希死念慮とアパシー
これは「徒然なるままに浪費癖とギャンブル癖を考える」と部分的に続きになっている。
僕は精神科医として「診療をすること」に30歳の頃よりずっとエネルギーがあると思う。ずっと以前はそんなことを考えることはなかったが、最近はそう思うようになった。
30歳頃はとりわけ忙しい総合病院で働いていたし、深夜に救急外来に呼び出されたり、リエゾンに駆け回ったり、体力的にも精神的にもギリギリであった。特にトラブルになった時はなおさらである。総合病院では色々な患者さんが飛び込みでやってくるため、さまざまなトラブルに巻き込まれやすいのである。(参考)
最悪だった時期は、タクシーに乗っている時、かなりのスピードで追突され鞭打ち状態で仕事をせねばなかなかった数週間。当時、上司の先生(当時の師匠)と放火の鑑定の人も診ていて鑑定書も書き進めないといけなかった。総合病院なので普通の再診の患者さんは多いし、新患は来る、リエゾンはある、ゆっくりする暇なんてなく安静どころではなかった。
ただこの時は救世主がいた。僕は鞭打ちが全然良くならないので(入院もせず、安静もせず、薬も飲んでいなかった)、思い切って温灸療法をしてもらいに祖母の所に行ったのである。祖母の家まで、高速道路で片道約2時間の距離。これなら仕事が終わってからでも日帰りできる。(参考)
この時、初めて祖母の技の凄さを知った。なんと最初の「法」だけで首からブチっと凄い音がし80%は良くなった。鞭打ちは苦手と言っていたのに。
僕は当時3回くらい通ってほぼ完治してしまった。これほどの効果なら早く来れば良かったと思った。高速で2時間なんて近いものだが、何か錯覚していたのである。
今から思えば、この時に限らず、体力の限界状態で仕事をしていた時期が何度かある。僕は不思議にそうせざるを得ない時期がやってくるのである。僕はそういう人生のバイオリズムになっていると今では納得している。半分、諦め気味に。
現在は、当時よりもずっと多くの人たちを同時進行で診ている。しかし、ヘトヘトと言う感じではないし、例えば午前中休みなく外来をしていたとしても午後に疲れて困ると言うほどではない。全然疲れを知らないことはないが、精神科治療に対し耐性みたいなものができているような気がする。ひょっとしたら、それはある種の麻痺なのかもしれない。だいたい、日々疲れきっていたら、このブログも続かないと思うよ。
半年ほど前、過去ログに出てくる僕の親しい友人の母親から自宅に電話がかかってきた。(参考)
彼女の母親によれば、帰省したときの彼女が驚くほど良くなっていたので、お礼を言いたくて電話をしてきたと言う。感激して「なんと感謝してよいのやら・・」と話しているうちに本当に泣き出してしまった。後日、母親から直接電話があったことを彼女にしたところ、「母は最近ハイテンションだから」と笑っていた。ただ、彼女の母親は双極性障害ではない。
彼女についてのエントリは過去ログにいくつかあるが、最後のエントリ以降の展開が凄まじいのである。これは「内因性の正体」のテーマの後半でまとめて話そうと思っているので、今のところほとんど触れていない。
彼女の治療の過程で、双極性障害(特に激うつ)と希死念慮の迷宮に入り込み、どうにもこうにも絶望的なことしか見えないような状況に陥った。あの日、僕は彼女にこんな風に言った。
僕が治療できないとしたら、○○さんを治療できるかもしれない人は神田橋條治先生しか思いつかない。
彼女は神田橋先生には会った事はないが、もちろん名前くらいは知っていた。こう言った直後、僕は、
しかしここまで難しく、僕がここまでいろいろやってうまくいかないものが、神田橋先生のところに行けば、魔法のように良くなるものかね?
