AIはニュータイプの夢を見るか | ふーちゃんのブログ

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こんばんわひらめき

 

 

 

雨です雨梅雨ですから。

見守り支援に行きましたら、

Gさんがお天気痛だ~、しんどいわ~と言うてました。

台風が2つも来てますものね。

どうか被害なく通り過ぎてくれますように。

 

 

 

 

緑色の芋虫がレンガと地面の間にいる

 

のつづきです。

 

 

 

AIは対等なパートナーになりうるのか

ベル東洋的AIの可能性

『攻殻機動隊』の漫画原作と押井守監督のアニメ版では、

インターネット以降の情報化社会が、

日本思想や東洋的精神性と結びつけて描かれている。

「AIは非常にウエットな存在として、

世界のさまざまな場所に染み込むかたちで描かれている」。

それ以前から、日本がつくってきたアニメ・漫画コンテンツにおいては、

たとえば手塚治虫の『鉄腕アトム』『メトロポリス』がそうであったように、

「AIは『人間と対等な存在』として描かれてきた」経緯がある。

 

しばしばその根底には、日本の八百万の神の存在が指摘される。

この「人間以外のものに魂を認める独特の生命観」は、

広くアジアに通用するものとされるが、

特に日本で強く持たされている感覚なのだ。

 

 

 

一方、西洋でのAIは「完全なる他者、かつ人間より下位にある」

サーヴァント(召使い)であり、

「神、人間、AIというタテの序列が常に意識される」。

ゆえに西洋文化圏では逆説的に、

「サーヴァントとしてのAIに社会的な居場所が与えられる」ことで、

タテの序列を転覆したり奪還したりする物語が描かれやすい。

 

 

したがって、いまだに日本のユーザーは、

AIとは何かというところから混乱し続けている。

「AIはサーヴァントである」という思想に基づく、

ChatGPTのような海外製品を輸入する一方で、

ペットロボットやゲームキャラクターなど、

「人間と平等なものとみなす思想のもとにつくられた製品」

が市場に溢れている。

未分類のまま多様なAIが出回ることで、

人々の受容のみならず、開発者サイドにさえ、混乱が生じているのだ。

 

 

 

ベル人間と対等なキャラクター

物語と環境に馴染んだゲームのAIとは異なり、

一般の産業開発においては、作り手の思想よりも、

むしろ受け手の思想が重要となる。

たとえば海外では、お掃除ロボットは掃除機でしかないし、

Amazon Echoはスピーカーでしかない。

一方、日本ではすぐにそれがキャラクター化されてしまう。

西欧社会ではキャラクターは

子ども文化に属する幼稚なものと思われており、

公的に扱われることはない。

日本は老若男女がキャラクターを受容する特殊な国で、

それがコンテンツをつくる人間にとって見逃せない点だ。

機械でもたまごっちは本当にペットのように思われるし、

初音ミクは「いる」と感じられている。

 

 

西洋的AIと東洋的AIの違いは労働への考え方にも表れる。

西洋では、AIというサーヴァントを使役することで

労働から解放されようとする。

対して日本では、AIもある程度自律的な存在であり、

「使役されるものでもなければ、完全な人間でもない、

絶妙なエージェント」でありうる。

だからこそ、日本は「西洋に対するカウンター」として、

「特別なAIの開発地域」としての可能性を持つのではないだろうか。

日本型の「染み込むタイプ」のエージェントAIは、

AIに対する「心理的距離」の問題を解決するともいえる。

 

 

西洋的AIは問題特化型であり、

フレームを超えないことが前提となっているため、

いくらでも賢くなれる。

一方で東洋的AIはフレームレスで、

家族の一員のような「実存」がまずテーマとなる。

機能に分解しないがために技術的困難がある。

また、西洋哲学は言語を原理としており、

それゆえに西洋的AIも「言語を操れる}ことが目指されてきた。

しかし、日本文化は身体や情緒などで組み上げられてきたものであり、

ゲームのキャラクターAIもロボティクスも、

基本的に動く身体をベースとしている。

西洋のトップダウン型はどうしても

「世界に接地することはできない」し、

東洋のボトムアップ型は正義や未来といった概念に

なかなかたどりつけない。

このギャップを埋めることが、

「現在のAI開発における最大の魅力」なのである。

 

 

 

つづく・・・。

 

 

 

 

 

 

 

日本のコンテンツでは、

AIは人間に使役される存在ではなく、

共存するキャラクターとして受け入れられてるんです。

 

西洋では、人間以外のものに魂を込めないと知って

へぇ~と思いました。

 

 

 

では、また明日^^

 

 

 

 

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