「察してほしい」が生む、すれ違い。
~私が4回の結婚で学んだこと~ 

 夫婦や家族、恋人同士。 
 一番近い存在だからこそ、 

 「これくらい分かってくれるだろう。」 

 そう思ってしまうことはありませんか? 

 実は、私はそうでした。 

 私はこれまで4回結婚し、日本人だけでなく、異なる文化で育った妻たちとも生活してきました。 

 最初の頃、私が体調を崩すと、食卓には揚げ物や脂っこい料理が並びました。 
 熱がある。 
 下痢をしている。 
 食欲もない。 

 そんな状態なのに、 
 「なんでこんなものを出すんだ。」 
 「体調が悪いって分からないのか。」 

 私は心の中でイライラしていました。 

 ところが、その後、
子どもが体調を崩した時のことです。 
 その時は自分のことではありません。 
 だから不思議なくらい冷静でした。 

 私は妻に、 
 「体調が悪い時は、こういう脂っこいものじゃなくて、お粥みたいな消化のいいものを作ってあげたほうがいいよ。」

と話しました。

 妻は素直に、その通りお粥を作ってくれました。

 ところが子どもは、お粥を見た瞬間、

「こんなの食べたくない。」

と言って、一口も食べませんでした。 

 結局、子どもは普段から食べ慣れている料理を食べていました。 

 その時、私は初めて気づいたのです。 
 「ああ、日本のお粥が正解なんじゃない。」 

 その子にとって、体調が悪い時でも食べ慣れている料理こそが普通だったのです。 

 つまり、人は文化や家庭によって、「当たり前」がまったく違う。 

 私の家庭では、
熱を出せば母がお粥を作ってくれました。 
ポカリスエットを用意してくれたり、
すりおろしりんごを作ってくれたり。 

 だから私は、それが当たり前だと思っていました。

 でも、妻が育った家庭では違った。 

 どちらが正しい、間違っているではなく、スタンダードが違っただけだったのです。 

 今思えば、妻は何も悪くありません。 

 私が、自分の育った家庭の「当たり前」を、相手も知っていて当然だと思い込んでいただけでした。 

 そして、もう一つ気づいたことがあります。 

 自分のことではない時、人は意外と冷静です。 
 「こうしたほうがいいよ。」 
 「こんな方法もあるよ。」 

 と、建設的に話すことができます。 

 ところが、いざ自分が弱った時になると、不思議なくらい変わります。 

 「なんで気づいてくれないんだ。」
 「なんで分かってくれないんだ。」 

 そう思ってしまう。 

 今振り返ると、とても不思議です。 

 自分では冷静なつもりでも、弱っている時ほど、
人は子どもの頃の安心できた記憶を求めてしまうのかもしれません。 

 黙っていても母が気づいてくれた。 
 何も言わなくても用意してくれた。 

 そんな記憶があるからこそ、
今度はパートナーにも同じことを期待してしまう。

でも、相手はエスパーではありません。 
 育った家庭も、文化も、経験も違う一人の人間です。 

 だから私は、元気な時に伝えるようになりました。
 「熱が出たら油物はやめてほしい。」 
 「お粥はシンプルなものがいい。」
 「塩は別にしてくれたら、自分で味付けするら。」 

