも、
「私って役に立たない」
「もっといい人材はいるはず」

そう思って、居場所がない気がしてしまう。

 

🔹友達といても、
「私だけ話についていけてないかも」
そう感じた瞬間、
「用事思い出したから帰るね」と、静かに消えてしまう。

 

 

私はずっと、身を引いて、消えて、
それでも本当は「ここにいていいよ」そう言ってほしかった。


20代の頃は、生きること自体が苦しくて、
生きるのを諦めようとした瞬間もあります。

 

 

毒親育ちの私が、息子に伝え続けていること

 

そんな私が母親になり、
息子を抱いた瞬間、自然に口から出た言葉がありました。
 

「〇〇、産まれてきてくれてありがとう」


それから私は、ほぼ毎日のように
「大好きだよ」「ママの大切な我が子だよ」
そう伝え続けています。





後になって気づいたんです。
この言葉は、私自身が、ずっと母親から言われたかった言葉だったということに。


2025年、毒親の母と縁を切ったとき、母から最後に投げられた言葉は
「やっぱり、あなたは頭がイカれてる」でした。


その瞬間、私はこの人を母親だと思えなくなりました。

でも同時に、誓いました。
私は、息子の存在を絶対に否定しない。
 

 

あなたは、普段どんな言葉を投げかけてますか?

 

ここで、あなたに聞いてみたいです。


あなたは、自分自身に対して
どんな言葉をかけながら生きていますか?

 

 

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どうも、星乃 まゆかです。

いつも、ブログを読んでくださってありがとうございます。

 

今日は、私が幼少期から母親に言われ続けてきた言葉についてお話しします。

もし今、
「もう大人なのに、昔言われた言葉が頭から離れない」
「親の言葉なのに、なぜか今でも自分を苦しめている」

そんな感覚を抱えている方がいたら、今日はあなたのための話です。

 

今日は、
毒親の母親に言われて、大人になっても傷ついていた暴言3つについて、
その言葉が私の人生にどんな影響を与えてきたのかを正直にお話しします。

 

私は、普通の家庭で育ったと勘違いしていた

 

私は長い間、
「うちは普通の家庭だった」
「親も大変だったんだから仕方ない」

そう思って育ってきました。


 

だから、
母親の言葉に傷ついている自分の方がおかしいんじゃないか
弱いんじゃないか
そうやって自分を責めてきました。
 

でも大人になって気づいたんです。
親の言葉に傷ついたという事実と、親が頑張っていたかどうかは別だということに。

 

 

毒親に言われて傷ついた言葉3選

 

母親に言われて、特に心に残っている言葉があります。
 

 

暴言1:「あんたなんて産まれてこなければ良かったのに」
この言葉で私は、
「自分は存在するだけで迷惑なんじゃないか」
「私なんて、いない方がいいんじゃないか」
そう思うようになりました。

 

 

暴言2:「あんたは頭がおかしいのよ」
この言葉で私は、
「どうせ私の考えはおかしい」
「挑戦しても無駄」
と、何かを始める前に諦める癖がつきました。

 

 

 

暴言3:「あんたを育てるのに、いくらかかったと思ってるの?」
この言葉で私は、
生きているだけで申し訳ない気持ちを抱くようになり、
「ありがとう」よりも「ごめんね」が口癖になっていきました。

 

 

これらの言葉は、大人になった今でも、
人間関係、仕事、挑戦する場面で私の選択を縛り続けていました。

 

 

母親の言葉は、”私の存在否定”

 

ある時、気づいたんです。
 

これらの言葉は、私の本音ではなく、
母親の言葉がそのまま内側の声になっていただけだと。

 

私は性格が弱いわけでも、
自己肯定感が低い人間だったわけでもありませんでした。

 

ただ、存在・感覚・生きること
そのすべてを否定され続けてきただけだったんです。

 

そして、
何かを証明しないと生きていてはいけない
そんな思い込みを背負わされていただけでした。

 

あなたは、あなたのままで生きる価値がある

 

今日ひとつだけやってみてほしいことがあります。

 

自分を責める言葉が浮かんだとき、
「それは、誰の声?」
と問いかけてみてください。

 

 

それだけで、その言葉とあなたの間に
小さな距離が生まれます。

 

 

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