私の世界観ブログとして記事を書くことにしました。
初めての方はこちらも読んでいただけると嬉しいです。
私は自分と向き合う講座の講師として何を実現していきたいと思うのか?
それをもう一度確認したくて、自分が抱えてきた思い込みを作ることになった人生を振り返るブログを書いています。
まだお読みでない方は、こちらをお読みくださいね。
私の世界観 第10話 中学時代 あんただけは私を困らせないで。
私の世界観 第11話 暗黒の高校時代 早く消えてなくなりたい。」
私の世界観 第16話 大学時代 害はないけど何もできない人。
今日の話は
【私の世界観 第19話 自分を下にする】
姉にも母にも余計なことを言うな、しゃべるなと言われてきたこともあって、私は
「自分が何かを言うと人を不快にさせる」
「自分の存在は誰かを不愉快にさせてしまう」
そんな思いを持っていました。
色々な出来事はそういう自分を「やっぱり・そうなんだ」と思わせることでした。
とにかくどこの場に行っても、なんとなく自分がその場にいることが居心地が悪い。
いつも誰かの機嫌を気にして、誰か機嫌が悪い人がいると
私がいるからだ。
私、何かしちゃったかな・・・。
私のことが嫌いなんだ・・・。
そんな風に思えるのです。
みんなそう思うものだと思っていました。
そんな私が受け入れられたのは
余計なことを言わない
真面目。
控えめである。
出しゃばらない。
自己主張しない。
なので私は自分を下にして、人と付き合えばいいんだ。
無自覚だけど、そうすることが自分に居場所ができるんだと思ったようです。
振り返ると、言葉は悪いけど阿る(おもねる)。
先回りして準備や手伝う。
いつもへこへこして、あなたより下ですよって態度に出る。
自分に何かできることはないか?探す。
それがいいとか悪いとかではなくて、そうしないと自分には居場所がない。
何かをしていない自分がここに居てはいけない。
そう思えてしまうのでした。
19話まで書いてくることができました。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
掘り起こすとしんどいこともあったので、感想を読ませていただくことで励みになっています。
いつもありがとうございます。
これを書くことで色々思われるという怖さがないわけではないのですが、
読む方がどのように感じるか、もしくはとらえるかではなく、私自身が自分を根底から大事に思い、53年生きてきた自分に寄り添い、
どんな自分でも私そのものでかけがえのないものだんだということを受け入れるために書いています。
なので、読んで不快に感じる方もいるでしょうし、自分も傷ついていたんだと気づく人もいるでしょうし、
自分はもっと悲しかったと思う方もいると思います。
親のことをこんな風に書いてって思う方もいるでしょう。
私は、この世界観記事を書いて何かをわかってもらおうというのではありません。
ただ私がこうして笑み育や勇気づけの講座をお届けしたい理由はここにあると思って書いています。
前はね、こんな経験なんてなくなれ!!って思っていたけれど、見方を変えることができました。
それぞれの方が感じたことを大事にしていただけたらいいかなと思っています。
明日で20話になりますが、ここからは子育て、夫婦関係のことが出てきます。
そこにもやっぱり自分の思い込みが強くでてきました。
ほんとは穏やかに生きたい、自立した自分として生きたい。
自分の人生を抱えられるようになりたい。
そんな自分の内側にある本心に気づくのは40半ばを過ぎてからのことです。
葛藤を抱えつつ不器用でうまく生きてこられなかった自分も含めて、こんな自分もあっていいと徐々に思えるようになったのは50過ぎてのこと。
そして今もそんな色々な思いを感じつつ、一つ一つ受け入れていこうと思っています。
今日も最後まで読んでくださってありがとうございました。
次はこちらです。

