こんにちは。こんばんは。
原田千春です。
昨日の続き。
昨日、張り付けた記事(これね)を読んで、
頭でっかちが、ちょっとましになるかも~
と喜んだ私。
どうしてかと言うと。
私が受けた、
UMIの講座では、
感じるということに重きをおきます。
感情を感じる
それありきで話がすすみます。
その、感じるというのが、私は苦手。
講座を受け出した、半年前に較べると
随分ましだとは思いますが、
今でも、まだ苦手意識があります。
意識がすぐに、頭に移動する感じ。
その時に、こうするといいよ、
感じやすいよっていう方法を
いくつか教えてもらいました。
そのうちの一つが、
胸に手をあてる
ということ。
そうすると、確かに
意識が、ゆっくりゆっくりと、
頭から胸に降りてくる感じがするんだよね。
で、色んな思いや感情がわいてきて、
それを感じることができる。
いつか感じたことのある、悲しさ、寂しさ、
辛さ、悔しさ・・・・・
その時を思い出して、また感じる。
そういう事を繰り返してきたんですね。
で、昨日の記事を読んで、
心臓が私たちの感情を
たくさん覚えていてくれてるとすれば、
胸に手をあてる という行為が
とても理に適ってると思うのね。
「おーい。思い出させてください。
あのときに私はどんな気持ちだった?」
って。
その行為を、今まで以上に
信じて、っていうのかな?
自分で自分にしてあげられるなって感じる。
少しは、頭でっかちの私がちいさくなるかな?
講座で、
<感じる>
ということを教えてもらったけど、
本来は教えてもらうからする、
っていうもんでもないんだよ。
自分で自分の気持ちを見てあげられる人は、
自然とそれができてたりする。
なので、問題も起きづらいのかもしれないね。
だけど、
それをちゃんとできなかったり、
おろそかにする人がたくさんいるから、
こういう講座が生まれるんやろうね。
心の声を聴く
とか
胸に手を当てて聴く
っていう表現って昔からあるじゃないですか?
心は胸にあるとは感じていたけれど、
心が心臓そのものだとは思ってなかったなぁ。
急に、自分の心臓が愛しくならない?
私のいろんな感情を担ってくれて、
それを思い出すために、
体中の細胞に呼び掛けてくれて、
(超絶個人的解釈)
私に色んな思いを感じさせてくれる。
自分の体全てが、私のために、
動き続けてくれるんだよね。
当たり前に知ってることだけど、
そこを大切に感じることって、
病気になって初めて気づくって
そんなことも多いかもしれない。
当たり前に動いてくれてる
自分のすべてに、
意識を向けて
愛でる時間が必要だな~と感じます。
でね、自分が自分を大事にしだすと、
周りの人たちが、
自分の事を大事にしてくれだすんだよ。
「自分を大事にする」
方法は色々あると思うけど、
自分の臓器を愛でるっていうのもありだね!