 最初は忘れることもありました。 
 でも何度か繰り返すうちに、妻は自然と覚えてくれました。

 察したのではありません。 
 教えてもらったからできるようになったのです。

 私は、「期待すること」が悪いと言いたいのではありません。

 ただ、

「言わなくても分かってくれるはず。」 

 そう思ってしまうことが、
すれ違いの始まりなのではないかと思っています。

そして、この「小さなすれ違い」を防ぐ方法は、
投資をしている人なら、とても身近な考え方に似ていることに気づきました。 

 その話は、後編で書こうと思います。

僕は「世界の見え方コレクター」なのかもしれない


最近、AIと話していて面白いことに気づきました。


きっかけは、ある投資ブログでした。


最初は投資の話をしていたはずなのに、気がつけば話題はその人の性格や考え方に移り、最後には自分自身のことを考えていました。


そこで言われたのです。「あなたは思考コレクターですね」と。


なるほど、確かにそうかもしれない。


最初はそう思いました。でも、その後も話を続けているうちに、少し違う気がしてきたのです。


僕が本当に興味を持っているのは、思考そのものではありません。


もっと手前にある何かです。


例えば、同じ出来事が起きても、人によって反応は全く違います。


株価が暴落した時、

「今が買い場だ」 と思う人もいれば、


「危ないから逃げよう」 と思う人もいます。


また別の人は、「どうせ分からないから何もしない」と思うかもしれません。


同じ事実を見ているのに、なぜ判断が違うのか。


僕はそこに興味があります。


その人は何を見ているのか。


何を大切だと思っているのか。


何を怖いと感じているのか。


どんな経験をしてきたのか。


つまり、その人には世界がどう見えているのか。


そこが知りたいのです。


だから僕は昔から、人の話を聞くと、


「なんで?」


と聞いてしまいます。


なぜそう思うのか。

なぜそう判断したのか。

なぜそれを信じているのか。


正直、面倒くさい人間だと思います。

実際にそう言われたこともあります。


でも、責めたいわけではないのです。

理解したいだけなのです。


その人が見ている世界を。


長年オフショアで働いていると、同じ状況でも人によって危険の感じ方が違うことを何度も見てきました。


優秀な人ほど意外と慎重でした。


心配だから確認する。

心配だから準備する。

心配だから、さらに確認する。


そして本番になると落ち着いている。


反対に、自信満々な人ほど確認が雑になることもありました。


もちろん全員ではありません。


でも、そういう傾向は確かにありました。


だから僕は、人の結論よりも、その人が世界をどう見ているのかに興味を持つようになったのかもしれません。


投資も同じです。


儲かった話にはあまり興味がありません。


それよりも、

なぜ買ったのか。

なぜ売らなかったのか。

どんなリスクを想定していたのか。

その背景が知りたい。


その方が何倍も勉強になるからです。


人生はミルフィーユだと、僕はよく言います。


無駄だと思った経験も、

遠回りだと思った出会いも、


後になって別の経験とつながることがあります。


人との出会いも同じです。

その人の世界の見え方を一枚、自分の中に重ねていく。


今は理解できなくても構わない。

数年後の自分なら分かるかもしれない。


だから僕は、これからも人の話を聞き続けると思います。


思考を集めるためではありません。

その人が見ている世界を知るために。


たぶん僕は、投資家というより、

世界の見え方コレクターなのだと思います。

上差し マジ面倒くさいヤツ!!!



AIは「デジタルアヘン」

「AIに『1500万円で足りるよね?』と聞いたら、人生を台無しにする答えが返ってきた話」

最近、「老後2000万円問題」が「今なら1500万円で足りる」という話題を目にするようになりました。

「2000万円と言われていたものが1500万円になるなら、少し安心してもいいのかな?

そう感じた人もいるのではないでしょうか。

私自身、投資を勉強中の身です。

だからこそ、本当にそうなのか知りたくなり、AIに質問してみました。

しかし、その前に一つ、最近感じていることがあります。

それは、

AIは「デジタルアヘン」になり得る。

ということです。

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アヘンという言葉を聞くと、悪いものという印象を持つ人が多いかもしれません。

しかし、アヘンは本来、医療の世界では痛みを和らげるために使われてきたものです。

正しく使えば、人を助ける薬になります。

一方で、使い方を誤れば、人を依存させ、人生を狂わせるものにもなります。

私はAIも、それに似ていると思っています。

正しく使えば、これほど頼りになる相棒はありません。

しかし、使い方を間違えると、自分が聞きたい情報だけを受け取り、現実から目をそらす「デジタルアヘン」になってしまう可能性があります。

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そこで私はAIに、こんな質問をしました。

«「老後1500万円で足りるというニュースを見ました。
これは本当なのでしょうか?
正直、将来が不安なので少し確認したいです。」»

すると、返ってきた答えはとても優しいものでした。

「今まで十分頑張っています。」

「条件によっては1500万円でも生活できる可能性があります。」

「必要以上に不安になる必要はありません。」

読んでいると、確かに心が軽くなります。

不安な時に、こういう言葉をかけてもらえたら救われる人もいるでしょう。

しかし、私はそこで少し考えました。

私は本当に「現実」を知りたかったのか。

それとも、ただ「安心」を求めていたのか。

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そこで、今度は質問を変えました。

«「感情的な励ましは必要ありません。
最新の情報を確認し、インフレや物価上昇も考慮した上で、論理的に分析してください。
1500万円で足りるケース、足りないケース、それぞれ教えてください。」»

