J.F.ケネディ
僕が総合病院で働いていた頃の話。もうずいぶん前のことだ。ある中年の男性が奥さんに同伴されて来院された。主訴は急に倒れてしまうんだと。普通、こういうケースではてんかんなどを疑いたいので、脳波やCTを一通り撮った。最初はCT、脳波とも異常がなかった。普通の時に話す際には元気がない他は精神症状も異常がなかった。しかし他覚的にはずいぶん顔色が悪い。うまく例えられないのであるが、顔色は鶯色に見えた。なにか色素沈着しているようにすら見えたのである。
仕事はメッキ関係だったのでそれに少し関係しているかもしれないと思った。例えば本人が気がつかないうちにある薬品の中毒になっているとか。あるいは悪意の薬物混入とか。こういう生活歴があると精神科でもちょっと応用問題になるのである。はっきりしない症状だし、家ではけっこう倒れているというので、入院させていろいろ調べてみることにした。
病棟に上がってすぐだ。その患者さんは椅子に座ったまま、急に後方にぐったりと首を垂れるようになり意識を失った。急いで血管確保し点滴を始めたところ、まもなく意識が回復した。意識を失った時は脳波も意識障害を示す徐波が出ていたが、意識が回復すると脳波も改善するのであった。意識障害が出現した時に血液検査をすると血糖が著しく低下していることがわかった。これは広い意味の症状性の精神症状なのである。
当時、その総合病院では内科、外科はあまり精神科の患者さんを診たくないというのがあった。だから同じ総合病院なのに、他科受診が容易ではなかったのである。例えば糖尿病の場合、精神科で75gGTT試験を済ませてから受診させなければならなかった。いきなり診て下さいという感じだと、つきかえされたのである。
オマエラ、精神科医の内科の実力を知らんな・・(笑)
院内では整形外科との関係は良好だった。整形外科で大腿骨頚部骨折の術後の患者さんの認知症が出たときよく転科させて診ていたので持ちつ持たれつの関係になっていたからだ。他、眼科、皮膚科などのマイナー科とはそう悪い関係ではなかった。
その患者さんはどこか体の中で壊れているところがあるのは確かだが、それが一体どこであるかがはっきりしなかった。これは放っていると、死ぬか、脳に大変な障害が残りかねない。症状が漠然としている場合、内科医は真剣に取り合わないのである。僕はインスリノーマのような腫瘍を疑っていた。
その総合病院は県外の病院なので自分の大学出身者はあまりいない。特に内科、外科は。院内の名簿を調べてみると、自分の大学の出身の内科研修医が1人だけいた。院内で彼を呼び出したのである。彼はひと目見てまるでガキで、南伸坊の顔の絵のようなオニギリみたいな顔立ちだった。
か~、こんなのしかおらんのか・・(失礼・・)
しかしあとで、いろいろ話をしてみるとなかなか優秀な研修医であった。24歳で研修医ということは、ストレートで卒業しているのである。当時、彼は24歳、僕が28歳くらいだったので、今から考えるとそう年齢が離れてはいなかったのであるが。
結局、オニギリ君に頼むことにした。オニギリ君にこの病院にやって来た経緯を聞いてみた。県外のこのような総合病院に、しかも1年目に来ているのは珍しい。その病院は救急にもすごいのが来るし1年目では難しい病院なのである。彼によれば、大学の某内科教室に入局したところ、いきなりここに飛ばされたのだという。
僕は一応先輩なので、全力でその正体をみつけるように命じた。一刻も早く。
急に血糖を下げるようなホルモン産生腫瘍のようなものを僕は想定していた。その人は顔色が悪かったし、やせていたから。彼には上の先生にも協力してもらうように伝えた。何かあるのはわかっているので、後で恥をかく可能性は限りなくゼロに近いと思われたこともある。
1週間前後で、その患者さんは「突発性副腎不全」であることがわかった。ふーん、アジソン病のようなものか・・ 珍しい疾患ではあるが、悪性腫瘍ではなかった。
J.F.ケネディはアジソン病だったと言われる。彼がいつも日焼けしたように浅黒い皮膚だったのはそれが原因であろう。また、マリリン・モンローとの噂など性欲が亢進していたのもこれと無関係ではない。もともとアジソン病は性欲は下がりそうなので、この治療薬のせいだろうと思っていた。服薬の仕方をきちんと守らずしばしば飲み過ぎていたらしい。
