こんばんわ![]()
梅雨らしい雨です。
わが家横の川は溢れてはいませんが
うねりながら流れています。
みまさか朗読の会の定例会もみんな仲良く揃って高齢者なので
休会にしてグループLINEで予定をうめていきました。
80代の会員さんも反応が早くて、読み聞かせに参加されます。
毎週体操教室に行ったり、
グランドゴルフしたり、
歌ったり、
そして毎日農作業している高齢者はホントにお元気![]()
台風の上に地震があった地方の方は大丈夫でしょうか。
どうかご無事でありますように。
のつづきです。
アーティストとAIは手を組めるのか?
生成AIとのつきあい方
生成AIは、「既存の絵画、動画、文章、音楽などを学習し、
それらを組み合わせたり、重ねたり、
作品と作品の間を補間したり
外挿したりすることで新しい作品を生み出す」仕組みとなっている。
ときに迷走して突飛な作品を生み出すことがあるにせよ、
学習したデータ以上のものを生み出しているわけではない。
また、生成AIには「離れたものを混合する」性質がある。
たとえば写実主義絵画とアフリカンアートを学習させると、
ピカソに近い絵画を生み出すこともあるかもしれない。
この補間と混合という機能を活かして、
芸術のサポートをさせようとしている。
「ノイズやパラメータ分布を元に作品を生成する手法」である
「ディフージョン・モデル」は、
ゆらぎを利用したさまざまな類似作品群を生成することが可能だ。
人間はそこからの選択によって、作品の方向性を模索できる。
ただ、こうした「単なる過去の作品の隙間を埋めるような生成」と、
芸術家の創作活動はまったく異なるものである。
芸術家のミッションとは
「新しい芸術を生み出すことであり、生成AIの後追いではない」。
一方で生成AIは、周囲を照らす懐中電灯のように、
創作における探索には役立つだろう。
AI全般が芸術にしてもちうる役割は3つ。
「作品への批評」
「生成による作品への寄与」
「作品における人間との協調」
「作品への批評」は、インプットされた作品について、
科学的な分析や類似性の指摘といった有益な示唆を与えることができる。
作品と距離を置いた客観的な批評として役に立つだろう。
「生成による作品への寄与」は、
生成された作品そのものの価値というよりも、
それらの作品によって芸術家を刺激するという点が重要となる。
自作も含めたさまざまな作品を組み合わせたり重ねたりすることで
生成された作品評を通じ、
芸術家の成長の手がかりとなるだろう。
「作品における人間との協調」は、
一人ひとりがAIエージェントを持つ時代において、
芸術家のパートナーにしていくことを意味する。
作品展示の解説をさせたり、
相談相手になってもらったりして、
自分の作品、自分の言葉を覚えさせたエージェントとして育て上げ、
芸術活動をより高めていける。
「芸術家は常に成長する」存在だが、
「その成長曲線は生成AIによって飛躍的に向上する」
かもしれない。
人間から受ける教示や示唆だけでなく、
AIによる支援が加わることによって、
さらなる可能性や揺らぎを得ることができる。
作品だけでなく製作過程やアトリエ、
材料などのアナログな情報をもつ芸術家は、
AIデータの最上流に位置することになるだろう。
パーソナリゼーションが必要ない表層的な導入であれば
現状の生成AIでも十分だが、
芸術家に寄り添えるレベルのエージェントを目指すなら、
力を入れて導入に取り組める体制から整えなくてはならない。
新しいAIの応用が発掘できれば、
世界的にユニークなインパクトを与える仕事になるだろう。
わたしが習っている楽先生は、
「AIが描けない絵を描こう」とおっしゃいます。
四角い額の中に入るような絵じゃなくて、
AIが描けない絵を。
ボケ防止にはいいけど、これがなかなか難しい。
今度1回AIに、
「70前後の高齢女子が(天国ではない)宇宙に
羽ばたいている美しくて可憐な感じで表現させて」
と下絵を描いてもらってみようと思います![]()
では、また明日^^




