3月下旬にやっていた14日間断食のレポートです。
最終回は⑤考察、気付きについてです。
こんな感じで連載してきました
⓪はじめに
ちょうど1年前NHKで『坂の上の雲』の再放送が始まったので欠かさず観るようになりました。はっきり言って観るのがつらい、観たくない。だけど「知る意欲」が勝るので、痛ましい気持ちを引き摺りながら最終回まで観ました。
外国映画なら、価値観の違いだとか人種や感性の違いもあるからなぁっと、気持ちに多少なり距離を置くこともできる。だけど近代日本人は‘身近な人’。前線で銃を構えて突進し、屍の山となっていく映像は耐え難いものがありました。
写真はこちらからお借りしました
激寒のシベリアで交戦に待機する。かろうじての食糧。現代人の大多数は「無理〜!」って悲鳴を上げるに違いない限界環境。
そんな状況でなぜ戦闘意欲を維持できたんだろう、越冬できたんだろう、突進できたんだろう?
それが不思議で不思議で…。
100年前の日本人には現代人にはない身体能力があったってことは確かだな。
何がそうさせたのだろう??
…そんなことを思い巡らせているときに、この断食プログラムで体質が激変していく人を知りました。
これやわ。っと思った。
実際に食べない生活をやってみると、良いことずくめ。
身体が軽い。身体は省エネ回路をちゃんと知っていて、肢体を動かす最短の動線ができてくる。思考が簡潔になり結論に最短で辿り着くようになる。
一旦エネルギー不足、栄養不足になりかけても必ず迂回路を見出し、1日単位でV字回復させてしまう。時には1時間単位で調整が入る。
消化器が休息してるので身体の中が静かで、体内で起きてることを敏感に観察できました。
思ってもいなかった反応を観察できるのはエキサイティングでした。
それで確信したことがある。
現代の日本人は食べ過ぎだと。食の常識、なんか違うんじゃない?
もう10年来そう思ってはきてたけど、ここまで極端な体験をやり終えてみるともう確信でしかない。
1日あたり500g豆乳ヨーグルトと少しの海藻、2杯の野菜ジュースと適時の塩とシロップと植物油補給だけで14日間が過ごせてしまった。
同じプログラムを実践した人達が決まって漏らす感想が、
「1日のうちに食事のために費やしてきた時間とエネルギーの膨大さに気づき、驚く。」と。
食べて疲れて、疲れるからもっと食べなきゃ…っと、他にまわせるはずのエネルギーをひたすら食べることに費やしてないか?
飢餓状況に追い込まれると身体は超真剣モードで腸の吸収率を上げる努力をはじめ、腸内デトックスが起きる。液便となって排出されたり
結果、少量の食物から十分なエネルギーを生産できる環境が整う。腸が疲れない。脳に血液をまわせる。微細な周波数で脳を働かせられるようになる(=すなわち勘が鋭くなる)
※細かい周波数ほどエネルギー値が高いからね
こんな方程式が成り立ってるんじゃなかろうか。
生命を維持しようと、身体はありとあらゆる手段を使って高速に進化を始める。
静まった体内を観察していると、それが実感できた。体調の波として
あれ⁉︎もう克服できてる!みたいな
飢餓状態で暮らす国の人ならいざ知らず、少なくとも
日本人はバイタリティーがまだまだ眠ってる!と思った。
身体は私たちが想定しているほどバカではない。
植物やアメーバーと同じように無言で勝手に環境に反応し始める。
現代人は鈍感だから気付けてないだけ…
もっと肉体の主体性(勝手にエネルギー源を見つけ出す力)に任せて良いのではないかな。
考えてみたら、
イエス・キリストは荒野で40日間断食し悪魔からの試練に耐えたというではないか。
イスラエル海抜0mの碑 その荒野ってこういうところだったのかなぁって撮ってみた
空海は室戸の洞窟で100日間、虚空蔵菩薩の真言を唱え続けたっていうではないか。
空と海しかない孤立無縁の世界 御厨人窟
お釈迦さまもそうだった。
高野山の高僧も、葉に載った露で喉を湿らせつつ空海の修行をしたと聞かせてくださった。
感覚を研ぎ澄ますため、自身の身体能力を超越させるため、先人たちは敢えて食べない選択をしたんだよ。超常の境地を探求するには必須なんだろうってこと今ははっきりと分かるな。
14日間断食を実践した人達は決まって「日本人全員やった方が良いよね。」って言う。私も大いに賛成。
だけど、誰にでもやり遂げられるような気はしない。
まずは穏便にこうお勧めしてみたいです。
1日3食欠かしてはならぬって強迫観念で、とにかく身体に詰め込むってルーチンは考え直した方が良さそうですよ。
美食の国フランスの人は実はめっちゃ粗食。朝ご飯は食べないのが普通なんだって。外食もほぼしないらしいよ。






