私の世界観 第14話 あんたみたいなバカ、文系にくるな。 | 愛を学びなおし、人生を生き直す 20代引きこもりの子を持つ母親の人生再起動

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20代の子どもの引きこもりに悩む50代・60代のお母さんへ。子どもを変えようと頑張るほど苦しくなるのはなぜでしょう。このブログは、愛と執着の違いを学び、自分の人生を取り戻していくための場所です。

こんにちは、安藤ひさこです。

 

私の世界観ブログとして記事を書くことにしました。

 

私は自分と向き合う講座の講師として何を実現していきたいと思うのか?

 

それをもう一度確認したくて、自分が抱えてきた思い込みを作ることになった人生を振り返るブログを書いています。

 

 

まだお読みでない方は、こちらをお読みくださいね。

 

私の世界観 第1話~双子で産まれた私。

 

私の世界観 第2話 母の背負った孤独①

 

私の世界観 第3話 母の背負った孤②

 

私の世界観 第4話 予防接種での出来事

 

私の世界観 第5話 母はいつも姉と。

 

私の世界観 第6話 覚えの悪い鈍くさいひさちゃん

 

私の世界観 第7話 小学校時代①

 

 
 

私の世界観 第10話 中学時代 あんただけは私を困らせないで。

 

私の世界観 第11話 暗黒の高校時代 早く消えてなくなりたい。」

 

私の世界観 第12話 母の不機嫌とカレンダー

 

私の世界観 第13話 どーしてあんたは暗いの?

 

 

 

今日はこちら。

 

【私の世界観 第14話 あんたみたいなバカ、文系にくるな。】

 

 

 

高2になるとき、文理選択をしますよね。

 

私はここで決定的にくじけました。

 

最終的には自分で選んだのだけど、当時の私は姉の言葉に逆らえなかった。

 

 

「あんたみたいなバカ、文系にくるなよ。

 

あんたみたいなバカが来たら、私の恥。

 

絶対に来るなよ、来たら許さん!」

 

文理の選択の紙が来た頃、毎日姉に言われた。

 

 

私は文系に行きたかった。

 

古典が好きでね、もっと勉強したかった。

 

姉はおそらくそれを知っていた。

 

姉は理系、特に数学の成績がすごく良かったので理系に行くものだと思っていた。

 

ところが姉が突然

 

「私が文系にいく。

 

ひさこが文系に来たいって言っても、来るなって言ってよ。」

 

私の目の前で母に言った。

 

そして私にも

 

「絶対に文系にくるなよ!お前みたいな馬鹿が来たら、私の恥。」

 

 

母はボソッと

 

「あんたが文系に行きたいのを知ってて意地悪してるんだわ」

 

 

 

結局姉は文系を選んだ。

 

姉は文系の科目も成績が良く学年1番2番だった。

 

ただ数学の先生が姉を理系に誘っていた。

 

数学もすごく理解が早くてできたんだよね。

 

でも文系に行くといった姉。

 

 

 

私は文系を選びたかったけど、当時毎日姉に罵倒されていたので私は選ぶ勇気が出なかった。

 

最後の最後に当時の担任(古典の先生)が、

 

「本当にいいの?」

 

そう言ってくれたけど、もう「文系がいい」って言う気力もなかった。

 

姉の暴言の話も担任にできない・・・。

 

母も同伴していた懇談会の場だったから、私が話したら、母が恥ずかしい思いをするかもしれない。

 

そう思うと言えなかった。


 

 

これが高校生活の地獄の始まり。
 
二年になって理系クラス、担任は何と姉を理系に誘っていた数学の先生。
 
頭の切れる姉のことをとても可愛がっていた。
 
「何で◯◯でなくてお前なんだ?
 
お前、数学全然だめなくせに、おかしいなぁ。
 
こんなに数学出来ないのに何でお前が理系にきたんだ??
 
だめじゃないかーお前が理系にきちゃ。」
 
 
私の数学の点数が悪いたびに毎回のように言う。
 
 
何も知らないくせに。
 
そう思っても何も言い返せない。
 
この人は姉を可愛がっている人だ。
 
私は黙るしかなかった。
 
 
 
理系での2年間、何も楽しいことはなかった。
 
勉強もわからない。
 
学校も怖くて行きたくない。
 
でも行かないと母に心配をかける。
 
毎日嫌で嫌で怖くて仕方ないけど、母を困らせてはいけないという思い込みが強かったので学校に行ってた。
 
 
 
暗いと嫌われても暗いことからも抜け出せない。
 
どんどん暗くなる一方。
 
そんな自分をどうしていいかも
 
自分が何をしたいかも、
 
何ができるかもわからない。
 
進路を決めるのも結局理系が苦手だから選ぶものもない。
 
 
 
母は医療系に私たちのどちらかを進ませたがっていた。
 
姉は医療系は全く興味なし。
 
母に勧められて私は医療短大の看護科へ。
 
母はあんたに向いていると喜んだ。
 
それをみて私はこれでよかったのかもしれないと思った。
 
 
この頃にはもうどうせ自分は何をやってもうまくいかないし、
 
私が何かを選んでいいとも思えなかった。
 
何をしても「どうせ私はダメだ」「私がダメだからこうなったんだ。」
 
そこが落としどころになっていました。
 
 
最後までお読みくださり、ありがとうございました。