徒然なるままに浪費癖とギャンブル癖を考える | kyupinの日記 気が向けば更新

徒然なるままに浪費癖とギャンブル癖を考える

今回のエントリは厳密なものではないことを最初に言っておく。まあ参考になれば、と言った感じだ。(だから読者の皆さんは怒らないでほしい)

浪費癖というのはいろいろなパターンがあるが、例えばブランド品などを収入不相応に買い捲るような人を言うんだろうね。まあ、ブランドだけでなく、とにかく不必要なものまで買うような人も含むのかもしれない。こういう場合、精神障害と言うなら、その結果、経済的に困窮する事が必須なんだと思う。ギャンブル癖もそうだが、こういうのは社会的側面、状況のようなものが大きいような気がするから。(参考

もう15年くらい前、ある中年のおばさんが不眠を主訴に初診した。生活歴を聞いていたら、なんと年間に400万円くらいパチンコに使っていると言うんだな。毎日、開店から並ぶ。そして負けたらだいたい午後3時までには家に帰ってくるらしい。勝つこともあるだろうが、期待値的には日々1万円以上は負けていることになる。

しかし・・

彼女のギャンブルは問題にならなかった。付き添いの家族に聞くと、「そのくらいは本人が好きなんだし良いんです」なんて暢気なもの。どうやら家にはとてつもなくお金があるようであった。(事業で成功しているらしい)結局、希望の睡眠薬だけ処方していた。家族が毎年数億円、稼いでいるなら、400万円なんて問題にならない。

僕はパチンコはレートが決まっているので、公営ギャンブルや非合法のカジノ、賭博ゲーム機に比べまだ良心的だと思う。パチンコなんて、負けるように打っても、どうしても勝ってしまう日もあるでしょ。負けまくっても1日では限界ラインが存在している。

実はこのことに気付いた事が、その後の治療方針にずいぶん役立った。

余談だが、僕は、かつてパチンコ屋のサクラをしているという患者さんに遭遇したことがあった。いつもカド台で出しまくるのが1日の仕事だ。見かけ上、換金するが、日当は決まっているらしい。都市伝説では語られていたが、そういう職業が実在することを初めて知ったのであった。こういうのを見ると、パチンコ屋がいかにアコギな商売かがわかる。ただでさえ儲かっているのに、そこまでして集金しなくても良いじゃんといったところ。

ところで、ある外国人が初めてパチンコ屋の店内に入った時、ここは日本の工場ではないかと錯覚したという。

これには個人的にバカウケ。だって、あれってそう思われても仕方がないところがあると思う。孤独で単純な作業だし。日本人は真面目だなあ・・なんて思われていたりして。

僕は学生の頃からパチンコが好きであったが、その後やらなくなった。僕はタバコを吸わないというのもあるし、もういい加減あの単調さに耐えられないというのもある。今はパチンコをすると肩こりと疲れが酷い。年齢的に中年以降でパチンコに毎日来ている人は強靭な体力だと思う。

トータルの収支はたぶん少しプラスかプラマイゼロくらい。あれはコンピュータの癖を掴めば攻略は易しいのである(かつては)。それと勝ち負けのセルフコントロールが重要で、そちらの方を鍛えた方が早い。結局、損失は時間である。(時は金なりなので。)

僕はパチンコ依存の人が来院した時、たいていその他の疾患がメインなのでその治療を優先するが、パチンコ依存に関しては、

自分で勝つ方法を考えろ!

と言ってしまいそうなのをいつもこらえている(笑)。別に勝たなくても、あまり負けない方法を考えるだけでも良いじゃない。遊んでいるわけだから、入場料としてなにがしかお金を取られても仕方がないというか。

ずっと以前、何かの雑誌で慶応か早稲田大学の教授が、「男性でギャンブルも扱えない人は仕事も出来ない」などと面白いことを書いていたのを見た。あの教授はたぶん競馬か何かが好きなんだと思う。だから、そんな風に書いたような気がするが、実際、ギャンブルで家庭崩壊している人たちが聞いたら怒ると思うよ。彼の場合、「ギャンブルをしない」ではなく、「扱えない」と書いているところが意味深である。(というか、全く意味が違って来るような気が・・)

日本での離婚の原因の1位は「性格の不一致」だが、離婚率は景気の変動と相関がある事が知られている。だから、表面的な理由は性格の不一致とは言っても、経済的な問題がけっこう大きいのであろう。

僕は男性の場合、ギャンブルをする人とそうでない人ではある意味、人種が違うような気がしている。だからお互いに理解できない部分があり、そういう妙な教授の語りになるんだと思う。ギャンブルをしない人でも仕事ができて面白い人がたくさんいる。

