指揮者③やさしく解放!
T氏は今まで「音楽が好きで指揮者をやっている」と思っていたのが、実は「人の注目を引く一番の方法が音楽であり、指揮者であった」ということに気づいた。
そして、だからこそ人の評価が気になって苦しんできたのだった。
これは、まさに「森のドラゴン」だ。
最初から存在しない問題を作り出して不安や怖れで一杯になり、それを解決するのにまた余分なエネルギーを注いでいるのだ!
これでは、ムダが多すぎて、精神的にも、身体的にも、また経済的にも豊かにはなっていけないわけである。
また、現代人はこのようなアドレナリン過剰の人が数多く存在する。
アドレナリンが過剰の人は、感覚が麻痺しているため、微細なやさしい刺激では、何も感じ取れない。
だから、ついつい強い刺激を求めることになる。
昨今の激辛ブームや絶叫マシーンが流行るのも、この為だ。
しかし、強い刺激を与えることで益々感覚が麻痺し、更に強い刺激を求めていく…という悪循環に陥っていく。これは自己破壊的な生き方といえる。
ここまで洞察が深まったところで、筋肉反射テストを使って次に必要な情報をT氏の身体に聴いてみたところ、
「やさしく解放できますか?」をチェックせよとのことだった。
解放には、枕を叩いたり、叫んだりして感情を発散していく「激しい解放」と、気づいただけで解放されてしまう「やさしい解」がある。
「激しい解放」は達成感があったり、深い解放ができたように錯覚しがちだが、それだけに、一度味をしめると、「もっともっと」とエスカレートしがちだ。
「泣いたり、叫んだり」するとカタルシスが起きるため、とてもスッキリした快感が味わえる。そうすると、次もまたこの快感を味わいたいため、「ふだん我慢して溜め込んでおいて、定期的に皆で集まって発散させる」ということに中毒していくことになる。結局何も変わっていないのだ。
T氏に「激しく解放するのか、やさしく解放するのか、どっちを選ぶ?」と聞いたところ、意外にも考え込み、悩んだ挙句、
「確かに今まで激しいのが好きでした。やさしいのでは、何か物足りないような、効果があまりないような感じがしていました。
でも、とりあえず解放してもらえるなら、どちらでもいいです!」と叫んだ。
「『とりあえず』でいいんだ。ということは、枝豆なんだね。
居酒屋に入って、本当に食べたいものを決めるまで、『とりあえず枝豆とビール』というのと同じだね。
枝豆ばかり食べているうちにお腹が一杯になってしまい、本当は何を食べたかったのか忘れてしまったりしてね」
そんな風に返したら、彼はイスに座ったまま悩みはじめた。
「えっ!わかんない! どういう意味、どうしたらいいの?」
「おっ、アドレナリンを溜め込みはじめたね。充分溜め込んだら、『そうか、こうだったんだ!』って興奮して叫ぶんだろうね!」と言ったら、ますます混乱しはじめた。
私は、彼の前に座っていたのだが、「これは暫らく埒が開かないな」と思い、隣の部屋で奥さんと、彼の様子を観察するこtにした。
彼は、ますますどうしていいか分からず、イスに座ったまま混乱していき時間が経過していく。
「あーあ、今日会った時、『田中さん、セッション終わったあと、何か予定は入ってますか?
なかったら、実はワインを買ってありますから、一緒のみましょうよ!』って言ってたから楽しみにしていたんだけど、お預けなんだ。
何か僕のサービスが悪いから、飲ませてもらえないのかな…」
「そんなことないですよ。とにかく、激しくてもやさしくてもいいですから、とりあえず解放して下さい!」
「へー、ということは、誰かに縛り付けられていると感じているんだね。さっきから、ずーっとそのイスに座ったままだけど、何か鎖かなんかでがんじがらめになっているんだね。
そのイスから動けないんだ」
「動けますよ! ちょっとトイレに行ってきます」と言ってイスから立ち上がると、トイレに立ち。用が済むと、またイスに座って考え込み始めた。
「あっ、またイスに座って、自分でシートベルトしめたね。」
「えっ?何のことですか?」
奥さんは、それを見ていて、
「ああ、こういうことをしていたんだ。何だかバカバカしくなってきた。人のことを見ていると本当に良く分かる。
きっと、私も同じことしているのよね。」
「一度気が付いてしまうと、もうバカバカしくて、やってられないでしょ!
