こんにちは。渡邊美帆子です。
アラフィフオンナが、
感じるままに綴るブログです。
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このところ、
自分の過去を思い出すことも多く
幼少期からの自分の過去を綴ってみようかと
思い立ち。
金曜日のブログは、
「私ができるまで」として
自分の中での振り返りとしてみようと思う。
前回は、
息子のアトピーに悩まされていた時
私の卵巣嚢腫が見つかり、
入院で手を離れたことで、改めて育児に
関われる喜びを見つけ出したところまででしたね。
↓
その後息子は小学生となり、
わんぱくで元気な子に成長していった。
中学受験をさせようと目論んでいたのだが、
何より国語力がない。
本があれだけ好きなのに、
文章を書く能力が皆無である。
そんな時、
マスコミで急に取り上げられた塾があった。
小学生の作文の教室である。
毎週作文を提出して文章を書くことで、
冷静に分析する力を養い、個性を磨く。
そこに入っている生徒たちは
作文コンクールで一位を取るのはもちろん
国語力を強化することで
その後、有名大学に合格した子たちが多くいた。
急いでパソコンで検索しても、
満席で一切の応募はしていなかった。
その塾の代表のメルマガを登録し、
欠員が出た時に申し込むような。
それほどの人気で、一年以上待たないと
入塾できないと言われていた。
だがしかし、
確か半年くらいで
申し込むことができたと記憶している。
その原因は後からわかるのだが笑笑。
喜んで申し込んで、
息子に作文書いてねと言っても
書くには書くが、
自分がこれと思ったテーマしか書かない。
挙げ句の果ては、面倒だとやめてしまった(ーー;)
まだあの時には、
私も冷静に見ることなんてできなかった。
ヤンチャなギャング期に突入している
小学生男子が、
真面目に作文なんかに
取り組むわけもないのである。
きっとそういうお子様が
長続きしなくて辞めてしまうのも多いのだろう。
諦めきれない私は、
そのままそのメルマガだけは読み続けていた。
そしてある日、
新しい講座の告知を見つけたのである。
小学生の作文の指導者養成コース。
新しくできたコースの第一期生。
実はそこ作文の添削は
いわゆる普通の添削とはかなり異なっていて
子供たちの言葉使いや漢字の間違いなどは
一切直さない。
独特な添削方法なのだ。
申し訳ございませんが、
ここでは敢えてその手法を書くことはできませんし
塾の名称も載せることはできかねます。
ご了承くださいませm(__)m。
あの時、
自分でも不思議なのだが、
速攻で申し込んだ。
こんな講座受けて何になるのだろうなど
全く思わなかった。
そこから、
指導員になるにはまず作文を書けるように、
そして、
添削された作文が返ってくるのを体験して、
どのように生徒が感じるのかを学べるように
毎週の作文提出が始まった。
毎週一つづつ課題が出され、
それに関して書いて提出。
私の頭の中は毎日毎日、出された課題に対して
どのように文章を綴っていくか
そればかりで占められていた。
頑張ってたなぁ、あの頃。
そんな時、
とある一つの課題が出た。
先週提出した作文を、
「嗅覚」の観点から
「触覚」の観点から
「聴覚」の観点から
それぞれ3種類に分けて書き直してください。
確かそんなような内容〜。
たいていの作文は、
視覚が重視される。
そしてたまに聴覚。
それを、敢えて別の感覚で捉えるとは…,。
あの時はどんな匂いがしていたか…?
あの時はどんなふうに肌が感じていたか…?
あの時は何が聞こえていたか…?
作文の舞台に自分を戻し、
感覚を思い出し、文を綴っていく。
それは不思議と心地よい、楽しい作業であった。
私が五感を使って文章を書いているのは
多分この時の作業が元になっている。
感覚を研ぎ澄ます。
そうして書くことに臨む。
最後まで一度も提出が遅れることがなく、
(実は受講生全員、
一度も遅れることがなかったそうだ)
最終テストにも合格し、
晴れて初級指導者、その後、
中級指導者の資格は取ったが
私はすっかりそこで満足し、
上級コースに進むことはなかった。
私はもう十分に学んだと満足していた。
実際、
友人から頼まれ、
高校生と大学生の
論文添削の仕事を並行してしていたのだが
生徒にどのように伝えていくかという点で
とても役に立った。
今こうして、
ブログを書くようになっているとは
あの時の私は全く思ってもみなかったことで
あの時に頑張っていた数ヶ月間は
確実にいろんなところで功を奏している。
無駄なことなんてないわ、人生。
かくいう息子は、
◯谷大塚の先生のご指導のもと、
なんとか人並みにまでは
読解力も増し、文章も書けるようになり。
心配しなくてもなんとかなった。
息子には無駄なこともしてしまったが笑。
そんな私の初めてのSNSのお話はこちら



