自分が昨日、寝る前に書いた記事を読み、
夜中のわたし、いいこと言ってるな~
と思った(^^ゞ
天職を生きる人のための対話セラピスト 大野木睦子です。
悟り、じゃなくてスピでもそうだけど、
学びを続けていくと、いつのまにか
「特別」の方向に向かうことが多い。
私は、ACIMで痛い目にあいました。
「難解なACIMを学んでいる特別な私」
に酔って、
迷宮に迷い込んでました(笑)。
それに気付いたとき、
穴があったら入りたい、
というのはこういうことか!
と...
恥ずかしくて恥ずかしくて転げ回ったよ。
こういうのを、「スピリチュアル・エゴ」と言うらしい。
(この件、このあたりで書いています。
筏を捨てる )
むかしむかし。
20代のころに出会ったヨガの先生が言っていた。
「魔に落ちるな」
ちょっとヨガや瞑想をやっていれば
サイキック能力的なことなんか、すぐにあらわれてくる。
それにまどわされるな。
勘違いするな。
大事なことは、娑婆で生きること。
当時はよくわかっていなかったけど、マスタークラスの人でした。
ずいぶんと昔のことなのに、
この言葉だけはずっとずっと自分の中に残り続けた。
折りに触れ、思い出す。
そして、
あのとき先生が言った意味はこういうことか、
と、何度も何度も思い返す。
(これも昔、一度、書いてました。
娑婆で生きる )
悟りを特別視する人が多いけれど、
それは特別な "もの" ではもちろんなく、
特別な "状況" でもなく、
特別な "瞬間" でもない。
自然の中にある。
自分の中にある。
それの中に自分がいる。
それも自分もない。
(画像はWikipediaからお借りしました。)
人牛倶忘
すべてが忘れさられ、無に帰一すること。
悟りを得た修行者も特別な存在ではなく本来の自然な姿に気づく。
十牛図で面白いなぁと私が思うのは、
この人牛倶忘は8番。
すべてはひとつ、無(あるいは空でも神でもワンネスでもいいんだけど)を体感して終わりではない。
また里に戻る。
当たり前の日常を生きる。
どこにも「特別」なんか無い。
ああ、いいなぁ。
今日もいい天気だね。
だって今日もいいお天気だから!


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