最初に注意をしといたけど、類友で居心地がよくて一緒にいれたけど、どっちがが気づいて成長してしまうと、気づかなかった時のような関係では居れなくなってしまうんだよね。
早くワイン飲みたいな…」
「そうだ、私、何かチーズとかおつまみ買ってきますね」
「いいねー。僕も退屈だから一緒に買いにいくよ!
天気もいいし、外に出るのも気持ちよさそうだもんね。
なんだか、放置プレイだね。帰って来るまで同じ状態だったりしてね…」
こうしてT氏を置いて、二人で買い物に出かけた。
春の暖かい日差しの中、おしゃべりをしながらの散歩はとても楽しかった。
桜が満開。卒業式の帰りの子供達で溢れていた。
私は、帰りに、近くの花屋さんで、キレイな鉢植えの花を買ってプレゼントした。値段は、たったの250円だった!
普段「お金がない」と言って、花を買う余裕もなかったようだが、実際にはたった250円。その心の余裕があるかないかだ。
奥さんの方は
「このまま帰って、全然変わってなかったらどうしよう!
もしそうだったら、もう、一緒にいるのはイヤだな…。」
としきりに心配をしている。
「そうでしょ! 一度気が付いちゃったら元には戻れないでしょ!
今日、本気で人生を変えるセッションを受けたら、もしかしたら片方だけが成長して、もう片方がそのままだったら別れる事もありえる…っていったよね。
ピーンチ! でもピンチはチャンスでもあるよね。
だから、僕は全然心配してないよ。信頼することだよね!」
部屋に帰ると、相変わらず、イスに座って悶々としていた。
「まだ、そうしてたんだね。外は桜が満開で、温かいし、最高だったよ!
卒業式だもんね。もう古いパターンを卒業して、ワインで乾杯して、新しい人生歩んでもいいんじゃないの?」
「わたしも、そうしたいですよ!
でも、どうしたらいいのか分からないのですよ!」
「ということは、何か特別な方法が必要だと思っているんだね。そして解放してもらいたいんだね。
ということは、誰かに縛り付けられていると思っているんだね。
スリーインワンのトレーニングコースを受けたことがあるって言ってたけど、何か同じような手続きをとってもらって、
『ハイ、ネガティブチャージが0%になって、ポジティブが100%になりましたから、これであなたは解放されましたよ!』てな感じで認めてもらえないと解放されないと思っているみたいだね。でも、僕はスリーインワンのセッションをするなんて一言もいってないよ!」
「あっ!確かにそうでした。勝手に思い込んでいました。」
「それこそドラゴンじゃないの?
今本当はどうしたいの?
いつまでも、そこに罰を受けているみたいに座り続けて悩んでいたいの?
それとも一緒にワインを楽しみたいの?
やさしく解放するって、激しく枕を叩く代わりに、何かエネルギー調整をしてもらったり、情報を読んで気づきを得たり…。 でも、究極にやさしい解放って何だと思う?」
「究極にやさしい解放?
