
日本の将棋と諸外国の将棋の違いが語られている序盤は、日本文化のエッセンスを傍証しているから非常に引き込まれる。それ以後はまあ普通。でも、スポーツ選手を取材している二宮さんならではの知見から、なるほどと思える処はいくつか見出せるだろう。2007年10月初版。
【駒の力を極端に弱くしている日本の将棋】
外国人の発想で行けば、「歩」などたいして戦力視されない捨て駒みたいなものなんだろうけれど、羽生さんは以下のように言っている。
二宮 将棋の原型が生まれたのは古代インドだといわれています。それが世界に広まり、その土地土地でルールは様々に変化していった。チェスも将棋も同根と言うことですね。日本の将棋の特徴を一言でいうと、どうなるのでしょう?
羽生 駒の力を極端に弱くしていることでしょうね。ほかの国のものと違って、突出した強さを持った駒が無いんですよ。(p.14)
将棋比較文化論の最初のひと言が、そのまま日本文化論の核心を突いている。
羽生 駒の力を極端に弱くしていることでしょうね。ほかの国のものと違って、突出した強さを持った駒が無いんですよ。(p.14)
羽生 それら(中国将棋の「車」や「馬」)が日本に入って香車や桂馬に変わるとき、明らかに駒の力は弱められている。
二宮 それは自然に変わったというよりは・・・。
羽生 日本人がそういう駒を好んだんだと思います。
二宮 要するに日本の将棋では、パワーゲームでガンガンいくような感じにはならないということですね。
羽生 そうですね。朝鮮将棋「チャンギ」なんかでも、ダイナミックで強い駒がいっぱいあるので、いきなり激しい戦いになっちゃう。日本将棋ではそういうことがないから、まずは駒組みしたり、囲いを作ったり、戦う前に地道な作業をやる。
二宮 中国将棋では、そういう作業はしないんですか?
羽生 囲ってるあいだに大砲が飛んできますから(笑)。囲うと言う発想自体、最初からないと思いますね。
二宮 守りから入るという発想が無いわけですね。とにかく攻めから入ると。一方の日本は、まずは矢倉囲いで守りを固めたりする。戦術論で考えると、日本将棋のほうが緻密だといえるんでしょうか?
羽生 きめ細かい感じですね。とにかく細かいテクニックが必要になります。(p.16-17)
個の力を弱めたからこそ、繊細になるのだし、チームワークで対処するようになる。二宮 それは自然に変わったというよりは・・・。
羽生 日本人がそういう駒を好んだんだと思います。
二宮 要するに日本の将棋では、パワーゲームでガンガンいくような感じにはならないということですね。
羽生 そうですね。朝鮮将棋「チャンギ」なんかでも、ダイナミックで強い駒がいっぱいあるので、いきなり激しい戦いになっちゃう。日本将棋ではそういうことがないから、まずは駒組みしたり、囲いを作ったり、戦う前に地道な作業をやる。
二宮 中国将棋では、そういう作業はしないんですか?
羽生 囲ってるあいだに大砲が飛んできますから(笑)。囲うと言う発想自体、最初からないと思いますね。
二宮 守りから入るという発想が無いわけですね。とにかく攻めから入ると。一方の日本は、まずは矢倉囲いで守りを固めたりする。戦術論で考えると、日本将棋のほうが緻密だといえるんでしょうか?
羽生 きめ細かい感じですね。とにかく細かいテクニックが必要になります。(p.16-17)
外国人の発想で行けば、「歩」などたいして戦力視されない捨て駒みたいなものなんだろうけれど、羽生さんは以下のように言っている。
羽生 私の経験でも、「あと一歩足りない」というケースは何千回もありましたから。(p.24)
諸外国の将棋では、取った相手の駒を自分の駒として使えない。国際柔道の世界で敗者復活戦が用いられているけれど、このような自他を問わず敗者を活かすルールは日本固有な文化なのである。
【組織の効率に溶解してゆく個の連係】
《参照》 『お父さんの技術が日本をつくった』 茂木宏子 小学館
【明石大橋の建設に携わった方】
《参照》 『枠を超える発想』 石井憲正 致知出版
【働く】
二宮 突出した個人のパワーに頼るんじゃなくて、組織の効率で戦うと。
羽生 大山康晴先生の棋譜を見てると、駒の損得なんてまったく気にしてないんですよね。ただ「効率よく、バランスよく」という点だけに万全の注意を払っているので、遊び駒なんか絶対に作らない。駒の連係をトップ・プライオリティーにしている。効率のためだったら、駒なんてさっさと捨てちゃってるんです。(p.32-33)
「駒の力」を弱めたことによって「組織の効率」という戦術に収斂していった、と考えやすいけれど、日本と言う産土力が醸し出す風土論から言えば、“個の繊細さ(弱さ)⇔繊細な波動⇔全体の調和(組織の効率)” と言うことなんだろう。日本は繊細な波動が媒介する産土力の国であるが故に、個と全体は自ずとそのような関係になってゆくのである。羽生 大山康晴先生の棋譜を見てると、駒の損得なんてまったく気にしてないんですよね。ただ「効率よく、バランスよく」という点だけに万全の注意を払っているので、遊び駒なんか絶対に作らない。駒の連係をトップ・プライオリティーにしている。効率のためだったら、駒なんてさっさと捨てちゃってるんです。(p.32-33)
《参照》 『お父さんの技術が日本をつくった』 茂木宏子 小学館
【明石大橋の建設に携わった方】
羽生 飛車角を四枚もっていたら有利だけど、それは飛車角を四枚守らないといけないということでもある。効率が悪いんですね。会社で重役を増やしたら、それに仕える人も増えちゃったみたいな話で。
二宮 駒を「格」で見るのではなく、効率として評価する。デッドストック状態の大駒=重役は組織にとって無駄以外の何物でもない。(p.33)
働かないのが当然と思い込んで、「お上」という「格上」意識でのさばっている天下りと一般公務員は、日本国家の「組織効率」を強烈におとしめているデッドストックである。日本文化の基点から見ても、あってはならない異分子である。二宮 駒を「格」で見るのではなく、効率として評価する。デッドストック状態の大駒=重役は組織にとって無駄以外の何物でもない。(p.33)
《参照》 『枠を超える発想』 石井憲正 致知出版
【働く】
【世界の日本将棋人口】
二宮 世界的にも将棋人口は増えているのでしょうか?
