フェルメールは静寂のなかで鑑賞しなければ意味がないと、
私、思ってます。
芸術鑑賞の仕方は人それぞれ自由。
芸術鑑賞は静かでなければならないってこともない。
草間彌生や岡本太郎のようにお祭り会場でこそ生き生きと映える作品もある。
だけど、殊、フェルメールに関しては、
静かにそっと、耳を澄ませるくらいの集中力をもって
鑑賞されることをお勧めします。
しかも、間近で。
『フェルメール展』で感じたこと、
ここのところ連載させてもらてます。
しつこいわぁ、私って。
1度に6点も、フェルメールの作品を至近距離で心ゆくまで鑑賞してみて、
やっぱりこのポリシーに揺るぎはないと確認しました。
フェルメールは、
絵の中に静寂と光の崇高さを閉じ込めて、
慎ましいことの尊さを説こうとしているのだから。
静かに鑑賞しなければ、真骨頂は察知できないのです!断言!
その理由はここに書きました。
今回、人の出が少ない早朝の時間帯を狙って訪れました。
朝の苦手な私、頑張った。
晩年の傑作と言われているこの作品、
カーテン越しの光の柔らかさがとても美しかったです。
実物だと。
私には、この絵の主役は、
左上から差し込んでいる遮られ気味の光なのではないかとさえ思えたくらい、
その描写は丹精込められていました。
これは写真では気がつけない。とても繊細な表現。
静かな環境でじっくり見渡して、初めて気付くことができるのではないかな。
立ち止まらずに鑑賞したならば、
人物とせいぜいステンドグラスが鮮やかで綺麗だな、
くらいしか識別できないのではないかしら。
入場して真っ先にフェルメールの展示に向かったので、
幸い、静寂とは言えないまでも、
絵の中の静寂を想像できるくらいには、
周囲の空気も落ち着いていました。
人の出足が増えて場がざわついてくるまで、
ずっと絵の前で可能な限りの発見を探して見入っていました。
その場を離れ、素通りしてきた展示室を鑑賞に行き、
お昼前、再びフェルメールのところに戻った時には、人集りができていた。
「最前列は、立ち止まらないでご覧ください」の連呼も始まっていた。
同じ絵の前に、
人垣の後方からじっと眺めてみたり、
最前列でじんわり躙り歩きで見てみたりしたけれど、
それは朝一番の静寂の中で会った絵ではなくなっていました。
同じことはもう感じ取れない。
環境で、こうまで印象が変わるなんて…。
繊細な芸術ほどそうなのかもしれませんね。
フェルメール鑑賞のお勧めスタイル⬇︎
フェルメール展について、他にもつらつらと書いています。
3度の飯より美術館が好き。
芸術の話を始めたら尽きないですが、フェルメールはここまで。
何故なら、
国宝曜変天目茶碗を観に行ってきた!
アートネタ、まだ続くのであった。
絵画の画像は公式HPから借用させてもらいました