あっ! 何もしないことだ。」

「美味しくワインを飲むのに、何か特別な儀式が必要なの?」
「いや、そんなことありません。お待たせしました。
取って置きのワインを用意してたんですよ!」
T氏はケロッとして、ワインの薀蓄の述べ始めた。
一緒に楽しいひと時が始まった。
これでT氏のセッションは終わった。
しかし、実はまだ話は続く。
あることで今度は奥さんに焦点が当たった。
そうしたら、今度は奥さんがグルグル考え込み嵌ってしまったのだ。
それをT氏の方が客観的に見る立場になり、
「ああ、さっきまでの自分はこんなんだったのだ!」とあらためて別な視点で見ることができ、ますます芯が通り背筋が伸び、顔つきまで代わっていった。
それに対して、奥さんの方は、さっきまであんなに、全てが分かって、自分は卒業できたと思っていたのが、そうでなかったことを知って、ますます混乱していった。
人がどんなに混乱していても、渦中にいない第三者からは、「出口がそこにあるのに、何で出ないのだろう」と分かるのだが、いざ自分に焦点が当たると全く分からなくなるものだ。
だから、人は、他人の問題に焦点を当て、心配するのが好きなのだ。そうしている間は自分の問題を見なくてすむのだ。
しかし、相手に見えるものは自分のもの、同じコインの裏表に過ぎない。
だからこそ、本当の成長とは、森に入ってドラゴンが出てきたなら、そこで逃げ出すのでも、闘うのでもなく、勇気を振り絞って、真っ直ぐに見据え、ただの幻想に過ぎなかったことを看破することなのだ。
そして、次からは口笛を吹きながら楽しく森を散歩できるようになること、これが成長だ。
暫らくもがいた挙句、奥さんも闘うのをやめ観念した。
相方を心配することで、自分の問題を見ないできたことを受け入れた。
めでたく、二人して卒業できた。
これから、素敵な人生が待っていることだろう!
【追記】
T氏によると、カラヤンやフルトベングラーといった巨匠でさえ、普段はとても嫉妬深かったそうだ。
「闘うか/逃げるか」の二元性の中に生きていたのだ。
オーケストラの指揮者で本当に二元性を超えた状態にあった人はまだいないかもしれないということだ。
現代社会は、アドレナリン過剰の人々が圧倒的多数を占め、その二面性の破壊的な価値観により、環境破壊も究極的なところまできている。
陰極まれば陽になる。そして次のステップは統合だ。
時代の価値観が大きく変わろうとしている。
ベルリンの壁が一夜にして崩れ落ちたように、人の手前で本心を偽るごまかしの時代は終わりを告げることだろう。
これからT氏が二元性を超えた意識状態を体得し、自分自身の内側が完全に統合された状態のエネルギーから指揮をした時、オーケストラが奏でるハーモニーはどんなものになるのであろう。
その予行演習として、セッション後、T氏にもう一度ピアノを弾いてもらった。
セッション前は停滞していた督脈のエネルギーが逆に上昇するようになっていた。
督脈は尾てい骨から背骨を伝わって向上していくエネルギーだ。
これからT氏の指揮するオーケストラの演奏を聴くことで、多くの人が勇気付けられ、二元性を超えて調和した本質的意識に目覚めていくことになるのであろう。
その時が楽しみだ。
指揮者②「良い子、悪い子、普通の子」
さあ、T氏のセッションが始まった。
まずは、今問題になっていることをリストアップしてもらった。
その上で、
「それらの問題が全て問題でなくなったとしたら、そこにかけていた時間とエネルギーを何に向けたいと思いますか?」
と問いかけた。
T氏はしばし考え込んだ。「問題をなんとか解決したい」と一生懸命にはなってきたものの、次から次へと問題は表れてくるもので、「問題が問題でなくなること」など考えたことがないのだ。
次に、いつも通りピアノを何曲か弾いてもらった。
聞いているうちに、頭がクラクラして眠くなってきた。
そこで、T氏のピアノを弾いている時のエネルギー状態を筋肉反射テストで調べてみると「督脈」が滞っていた。

「督脈」とは、尾てい骨から始まって、背骨を上昇し、頭頂を超えて、上唇まで流れる経絡エネルギーの道筋である。
これが滞っているということは、自分を向上させていこうとするエネルギーが停滞していることを意味する。
続いて奥さんの経絡エネルギーを、T氏がピアノを弾く前と弾いている時とで、調べてみた。
すると、T氏がピアノを弾き始めると聴衆の一人である奥さんのエネルギーも同調し、さっきまで正常に流れていた督脈が滞るのだ。
T氏は、指揮者であり、指揮者のエネルギーはオーケストラ全体に影響を与え、その演奏は、聴衆全体に影響を与えることになる。
この辺は、既に日記に記しているので参考にされたい。
オーケストラの奏者は、その楽器にかけては一人ひとりが職人的なプライドを持っており、指揮者によってはなめられてしまって、いうことを聞いてくれないこともあるそうだ。
