宇美八幡宮(うみはちまんぐう)
福岡県糟屋郡宇美町宇美1丁目1-1
古事記によると、神功皇后皇后は、新羅平定の政務が完了する前に臨月となったが、石を腰に付けて出産を引き延ばし、帰国してから応神天皇を生んだ。
その生まれた場所を名付けて「宇美」という。
日本書紀によると、それは旧暦12月14日だそうな。
宇美八幡宮HPには明治以前はすべて旧暦で12月14日祭神應神天皇御降誕の日で年一度の大祭が行われていました。 誕生会・御降誕祭とも言われていました。同じ御祭神をお祀りする福岡市東区の筥崎宮においては新暦の12月14日、御降誕祭としてお祭りが奉仕されています。(中略)
明治の官制により1月5日を年間を通じての例大祭「御誕生祭」と定め、祭典が執行されることになりました。とある。
この神域一帯が「安産信仰に関する伝説地」として、昭和30年に福岡県に指定されたとのこと。
子安の木
神功皇后は帰国後、この地に産殿を建て、槐(えんじゅ)の木を手折った枝に取りすがりって子を産んだ。
そしてその枝を地に刺し、槐は生い茂った。
その当時の木そのものはもうないけれど、その種子その種子と残り、今の木に続くそうな。
槐は中国原産で、古くから韓国でも栽培されているようだから、もしかしたら神功皇后が韓国にいる時に手折った持ち込んだ枝なのかもしれないね。
それにしても神功皇后、杉の枝や槐の枝を手折っては植えているなぁ。(例:香椎宮の綾杉、若杉山の杉。)
植林の神様では?🌳🌳🌳
産湯の水
応神天皇が誕生した時に産湯として用いられたという。
とあるので、応神天皇は1歳数ヶ月ってわけで、それ産湯って呼ぶのは無理があるのでは?って話なんだけどまぁ。
そしてこちらは乳の池。
神功皇后新羅征伐より御凱旋の後 筑紫の蚊田にて皇子(応神天皇)を挙げさせ給ひ大分宮を経て発幸時、親しく当宮に白旗八流を納め報斎し給ひ
又産衣を奉り 池水を汲み授乳の祈願遊ばさる以来、此の池を乳の池と称し 産婦の乳少き時 池水を汲んで祈願をなせば直ちに霊験あり 古より遠近祈願絶えざるなり。
このようにして繋がっていくところが楽しい✨
湯蓋の森
宇美八幡宮には国指定天然記念物の木が2つ。
その内の1つがこの湯蓋の森。
生い茂る枝葉が湯釜の蓋のような役割をしたから「湯蓋」。
木があまりに大きいから、1本で「森」という名前。
あまりにも大きくて立派なので、私はこの木の周りをしばらくぐるぐるした。
(ちなみに訪れたのは平日12/13だったので、人は少なかった。今日は多かっただろうな。)
若杉山の綾杉とこれが、個人的に大ヒットした御神木🌳
また会いに行きたい木。
湯方社(ゆのかたしゃ)
助産師の祖神「湯方殿」が祀られている。




















