私ができるまで⑧〜社会人時代 その2 | 春はあけぼの 女は美学

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50過ぎた女が感じたこと、考えたことを書いてます

こんにちは。渡邊美帆子です。



アラフィフオンナが、
感じるままに綴るブログです。

 

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このところ、
自分の過去を思い出すことも多く
幼少期からの自分の過去を綴ってみようかと
思い立ち。
 
金曜日のブログは、
「私ができるまで」として
自分の中での振り返りとしてみようと思う。



 前回は、行きたい部署(ショールーム勤務)に
異動願いを出しても上司に受け入れてもらえず
「資格を取れ!」と理不尽に怒られ
逆に奮起したところまででしたね。





ショールームのコンパニオンになるのに
インストラクターになるのに

一体何の資格が必要だというのか…

私は、一緒に働きたい!と言ってくださっている
ショールームの先輩方に相談した。

すると、

神はいたのでせう!


本当に驚くべきことだが、
NECが新たに、インストラクター試験なるものを
打ち出し、広く販売店に募集をかけているという。
そんなニュース、私のところに届くはずもなく、
すごい情報を得た私は
先輩にテキストを借りて
必死に勉強し始めた。
しかもこっそりとセミナーにも通った。

この資格は、
パーソナルコンピュータ
ワードプロセッサ
ビジネスコンピューター

と、3部門に分かれて
それぞれ資格を取るというもの。

なんせ、30年も前のお話。
今ではパソコンが全てを賄っているが
かつてはそれぞれ独立していたのだ。
ちなみに、NECのワープロ専用機は「文豪」、
富士通は「OASYS」、
シャープは「書院」、
という名で売られ、CMもやっていた。懐かし。


試験は2ヶ月後の確か日曜日。
NEC社内でもはじめての試みのため
どんな内容が出るかもわからず
ドキドキしながら、
上司に秘密で、自費で受けに行った。

内容は難しく
これはもう落ちているなと思っていたので
そのまま放置していた。

すると1ヶ月後、
上司から呼び出された。

「また内緒でやったな!」と。
上司の手には合格通知が握られていた。

もう私にそれ以上何も言わなかった。
言えないわよねえ。

年が明けて4月に、正式に異動した。
意地と根性で勝ち取った異動。

キャバクラではありません笑。ショールームの前です。
赤い口紅と制服の色がバブル。
そして懐かしの公衆電話。足が太い(ーー;)



異動してからは、
地元企業へ宣伝のために
ワープロ教室を企画したり、

本社が引っ越しとなった時には、
地元住民の方々へ地域貢献として
パソコン教室、ワープロ教室を開催。

毎日が楽しくて
勉強しなければならないことも多かったし、
その後すぐに結婚して、家事も忙しかったが
それでも充実していた。
インストラクター試験は、ショールームに入っても受験し続け
毎年一科目づつ合格でき、結局全て取得できた。
今では何の役にも立たないが。NECのロゴが古い…。



ショールーム勤務というだけで
結構いろんな人たちに可愛がってもらっていた。

役員のおじさま方と。
本社最上階の役員室に入って遊んでいるなんて、
平和だったわ笑笑


そんな充実した日々は
急に終わりを支える。
それは、1995年だった。

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