どうも、星乃 まゆかです。

いつも、ブログを読んでくださってありがとうございます。

 

今日は、少し重たいけれど、とても大切な話をします。

もしあなたが今、
「なぜか自分を好きになれない」
「理由は分からないけど、生きづらい」
「頑張っているのに、ずっと苦しい」

そんな感覚を抱えているなら、今日はあなたのための話です。


テーマは【毒親育ちあるある】。


親を責めるための話ではありません。
毒親のもとで育つと、心にどんな癖が残るのか。
それを、私自身の体験を通してお話しします。

 

毒親の母親しか頼れる人がいなかった現実

 

私の母親はいわゆる毒親でした。
暴力はありませんでしたが、否定・暴言・嫌味が日常でした。


「そんなこともできないの?」
「ほんと使えない子」
「あんたなんて産まれてこなければよかったのに」


兄弟もおらず、逃げ場はありません。
私はいつも、母親の機嫌を伺いながら生きていました。

 

毒親育ちあるある10選

 

 

あるある① 自分のことが好きって思えない

母親は、私の存在そのものを否定するような言葉をよく口にしました。
特に多かったのが、容姿に関する嫌味です。


「その顔でよく外に出られるわね」
「ほんと、可愛くない」

そんな言葉を、日常的に浴びて育ちました。


だから私は、自分のことが嫌いでした。

大人になっても、鏡の前に立って自分を見るのが苦手でした。 

(どうせ、可愛くない) その前提が、心の奥に染み付いていました。

 

 

あるある② 自己価値の低さ

母親が機嫌の悪いとき、私はよくこんな言葉を投げつけられました。

「あんたなんて、産まれてこなければよかったのに」
子どもにとって、この言葉は致命的です。


私は、(私は存在してはいけない子なんだ)そう思い込むようになりました。
その思い込みは、大人になっても消えませんでした。


人と関わるとき、常に相手の顔色を伺い、

  • (私、迷惑じゃないかな)
  • (やっぱり私なんて必要ないよね)

そんな考えが、すぐ頭に浮かびました。

 

 

あるある③ 自己否定が止まらない

母親との会話は、否定が前提でした。

何をしても、 「それじゃダメ」「そんなやり方じゃ意味がない」

だから私は、自分の考えや選択を、最初から信用できなくなりました。


大人になっても、何か新しいことに挑戦しようとすると、

  • (自分なんかできっこない)
  • (どうせ失敗する)

そんな声が、頭の中で自動的に流れます。

自己否定は、もはや思考ではなく、反射でした。

 

 

あるある④ 自己犠牲が優しさだと勘違い

幼少期から、私の意思は尊重されませんでした。
「あなたはどうしたいの?」と聞かれた記憶が、ほとんどありません。


代わりに、

  • 「黙って言うことを聞きなさい」
  • 「空気を読みなさい」

そう教えられてきました。
 

だから私は、自分よりも他人を優先することが当たり前になりました。
自分を我慢させることが、大人になることだと思っていました。

 

 

あるある⑤ 見捨てられ不安が異常に強い

恋愛をするようになると、
私は「見捨てられ不安」を、そのまま相手に向けていました。

少し連絡が遅れるだけで不安になる。

機嫌が悪そうに見えるだけで、(何かしたかな?)と自分を責める。

嫌われるくらいなら、自分の気持ちは後回しでいい。

そう思っていました。

 

 

あるある⑥ 孤独が耐えられず、依存しやすい

一人=価値がない

そんな感覚が、心の奥にありました。
 

だから、常に彼氏がいないと落ち着かない。
誰かと繋がっていないと、不安で仕方ない。

正直に言うと、(誰でもいいから、そばにいてほしい)そんな気持ちになることもありました。

愛されたいというより、孤独を感じたくなかったのだと思います。

 

 

あるある⑦ 自分軸がない

「私はどうしたい?」 そう聞かれると、言葉に詰まってしまう。
自分の本音が、どこにあるのか分からなかったからです。
 

仕事でも、人間関係でも、私は常に「相手ありき」で動いていました。
その結果、疲れても理由が分からない。
頑張っているのに満たされない。

 

 

あるある⑧ 他人と自分を比較して凹む

SNSを見れば、

  • (この人の方がうまくいっている)
  • (私なんて、やっぱりダメだ)

比べなくていいと分かっていても、勝手に比べて、勝手に落ち込む。

そして最後は、(どうせ私なんて)という自己否定に戻っていく。
 

この比較癖の根っこには、(私は人より劣っている)という、深い思い込みがありました。

 

 

あるある⑨ 自分の人生を半分諦めてしまっている

毒親育ちの私は、どこかでずっと思っていました。

  • 「親は選べないんだから、仕方ない」
  • 「家庭環境が悪かった時点で、もう人生は決まっている」
  • 「私は、幸せになる側の人間じゃない」

そんな諦めが、心の奥にありました。

だから大きな夢を描くこともなく、「そこそこ」でいい
「無難に生きられればいい」 そうやって、自分の人生を半分諦めていました。

 

 

あるある⑩ 0か100思考

母親から「しっかりしなさい」「ちゃんとしなさい」
 そう言われ続けて育った私は、物事を極端にジャッジする癖がついていました。

  • できていない自分=ダメ
  • 完璧じゃない=意味がない
  • 結果が出ない=全部失敗

グレーが存在しない世界で、生きていました。

だから少しつまずくだけで、「やっぱり私はダメだ」と、すべてを否定してしまう。

 

 

あなたの問題ではないから、自分を責めないで!

 

でも今、はっきり分かります。

この生きづらさは、私の性格の問題ではありませんでした。


否定され続ければ、自分を信じられなくなる。
存在を否定されれば、自己価値が低くなる。

それは、必死に生き延びるために身についた心の反応だったんです。


 

 

こちらの記事も読まれてます!