そこで、指揮者と奏者の真剣勝負のバトルがはじまり、最終的に折り合いがついて本番に臨むことになる。
オーケストラがハーモニーを奏でるまでの間には内側ではかなりの戦いがあるのが実情らしい。
T氏が出してきたテーマの一つとしては、「慢性胃炎」「腰痛」「宵っ張りで夜中にならないと集中できない」「土壇場にならないとヤル気が出ない」その代わりに「追い込まれると凄い集中力がでる」というのがあった。
しかし、これは、サバイバル・モードの「闘うか/逃げるか」であり、普段は、ヤルべき事を先延ばしにし、逃げて逃げて逃げまくることでアドレナリンを蓄積し、土壇場が来たところで窮鼠猫を噛む状態でアドレナリンを放出しているに過ぎない。
T氏は、「練習よりも本番が一番集中できるのは、練習の時に奏者がいうことを聞かなくても、本番になりさえすれば、指揮者が絶対的権威者であり、奏者全員を従わすことができるからである」ということに気づいた。
もう一つのT氏のテーマとしては、「完璧症で、少しでもミスがあると他がどんなに良くても、ミスの方に焦点が当たってしまって喜べない」ということだった。
前回の私のセッションを受けてから発表会があり、今まで以上にいい指揮がとれたそうだ。
そして、今までなかなか自分を認めてくれなかった先生が褒めてくれた。しかし、本来なら嬉しいはずなのに、何か物足りない。
会う人会う人絶賛してくれる。自分がミスしたことには気づいていない様子だ。そこで、いろいろな人にあたり、ようやく一人、「あそこでミスしたわね!」と言ってくれた人に出会ってホッとしたという。
なぜ、このような気持ちになるのか…。
調べてみると、T氏の身体極性は反転していた。
(身体極性の反転に関しては、「セッション・レポート②」を参照)
http://ameblo.mom/life-chenge/entry-10344256287.html
つまり、音楽の世界で生きていることの喜びを感じている動機が、「音楽が純粋に好きだから」というところから、
「音楽をすることで人から注目を得たいから」というところにズレてしまっているということを示唆していた。
私達は、「人が喜ぶことをしなさい。人に迷惑をかけてはいけません」と言われて育てられてきた。
そして、人が喜ぶようなことをすると褒められ、人が迷惑に感じることをすると叱られてきた。
だから、私達は「良い子」になって褒められようと一生懸命頑張ってきた。しかし、親の期待はどんどん膨らんでくる、どんなに完璧にできたと思っても、本当の意味で親を満足させることはできない。「完璧な良い子」になることに挫折した子供は人に迷惑をかける「悪い子」になって叱られようとする。
しかし、当たり前のことを当たり前にする「普通の子」になることだけは避けてきた。なぜなら、「普通の子」は当たり前のことをしているので、周りの人は褒めも叱りもしないからだ。
T氏だけでなく、私達はほとんど皆、失敗することを極度に恐れるものだ。それは、失敗したら褒めてもらえなくなるからだ。
ところが、よしんば褒めてもらったとしても、それで本当に満たされるわけではない。だから、もっともっと褒めてもらおうとして頑張ったり、それにも飽きたら、今度は叱ってもらおうとして、わざと失敗に焦点を当て始める。
T氏がミスを指摘してくれる人を見つけてホッとしたのは、その為だ。
いずれにしても構ってもらいたくて仕方ない。でもそれでは本当の満足は得られない…という葛藤の中でもがくことになる。
私達はいつからこんなに変になってしまったのだろう。
純粋な「普通の子」でいた時代だってあったはずだ。
それは、大人の知覚反転に感染してからだ。
子供は一人遊びが大好きだ。
どんなガラクタもその子のイマジネーションによって素晴らしい宝物になってしまう。
積み木を積み上げる過程で、何度崩れても、失敗を嘆いて落ち込むことはない。
その度に工夫して積み上げていき、また崩れ、また工夫し…。というプロセスそのものが楽しいのだ。
これは学習のプロセスであり、だからこそ子供は成長が早いのだ。
ところが、成長の止まり、自分ひとりでは喜びを見出せなくなった退屈な大人たちは、一人で楽しそうに遊んでいる子供を見てそっとしておくことができない。
ついチョッカイを出して、何かを教え込もうとする。
「自分の方が知っている」という優越感を喜びと勘違いしてしまっているのだ。
そして、子供が積み木を積みあげることに成功すると、自分のことのように錯覚して喜んで褒めるし、失敗すると、嘆くことになる。
そこから、子供は親を喜ばせるため、悲しませないために積み木を積むようになっていく。
さっきまでの純粋な学習の喜びを失っていくのだ。
ここから身体極性の反転が起きる。
この社会は反転している。
まるで「鏡の国のアリス」の世界だ!