結局、治療的には副腎皮質ホルモンを補充するだけでよかった。精神科にいたのはほんのわずかな期間で、そのまま内科から退院されたらしい。だから、細かい治療の詳細は僕は知らないし、その後の消息も知らないままだ。
参考
症状精神病
仕事はメッキ関係だったのでそれに少し関係しているかもしれないと思った。例えば本人が気がつかないうちにある薬品の中毒になっているとか。あるいは悪意の薬物混入とか。こういう生活歴があると精神科でもちょっと応用問題になるのである。はっきりしない症状だし、家ではけっこう倒れているというので、入院させていろいろ調べてみることにした。
病棟に上がってすぐだ。その患者さんは椅子に座ったまま、急に後方にぐったりと首を垂れるようになり意識を失った。急いで血管確保し点滴を始めたところ、まもなく意識が回復した。意識を失った時は脳波も意識障害を示す徐波が出ていたが、意識が回復すると脳波も改善するのであった。意識障害が出現した時に血液検査をすると血糖が著しく低下していることがわかった。これは広い意味の症状性の精神症状なのである。
当時、その総合病院では内科、外科はあまり精神科の患者さんを診たくないというのがあった。だから同じ総合病院なのに、他科受診が容易ではなかったのである。例えば糖尿病の場合、精神科で75gGTT試験を済ませてから受診させなければならなかった。いきなり診て下さいという感じだと、つきかえされたのである。
オマエラ、精神科医の内科の実力を知らんな・・(笑)
院内では整形外科との関係は良好だった。整形外科で大腿骨頚部骨折の術後の患者さんの認知症が出たときよく転科させて診ていたので持ちつ持たれつの関係になっていたからだ。他、眼科、皮膚科などのマイナー科とはそう悪い関係ではなかった。
その患者さんはどこか体の中で壊れているところがあるのは確かだが、それが一体どこであるかがはっきりしなかった。これは放っていると、死ぬか、脳に大変な障害が残りかねない。症状が漠然としている場合、内科医は真剣に取り合わないのである。僕はインスリノーマのような腫瘍を疑っていた。
その総合病院は県外の病院なので自分の大学出身者はあまりいない。特に内科、外科は。院内の名簿を調べてみると、自分の大学の出身の内科研修医が1人だけいた。院内で彼を呼び出したのである。彼はひと目見てまるでガキで、南伸坊の顔の絵のようなオニギリみたいな顔立ちだった。
か~、こんなのしかおらんのか・・(失礼・・)
しかしあとで、いろいろ話をしてみるとなかなか優秀な研修医であった。24歳で研修医ということは、ストレートで卒業しているのである。当時、彼は24歳、僕が28歳くらいだったので、今から考えるとそう年齢が離れてはいなかったのであるが。
結局、オニギリ君に頼むことにした。オニギリ君にこの病院にやって来た経緯を聞いてみた。県外のこのような総合病院に、しかも1年目に来ているのは珍しい。その病院は救急にもすごいのが来るし1年目では難しい病院なのである。彼によれば、大学の某内科教室に入局したところ、いきなりここに飛ばされたのだという。
僕は一応先輩なので、全力でその正体をみつけるように命じた。一刻も早く。
急に血糖を下げるようなホルモン産生腫瘍のようなものを僕は想定していた。その人は顔色が悪かったし、やせていたから。彼には上の先生にも協力してもらうように伝えた。何かあるのはわかっているので、後で恥をかく可能性は限りなくゼロに近いと思われたこともある。
1週間前後で、その患者さんは「突発性副腎不全」であることがわかった。ふーん、アジソン病のようなものか・・ 珍しい疾患ではあるが、悪性腫瘍ではなかった。
J.F.ケネディはアジソン病だったと言われる。彼がいつも日焼けしたように浅黒い皮膚だったのはそれが原因であろう。また、マリリン・モンローとの噂など性欲が亢進していたのもこれと無関係ではない。もともとアジソン病は性欲は下がりそうなので、この治療薬のせいだろうと思っていた。服薬の仕方をきちんと守らずしばしば飲み過ぎていたらしい。
結局、治療的には副腎皮質ホルモンを補充するだけでよかった。精神科にいたのはほんのわずかな期間で、そのまま内科から退院されたらしい。だから、細かい治療の詳細は僕は知らないし、その後の消息も知らないままだ。
参考
症状精神病