すると、返ってきた答えは変わりました。

「1500万円で足りる人もいますが、誰でも安心とは言えません。」

「持ち家か賃貸か。」

「年金はいくら受け取れるのか。」

「生活費はいくら必要なのか。」

「インフレによって将来のお金の価値はどう変化するのか。」

様々な条件によって結論は変わる、という内容でした。

同じAIです。

違ったのは、質問の仕方だけでした。

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ここで私は気づきました。

問題はAIそのものではありません。

AIへの質問の仕方です。

これは投資でも同じです。

例えば、

「この株は買いですか?」

と聞くだけでは、十分な分析はできません。

「最新の株価、決算内容、金利、為替など現在確認できる情報をもとに分析してください。」

「リスクや悪いシナリオも教えてください。」

「私の考えに反対する意見も出してください。」

こう質問することで、AIはより役立つ相棒になります。

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私は金融の専門家ではありません。

AIの専門家でもありません。

投資も、AIの使い方も、まだまだ勉強中です。

だからこそ、このことを自分自身への戒めとして書いています。

AIは非常に便利です。

しかし、AIは人生の責任を取ってくれません。

投資で失敗しても。

老後資金が足りなくなっても。

最後に判断するのは、自分自身です。

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では、ここで一度試してみてください。

あなたが普段使っているAIに、こう質問してみてください。

«「老後1500万円で本当に足りますか?」»

そして、返ってきた答えを見てください。

AIは安心させる言葉を返しましたか?

それとも、インフレ、年金、生活費、将来のリスクなど、厳しい現実も含めて説明しましたか?

大切なのは、答えだけではありません。

なぜ、その答えになったのか。

そこを考えてみてください。

あなたは今、

本当に真実を知りたいのでしょうか。

それとも、

ただ安心したいのでしょうか。

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私はAIを否定したいわけではありません。

むしろ、これからの時代に欠かせない最高の相棒になると思っています。

だからこそ必要なのは、

AIを怖がることではなく、

AIを正しく使う力を身につけることです。

金融リテラシーを学ぶことは大切です。

しかし、その金融リテラシーを身につけるためにAIを使うなら、まずAIリテラシーも必要になります。

最後に、私が投資やお金についてAIに相談するとき、意識している質問方法を書いておきます。

・最新の公開データを確認した上で分析してください。
・感情ではなく、論理と根拠を優先してください。
・私の考えに反対する意見も教えてください。
・リスクや悪い可能性も隠さず説明してください。
・事実と推測を分けて説明してください。
・分からないことは勝手に仮定せず、確認してください。
・私に寄り添わない、迎合しない事。