この時、お互いに顔を見合わせて僕は苦笑い。以前から、彼女に、
神田橋先生より僕が確実に劣っているという証拠は何もない。
なんてアホなことを言っていたので、今から考えると、この一連の発言はさすがに弱気になっていたといえる。
神田橋先生の講演会には1度だけだが参加した事がある。その日の夕方、うちの病院のコメディカルスタッフに一緒に行きましょうと誘われた時、神田橋先生は知らない人だったので(面識がないという意味)、出かける直前も「神田橋先生が僕より治療がうまいという確証がないでしょう?」などとバカなことを言っていたくらいである(←かなりのアホ)。
ただ精神科治療は絶対的な上手い下手だけではなく、その人との相性も大きいと思う。トータルでは神田橋先生が治療できる患者さんの範囲が広いとしても、僕でないと治療できない患者さんもいるはずだ。(過去ログ参照)
だいたい、神田橋先生と僕では精神科医としてのタイプがかなり違う。神田橋先生は臨床経験が僕の約2倍あるが、僕は彼の年齢になってもあのタイプの精神科医にはたぶんならないと思うよ。
彼女についてだが、しばらく膠着状態が続き、際限なくいろいろな治療的トライを続けていた。そして遂にクリスタルを突破する出来事が起こったのである。(クリスタルについては「未来惑星ザルドス」を参照)
あれは今から考えてもある種の奇跡というか、神がかり的な経過であった。
彼女は今や希死念慮もなく、リストカットや過食、衝動行為(大量服薬)などの症状はほとんど消失し仕事もこなせている。今は服薬はしているものの、トロペロンの注射治療はほとんど必要がなくなった。服薬はしているとは言え、僕にとってこれは大事件なのである。
来月(2月)は海外旅行に行くらしい。今はパスポートを申請中という。僕は10年モノを取得するように薦めた。(参考)
彼女の最後の砦は、希死念慮とアパシーであった。一方、解離やそれに伴う幻聴?や被害妄想は問題にならなかった。単純なうつ病でも最後になんとなく「全てのことが楽しめない」という状態に陥る人がいる。これこそアンヘドニア様の体験で、アパシーにも関係が深い。基本的に、不登校とか新型うつ病などの疾患群はアパシーのような精神所見と深く関係しているように見える。このあたりが器質性っぽいのである。
もはや彼女はエゾウコギもバッチフラワーも服用していない。個人的に、エゾウコギは飲んだ方が良いと思うけどね~
この「希死念慮とアパシー」こそ、器質性疾患のある1つのタイプの本質だと思う。こういう人たちは日本に数多く存在していると思うが、ずっと以前はほとんどなかった現代的な精神疾患なのである。彼女が内因性の双極性障害ではなく器質性疾患と確信したことがすべての解決に繋がっている。(注:彼女はウェールズの人ではない)
彼女の母親から電話があった日だが、たぶん、あの日、彼女があまりにも明るい表情だったので、母親からはもう治癒してしまったように見えたのであろう。明るい表情ももちろん薬物によるものだ。
僕が精神科医になって以来、彼女を超えるレベルで治療が難しかった双極性障害?の人は診たことがない。まさにATPランキング1位である。たぶん、日本中でもあのような難易度の人はなかなかいないと思うよ。
僕は過去に彼女ほど、治療経過中に失望感を味わった人はいない。
良くなったかと思うと数ヵ月後になんらの形でぶりかえしていたのである。薬物療法についても行き詰っており、ある時は打つ手がないと思ったほどだ。なんと彼女の治療歴は既に3年をゆうに超えていたのであった。
彼女は双極性障害にふさわしい病前性格ではないし家族歴もそうだ。また良くなった後の精神症状からしてもそう思う。また、彼女は高校時代から希死念慮が続いていたとは言え発達障害とも違うように見える。ああいう人を発達障害と診断し始めたら、日本の全人口の5~10%くらいがそうなってしまうだろう。(この考察は「ハメルンチャルメラ」からの一連のエントリでアップする予定)
