ヒーラーの頭の中は人とは違っています。
いや、最初から違っていると僕らも思っていたわけではなく、ヒーラーたちは自分たちの世界観が唯一無二だと思っているので(他を知りようがないので)、それが「普通」だと思っています。
でも、僕自身も人様を指導する機会が多くなって、一般の方々の多数派の考え方の共通点が見えてくるにつけ、自分たちが異常なんだと認識するようになりました。
ただ、ヒーラーとしての優位性はその視点のユニークさにあります。
だからこそ、ヒーラーになりたければ、自分の目をくり抜いて取り出し、ヒーラーの目に切り替えることです。
神秘とは新しい土地へ行くことでありません。
同じ土地を新しい眼差しで見つめることです。
そして新しい眼差しで見つめた以上は、そこはもはや以前と同じではありえないのです。
そのときに、プルーストの言う「神秘とは、新しい土地へ行くことではない。新しい眼差しで見つめるということである」が見えてくるのではないかと思います。
c.f.「密教とは、新たな書物を紐解くことではない、新たな目で世界を観ることである」 2015年08月24日
この感覚をタイムトラベラーはこう語ります。
過去と未来は同じものであり、わたしたちにはどちらも変えられず、ただ、もっとよく知ることができるだけなのです。過去への旅はなにひとつ変えませんでしたが、わたしが学んだことはすべてを変えました。そして、こうでしかありえなかったのだということを理解しました。もしわたしたちの人生がアラーの語る物語なら、わたしたちはその聞き手であると同時に登場人物でもあり、そうした物語を生きることによって教訓を学ぶのです。(テッド・チャン『商人と錬金術師の門』(『息吹』所収))
タイムトラベラーと言えば、「リプレイ」は読んで欲しい。
少しトリッキーですが、ヒーラーの眼が手に入るかも。
同じものを見ていても違うものを見るということで言えば、論理的に厳密な数学者たちですら、同じものを見ていても違うものを見て、見ているものに対して違うことを言います(まあ、これはジョークですが、ジョークながらも本質をついている!)。
というわけで、僕らは凡人の眼をくり抜いて、サードアイを開けながら(シュンくん、1000人セミナーという快挙、本当にお疲れ様!!まさか受講していない人はいないと思うけど、今からでも録画受講は可能なのかな?)、ヒーラーの眼に切り替えていきましょう。
--もはやお前たちは、この身にふりかかってきた数々の禍も、おれがみずから犯してきたもろもろの罪業も見てくれるな!いまよりのち、お前たちは暗闇の中にあれ!目にはしてはならぬ人を見、知りたいとねがっていた人を見分けることのできなかったお前たちは、もう誰の姿も見てはならぬ。
*以前、この「ヒーラーの眼を獲得」シリーズをやっていたときに良くしていた質問を再開するならば、
問題)「お前たち」とは誰のことですか?
そして、それはイエスにも引き継がれます。
(引き継がれるということに引っかかった方は幸いです。ソポクレスは紀元前5世紀の人)(イエスは2000年前の人)
地獄では、うじがつきず、火も消えることがない。(マルコによる福音書 9章47-48節)
その方法を教えます!!
というかそもそも知りたいですか?
DeathNoteの死神の眼みたいなものです(そうなのか?)
人には視えないものが視え、そしてそれはあまりにありふれたものなのです。
いや、いまRaySalonセラピストがその件で猛烈に指導されていますので、彼らから習って欲しいと思っています(そのサービス開始時はまた連絡します!)
「え?そこ」という場所にヒーラーの目を習得する方法があります。
意外なところです。
瞑想でも、断食でもありません。
知識でも気功技術でもありません!
ゴール?いや、ゴールは全ての大前提です。
Echo?近いですが、ちょっと違います。
ただ、かなり学ぶには過酷です。
シン・TENETスクールでしたか、ルー・タイススクールも過酷でした。
ノイローゼになる人も多かったでしょうが、学ぶというのはいつも命懸けです。
自分の醜さ(「醜さ」とは「見にくさ」なんです。ここらへんはCGで)や愚かさやエゴ、そして見たくなった本性を見つめることになります。それも微に入り細に入り、とことん幾度も幾度も自分で直視しなくてはいけません。かなりのSMプレイです。
でもそれ以外に学ぶ方法は無いのです。
Never Ending Story(はてしない物語)の第二の門だと僕は思っています。
*ミヒャル・エンデによる「はてしない物語」の背景にある確信は、T理論における「小説で涙を流す」問題です。そして、映画は素晴らしいですが、「Boysは半分しか学ばなかった」というミルトン・エリクソンを思い出します(半分でも世界を席巻しました。もう片方を学べば宇宙を支配できるかもw)。映画は半分しか描かれておらず、そしてもう半分がはるかに重要です。