「人生を本気で変える」とは、反転した社会で認めてもらい、褒めてもらう為に結果を出せるようにすることではない。
そんな、社会的信じ込みに見切りをつけること。
そんなことしたら、周りの人に受け入れてもらえなくなるのでは…という脅威(ドラゴン)に立ち向かうことだ!
それが本当に「勇気に満ちた」状態といえる。
さあ、この後、T氏のセッションは思わぬ展開を迎える…。
<つづく>
指揮者のケース① 森のドラゴン
まずは、お読み下さい。
脅かされた⇔勇気に満ちた
【脅かされた】
私達を脅かすものが、実際に起こることはほとんどありません。しかし、「傷つけられるかもしれない」という幻想を持つと、身体はその脅威を本物のように感じて反応します。

暗い森に入るとき「ドラゴンと闘う心構えをしなければならない」と信じていた騎士がどれほどいたでしょう。
多分多かったはずです。昔から伝えられてきた物語が山ほどあったのですから。

では、実際に何匹のドラゴンと闘ったと思いますか?
多分一匹もいないはずです。神話を受け入れたために、騎士たちは、あれほど不安にかられたのです。
「倒さなければならない!」と信じているドラゴンがあなたにはいるでしょうか?
【勇気に満ちた】
あなたは既に、内側ではそれが真実であることを知っています。これまでいつも手に入れたいと思っていた確信を感じています。
しかし、脅かされた感じがなければ、あなたは勇気に満ちてはいません。していることを、ただしているだけです。
一つの極は、必ず他方の極から命を得ます。
ですから、私達は両極を手に入れない限り、全体性を持つことはできません。大抵の人は、片方の極(良い側)だけを欲しがり、他方の極には抵抗します。
感情を認めましょう。感情は反応に過ぎないので、それに良いも悪いもありまえん。
抱えている感情的チャージを、肉体が行動にあらわすことを許しましょう。そうすれば、内側で一つになった感じが持て、自分のやりたいことができるようになります。
☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.
さて、上記のことを踏まえて、昨日行ったセッションのことをシェアーします。
昨日は、オーケストラの指揮者をしているT氏のご自宅で出張セッションをしました。
T氏は、先日「億万長者専門学校」で知り合った方で、1度個人セッションをし、かなり変化があったそうです。
今回は「オーケストラの指揮の練習をするのに、ピアノを自分で弾いてイメージするのだが、それが思うようにいかない」とのことで、ご自宅でセッションをすることになりました。
お宅には奥さんもいらっしゃり、セッションを見学することになりました。
私は、以前は「お試しセッション」と「人生を本気で変えるフル・セッション」の二本立てで案内をしていましたが、今は「お試しセッション」というのを案内から削除しました。
というのは、フルセッションと同じだけの時間とエネルギーを注いでも、受ける本人がお試しの気持ちでしかなかったとしたら、どんなに本質的なメッセージが出ていても、決してまともに受け取らず、お茶を濁して、終わってしまうからです。
セッションに先立って
「私は『人生を本気で変える!』という人にしかセッションをしていませんが、その覚悟はありますか?