稀に症状精神病であたかも躁うつ病に見えたりするのに似ている。重要な点は、いろいろ治療していても何十年も良くならなかったことであろう。ECTをもってしても。彼女には過去に1クールECTをして大失敗しているのだが(参考)、あえて2回目のトライを行っている。さすがに2回目はやるだけアホであった。(参考)
しかし、重い精神疾患の治療方法としては、きっとこういう試行錯誤が良いんだと思う。
悪あがき的な方法でもあるが、こういう「揺さぶりみたいなもの」が治癒・寛解へのリズムを作っているような気がする(参考)。それにしても、結局、彼女の脳には自然治癒がなかった。これについては個人的に重視している。やはり何らかのサポートが必要だったのである。
彼女こそ「双極性障害ではない双極性障害」なのかもしれない。(謎な言葉だが、双極性障害の表現型になっている全く別な精神疾患という意味)。
彼女の不思議な治療展開、考察、残された謎は、「6月」「バイオハザード」「ミトコンドリア」「昆虫」「スーパーマリオの謎」の5つのエントリに詳しい(テーマ「内因性の正体」)。
これらのエントリは彼女ともう2人の統合失調症の患者さんを中心に書くつもりだ。これらは今までの僕の色々な人たちの治療の謎を部分的に解き明かす内容になっている。あくまで推測の部分もかなりあるし、未解決の謎もある。これらの一連のエントリがこのブログの最終的な目的でもある。
彼女は、僕のファンタジー面のスキルアップに相当に貢献している。まさに彼女はファンタジスタ的な治療法で急回復したのである。ファンタジーとは言え、コアの治療は薬物にはかわりはない。彼女の治療の応用で今の所だが奇跡的レベルで良くなった人が読者の人も含め10名以上いる。他の患者さんへの影響、貢献も大きく、彼女がいなかったなら、今の自分のスキルはないと思うよ。
苦戦にめげず、勝負手を打ち続ける。
それが重要なのだろう。こういう難しい患者さんは、何も考えず見ているだけではジリ貧になるのがわかりきっているからである。もちろん、僕の諦めの悪さも貢献している。
①ハメルンチャルメラ
②徒然なるままに浪費癖とギャンブル癖を考える
③ペスト
④希死念慮とアパシー
⑤精神科の薬は副作用が少ないほど、有用とは限らない
僕は精神科医として「診療をすること」に30歳の頃よりずっとエネルギーがあると思う。ずっと以前はそんなことを考えることはなかったが、最近はそう思うようになった。
30歳頃はとりわけ忙しい総合病院で働いていたし、深夜に救急外来に呼び出されたり、リエゾンに駆け回ったり、体力的にも精神的にもギリギリであった。特にトラブルになった時はなおさらである。総合病院では色々な患者さんが飛び込みでやってくるため、さまざまなトラブルに巻き込まれやすいのである。(参考)
最悪だった時期は、タクシーに乗っている時、かなりのスピードで追突され鞭打ち状態で仕事をせねばなかなかった数週間。当時、上司の先生(当時の師匠)と放火の鑑定の人も診ていて鑑定書も書き進めないといけなかった。総合病院なので普通の再診の患者さんは多いし、新患は来る、リエゾンはある、ゆっくりする暇なんてなく安静どころではなかった。
ただこの時は救世主がいた。僕は鞭打ちが全然良くならないので(入院もせず、安静もせず、薬も飲んでいなかった)、思い切って温灸療法をしてもらいに祖母の所に行ったのである。祖母の家まで、高速道路で片道約2時間の距離。これなら仕事が終わってからでも日帰りできる。(参考)
この時、初めて祖母の技の凄さを知った。なんと最初の「法」だけで首からブチっと凄い音がし80%は良くなった。鞭打ちは苦手と言っていたのに。
僕は当時3回くらい通ってほぼ完治してしまった。これほどの効果なら早く来れば良かったと思った。高速で2時間なんて近いものだが、何か錯覚していたのである。
今から思えば、この時に限らず、体力の限界状態で仕事をしていた時期が何度かある。僕は不思議にそうせざるを得ない時期がやってくるのである。僕はそういう人生のバイオリズムになっていると今では納得している。半分、諦め気味に。
