こんにちは。こんばんは。
ちぃこです。
ちょっと想像してもらいたいんだけど。
人に寄り添える人。っているでしょ?
言葉としてはっきり、
「あの人、寄り添える人だ!!」って、
思うわけじゃないねんけども。
なんとなく。体感として。
共感してくれている、とも違うし。
慰めてくれる、とも違う。
伴走してくれる?に近い・・・かな
いいよ、いいよ。
そのままでいいよ。
その調子!
疲れた?
じゃあ、ちょっと休む?
休んでもいいよ
進んでもいいよ
何を言っても、
何を思っても、いいよ。
大丈夫。
そんなことを、
思ってくれてそうな人。
口に出してくれてるわけじゃないけど、
そんな風に思ってくれてるのかな。
じゃぁ、自分の思ったこと、
言って大丈夫かな。
って、思わず心開いちゃうような人。
きっと、その(寄り添える)人も
言葉としてはっきりと、
そう思ってるわけじゃないけど、
そういう意識なんだろうね。
言った言葉だけが伝わる手段じゃない。
言葉よりも、伝わるのが意識。だから。
思い浮かぶ人、います?
そういう人って、
どうしてあんなに、寄り添えるのかなと
思ってたんですよね。
私の中の、結論は。
たくさんたくさん、
色んな変化を受け入れてきた人、
なのかなと。
自分の「正しさ」をふりかざす人ほど、
他人の「正しさ」が受け入れられないもので。
自分の思っている
「正しい!」
の反対は、
「間違ったこと」
ではなく。
「違った 正しさ」
なんだよね。
自分の「正しさ」しか受け入れられない人は、
自分の「正しさ」を押し付けようとするか、
相手の「正しさ」を受け入れないか。
他にもある「正しさ」に
気が付かないか。
これ、多い気がする!!
だから。
寄り添える人って、
色んな「正しさ」を受け入れてきた人。
だから、目の前の相手の「正しさ」も、
キレイさも、汚さも、ひどさも、
受け入れられるのか・・・・?
と、
そんなことを思っていた次第です。はい。
ソウイウヒトニワタシハナリタイ。
では。
ちぃこでした。
って、書いてから思った。
寄り添える人に、なりたいんではなくて、
どんどん変化していく人に
私はなりたいんだな。
色んな「正しさ」を知って、
どんな「正しさ」でもいいんだ、ってなる。
自分の中の「正しさ」なんて、
ずっと一緒じゃないほうがいいわ。
それでも今日も言うちゃった!
「絶対、こっちのほうがいいに決まってるやん!」
公式ライン始めました~♪