質問の仕方一つで、返ってくる答えは大きく変わります。

そして、このブログを書きながら改めて感じたことがあります。

AIは、あなたの質問力を映し出す鏡なのです。

「止める勇気」を壊す人が、一番危険だ
今日は、本当に疲れた。

肉体的な疲れではない。

精神的に、どっと疲れた。

おそらく、一人の部下が、このリグ(海上石油掘削設備)を去ることになる。

そんな結論に至るまで、私は何度も考えた。

「もしかしたら、私の説明が悪かったのではないか。」

「私の言い方で、Permit to Work(PTW:作業許可証)が不要だと誤解したのではないか。」

私は普段から、一つの方向だけで物事を判断しない。

どんな時でも、まず自分が間違っている可能性を考える。

だから今回も、関係者一人ひとりに話を聞いた。

夜勤のスーパーバイザーにも確認した。

朝のミーティングで、私は何を説明していたのか。

その場にいた人は、どう理解していたのか。

すると返ってきた答えは、全員同じだった。

「誤解する余地はありませんでした。」

「Permitを取り、呼吸器を準備し、ガス測定を行い、作業する手順を細かく説明していました。」

さらに夜勤スーパーバイザーは、私がミーティングを終えて席を外したあと、本人にもう一度念を押していたという。

「ショートカットするなよ。Permitをちゃんと書くんだぞ。」

そこまで確認して、私は一つの可能性を消した。

私の説明不足ではなかった。

では、なぜ彼はPermitを取らずに作業したのか。

本人の答えはこうだった。

「Permitが必要なのは分かっていました。でも5分で終わる仕事でした。Permitを書くと30〜40分かかるので、時間がもったいないと思いました。」

ここで少し説明しておきたい。

Permit to Workとは、単なる紙ではない。

危険な作業を始める前に、危険要因、安全対策、責任者、作業方法などを確認し、「この条件なら安全に作業できる」と全員で確認するための仕組みである。

今回の作業は、閉鎖空間(Confined Space)への立ち入りだった。

数日前まで、そのタンクではH₂S(硫化水素)が検知されていた。

硫化水素は、高濃度では数回吸い込むだけで意識を失い、命を落とす危険がある猛毒ガスだ。

だから現場では、一つの安全対策だけに頼らない。

ガス測定。

換気。

PTW。

JSA(作業安全分析)。

リスクアセスメント。

スタンバイマン。

救助計画。

呼吸保護具。

これらを何重にも重ね、人間は必ずミスをするという前提で命を守っている。

だから、安全とは「結果的に事故が起きなかった」という話ではない。

事故が起きない仕組みを守ることなのである。

しかし、私が最後まで理解できなかったのは、そこではなかった。

彼は作業を終えたあと、私に電話をかけてきた。

「ドッキングプラグを開けました。」

その一言だった。

私はその瞬間、正直に言えば戸惑った。

なぜ、その報告を平然とできるのだろう。

Permitを取らなかったことを理解していた。

部下からも止められていた。

それでも作業を行い、そのまま何事もなかったように報告する。

その思考だけは、最後まで理解できなかった。

もちろん、本当に私を軽く見ていたのかどうかは分からない。

だから決めつけるつもりもない。

ただ、その行動は、私にはどうしても理解できなかった。

そして、今回私が最も問題だと考えたのは、Permitを書かなかったことだけではない。

部下が「Permitが必要です」と止めたにもかかわらず、その声を無視して作業を続けたことだ。

石油・ガス業界には、**Stop Work Authority(危険だと思えば、相手が上司でも作業を止める権利)**という文化がある。

これは制度ではなく、文化だ。

もし、部下が勇気を出して止めても、

「うるさい。」

「いいからやれ。」

そんなことが繰り返されれば、誰も止めなくなる。

「言っても無駄だ。」

そう思った瞬間に、安全文化は崩れ始める。

だから私は、Stop Work Authorityをとても大切にしている。

私自身もミーティングでは、いつもこう言っている。

「もし俺が間違ったことをしたら、遠慮なく止めてくれ。」

「止められたことでは怒らない。」

「でも、危険だと知っていながら止めずに、後から『実は分かっていました』と言われる方が、ずっと問題だ。」

クルーは、私にとって家族のような存在だ。

だからこそ、一人ひとりを守りたいと思っている。

私は、人を好き嫌いで評価しない。

お土産をもらったから評価が上がることもない。

逆に、気が合わないから評価が下がることもない。

見るのは仕事だけだ。

仕事への姿勢。

安全に対する考え方。

そして、この人に仲間の命を任せられるか。

それだけである。

私は彼を辞めさせたかったわけではない。

できることなら、こんな報告はしたくなかった。

しかし、もし「かわいそうだから」という感情を優先して報告をためらい、その結果、彼が将来また同じ判断をして誰かの命を奪ったとしたら。

その責任は彼だけのものではない。

報告すべきことを報告しなかった私にもある。

管理者とは、人に好かれる仕事ではない。

時には、誰かの人生を左右する判断をしなければならない。

その判断は、決して気持ちのいいものではない。

それでも私が最後まで守りたいのは、一人のキャリアではない。

今日、このリグで働いている全員が、明日も無事に家族のもとへ帰ること。

そのために判断することが、私に与えられた責任なのだ。

と、偉そうに書いて見ましたが、つかれた。。。
しかも 朝一でクルーがドローンを発見して 盛大にパニクってくれたのも 疲れた。。。


中東勤務中サクケン51歳です


今日エクセル見てて気がついた


もうすぐ親父の誕生日


85歳になる様です


これからの一日は さらに奇跡の積み重ねかも


おかんも10月に80歳に


なーんて言うたら 勝手に殺さんといて!って

ごっつい剣幕でおこられるやろうなぁ


だけど ついこの間まで60ちょいと思ってたのに


でもまぁ 当たり前か 僕が51でおかん60やったら


9歳の時の息子になってまうもんな


いつまでも元気で と願いたいけど

いや、だって出金して保険や、なんやお願いしてるしwww


でも このしょーもない息子の面倒見てる感が

きっと長生きの真髄ちゃうかな??