現在は、当時よりもずっと多くの人たちを同時進行で診ている。しかし、ヘトヘトと言う感じではないし、例えば午前中休みなく外来をしていたとしても午後に疲れて困ると言うほどではない。全然疲れを知らないことはないが、精神科治療に対し耐性みたいなものができているような気がする。ひょっとしたら、それはある種の麻痺なのかもしれない。だいたい、日々疲れきっていたら、このブログも続かないと思うよ。
半年ほど前、過去ログに出てくる僕の親しい友人の母親から自宅に電話がかかってきた。(参考)
彼女の母親によれば、帰省したときの彼女が驚くほど良くなっていたので、お礼を言いたくて電話をしてきたと言う。感激して「なんと感謝してよいのやら・・」と話しているうちに本当に泣き出してしまった。後日、母親から直接電話があったことを彼女にしたところ、「母は最近ハイテンションだから」と笑っていた。ただ、彼女の母親は双極性障害ではない。
彼女についてのエントリは過去ログにいくつかあるが、最後のエントリ以降の展開が凄まじいのである。これは「内因性の正体」のテーマの後半でまとめて話そうと思っているので、今のところほとんど触れていない。
彼女の治療の過程で、双極性障害(特に激うつ)と希死念慮の迷宮に入り込み、どうにもこうにも絶望的なことしか見えないような状況に陥った。あの日、僕は彼女にこんな風に言った。
僕が治療できないとしたら、○○さんを治療できるかもしれない人は神田橋條治先生しか思いつかない。
彼女は神田橋先生には会った事はないが、もちろん名前くらいは知っていた。こう言った直後、僕は、
しかしここまで難しく、僕がここまでいろいろやってうまくいかないものが、神田橋先生のところに行けば、魔法のように良くなるものかね?
この時、お互いに顔を見合わせて僕は苦笑い。以前から、彼女に、
神田橋先生より僕が確実に劣っているという証拠は何もない。
なんてアホなことを言っていたので、今から考えると、この一連の発言はさすがに弱気になっていたといえる。
神田橋先生の講演会には1度だけだが参加した事がある。その日の夕方、うちの病院のコメディカルスタッフに一緒に行きましょうと誘われた時、神田橋先生は知らない人だったので(面識がないという意味)、出かける直前も「神田橋先生が僕より治療がうまいという確証がないでしょう?」などとバカなことを言っていたくらいである(←かなりのアホ)。
ただ精神科治療は絶対的な上手い下手だけではなく、その人との相性も大きいと思う。トータルでは神田橋先生が治療できる患者さんの範囲が広いとしても、僕でないと治療できない患者さんもいるはずだ。(過去ログ参照)
だいたい、神田橋先生と僕では精神科医としてのタイプがかなり違う。神田橋先生は臨床経験が僕の約2倍あるが、僕は彼の年齢になってもあのタイプの精神科医にはたぶんならないと思うよ。
彼女についてだが、しばらく膠着状態が続き、際限なくいろいろな治療的トライを続けていた。そして遂にクリスタルを突破する出来事が起こったのである。(クリスタルについては「未来惑星ザルドス」を参照)
あれは今から考えてもある種の奇跡というか、神がかり的な経過であった。
彼女は今や希死念慮もなく、リストカットや過食、衝動行為(大量服薬)などの症状はほとんど消失し仕事もこなせている。今は服薬はしているものの、トロペロンの注射治療はほとんど必要がなくなった。服薬はしているとは言え、僕にとってこれは大事件なのである。
来月(2月)は海外旅行に行くらしい。今はパスポートを申請中という。僕は10年モノを取得するように薦めた。(参考)
彼女の最後の砦は、希死念慮とアパシーであった。一方、解離やそれに伴う幻聴?や被害妄想は問題にならなかった。単純なうつ病でも最後になんとなく「全てのことが楽しめない」という状態に陥る人がいる。これこそアンヘドニア様の体験で、アパシーにも関係が深い。基本的に、不登校とか新型うつ病などの疾患群はアパシーのような精神所見と深く関係しているように見える。このあたりが器質性っぽいのである。
