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 村上春樹のエルサレム賞受賞スピーチ、その他に関する内容の書籍。私は今頃になって、村上春樹のこのスピーチを図書館で見つけて始めて読んだ。
 作家、村上春樹に関する背景として、深く関与する彼の父親のことが書かれていて興味深いけれど、それ以上に、文学小説を書く者としての村上春樹のメッセージを読んで、懐かしく嬉しい気持ちになれた。

 

 

【「壁と卵」 村上春樹のスピーチから】
 「壁」は「体制」で、「卵」は「ひとりひとりの人間」を意味している。
 ここでごく個人的なメッセージを一つ紹介させてください。小説を書く時、私がいつも心に留めていることです。紙に書いて壁にはったりはしていませんが、私の心の壁に刻まれているものなのです。そこにはこのように書いてあります。
「高く堅牢な壁と、そこにぶつかれば壊れてしまう卵があるなら、私は常に卵の側に立とう」
 ええ、どんなに壁が正しくとも、どんなに卵が間違っていようとも、私は卵の側に立ちます。(p.45)
 これを読んで、文学を著す者の立場で思い起こすことがあった。
 文学というものは「壁」に比べたら、そもそも「卵」のように “か弱い” ものである。それを著す作家という職業の人たちも、現実界にあっては “か弱い” ものである。なのに文学は語り続けられている。人々の心に通ずる繊細さの代償が “か弱さ” のである。
 おそらく平和な世界は “繊細な波動“ に充ちていて、それらを人間の世界に降ろしてみても、儚いものなのである。せめて文字に託して書物という形に残し、この世界で読み継がれることが、文学に為し得る唯一の現実展開なのだろうと思う。

 

 

【大江健三郎の 『同時代論集』 】
 大学生時代に読んでいた大江健三郎の『同時代論集』の中にあった印象的な記述を二つ思い出す。
「核時代のカナリア理論」という評論があった。炭鉱作業では地底から噴き出す有毒ガスによって大量死事故が起こってしまう。カナリアは僅かなガスでも敏感に反応するので、自らの死をもって鉱夫たちに危険を知らせるのである。作家は時代状況の中で人間を守る警鐘役を負っている、という内容である。
 村上春樹のスピーチの中にも、同様な表現がある。
 私が小説を書く理由はたった一つ、個々の魂の尊厳を浮き彫りにし、そこに光を当てることです。物語の目的とは、体制が私たちの魂をわなにかけ、卑しめることがないよう、警報を発したり、体制に光を向けたりしておくことです。生と死の物語、愛の物語、読者を泣かせ、恐怖に振るわせ、笑いころげさせる物語。小説家の仕事は、そんな物語を作ることによって、個々の魂のかけがえのなさを明確にする努力を続けることだと信じています。
 私たちはそのために毎日毎日、まじめに作り話を作り続けているのです。(p.49)
 もう一つは、「破壊者ウルトラマン」という評論である。正義の味方ウルトラマンは、怪獣をやっつけてくれて、かっこよく宇宙に帰って行くけれど、戦いの過程で住宅や工場など様々なものを踏み潰し破壊していることに一切配慮はない。人間ひとりひとりの命や家財を守る意志のない “正義の味方ウルトラマンは破壊者である” という意味において、体制側の偽装を看破していたのである。

 

 

【文学を著す者たち】
 慟哭しつつ「嘆きの壁」を叩く人々は、イスラエル側の報復的正義を主張する「破壊者ウルトラマン」にエネルギーを供給する者たちであり、今やネオコンと一体となって地球を混乱に陥れる確信戦争犯罪者集団である。
   《参照》   『アメリカ帝国はイランで墓穴を掘る』 桜井春彦 (洋泉社)
            【キリスト教原理主義者とネオコン】

 彼らは「カナリア」とは全くかけ離れた心を有し、自国民以外は「卵」であるとすら思いもしないのである。
 文学を志す人々は、普遍的人間の尊厳の側から、権力(体制)の偽装を真っ先に看破している。そして “ペン” は “剣” に対して直接的効力を有さぬことを慨嘆しつつ知っているが故に、それでもなお「カナリア」となり、あるいは脆く壊れやすい「卵」に仮託して表現することを選ぶのである。(それしかないから・・・)
 されど、か弱き道を選ぶ者たちは、表現したものが幾度無視されようとも、またこの地上において幾度肉体が滅びようとも、決して敗北することは無い。

 

 

 村上春樹のスピーチを読んで、大学生だった当時の文学に関する自分自身の心境を思い出してもいた。クラブに属していた学生時代は、「 愛 」を「人間が権力に対抗するための最後の砦」と独自に定義していたほどであるから、それを著してもいた。
   《参照》   『阿修羅を越えて』 川田隅 (石灰灯)
            【 川田の文学事典 】

 

 

<了>

 

  村上春樹・著の読書記録

     『心ゆさぶる平和へのメッセージ』

     『もし僕らのことばがウイスキーであったなら』

     『レキシントンの幽霊』

     『アフターダーク』

     『神の子どもたちはみな踊る』

     『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』