希死念慮という物質とトロペロンの謎
「忘れられない光景」の続きである。
僕が「霊感のようなもの」で人を救ったのは彼女を含めても2名だけだ。ただ、救わなかった場合、100%死んでいたとは必ずしも言えないので、救ったという言葉はやや大げさかもしれない。僕はその頃、夏バテ気味であったが、彼女の事件以降、更に体調を崩した。おそらく、ああいうことがある度に寿命が少し縮んでいると思う。しかしあの瞬間では、彼女たちの危機がわかった以上、放置はできない。どうにも逃れられないのである。
このブログでは匿名をぜひ維持したいとか、読者の治療は受けられないというのが時々出てくる。今でさえたくさんの患者さんがいるのと、マジで容量を増やすと死にかねないというのがある。「死ぬほど頑張る」というのは聞こえは良いが、僕に限ればそうとも言えない。今後も、普通の方法で助けねばならない人がたくさんいるであろうから。救う人数がかえって少なくなるのでは話にならない。もともと僕は「生物学的に診る」などと言ってるくらいで精神医療に霊感など利用していない。
それに死んだら、「給料が受け取れない」というのももちろんある。
ところで、トロペロンはその後も彼女に周期性にみられる希死念慮発作には非常に有効であった。これはひょっとしたら彼女に特別なことなのかもしれない。単純に考えると、「希死念慮」はうつ状態からの派生したものなので、一見、抗精神病薬は的はずれのように見える。トロペロンのように高力価ブチロフェノンはなおさらである。
普通なら、あの状態に対しトロペロンが良いなんて思いつかない。
トロペロンというよりむしろアキネトンの筋注が効いたのではないかと思う人もいるかもしれない。僕は最初、そんな風に思った。アキネトンは注射の場合、抗うつ作用があるからである。それは時に嗜癖的であったりする。しかしその後、何回かのトロペロンの筋注の機会にいろいろと組み合わせを変えてみると、どうみてもトロペロンが重要であると言えた。
何か秘密があるのだろうと思い彼女の処方を書き出し、しばらくそれを眺めていた。そんな風に見ていると、なんとなく合理性があるように思い始めたのである。
トロペロンの薬物プロフィール
D2 ++++
α1 ±
mACh -
5HT2 +++
H1 +
トロペロンはセレネースに比較してまだレセプターへの作用に多様性がある。一見、同じような注射剤に見えるが、細かい点で相違があるのである。
セレネースの薬物プロフィール
D2 +++
α1 +
mACh -
5HT2 +
H1 -
トロペロンとセレネースの特徴であるが、トロペロンは強力なD2作用を持つことに加えわりあい5HT2への作用が強いことだと思う。しかし、通常はD2が強すぎて5HT2の作用は問題にならない。このプロフィールの+の個数は、あくまで薬物中の相対的なものだからだ。一方、セレネースはD2への作用に特化しており、他のレセプターへの作用が少ない。
彼女は当時、エビリファイを6mg程度服用していた。これがこの事件の謎に大きく関係していると思った。彼女は、既にエビリファイを服用していたからこそ、トロペロンが希死念慮やうつ状態に奏功したのである。エビリファイ投与中では、エビリファイが既にD2受容体を占有しているので、そこでトロペロンを筋注してもトロペロンのD2への強い作用は発揮できない。D2へ作用は減弱してしまうため、相対的に5HT2への作用が浮上するのであろう。エビリファイ服用時のトロペロンは、普段と違った薬物に見えるのである。
これはあくまで個人的な推測なのだが、おそらく、エビリファイとトロペロンの相乗作用で、うまくうつ状態と希死念慮を吹き飛ばしたのだと思う。この組み合わせは、おそらくきわめてSDA的(非定型抗精神病薬的)なのだろう。あの時、とっさにトロペロンを筋注したことは、SDAを急速筋注したことに近いのではないかと思った。
そのように考えると、セレネースはうまくはいかないと直感したことが説明できる。あの時セレネースを筋注していたら鎮静は可能だっただろうが、希死念慮とうつ状態が改善したか疑わしい。その後、彼女はいつもトロペロンで速やかに改善することがわかったため、希死念慮は以前よりはるかにうまくコントロールできるようになった。あの事件からもう5ヶ月くらい経過しているが、あれほどの希死念慮発作はもう出現していないし、衝動行為の大量服薬もほとんどなくなっているのである。
彼女によれば、今は希死念慮はほとんどないという。これは子供の頃から続いていたものだ(参考)。現在の彼女の問題点は、ラピッドサイクラー的な2型軽躁と、「体の倦怠感・うまく動かない感じ」の周期的変動をどうするかに移ってきている。彼女の処方は今も変わり続けているのである。
現在の処方
エビリファイ 4.5mg
デパケンR 600mg
デプロメール 150mg
トリプタノール 50mg
リボトリール 3mg
(他、眠剤、下剤)
しかし、今もいくつか疑問点が残っている。もしSDAの注射が存在しているとして、あのような希死念慮の発作時に筋注して速やかに効くのか?という問題である。必ず30分も経たずに改善しあまりにも効果が早すぎる。そのメカニズムはたぶん、賦活、抗うつなのであろうが、ひょっとしたらもっと違った文脈で改善している可能性も否定できない。
彼女の希死念慮を治療してきて思ったことであるが、彼女にとってきっと「希死念慮」は器質的なものに由来する「ある物質」なのだろう。
今は僕はそんな風に思っている。
参考
①霊感と生物学的変化の謎
②患者さんの死と霊感
③霊感への憂鬱
④忘れられない光景
⑤希死念慮という物質とトロペロンの謎
