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新地亜紀と同居人みっちゃんです。
いつもご訪問ありがとうございます。
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幸福感と、東征を成した自信に溢れていました。
そんな時、滋賀県と岐阜県にまたがる、滋賀県最高峰の伊吹山の神の話を聞き、
素手で退治してやろう。と思い、
草薙剣を美夜受比売命に預け、伊吹山へ登って行きました。

伊吹山は、古来より神の宿る山としての信仰が篤く、
季節風の通り道になっていて、雪が非常に多く、
世界最深積雪記録である1182㎝は、未だに破られていません。
登山道が整えられている現代でも、平均7時間掛かる上級者コースの山。
古代において、どれ程の難所であったのか、
想像に難くありません。

伊吹山に登った倭建命は、途中で、
『古事記』では、牛のように大きな白い猪、
『日本書紀』では、大蛇に遭遇します。
いずれにしても、
「これは、神の使いであろう。神を退治した帰りがけにでも、
倒してやろう。『日本書紀』では、倒すまでもない。」
と、言挙げーことあげー※をします。
しかし、倭建命が発した言霊の相手は、
神使ではなく、神そのものだったのです。

怒った神は、雲を起こし大氷雨を降らせます。
その勢いで、峯は煙り、谷は雲に覆われました。
瘴気に満ちた冷たい氷雨は、倭建命の体温を奪い、
意識を保てないほどでした。
意識朦朧のまま、何とか下山した倭建命は、
辿り着いた泉に湧く清水を飲み、意識を取り戻しました。
その場所は、玉造部ーたまくらべー ( 磨かれた玉を保管していた倉庫 )
があった場所で、その清水で玉を磨いており、
玉の霊力が宿った清水を飲んで目覚めたという事から、
居醒清水ーいさめのしみずーと呼ばれています。

しかし、その時には既に、倭建命は、病に罹っていたのです。
必死で、大和を目指す倭建命ですが、
能煩野ーのぼのー ( 三重県亀山市東部から鈴鹿市西部 ) にて力尽きました。
倭建命の死の知らせを聞いて、大和から駆け付けた妃や御子達は、
能煩野に陵を造り、その死を悲しんでいると、
倭建命の御魂は、白鳥となり、陵から大和を目指し、
飛び立ってしまいました。
その後を追いかけながら、詠まれた4つの歌は、
「大御葬歌」ーおおみはふりのうたー ( 天皇の葬儀に歌われる歌 )
になっています。

言挙げ
神の意志に背いて、特別に取り立てて述べること。
倭建命が発した言葉が、日本最古とされている。
しかし、倭建命の言葉は、慢心による発言とされ、
慢心による発言は、悪い結果を生む言霊の例としても挙げられ、
言挙げに誤りがあると、命を失うことにもなると、タブー視された。
『万葉集』でも、柿本人麻呂が、
「葦原の 瑞穂の国は 神ながら 言挙げせぬ国 然れども 言挙げぞ我がする」
ー葦原にある瑞穂の国 ( = 日本 ) は、神の御心のままに、
( 自分の考えを ) 言葉に出して言い立てない国
けれども、私は、特別に述べるのだー
と歌っている。
古代において、人が発する言葉は、「云」という字が使われていて、
「言」という字は、神や天皇の言葉や所作にのみ使われていた。
「言う」「言挙げ」は、神にのみ許されたことであった。

伊吹山の頂上には、倭建命と、伊吹山の神の像がある。
修験道の修行の場でもあり、尾根上のお寺は、役小角が建てたと伝えられている。
( しかし、年代が合わないので、あくまで伝承だと思われる )
3億年前の海底火山の噴火で生まれた伊吹山は、
石灰岩が多く含まれた地質で、高山植物の種類が豊富である。
織田信長が、山上に野草園を作ったこともあり、
登山道では、1合目から眼下に広がる琵琶湖と共に、
300種類以上の花畑と、スズリナやウミユリの化石の発見も楽しめる。

ここからは亜紀がお送りします。
伊吹山の神。
そら、怒るわな。
では、早速コンタクトをとってみましょう。
山の神はその地の守り神でもあるんだろう。
姿を明確には見せてはいただけず、
ただ、白い、人の形の様な、
獣の様な感じで
スッスッと木立の中を横切る感じ。
あんまり強く祟る感じがしないけど、
余程、無礼な振る舞いだったって事なのかな。
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