その教授ではないが、うちの大学のあるナンバー内科で、医局の上のドクターが「最近の研修医は仕事が出来ない上に、マージャンも出来ない」と嘆いたという。仕事ができないなら、マージャンくらいこなせよと言った感じだ。

最近の若い医師はマージャンのような過去の遺物のような遊びはしない人が多い。タバコを吸う人も減っているらしい(タバコを吸わない人には雀荘はきつい)。この医局の文句を言った人だが、これは相当な名言と思うけど、単にメンツが揃わないので怒り狂ったんだと思う。

ギャンブルの場合、アルコール依存症にならってGA(ギャンブラーズ・アノニマス)なるものがある。大きな都市には必ずあるので、ギャンブル嗜癖で困っている人たちは相談に行った方が良い。これで解決するとは限らないけど、世間が広がり、同じ悩みを持つ家庭を知ることで家族にもプラスになると思うよ。こういうものと戦うのには戦友が必要なんだと思う。きっと。

しかし、浪費癖でも買い物依存に関してはGAに当たるものが見当たらない。あるのかもしれないが、僕の県では実施されていない(と思う。たぶん)

うちの病院ではアルコール依存症や覚醒剤中毒の患者さんを原則扱っておらず、メインでこのような人を診る機会がほとんどない。しかしメインの疾患の辺縁の症状でこれを診ることはある。

浪費でもさまざまで、良く知られているのが双極性障害の躁状態での大浪費だ。この場合、うつ転したら一気に気力が萎え、浪費するような元気はなくなる。それどころか、急に主婦の台所感覚になり、お金がないのが非常にストレスになる。認知にも異常を来たし必要以上に心配し不安になる。

しかし、この場合は、浪費は浪費癖とか買い物依存とは言わないんだろうね。単に躁状態と一連の所見と言うべきであろう。これは躁状態が良くなれば浪費も改善するわけで病理が単純だと思う。躁うつなどの所見が見えず、買い物ばかりする人の方が対処に困るという感じではある。

ギャンブル依存もそうだが、買い物依存も買った瞬間に脳内の麻薬類似物質が放出されるように思うので、なかなか止められないのだと思う。だから、このメカニズムを弱めるというのは1つの方法ではある。(参考

僕はギャンブルや買い物依存の人はリストカットと同じような器質性所見とは思わない。たぶん数種類あって、その中には器質的色彩のある人もいるといった感じだ。アスペルガーの人で、ギャンブルにはまる人は、その生来の凝り性から来るものが大きいような気がする。ギャンブルは数字の世界というのもある。

麻薬類似物質の放出を弱めるためにセロトニンを増やすのも1つの方法で、その点でSSRIは効いておかしくはない。過去ログで、SSRIを大量服薬しても「ろくな夢を見そうにない」という話が出てくる。確かに、SSRIはすべてを面白くなくさせるところがある。(参考

僕はサラ金からお金を借りてギャンブルに浪費するタイプであった双極性障害の患者さんを診ているが、彼の場合、躁状態はもちろん浪費が酷くなるが、今は躁うつの波は落ち着き、躁うつと関係の薄いギャンブル依存が残遺するのみである。したがって、その程度は相当に軽い。

彼には他病院のGAにも参加するように指導しているので、そこに参加することも効果の一部であることは間違いない。彼の場合、いろいろ聞いていると、仕事上のストレスでギャンブルをするようなので、これを止めたら止めたでまた妙な状態になりそうに感じた。このようにトータルで考えることは精神科医的な発想なんだと思う。(彼はGAには毎回ではなく時々参加しているらしい。僕は中途半端な参加でも良いと伝えている。行かないよりはマシだ。)

今、彼は1ヶ月に4~5回しかパチンコに行かない。しかも1円パチンコなので、負けてもタカが知れているのである。これはある意味、調和と言うか、寛解状態なんだと思う。1円パチンコを薦めたのはもちろん僕である。完全に止めることは難しいように思うし、危険にも感じるからだ。(彼の双極性障害はトータルでは驚異的レベルで改善したと思う)

何も精神疾患のない一般の人でも、競馬やパチンコなどが生きがいになっている人に無理に止めさせたら、人間としてどこかに歪が生じると思う。あるいは、心にぽっかり穴が開くか、ある種の空虚感が生じるだろう。

だから、ギャンブルと平和共存と言うか、長く続けられる方法を探すか、競馬やパチンコに準じる楽しみを発見するしかない。(僕の患者さんではこれを発見した人がいる。それはある物の蒐集である。)