⑥霊感への畏怖について(番外編)
僕が「霊感のようなもの」で人を救ったのは彼女を含めても2名だけだ。ただ、救わなかった場合、100%死んでいたとは必ずしも言えないので、救ったという言葉はやや大げさかもしれない。僕はその頃、夏バテ気味であったが、彼女の事件以降、更に体調を崩した。おそらく、ああいうことがある度に寿命が少し縮んでいると思う。しかしあの瞬間では、彼女たちの危機がわかった以上、放置はできない。どうにも逃れられないのである。
このブログでは匿名をぜひ維持したいとか、読者の治療は受けられないというのが時々出てくる。今でさえたくさんの患者さんがいるのと、マジで容量を増やすと死にかねないというのがある。「死ぬほど頑張る」というのは聞こえは良いが、僕に限ればそうとも言えない。今後も、普通の方法で助けねばならない人がたくさんいるであろうから。救う人数がかえって少なくなるのでは話にならない。もともと僕は「生物学的に診る」などと言ってるくらいで精神医療に霊感など利用していない。
それに死んだら、「給料が受け取れない」というのももちろんある。
ところで、トロペロンはその後も彼女に周期性にみられる希死念慮発作には非常に有効であった。これはひょっとしたら彼女に特別なことなのかもしれない。単純に考えると、「希死念慮」はうつ状態からの派生したものなので、一見、抗精神病薬は的はずれのように見える。トロペロンのように高力価ブチロフェノンはなおさらである。
普通なら、あの状態に対しトロペロンが良いなんて思いつかない。
トロペロンというよりむしろアキネトンの筋注が効いたのではないかと思う人もいるかもしれない。僕は最初、そんな風に思った。アキネトンは注射の場合、抗うつ作用があるからである。それは時に嗜癖的であったりする。しかしその後、何回かのトロペロンの筋注の機会にいろいろと組み合わせを変えてみると、どうみてもトロペロンが重要であると言えた。
何か秘密があるのだろうと思い彼女の処方を書き出し、しばらくそれを眺めていた。そんな風に見ていると、なんとなく合理性があるように思い始めたのである。
トロペロンの薬物プロフィール
D2 ++++
α1 ±
mACh -
5HT2 +++
H1 +
トロペロンはセレネースに比較してまだレセプターへの作用に多様性がある。一見、同じような注射剤に見えるが、細かい点で相違があるのである。
セレネースの薬物プロフィール
D2 +++
α1 +
mACh -
5HT2 +
H1 -
トロペロンとセレネースの特徴であるが、トロペロンは強力なD2作用を持つことに加えわりあい5HT2への作用が強いことだと思う。しかし、通常はD2が強すぎて5HT2の作用は問題にならない。このプロフィールの+の個数は、あくまで薬物中の相対的なものだからだ。一方、セレネースはD2への作用に特化しており、他のレセプターへの作用が少ない。
彼女は当時、エビリファイを6mg程度服用していた。これがこの事件の謎に大きく関係していると思った。彼女は、既にエビリファイを服用していたからこそ、トロペロンが希死念慮やうつ状態に奏功したのである。エビリファイ投与中では、エビリファイが既にD2受容体を占有しているので、そこでトロペロンを筋注してもトロペロンのD2への強い作用は発揮できない。D2へ作用は減弱してしまうため、相対的に5HT2への作用が浮上するのであろう。エビリファイ服用時のトロペロンは、普段と違った薬物に見えるのである。
これはあくまで個人的な推測なのだが、おそらく、エビリファイとトロペロンの相乗作用で、うまくうつ状態と希死念慮を吹き飛ばしたのだと思う。この組み合わせは、おそらくきわめてSDA的(非定型抗精神病薬的)なのだろう。あの時、とっさにトロペロンを筋注したことは、SDAを急速筋注したことに近いのではないかと思った。
そのように考えると、セレネースはうまくはいかないと直感したことが説明できる。あの時セレネースを筋注していたら鎮静は可能だっただろうが、希死念慮とうつ状態が改善したか疑わしい。その後、彼女はいつもトロペロンで速やかに改善することがわかったため、希死念慮は以前よりはるかにうまくコントロールできるようになった。あの事件からもう5ヶ月くらい経過しているが、あれほどの希死念慮発作はもう出現していないし、衝動行為の大量服薬もほとんどなくなっているのである。
彼女によれば、今は希死念慮はほとんどないという。これは子供の頃から続いていたものだ(参考)。現在の彼女の問題点は、ラピッドサイクラー的な2型軽躁と、「体の倦怠感・うまく動かない感じ」の周期的変動をどうするかに移ってきている。彼女の処方は今も変わり続けているのである。
現在の処方
エビリファイ 4.5mg
デパケンR 600mg
デプロメール 150mg
トリプタノール 50mg
リボトリール 3mg
(他、眠剤、下剤)
しかし、今もいくつか疑問点が残っている。もしSDAの注射が存在しているとして、あのような希死念慮の発作時に筋注して速やかに効くのか?という問題である。必ず30分も経たずに改善しあまりにも効果が早すぎる。そのメカニズムはたぶん、賦活、抗うつなのであろうが、ひょっとしたらもっと違った文脈で改善している可能性も否定できない。
彼女の希死念慮を治療してきて思ったことであるが、彼女にとってきっと「希死念慮」は器質的なものに由来する「ある物質」なのだろう。
今は僕はそんな風に思っている。
参考
①霊感と生物学的変化の謎
②患者さんの死と霊感
③霊感への憂鬱
④忘れられない光景
⑤希死念慮という物質とトロペロンの謎
⑥霊感への畏怖について(番外編)