「横綱(朝青龍)のケタグリをどう思うか」 というヤフーの意識調査に、チャンちゃんは、以下のような意見を書き込みました。
【1/3】 小錦は尊敬する力士として、横綱・千代の富士の名を挙げていました。千代の富士は横綱になってから、対小錦戦は完全な負け越しだったはずです。その理由は、決して右にも左にも変わることなく真正面から挑んだからです。千代の富士は、ウエイトで勝ち目は無いことを重々承知でやっていたはずです。それが千代の富士にとっては、横綱としてのプライドだったのだと思います。これが横綱の品格というものではないでしょうか。
【2/3】 「ルールの範囲内なのだからどんな勝ち方でも良い」、という考え方は、欧米流の合理主義に基づく考え方です。日本の相撲は、単なるスポーツではなく、神事として行われたことが起源であるはずです。ゆえに、スポーツのルールという視点のみで考えるのは日本文化を弁えぬ視野狭窄な人の発想だと思います。相撲に関して言うならば、神事を基とする日本文化という視点を含めて考えることが大切だと思います。
【3/3】 ただ勝ちさえすれば、日本の神々は賞賛するのでしょうか? 神々は勝者のみを愛でるものなのでしょうか? たとえ朝青龍が記録の上で、千代の富士を上回ったとしても、朝青龍に、横綱・千代の富士の対小錦戦の意匠が理解できないのであるなら、永遠に横綱・千代の富士を超えることはできないと私は思います。
<了>