私ができるまで26〜最適な介護ヘルパーさん探し | 春はあけぼの 女は美学

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50過ぎた女が感じたこと、考えたことを書いてます

こんにちは。渡邊美帆子です。



アラフィフオンナが、
感じるままに綴るブログです。

 

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 このところ、

自分の過去を思い出すことも多く
幼少期からの自分の過去を綴ってみようかと
思い立ち。
 
金曜日のブログは、
「私ができるまで」として
自分の中での振り返りを綴ってきたが
実はなかなか書けなかったことがあった。
今まで小出しにはしていたが、
今一度、振り返ってみようと思う。
(先週は元旦だったのでこのシリーズはお休み)
 
 
前回は、
入院していた父を、
そのまま我が家のすぐそばのマンションに
引っ越しさせ、
区分変更で介護度も上がり、
私が肉体的にも楽になったところまで。

介護度も上がったため、
ヘルパーさんをお願いしようと。

まずはケアマネさんと相談して
週に2回、夕方2時間ほどから始めてみる。


掃除、車椅子での散歩兼買い物、
夕食作り、と、
私がその場にいることはできないので、
ヘルパーさんが帰る頃に
様子を見に行った。

私よりもずっと年上の、
ベテラン風のヘルパーさんは
テキパキと用をこなしてくださったようだが

父は

いわゆる「世間話」が嫌いな堅物。
気を遣って話しかけてくるヘルパーさんに
随分と頑なな態度をとっていたようである。

家族会で相談すると、
ヘルパーさんといえども人間なので、
お互いに気持ちよく生活の場でいられるよう、
相性が合うまで何人も変えて良いのだと。
遠慮する必要はないのだと。


アドバイスを受け、
本当に何人も何人も、
申し訳なかったが父の気の済むまで変えた。


唯一お一人だけ、
父のお気に入りの、とてつもなく明るい
お料理の上手なヘルパーさんがいらして
その方だけは一番最初から父が施設に入るまで
お世話になった。
でもその方は、ご主人とお店をやっていたので
毎回お願いするには
スケジュールが合わなかったのが残念だった。

たまに今でも道端で
その方にお会いすることがある。
相変わらずの明るさで、
挨拶してくださるその笑顔に、
何度力をもらったことだろう。

人との出会いって、不思議だと思う。



その方を週に一回お願いし、
そして、何度も何度も変えて、ようやく
大人しいがよく気がつくヘルパーさんに
さらに別の日に週に一回と
落ち着いたのは、
もう何ヶ月も経ってからだった。


ヘルパーさん達と私は
いつも交換日記のように
玄関に置いてあるノートで
父の連絡をしあった。

作ってくださったお料理、
次回買ってきてもらいたい食材、
父のことで気づいたこと、
毎回、娘である私も気づかない、
ちょっとしたことも書き留めてくださり
本当にありがたかった。
私からも、
その日に父が食べたい料理を記載して
材料を用意しておいたりと
実はヘルパーさんからも有り難がられていた。
プロのヘルパーさんも
献立を考えらのは大変らしい…。
しかも父は好き嫌いが多くて…

あのノート、とっておけばよかったなぁと今となっては思う。


そのうち、
車椅子の散歩は、
私の方がわがままが言えるからと
ヘルパーさんにお願いする項目から外し
時間を短くして
週に3回となった。

それでも私は
ヘルパーさんがきてくださる日でも
毎日父のところには通い続けていた。
日々の病院通い、
飲み薬のチェック、
お風呂を沸かして入れて…
冷蔵庫や戸棚の確認もしないと
いろんなものが入っていて…
車椅子で散歩や買い物に行き、
少しでも外を歩かせたり
毎日の昼食を作り…



同時に、
デイサービスへの見学も初め、
そこも本当にたくさんのところに通い、
通う施設を変え、
父も私も、あの頃近隣のデイサービスは
全て見学したのではないかと思われるほど
父の希望にあったものを探し続けた。


そして、これ!というものが見つかって
ようやく通い始めたが
そこでも様々なトラブルが…


その続きは、こちら。