リエゾンをする精神科医の経験年数 | kyupinの日記 気が向けば更新

リエゾンをする精神科医の経験年数

今だから書くが、実は卒後3年目で院外の大きな総合病院のリエゾンに行っていた。もちろん1人である。新米だからリエゾンをしてはいけないわけではないが、例えるなら仮免で公道を運転するようなものだ。(その後、病院を移動し卒後4年目から6年目もリエゾンをしていた)

その総合病院は医師なら誰でも知っているような巨大病院である。当時のことは過去ログでも少し触れている。(参考

当時、実はほとんど抗うつ剤の投与経験がなかった。投与したことがないわけではないが、それぞれの抗うつ剤の特性などあまり理解できていなかったのである。当時、ルジオミール、テトラミド、アモキサンの3つだけでなんとかしようとしていた。

一方、統合失調症は3年目でもけっこう治療経験があった上、まだ非定型抗精神病薬も発売されていなかったため、ほとんど支障がなかった。

当時の総合病院でどうして良いやら困るようなことは、全然といって良いほどなかった。統合失調症の人ばかり紹介されたからである。他の精神病院からの紹介で統合失調症の患者さんで手術が必要だとか、そういうケースが多かった。あとは婦人科の症状精神病である。

せん妄はあるのはあるが、内科や外科のドクターがセレネースなどを筋注してなんとかしているようで、紹介自体がなかったような気がする。今、僕が行っている病院ではもっぱら認知症やせん妄の治療の依頼が多い。

当時のリエゾンではオーソドックスな内因性疾患の患者さんを主に紹介されていたように思う。(症状精神病は内因性ではないが)

印象に残っている患者さんが2名いる。(1名は「プレコックス感」に出てくる子)

もう1名はまだ未成年の女の子で、高校を卒業後、東京で仕事をするようになったが、急激に統合失調症様の反応が生じ、短期間、某大学病院に入院。やはり地元で治療した方が良いということで帰郷し、偶然、僕が診るようになった。

彼女は僕が診た時点では既に寛解状態にあり、しかも欠陥症状も残遺しておらず、診断的にも統合失調症ではなかった。あれはエピソード性のものであり、過去ログの「短期決戦に構える」で出てくる患者さんとほぼ同じような経過である。

その子には、

貴方は運が良かった。

と言った。あのような経過でこのような結末は、運が良いとしか言いようがない。たぶん彼女には何がなにやらわからなかったと思う。

彼女は薬なしで数ヶ月、様子をみて、もう病院に来なくて良いと伝えた。もし統合失調症の診断ならば、そういう風な指示はしない。

あと、東京にはもう仕事では行かないように強く言っておいた。あれはカルチャーショック的なものも相当にあるような気がする。

ところで当時の自分がタイムマシンに乗り、現代にやってきて、今の総合病院のリエゾンができないかというと、できないわけではないけど、選択する薬が相当に違うような・・

今は当時に比べ、疾患の表現形?が増えているし、薬の種類が増えただけでなく扱い辛い薬も相当に増えているので、精神医療の部分だけでも難しくなっている。

また、精神科のリエゾンはマニュアル的なものだけでなく、それ以外にも気を遣うことがたくさんあるのである。老人の周囲の家族、病棟ナースのニーズなどである。時にそれは相反しており、どちらかを優先すると一方から苦情が出る場合もある。

だからこれが結論であるが、3年目の精神科医にはリエゾンは荷が重いと思う。

参考
プレコックス感
リエゾンの時の返書
リエゾンは言葉遣いに気をつける
ヒルトニン(←これは5年目くらい)
抑肝散でけいれん発作
J.F.ケネディ(←これも5年目くらい)
セロクエルがあるとないとでは大違い
アルバイトのドクターは薬を変えられないこと