生命エネルギー循環の仕組み | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

 

 

 

自然界の生命エネルギー循環の仕組み

 

植物族にとって、草木の多種混生密生により多くの動物を集める生態系を築くことは、生長繁栄する為の唯一の手段。

 

生態系を築く目的の真意は「動物性エネルギー」を得る為であり、幹、葉、花、果実、すべての部位はその方向に向けて創意工夫、進化し続けている。

さらに、群生することで動植物のエネルギーがが融合した葉枝を根元に落として土壌を形成、生命エネルギーを効率よく循環させることで生態系の構築を加速させている。

 

生物の歴史を遡れば海で植物性プランクトンから動物性プランクトンが誕生以来、役割分担しながら共に繁栄、海を生物で埋め尽くした。

 

生物が住めなかった陸へ進出してからもその関係は変わらず、動植物のエネルギーの融合は不可欠であり、互いが互いを必要とする関係は不変。

必要とするのは成分ではなく互いの電気エネルギーであり、動植物の関係、同種の雌雄の関係、共に陰陽の関係と考えればよい。

 

このエネルギーは、動植物共に動力として睡眠で得られる大気中の電気エネルギー、水中は水中から得られる電気エネルギー、これらとは異なる心身の維持に必要な「制御エネルギー」。

これまで「生命エネルギー」と呼ばれて来たのはこの制御エネルギーであり、動植物共に大気中・水中で得られる生命を帯びない「動力エネルギー」とは異なる。

 

制御エネルギーとは、動植物の生命の維持にも、繁殖などの最大の活力にも必要なエネルギーのこと。

「生命は生命によって育まれる」、これが生命エネルギー論の基本だ。

 

完全なエネルギーを有する植物、特に長寿の樹木類の根回りは周囲の土壌も同じエネルギーを有している。

成分で捉えればわからないが、雨の度に電気エネルギーは問題なく伝わり、土壌の有機物だけでなく一部の無機質もエネルギーを帯びている。

 

植物を取り除いても生命エネルギーは帯電、それが残存エネルギー。

この名称は存在しないから野人が適当に名付けた。

 

植物族にとって生態系はあくまで制御エネルギーを得る為の手段であり、制御エネルギーさえあれば砂漠であろうが砂利地であろうが、表土を破壊しようが問題なく生長する。

いくら大気中、あるいは水中から動力エネルギーを得ても、生命からの制御エネルギーが得られなければ十分な生長が出来ない。

 

これを今の常識に置き換えれば、動力のカロリーを得てもメンテナンスの栄養が得られなければ栄養失調・機能不全になる、それと同じと考えればよい。

 

土中の残存エネルギーの帯電期間はまだ実験中だが、草や野菜などの植物が密生して吸収すれば1年前後で消失、通常の表土に戻るが、反動もある。

表土構造もなくエネルギーを使い切るのだから草も生えない不毛の表土。

リセットされて再び表土構築が始まる。

 

残存エネルギーは本来とは異なる特別賞与のようなもので、樹木類を掘り起こすのだから自然界では人間が関与しない限り生じない。

しかし、エネルギー存在の実験としては役立ち、わかりやすく、栄養成分がまったく関係ないことも証明出来る。

 

残存エネルギーは樹木や竹の跡地でははっきりと確認出来るが、多年草はそれよりも弱く、1年草の跡地ではほとんど感じられず、植物の進化のレベルごとの生命エネルギーの強さに比例している。

 

植物、動物、共に双方のエネルギーを有しているから、植物の生長に必要な肥料とされて来たが、必要なのはそれらの成分ではなく「制御エネルギー」

異物による不完全なエネルギーは、制御も不完全になる。

人間・ペット・家畜の不調の原因は、肥料の名の元に異物が含まれる不完全な肉・野菜・果物類で、完全な「制御エネルギー」不足。

 

肥料は生長とは言えず字の如く「肥大するエサ」、つまりメタボであり、メタボな食品ばかり食べ続ければ当然メタボになり、必要栄養分たっぷりでもエネルギー不足、制御不能になるのは当然だな。

 

不完全なそれらの食品が悪いのではなく、毒でもなく、不調の原因は、それらばかり食べることで「本来の食品がまったく体に入らない」ことだ。

つまり、本来のものを適当に摂り入れれば良いのだが、適当の個人差は大きい。

食生活・体質によって現状のエネルギーレベルが異なるのだから当然だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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