こんにちは。渡邊美帆子です。
アラフィフオンナが、
感じるままに綴るブログです。
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このところ、
自分の過去を思い出すことも多く
幼少期からの自分の過去を綴ってみようかと
思い立ち。
金曜日のブログは、
「私ができるまで」として
自分の中での振り返りを綴ってきたが
実はなかなか書けなかったことがあった。
今まで小出しにはしていたが、
壮絶な、本当に辛かったあの介護経験に
再び向き合うのが怖くて避けていたのだが、
今一度、振り返ってみようと思う。
前回は、
介護家族会で救われ、介護を学びつつも
それでも自分の中で言いようのない葛藤と
戦っていたところまで。
少しずつ進んでいた父の認知症は、
父の生活に混乱を生じさせていた。
いつも探し物ばかりしているので、
毎日私が片付けても
家の中はすぐグチャグチャになり
挙げ句の果ては
泥棒が入ったと大騒ぎして
交番に届けてしまう。
(お財布が明日の中や引き出しの中で
見つかるのは日常茶飯事。)
食べ物も
作っておいていても
電子レンジの使い方もわからなくなり
火にかけて焦がしたり、
卵が冷凍庫から見つかったり
野菜が引き出しの中から
ドロドロに腐っててみつかったり…
失敗をして一番落ち込むのは父。
プライドの高かった父。
どうしてわからなくなってしまうんだ!
どうして忘れるんだ!
そう言って大声を出して自分を責め
自分の頭を殴り
お酒に逃げる。
それが毎日毎日。
父が怒鳴ると私もイライラが募って、
つい父に冷たい言葉を浴びせてしまう。
そして、
帰る時には
私は自分の行動にひどく後悔して
泣きながら帰る。
絶対にこの涙を、子供達には見せないように。
道すがら、泣きながら自転車を漕ぐ。
介護で一番辛いのは
自分の時間がなくなるとか
シモの世話をしなければならないとか
私にとっては
そんなことではなかった。
辛いのは
自分の心に向き合うこと。
鬼のような冷酷な
自分の心を見せつけられること。
どんなに優しくしようとしても
それができなくなる、
父にひどい言葉を浴びせてしまう、
そんな自分の本性を
まじまじと見せつけられること。
父に優しくできた時には
気持ちも晴れやかに帰ることができるが
そうではない時には
自己嫌悪でいっぱいだった。
もう、
限界だった。
このまま、母の所に行ってしまおうか
そうすれは楽になる、
そんなことも思い始めていた。
そんな時、
日本中を悲しみの渦に巻き込んだ
あの事件が起きた。
父の家から帰ってくる時に
毎日小さな駅の踏切の横を通っていた。
その踏切の近くに
小さな交番があった。
平成19年2月6日。
その交番のお巡りさんが
踏切に飛び込んで自殺しようとした方を助け
殉職なさった。
葬儀にはたくさんの人が参列し、
その小さな駅前と小さな交番は
山のようなお手紙と花束で埋め尽くされた。
テレビカメラは毎日来ていた。
あの時に思った。
決して自ら
命を絶ってはいけないと。
生きなければならない。
誰かを悲しませてはいけない。
今調べると、
殉職なさった宮本警部は53歳。
今の私の年齢と同じ。
宮本警部は
自殺しようとした
あの女性の命を救ってくださっただけではなく
私の命をも救ってくれたような
そんな気がしている。
「伏してぞ止まん」
宮本警部の殉職後に出版された絵本の
タイトルである。
この言葉は、
宮本警部が父親に教えられた言葉で、
精一杯努力した上でもう一歩踏み出し
うつ伏せに倒れるまでやめるな
の意味だそう。
警察官として、素晴らしい言葉である。
介護は
うつ伏せに倒れてもやめられない。
でも、1人では決して抱えこんではいけない。
私には、倒れたら助けてくれる
ケアマネさんも
介護家族会の方々もいたのである。
辛い思いと毎日の介護で大変だった私は
その後、家族会の方々のアドバイスのもと、
少しずつ介護の有り様も変化させていった。
その続きは、こちら。



