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 鼎談者の中に佐藤優さんの名前があったから読んでみたけれど、期待外れ。2012年4月初版。

 

 

【虚構鼎談】
田原  つまり、3・11は、「大自然が人間に問うた強烈な警告」じゃないかと思うんです。(p.15)
 他のお二方も、「3・11は、イルミナティ(=レプティリアン)による人工災害である」という明々白々な事実認識を拒否して、上っ面の鼎談をしている。つまり、これ以上読んでもほぼ無駄な本なのである。これでよくも 『日本人のための新「幸福論」』 などというご立派なタイトルをつけたもんだと思いつつ、一応最後まで読んでみた。
 読了しても、この時点で予測した通り、大した収穫はなかった。
    《参照》   『亡国から再生へ』 高杉良 (光文社) 《前編》
              【強きを助け、弱きをくじく奴】

 

 

【脱原発は、芸術家と金持ちの主張?】
田原  そう言えば、2011年9月19日に、明治公園で6万人の反原発大集会があった。この呼びかけ人になったのが、大江健三郎、坂本龍一といった人たち。だいたい芸術家っていうのは反原発・脱原発なんですかね。そこはどうですか?
佐藤  芸術家というより、金持ちが脱原発という感じです。成功している人は脱原発でも生きていけるんですよ。原発をなくした結果、電気料金が三倍になっても高いレベルの生活ができる余裕がある。(p.48-49)
 原発に代わるフリーエネルギー技術など、既に世界にいくつか存在しているのに、この鼎談は、まったくこの点を無視している。ニコラ・テスラのような名前など全然出てこない。
    《参照》   『世界と日本の絶対支配者ルシフェリアン』 ベンジャミン・フルフォード (講談社) 《後編》
              【「ただでエネルギーを配ることができる」】

 つまり3・11を起こした「闇の権力」の逆鱗に触れたくない方々の鼎談なのである。即ち虚構鼎談かつ無意味鼎談。この無意味鼎談をしている方々は、自分たちが現実的であると言いたいらしいけれど、素晴らしい未来など何も語り得ていない。
 そもそも芸術家は、より繊細な波動界を感受できる感性の発達した人々である。故にこそ、必然的に反体制側に立って生きることを選ぶことができる人々なのである。政治や経済などの分野で長いこと生きているような「先天的灰色系人間」よりはるかに高貴な魂をしている。
   《参照》   『心ゆさぶる平和へのメッセージ』 村上春樹 (ゴマブックス)
              【大江健三郎の 『同時代論集』 】
              【文学を著す者たち】
   《参照》   『ロッカショ』 坂本龍一他 (講談社)
              【原発利権】
 

 

【68世代の欠陥】
宮崎  日本では団塊の世代と呼ばれていますが、海外では1968年を中心に運動を活発化させたということで、「68(ロクハチ)世代」と呼ばれています。・・・中略・・・。あれから半世紀近くたって、日本と欧米の68世代を比べてみると、ずいぶんな開きが生じたなというのが率直な感想ですね。とくに政治の世界で顕著です。・・・中略・・・。日本の政界には68世代に大物がいない。
田原  菅直人が総理大臣になったじゃないですか。あの人、団塊でしょう? 「団塊党を立ち上げる」なんて言ってましたし。
宮崎  だから。あの程度なんです。管はまさに日本の68世代の思想的欠陥を兼ね備えた人物なんです。自分もそうだからよくわかる。その最大の欠陥というのは、打倒すべき「真の敵」に対しては徹底的に妥協する。それでいて「内なる敵」に対しては異常なまでの執念を燃やすということです。・・・中略・・・。結局は、反小沢という民主党内対立に血道をあげることばかりに専念していた。そうした「敵対する者の排除と殲滅」「党の純化」という発想こそが68世代の思想的欠陥です。(p.72-73)
 「真の敵」(=イルミナティ=ディープ・ステート=闇の支配者)に逆らえば、自分が殺されるか国民が大災害に見舞われるかのいずれかで、進むも地獄、退くも地獄という現在の日本政界。
 68世代でなくても、このような状況におかれたら、たぶん同様になってしまうんだろう。謀略を堂々と国民と世界に知らせる勇気はない。
    《参照》   『次元「超」突破』 エハン・デラヴィ×中丸薫 (ヒカルランド)《前編》
              【トモダチ作戦】

