どうも、星乃 まゆかです。
いつも、ブログを読んでくださってありがとうございます。
今日は、少し重たいけれど、とても大切な話をします。
もしあなたが今、
「なぜか自分を好きになれない」
「理由は分からないけど、生きづらい」
「頑張っているのに、ずっと苦しい」
そんな感覚を抱えているなら、今日はあなたのための話です。
テーマは【毒親育ちあるある】。
親を責めるための話ではありません。
毒親のもとで育つと、心にどんな癖が残るのか。
それを、私自身の体験を通してお話しします。
私の母親はいわゆる毒親でした。
暴力はありませんでしたが、否定・暴言・嫌味が日常でした。
「そんなこともできないの?」
「ほんと使えない子」
「あんたなんて産まれてこなければよかったのに」
兄弟もおらず、逃げ場はありません。
私はいつも、母親の機嫌を伺いながら生きていました。
母親は、私の存在そのものを否定するような言葉をよく口にしました。
特に多かったのが、容姿に関する嫌味です。
「その顔でよく外に出られるわね」
「ほんと、可愛くない」
そんな言葉を、日常的に浴びて育ちました。
だから私は、自分のことが嫌いでした。
大人になっても、鏡の前に立って自分を見るのが苦手でした。
(どうせ、可愛くない) その前提が、心の奥に染み付いていました。
母親が機嫌の悪いとき、私はよくこんな言葉を投げつけられました。
「あんたなんて、産まれてこなければよかったのに」
子どもにとって、この言葉は致命的です。
私は、(私は存在してはいけない子なんだ)そう思い込むようになりました。
その思い込みは、大人になっても消えませんでした。
人と関わるとき、常に相手の顔色を伺い、
- (私、迷惑じゃないかな)
- (やっぱり私なんて必要ないよね)
そんな考えが、すぐ頭に浮かびました。
母親との会話は、否定が前提でした。
何をしても、 「それじゃダメ」「そんなやり方じゃ意味がない」
だから私は、自分の考えや選択を、最初から信用できなくなりました。
大人になっても、何か新しいことに挑戦しようとすると、
- (自分なんかできっこない)
- (どうせ失敗する)
そんな声が、頭の中で自動的に流れます。
自己否定は、もはや思考ではなく、反射でした。
幼少期から、私の意思は尊重されませんでした。
「あなたはどうしたいの?」と聞かれた記憶が、ほとんどありません。
代わりに、
- 「黙って言うことを聞きなさい」
- 「空気を読みなさい」
そう教えられてきました。
だから私は、自分よりも他人を優先することが当たり前になりました。
自分を我慢させることが、大人になることだと思っていました。
恋愛をするようになると、
私は「見捨てられ不安」を、そのまま相手に向けていました。
少し連絡が遅れるだけで不安になる。
機嫌が悪そうに見えるだけで、(何かしたかな?)と自分を責める。
嫌われるくらいなら、自分の気持ちは後回しでいい。
そう思っていました。
一人=価値がない
そんな感覚が、心の奥にありました。
だから、常に彼氏がいないと落ち着かない。
誰かと繋がっていないと、不安で仕方ない。
正直に言うと、(誰でもいいから、そばにいてほしい)そんな気持ちになることもありました。
愛されたいというより、孤独を感じたくなかったのだと思います。
「私はどうしたい?」 そう聞かれると、言葉に詰まってしまう。
自分の本音が、どこにあるのか分からなかったからです。
仕事でも、人間関係でも、私は常に「相手ありき」で動いていました。
その結果、疲れても理由が分からない。
頑張っているのに満たされない。
SNSを見れば、
- (この人の方がうまくいっている)
- (私なんて、やっぱりダメだ)
比べなくていいと分かっていても、勝手に比べて、勝手に落ち込む。
そして最後は、(どうせ私なんて)という自己否定に戻っていく。
この比較癖の根っこには、(私は人より劣っている)という、深い思い込みがありました。
毒親育ちの私は、どこかでずっと思っていました。
- 「親は選べないんだから、仕方ない」
- 「家庭環境が悪かった時点で、もう人生は決まっている」
- 「私は、幸せになる側の人間じゃない」
そんな諦めが、心の奥にありました。
だから大きな夢を描くこともなく、「そこそこ」でいい
「無難に生きられればいい」 そうやって、自分の人生を半分諦めていました。
母親から「しっかりしなさい」「ちゃんとしなさい」
そう言われ続けて育った私は、物事を極端にジャッジする癖がついていました。
- できていない自分=ダメ
- 完璧じゃない=意味がない
- 結果が出ない=全部失敗
グレーが存在しない世界で、生きていました。
だから少しつまずくだけで、「やっぱり私はダメだ」と、すべてを否定してしまう。
でも今、はっきり分かります。
この生きづらさは、私の性格の問題ではありませんでした。
否定され続ければ、自分を信じられなくなる。
存在を否定されれば、自己価値が低くなる。
それは、必死に生き延びるために身についた心の反応だったんです。