羽生 ちょっと前まで上海で爆発的に増えていると騒がれました。その傾向は変わってないんですが、最近のトピックスは、ウクライナで急激に増えていること。いまもっとも増加率が高いんですよ。(p.55)
多分、テレビの国際放送や漫画などを通じて、日本人の考え方や習慣に触れた人々が、日本将棋を手にするところから始まっているんじゃないだろうか。 羽生 ちょっと前まで上海で爆発的に増えていると騒がれました。その傾向は変わってないんですが、最近のトピックスは、ウクライナで急激に増えていること。いまもっとも増加率が高いんですよ。(p.55)
しかし、それが根付くかどうかは文化的に親和性があるかどうかだろうけれど、ウクライナのクリミヤ半島で20世紀の前半に見つかったお墓を調べたカナダ人の学者さんが、ウクライナ人と日本人との関係を冊子に記述したものがあると、久保有政さんが語っていた。中東から北に進んで黒海の北側(ウクライナ)に進み、そこから中国を経由して日本に来た古代ユダヤの人々がいたらしい。
【「打ち歩詰め」という禁じ手】
これを読んでいて、勝てないことなど百も承知で、巨漢・小錦に真正面から挑み続けた横綱・千代の富士の姿を思い出してしまった。
《参照》 『天晴れ小錦』 小室明 Ihatov
【優勝者という言葉】
「横綱のけたぐりをどう思う」
でも、日本の若者であるJリーガーの中にも、Jリーグを育ててくれた世界の英雄ジーコに対して、酷いラフプレーをしかけた選手がいた。日本人としての美意識をもたない選手は辞めてほしい。
いかなるスポーツ選手であれ、グラウンドに唾を吐く選手など日本人ではない。力士が土俵に、柔道選手が畳に、サラリーマンが職場であるオフィスに唾を吐くことなどありえないのと同じだろう。
羽生 外国人プレーヤーが大幅に増えた時に大切なのは、将棋の背景に流れている日本人の変え方や伝統みたいなものを、きっちり伝えていくことだと思うんです。例えば禁じ手で「打ち歩詰め」というのがありますよね。
二宮 持ち駒の歩を打って、玉を詰ましちゃいけないという。
羽生 歩で王様をとるようなことは、絶対にあってはいけない。もちろん、すでに盤上にある歩を動かして玉を詰めるぶんにはかまわない。でも、持ち駒でやっちゃいけない。あれが象徴的だと思うんです。合理的理由とかそういうのではなしに、脈々と受け継がれてきた美意識というか、価値観のようなものがある。
二宮 持ち駒の歩を打って王を降参させるのって、たとえて言えば足軽が遠くから鉄砲で馬上の大将を狙うような行為ですよね。卑怯というか、美しくない。相手がそれなりの立場の武士であれば、こちらもそれなりの立場の人間が名乗りを上げて、正々堂々と斬り結ぶ。それが相手を尊重することであり、戦場のマナーという言い方もできる。戦いには美意識が必要だという気持ちが日本人にはある。(p.58-59)
外国人には、こういう日本人の美意識が全く理解できないのである。二宮 持ち駒の歩を打って、玉を詰ましちゃいけないという。
羽生 歩で王様をとるようなことは、絶対にあってはいけない。もちろん、すでに盤上にある歩を動かして玉を詰めるぶんにはかまわない。でも、持ち駒でやっちゃいけない。あれが象徴的だと思うんです。合理的理由とかそういうのではなしに、脈々と受け継がれてきた美意識というか、価値観のようなものがある。
二宮 持ち駒の歩を打って王を降参させるのって、たとえて言えば足軽が遠くから鉄砲で馬上の大将を狙うような行為ですよね。卑怯というか、美しくない。相手がそれなりの立場の武士であれば、こちらもそれなりの立場の人間が名乗りを上げて、正々堂々と斬り結ぶ。それが相手を尊重することであり、戦場のマナーという言い方もできる。戦いには美意識が必要だという気持ちが日本人にはある。(p.58-59)
これを読んでいて、勝てないことなど百も承知で、巨漢・小錦に真正面から挑み続けた横綱・千代の富士の姿を思い出してしまった。
《参照》 『天晴れ小錦』 小室明 Ihatov
【優勝者という言葉】
「横綱のけたぐりをどう思う」
でも、日本の若者であるJリーガーの中にも、Jリーグを育ててくれた世界の英雄ジーコに対して、酷いラフプレーをしかけた選手がいた。日本人としての美意識をもたない選手は辞めてほしい。