問題は浪費癖でも買い物依存などの人たちだと思う。いくら高額なものばかり買うとは言え、その人の収入に比し小さなものなら問題にならないのは最初に書いた通りだ。このブログでもちょっとだけ触れているエルトン・ジョンは買い物が趣味で、2年間に100億円使ったことがあるらしい。僕はエルトン・ジョンの買い物を止めさせたら、良い曲が書けなくなると思う。(参考

趣味だと笑っていられる間は大丈夫なのである。

時に、精神症状に関連して精神所見として買い物依存が出現する人がいる。この人たちは精神症状の改善につれて、良くなることが多い。

このブログで出てくる僕の友人だが、彼女はブランド物やその他、いらんものを買い集める「買い物依存」も合併していた。僕がノートパソコンとインターネットなる文明の利器を教えたために、いつしか楽天のプラチナ会員かゴールド会員か知らないが、最高プレミアムの顧客になった。これは過去ログでも出てくる。(何が悲しゅうて・・)ずっと症状が酷い時は、僕も呆れて、

同じ買うのでも、ネットショップで買って失敗するより、デパートで現物を手にとって買い物した方が満足度も大きいし、結果的に消費も今より少なくなるかも?

なんて言っていた。僕は当時、彼女のその買い物依存がどのような経過になるか予測できなかった。

僕は彼女をずっと観察し細かく見ているのだが、どうも彼女の躁うつの波と買い物の依存の波は全然一致していないのよね。彼女の場合、躁状態だから買い物が増えるわけではない。しかし経過中、意味不明の軽い時期もみられるので、なぜだろう?といつも思っていた。

僕は彼女の場合、躁うつも買い物依存もすべてがまぼろしであって、実体がないように思うようになった。これは治療当初の認識から比べ、大変な進歩である。

彼女は実はニセ物の双極性障害なのである。

海外の論文で、「子供の双極性障害が増えている」というバカなことを言っているものがあるが、サイエンスで考えると明らかに間違っていると思う。まず双極性障害は内因性疾患である事がポイント。また、だいたい内因性疾患は発症年齢帯が決まっており、子供の頃はほとんど発病しないのが普通だ。これは統合失調症でも同様である。

内因性疾患だからこそ、減りはしても増えるはずはない。(確率的な話。なぜ減る傾向があるのかはいつかアップしたい)

子供が減っているような国なら総数は次第に減少するはずである。ただ単に操作的診断法でそう見える人たちが増えているだけだ。

彼女の場合、双極性障害あるいは非定型の精神病は、単に器質性障害に由来するという結論になった。(考察は別な機会に)

彼女は衝動、希死念慮、躁うつ、意欲の低下、無気力などがみられていたが、2型の躁状態になっても2日とか1日半くらいでうつ転することもあるのが普通と変わっている点である。

スーパーラピッドサイクラーみたいな・・(キングオブコメディ風に)

彼女の場合、希死念慮、衝動行為が減少するにつれて買い物の衝動は収まってしまった。今は、メーラーを開いても買い物確認メールが何十も来るということはない。無駄な買い物がなくなったのである。(彼女は、本当にお金を使わなくなった)。

双極性障害でも本物(内因性の人)とニセ物の人(たぶん器質性)の決定的な相違点は、後者が完治しうること。ただ、この完治には器質性だけに時間がかかるのである(時に3年くらいかかる)。治癒可能性の根拠だが、もともと器質性障害と「見かけ上双極性障害」の間には必然性がないことがある。それに対し内因性の場合、薬の効果が高いが、薬でコントロールするという程度に留まる事が多い。

僕は、治療上の薬物の指向性もこの2つを説明するにあまり矛盾がないような気がしている。本物の双極性障害は、もちろん内因性なのでリーマスが適することが多い。しかし、ニセ物の人の双極性障害(ほとんどが2型だが、時に1型に見えることもある)は、器質性が深く関与しており、病前性格も内因性の人たちと異なっている。彼らには、むしろてんかんにも有効なデパケンRやリボトリールが合うことが多いのである。本来、リーマスは器質性疾患には相性が悪い(てんかんに禁忌になっているように)。

現代社会で、増え続けているように見える双極性障害、主に2型は、かなりの部分が実は器質性疾患なのである。器質性疾患には、もちろん一般でいう発達障害の人々も含まれる。(僕が必ずしもそのように診断しないのは過去ログの通りだ)

参考
リストカットはどのように治るのか?
パキシルは幻聴に効くのか?


ハメルンチャルメラ
徒然なるままに浪費癖とギャンブル癖を考える
ペスト