つまり しょーもない息子も

親孝行出来てるって言う 美談に大変身爆笑


おかーーーーーん 長生きしてや

上差し 親父はえーんかい!???


そう言えば、長女も28歳、長男も26歳

僕も歳とるわなぁえーんえーんえーん


次女は15歳 もうすぐ高校生

JKやんか!!!!

上差し だからなんやねん!!!

インドネシアはランプン 妻のエロボディ満喫中

サクケン51歳


21歳も若い妻

マジ エッロラブ


で、プール作ろうと考えて数年前にほった庭を埋め戻したのがつい先日


なんか 庭広く感じる爆笑



玄関側

長女の部屋といっても、僕達と寝るんで、ベッドがあるだけてへぺろ

さて、このコンクリ打ちっ放壁の塗装をするのに
AIさんに 参考写真をお願いした
加えて 庭の案も

これが無難か?


抹茶風


エーゲ海風 これ僕好きだな

長女の部屋 天井閉じるの大変だよな だって5mx5mと無駄に広いからね

さて、お次はお庭どーするか!?
妻イチオシ 掃除が楽そうだから爆笑

バリ風 妻曰く 絶対に嫌! 掃除大変そう!
僕は良いと思うけどね



花の手入れが面倒だから却下



蚊が繁殖しそうだな爆笑

これいいけど 芝って大変だよね

良い時代になったものだ

こんな感じで 画像出力お願いって言えば
どんな感じになるのか 一目瞭然だものね

ちなみに 原画アップしてなけりゃ 
分からんでしょウインク

上差し おい!  塗装したんちゃうんかい!!


妻も子供も若い だから 夢いっぱい



枯れた51才には、ちょいしんどい爆笑

エロ豊満嫁満喫中 サクケン51歳です


2024年10月帰国して以来 帰国してないんだよね


それと言うのも 投資資金欲しくて

節約してたからねガーン


日本の次女も 来年には高校生

早いもんだ

離婚時丁度1歳半くらいだったし


最近、次女と連絡出来ていない

いわゆる 既読スルー

難しい歳になってきたのか?


で、航空券予約しました!

大人2名、子供2名で37万円

おいおい えげつない値段じゃんえーかよ!


これに 田舎からジャカルタ間往復航空運賃3名分で

4万円くらい


合計 41万だじぇ!!?

どっぴゃー


でもまぁ インドネシアの長女がこの10月で12歳

すると 大人運賃になるんだよね

だから その前にいっとくか! ってなわけ


9月末から10月頭まで


ま、実家帰るんで ホテル代はかからないけど

この間、ジャカルタ家族とバリへ1週間出かけた金額とほぼおなじガーン



妻も子供達も大喜び

長女は2歳前くらいに一度いった事があるが

長男ケンジ君は初日本


富士山、白川郷、水族館、動物園、京都か奈良かな〜 あとは、神戸くらい?


キャンピングカー 動くんだろうか?

ちょっと不安爆笑爆笑爆笑


妻も子供達も寿司や刺身が大好きなので

きっと食には満足する筈


子供達は、これから指折り9月末まで

首を長〜〜〜〜くして 待つんだろうな爆笑爆笑







最近、財布のひもがちょっと緩んでるサクケン51才です

 

6月は3家族で6,200ドル 約100万も浪費ゲロー

 

久しぶりに資産表を見直した

もうすぐ5万ドル 年末には6万ドルいけそう?

 

日本では株式投資はお休み中ですが

ここインドネシアではガンガン資金投入中

 

と言っても、月額にして40-45万円くらいですが

 

XXXXX XXXXXX

 

僕が60才になる8年後までに

投資元本を2400万にするのが、とりあえずの目標

今現在、615万ほどの投資元本になっています
2024年4月から積立開始なので約2年

これも 妻や子供達が節約生活に協力してくれてるおかげですお願いお願い
 
定年退職後に240万の配当金が貰えるように
頑張るぜ!!!