 

 

【民族意識の現れ】
佐藤  他民族との結婚をどれだけタブーに感じるかが、民族意識の現れです。
 ヨーロッパ人にはもう全然ありません。日本人にもほとんどないでしょう。(p.100)

 敵に負けた体験が民族を結びつける。「よくもやりやがったな」という体験や記憶が、民族を生み出すエネルギーになるんです。(p.102)
 国際結婚比率の国別比較があるかと思ってネット上を探したけれど、ちょっと見つからなかった。
 中国が民族として一つにまとまるためには、日中戦争を戦った日本が必要になる。中国が尖閣に絡んでいろいろ強硬なことをするのは、国内が分裂する危機的状況にあるということの表明。
田原  日中両国ともメディアが焚きつけることで、民族主義が高揚する場面が、これからも出て来るんじゃないですか。
宮崎  そうかもしれませんけどね、日本人よりも、じつは中国人のほうが意外に冷めているんです。日本人から見ているとわかりませんが、中国の愛国メディアが煽っても、それに乗せられる人は意外と少ない。
田原  それは、メディアを信用していないから?
宮崎  信用していませんね。それ以前に、彼らは「損か得か」で動く。分かりやすいですよ。その点では非常に合理的です。でも、合理一点張りかというとそうでもない。「損だけどやらなくちゃならない。義理があるから」という変な話も多い。そこは価値観が混沌としているんです。おもしろい国ですよ。(p.151)
 価値観は混沌としていない。幇や情誼の関係にあれば義理、そうでなければ合理。
    《参照》   『小室直樹の中国原論』 小室直樹 (徳間書店) 《前編》

 

 

【中国では受けなかった『プロジェクトX』】
田原  以前、NHKのテレビで大ヒットした番組に『プロジェクトX』というのがありましたよね。・・・中略・・・。日本人ならだれでも感動するストーリーだったけど、中国ではまったく受けなかったという。なぜかというと、「成功した人たちが大金持ちになっていない」と言うんだな。
宮崎  そりゃあ、おもしろい。たしかに、中国では成功したら大金持ちになるはずだという発想ですね。日本人は、作ること自体に喜びがあるんだ。(p.224)
    《参照》   『「中国人」になった私』 松木トモ (PHP) 《後編》
              【会話の始まりは「いくら?」】

 

 

【戦争の傷跡が残る場所で・・・】
宮崎  タイの奥地にあるクワイ川に行った時のことです。日本軍の捕虜収容所があって、連合軍の捕虜を強制的に働かせて鉄道の橋をかけた場所として有名になっている。『戦場にかける橋』という映画にもなったので、欧米や日本の観光客もたくさんくる。そこで、日本人の若いパックパッカーたちが何を話題にしていたか。タイのカレーが辛いだの辛くないだのと、そんなことばかり話していたんですよ。よりによって、戦争の傷跡が残る場所までわざわざやってきて、「カレーが辛い」なはいでしょう。
佐藤  いや、目に浮かびますよ。そんな馬鹿者をよく見かけます。(p.231)
 わざわざ海外に行きながら、ほとんどショッピング街を回っているだけの日本の男子学生って、最近は多いらしい。そういうのに会うと、呆れるというより憤慨する感じである。
 生まれた時から消費者としての生き方に馴染んできた最近の若者は、消費する者・購入する者としての行動様式以外の旅の仕方を思いつかないのかもしれない。異文化や歴史になどさしたる興味はないまま、ただ消費者として外国に行くという感じだろうか。おったまげた若者達である。
    《参照》   『希望のしくみ』 アルボムッレ・スマナサーラ・養老孟司 (宝島社)
              【フリー・パックツアー】


 

<了>
 
 
 

  田原総一朗・著の読書記録

     『日本人のための新「幸福論」』

     『大逆転』