こんにちは、安藤ひさこです。
私の世界観ブログとして記事を書くことにしました。
初めての方はこちらも読んでいただけると嬉しいです。
私は自分と向き合う講座の講師として何を実現していきたいと思うのか?
それをもう一度確認したくて、自分が抱えてきた思い込みを作ることになった人生を振り返るブログを書いています。
まだお読みでない方は、こちらをお読みくださいね。
私の世界観 第10話 中学時代 あんただけは私を困らせないで。
私の世界観 第11話 暗黒の高校時代 早く消えてなくなりたい。」
私の世界観 第16話 大学時代 害はないけど何もできない人。
今日のお話
【私の世界観 第21話 夫との結婚生活】
夫と結婚して29年目に入りました。
付き合っている期間を含めると34年で。
色々ありました。
受講生の方にはお話していますが、これだけ長くなるとエピソードには事欠かないです。
さて夫との出会いから結婚生活をお話します。
夫とは大学のテニス部の先輩後輩という間柄でした。
なので、最初からスタートは何となく私は下、夫が上という関係です。
夫はそこまで意識をしていなかったかもしれませんが、私の方が何でも下だと思っていました。
夫は母にとっては申し分のない人でした。
真面目、穏やか、頭が良い。
派手ではない。
飾り気がない。
お酒を飲んでも暴れない。
5年も付き合っていたので、結婚するのも当たり前。
そんな雰囲気で結婚することになりました。
色々ありましたが一番は「母が安心する人である」
結婚するにあたって、私は母に色々言われていました。
『○○さんを大事にしなさい。
まずは一番立てなさい。
○○さんが家でくつろげるようにしなさい。
ご飯を美味しいものをつくりなさい。
多少のことはあなたが我慢しなさい。
お金をもってきてくれるだけでもありがたいと思いなさい。
ちゃんとした普通の家庭をつくりなさい。
あっちのお義母さんにバカにされないようにしなさい。』
なので、当時は3交代で夜勤もしていたのですが、私が居ない間のご飯は全部作り、とにかく居心地は良いように気をつけました。
夫に家事をさせることはありませんでした。
当時は義母も母も男に家事をさせるものではないという考えの人たちなので、私もそれをしなくてはと思っていたのです。
それがいい妻、いい嫁であると信じて疑いませんでした。
それは私には使命みたいなものがありました。
母の願いでもある
「幸せな家庭を作る。」
これを果たさねばって思っていました。
大変なときに聞こえてきたのはいつも母の声。
「男はたてるもの」
「お金を持ってきてくれるだけありがたいと思いなさい。」
「男は大事にされないとよその女のところへ行く」
母の恐れも私はしっかりと受け継いだ形になりました。
私はその声を聞いては、
まだまだ自分の頑張りが足りない、
母に比べたら私は楽なほうだ、
もっともっとちゃんと尽くさねば。
そう思いました。
今思うと、夫が私より上に居たというよりは、私が自分で自分を下げてしまったことで夫との間で上下関係ができてしまった。
そして10年後、私は夫のことがこの世で一番嫌いになり
「あなたは私をいつもバカにする!!!」
「あんたは私の努力をいとも簡単に無にする!!」
って怒りを募らせていくのでした。
結婚10年から20年の間に、夫のモラハラ傾向もどんどん強くなり、家の中は常に喧嘩と罵倒の嵐。
夫は私の敵でしかなくなり、この世で一番憎い人になりました。
もちろんこの頃は母との関係も最悪。
夫のことを相談した私に
「あんたが我慢さえすれば、それで家庭として成り立つんだから。
男なら、そういうとこはあるわ。
我慢しなさい」
と言った母のことも憎みました。
今日もお読みくださってありがとうございました。