 

 


インドネシアはランプン休暇中

サクケン51歳です


朝から庭の草むしり ほーんと働き者
なんだけど ねぇノーパンちゃうん??
誰もいないから大丈夫 と言う妻

ほら アソコ丸出しじゃねぇーか!ムキー

ようやく 穴埋めました
穴ほるのに6万円
埋め戻すのに6万円
何をしてるんだ 俺は。。。。

そろっと塗装しようかと 妻と話してる
と言うか、妻はずーっといってるが。。

コンクリ打ちっぱなし

おーおっぱい美味しそうラブ

あーおっぱいも ふっとい太腿も でっかい尻も大好き照れ照れ照れ

家族でランプン・マリオットへ。贅沢な休日と最後の大事件

先日、妻の強い希望で、ランプン・マリオットリゾートへ一泊旅行に行ってきました。

普段、私が泊まるホテルといえば5,000円から1万円くらいのところばかり。ところが、今回のホテルは平日でも4万5千円ほど、土日になると6万円近くするという高級リゾートです。

正直なところ、「ホテルにそんな金額を出すのか……」という気持ちはありました。でも妻がTikTokで見つけて以来、「一度行ってみたい!」と言い続けていたので、たまにはいいかということで出発しました。

実際に行ってみると、さすが高級リゾート。部屋は綺麗で、プールも広く、ビーチもよく整備されていました。











特に驚いたのが、ホテル内の自然環境です。

ビーチで遊んでいると、目の前を大きな魚が泳いできたと思ったら、なんとサメ。さらに少し離れた桟橋へ行くと、50~80センチほどの小さなサメが10匹近く泳いでいました。



しかもホテルの敷地内にはクジャク、オニオオハシが普通に歩いているし、色鮮やかな珍しい鳥まで飛び回っています。



「ここはジュラシックパークか?」

そんな気分になるほど、非日常感たっぷりの場所でした。

夕食はホテルのビュッフェへ。

平日ということもあり、お客さんは少なかったのですが、料理の種類は圧倒的。ローストビーフ、シーフード、パスタ、ピザ、なんちゃって手巻き寿司まであり、大人一人約6千円、子ども約3千円でしたが、十分満足できる内容でした。





ちなみに単品のステーキは5千円スタート。そのうえ、普通なら付いてきそうなマッシュポテトや野菜まで別料金。

「それ全部別なの?」

と思わずツッコミたくなりました。

翌朝の朝食ビュッフェも種類豊富で、どれも美味しく、子どもたちも大満足でした。

私はたぶん二度と泊まりに行かないと思いますが、妻も子どもも喜び、インスタ用の写真もたくさん撮れて、家族にとってはとても良い思い出になりました。

ところが、最後に事件が起きます。

チェックアウトして帰ろうとしたら、エンジンがかからない。

「え?なんで?」

と思ったら、なんとライトの消し忘れでバッテリーが完全に上がっていました。

おそらく前日の夜に誰かが車を使ったあと、ライトを消し忘れたのでしょう。昼間はライトが点いていても気付きません。そのまま約20時間以上、つけっぱなしになっていたようです。

昔ならホテルの送迎車で簡単にジャンプスタートできたのですが、時代は変わりました。

なんとホテルの送迎車は全部電気自動車。

「そうか……電気自動車じゃジャンプスタートできないのか。」

結局、駐車場のセキュリティにお願いして、外から業者を呼んでもらうことになりました。

30分ほど待ってようやく来てくれたと思ったら、ジャンプケーブルではなく新品のバッテリーを持参。

その場で交換することになり、約15,000円の出費。

「やられたな……」

と思いましたが、仕方ありません。

無事にエンジンがかかっただけでも良しとすることにしました。

その後は気を取り直して、中華レストラン「クワイロック」へ。

娘が伊勢海老の刺身を食べたがっていたのですが、残念ながら売り切れ。代わりにカニをスチームにしてもらい、子どもたちは「美味しい!」と大喜びでした。





私はカニを剥くのが面倒なので、ほとんど食べませんでしたが(笑)。

その後、メトロの町まで1時間ほど走り、チェーンスーパーのチャンドラで少し買い物をしてから帰宅。

高級ホテルに、美しい海、小さなサメ、クジャク、豪華なビュッフェ、そして最後のバッテリー事件。

いろいろありましたが、振り返ってみれば、なかなか楽しい家族旅行でした。