もはや彼女はエゾウコギもバッチフラワーも服用していない。個人的に、エゾウコギは飲んだ方が良いと思うけどね~
この「希死念慮とアパシー」こそ、器質性疾患のある1つのタイプの本質だと思う。こういう人たちは日本に数多く存在していると思うが、ずっと以前はほとんどなかった現代的な精神疾患なのである。彼女が内因性の双極性障害ではなく器質性疾患と確信したことがすべての解決に繋がっている。(注:彼女はウェールズの人ではない)
彼女の母親から電話があった日だが、たぶん、あの日、彼女があまりにも明るい表情だったので、母親からはもう治癒してしまったように見えたのであろう。明るい表情ももちろん薬物によるものだ。
僕が精神科医になって以来、彼女を超えるレベルで治療が難しかった双極性障害?の人は診たことがない。まさにATPランキング1位である。たぶん、日本中でもあのような難易度の人はなかなかいないと思うよ。
僕は過去に彼女ほど、治療経過中に失望感を味わった人はいない。
良くなったかと思うと数ヵ月後になんらの形でぶりかえしていたのである。薬物療法についても行き詰っており、ある時は打つ手がないと思ったほどだ。なんと彼女の治療歴は既に3年をゆうに超えていたのであった。
彼女は双極性障害にふさわしい病前性格ではないし家族歴もそうだ。また良くなった後の精神症状からしてもそう思う。また、彼女は高校時代から希死念慮が続いていたとは言え発達障害とも違うように見える。ああいう人を発達障害と診断し始めたら、日本の全人口の5~10%くらいがそうなってしまうだろう。(この考察は「ハメルンチャルメラ」からの一連のエントリでアップする予定)
稀に症状精神病であたかも躁うつ病に見えたりするのに似ている。重要な点は、いろいろ治療していても何十年も良くならなかったことであろう。ECTをもってしても。彼女には過去に1クールECTをして大失敗しているのだが(参考)、あえて2回目のトライを行っている。さすがに2回目はやるだけアホであった。(参考)
しかし、重い精神疾患の治療方法としては、きっとこういう試行錯誤が良いんだと思う。
悪あがき的な方法でもあるが、こういう「揺さぶりみたいなもの」が治癒・寛解へのリズムを作っているような気がする(参考)。それにしても、結局、彼女の脳には自然治癒がなかった。これについては個人的に重視している。やはり何らかのサポートが必要だったのである。
彼女こそ「双極性障害ではない双極性障害」なのかもしれない。(謎な言葉だが、双極性障害の表現型になっている全く別な精神疾患という意味)。
彼女の不思議な治療展開、考察、残された謎は、「6月」「バイオハザード」「ミトコンドリア」「昆虫」「スーパーマリオの謎」の5つのエントリに詳しい(テーマ「内因性の正体」)。
これらのエントリは彼女ともう2人の統合失調症の患者さんを中心に書くつもりだ。これらは今までの僕の色々な人たちの治療の謎を部分的に解き明かす内容になっている。あくまで推測の部分もかなりあるし、未解決の謎もある。これらの一連のエントリがこのブログの最終的な目的でもある。
彼女は、僕のファンタジー面のスキルアップに相当に貢献している。まさに彼女はファンタジスタ的な治療法で急回復したのである。ファンタジーとは言え、コアの治療は薬物にはかわりはない。彼女の治療の応用で今の所だが奇跡的レベルで良くなった人が読者の人も含め10名以上いる。他の患者さんへの影響、貢献も大きく、彼女がいなかったなら、今の自分のスキルはないと思うよ。
苦戦にめげず、勝負手を打ち続ける。
それが重要なのだろう。こういう難しい患者さんは、何も考えず見ているだけではジリ貧になるのがわかりきっているからである。もちろん、僕の諦めの悪さも貢献している。
①ハメルンチャルメラ
②徒然なるままに浪費癖とギャンブル癖を考える
③ペスト
④希死念慮とアパシー
⑤精神科の薬は副作用が少ないほど、有用とは限らない