いかなるスポーツ選手であれ、グラウンドに唾を吐く選手など日本人ではない。力士が土俵に、柔道選手が畳に、サラリーマンが職場であるオフィスに唾を吐くことなどありえないのと同じだろう。
【キャッチャーという女房役で見る文化比較】
あのサッチーさんは見かけによらず繊細なんだろうか? 信じがたい。 多分23日生まれの自分の息子を、キャッチャーとして育てたくってそう言っていたのである。
日本の技術力にしても文化力にしても調理力にしても、その殆どを繊細な高いレベルで作り成しているのは職場で女房役に徹している多くの男たちである。男という貴重な人材を失えば、間違いなく日本は衰退するのである。
二宮 配球について言えば、基本的には日本ではキャッチャーが考えるけど、アメリカでは主にピッチャーが考えるんです。 ・・・(中略)・・・ 。
羽生 じゃあ、メジャーのキャッチャーというのは「捕るだけ」に近い?
二宮 もちろんキャッチャーのキャリアにもよりますが、ルーキーのキャッチャーなどは、キャッチングマシーンと考えていいでしょうね。要するに、キャッチャーがサインを出すのは指示というより、お伺いなんです。「これでよろしいですか?」 「ダメ!」 「じゃあ、これでは?」・・・という感じ。メジャーのキャッチャーは文字通り女房役なんです。日本の場合、女房の方が指図している、ダンナよりも実は女房の方が強い。まあ、日本らしいといえば日本らしい現象なんですが(笑)。
ダンナよりも強そうな女房をもつキャッチャー出身の野村前楽天監督が、「キャッチャーはダイヤモンドという“扇の要”の位置にあり、1人だけ逆を向いて全体を支えている女房役である。繊細なハートを持っていなければできない」 という風なことを言っていたのを覚えている。羽生 じゃあ、メジャーのキャッチャーというのは「捕るだけ」に近い?
二宮 もちろんキャッチャーのキャリアにもよりますが、ルーキーのキャッチャーなどは、キャッチングマシーンと考えていいでしょうね。要するに、キャッチャーがサインを出すのは指示というより、お伺いなんです。「これでよろしいですか?」 「ダメ!」 「じゃあ、これでは?」・・・という感じ。メジャーのキャッチャーは文字通り女房役なんです。日本の場合、女房の方が指図している、ダンナよりも実は女房の方が強い。まあ、日本らしいといえば日本らしい現象なんですが(笑)。
あのサッチーさんは見かけによらず繊細なんだろうか? 信じがたい。 多分23日生まれの自分の息子を、キャッチャーとして育てたくってそう言っていたのである。
日本の技術力にしても文化力にしても調理力にしても、その殆どを繊細な高いレベルで作り成しているのは職場で女房役に徹している多くの男たちである。男という貴重な人材を失えば、間違いなく日本は衰退するのである。
【モチベーションと自発性】
二宮 あのときメッツは中村ノリに、ヤンキースの松井とほぼ同じ評価を下していた。すごいチャンスですよ。松井はどうしても勝負したかった。中村ノリは行きたくなかったんでしょう。 ・・・(中略)・・・ 。
羽生 自発性の部分が弱かった。
二宮 そんな印象ですね、セリエAで1ゴールもあげられなかったサッカーの柳沢敦にも同じ匂いを感じますね。本当にセリエAに行きたかったのか。行って何をしたかったのか。誘われたから何となく行ってしまったというニュアンスですね。中田英寿や中村俊輔とは大きく異なる部分です。
羽生 やはりモチベーションの問題は大きいですよね、自発性が持っている強さは、先天的な才能をはるかに超えると感じています。(p.201)
棋界の天才・羽生さんが言っている最後の言葉は極めて重要。羽生 自発性の部分が弱かった。
二宮 そんな印象ですね、セリエAで1ゴールもあげられなかったサッカーの柳沢敦にも同じ匂いを感じますね。本当にセリエAに行きたかったのか。行って何をしたかったのか。誘われたから何となく行ってしまったというニュアンスですね。中田英寿や中村俊輔とは大きく異なる部分です。
羽生 やはりモチベーションの問題は大きいですよね、自発性が持っている強さは、先天的な才能をはるかに超えると感じています。(p.201)
羽生善治・著の読書記録
米長邦雄・著の読書記録
<了>