小学五年生の長男は、最近いわゆる思春期の入り口に立っている。
クラスの人間関係に不満を抱えたり、些細なことでイライラしたりと、窮屈な日常のなかでもがいている真っ最中。
そんな長男が、家で時折めくっている「こども六法」の世界と、現実の「刑罰」が結びつく場所へやってきた。
博物館として綺麗に整備されているとはいえ、敷地内に足を踏み入れると独特の威圧感がある。
リアルに再現された独房の前に立つと、その圧倒的な閉塞感に言葉を失ってしまった。
看守と収監者という、同じ人間でありながら完全に自由を剥奪され、管理される側のリアルな格差。
長男も、生活のすべてを制約されるということの重みを、理屈ではなく肌で感じ取っているようだった。
展示を巡るうちに、ここが単なる牢獄ではないことを知る。
ロシアの脅威に対抗するため、突貫工事で道を作るべく多くの囚人たちが駆り出された過酷な歴史だ。
過労や栄養失調で次々と命を落としていくなか、「死んだほうが食費が浮く」という血の通わない算段すらあったという事実に、背筋が寒くなる。
命が単なる労働力の数字として消費される狂気が、かつてのこの場所にはあったのだ。
敷地内の奥には、旧旭川地方裁判所網走支部も移築されていた。
裁きを受け、そのまま塀のなかへ送られるという一連の生々しい流れを目の当たりにし、ルールを破る代償がどれほど重いものかを静かに見せつけられる。
学校という小さな社会で鬱屈とした思いを抱える11歳の少年にとって、この究極の「不自由」の空間はどう映っただろうか。
今回の北海道旅行はただの観光名所巡りではない、生きた社会見学になったと確信している。