『人生を本気で変える!』というのは文字通り変えるのであって、『二度と元には戻らない』ことです。本当に、このセッションをキッカケにガラリと人生が変わってしまいます。
また、夫婦で生活しているとなると、「類友」で同じような考えをしているから居心地がいいのだけれど、片方だけがガラリと変わって成長してしまうと、一緒に生活することができなくなります。
そこで、相方も、それに触発されて一緒に変わっていけば、今まで以上に睦まじい夫婦生活にしていくことが可能でしょうし、そうでなかったとしたら、お互いに別れて一人になるか、新たな居心地のいい相手を見つけことになるでしょう。
そうなる覚悟もあった上で今からのセッションを受けてみたいですか?
もし、「生活はそのままで、少しだけ何かがよくなればいい」ということでしたら、そういうセッションをしているセラピストは今は沢山いますから、どうぞそちらを選んでいただいてもいいんですよ。
というところからスタートした。
T氏とT氏の奥さんは、しばらく考え込んだ末、
「お願いします。もう、本気で人生をガラリと変えてしまいたいです!」と申し出た。
さあ、これからこの夫婦の人生が根底からガラリと変わってしまうことになる…。
<つづく>
舞台役者のケース
まず、普通に立ってもらい、前後左右から軽く押して、重心の安定度をチェックしました。
その上で、彼に、いつも通りのパフォーマンスをしてもらいました。
一見、大人しそうなDさんが、パフォーマンスとなった途端、ハイテンションなノリで、
「私は、すばらし~い!」と叫びながら、派手なアクションで踊り始めました。
ちょっと興奮気味で、さっきまでの大人しかった彼が別人のようでした。
そこで、再び立ってもらい、もう一度重心チェックをしました。すると、さっきよりも体がグラグラになっていました。
何が起きているのかを、もっとはっきりと自覚してもらうために、再びパフォーマンスをしてもらった後、重心をチェックすると、更に、体がグラグラで崩れ落ちそうになりました。
さて、何が起きていると思いますか?
実は、彼は普段とても大人しいのですが、演劇となると、別人のように派手なパフォーマンスを演じ、イキイキとします。
しかし、これは、単なるコインの裏表であり、イキイキしたように見えたのは、アドレナリン過剰によるハイテンションに過ぎません。
私達の脳はストレス状態では、サバイバル(戦うか/逃げるか)・モードに切り替わり、アドレナリンが分泌されます。
普段、貧乏なバイト生活をしながら、「逃げるモード」だったのが、その溜め込んだアドレナリンを演劇で「戦いモード」に切り替えて」発散します。そして、日常では再び「逃げるモード」で我慢して溜め込んでいく…ということの繰り返しをしているに過ぎません。
アドレナリンが分泌されると、火事場の馬鹿力が出ます。
それで、なんだが元気になった錯覚をします。しかし、この状態は「元気=元の気(本来のエネルギー状態)」ではありません。
経絡のエネルギー回路が反転した状態であり、「反気」とでも呼んだらいいのでしょうか。この状態だと、知覚の反転が起き、何をしても裏目になっていきます。
一人だけ「場違い」な程ハイテンションになっていき、周りから浮いてしまうのはこの為です。
彼が良かれと思ってやっていたことは、オーバーエネルギー(ハイテンション)であり、その直後にはアンダーエネルギー(落ち込み)が待っているわけです。
やり手バリバリのサラリーマンや、トップ営業マンの「燃え尽き症候群」に陥るのも同じ理由です。
話をDさんのワークに戻しましょう。
彼の夢を聞いてみました。
すると、「演劇でスターになりたい。将来を映画監督もやってみたい!」とのことでした。
しかし、現実の自分と理想の自分との間にあまりにもギャップがあり、そこに辿り着くまでのハシゴがかかっていないため、空回りをしている感じだということでした。
そこで、部屋の片側に立ってもらい、ここを「現在の自分がたっている場所」だとしたら、「理想の自分は部屋のどの位置にいるのか」を想定してもらい、一歩一歩ゆっくりと感じながら、進んでもらいました。
そして、最後の一歩で、理想の自分の中に入ってもらいました。
すると、その瞬間に、後ろ姿を見ていても、その背中が一回り大きくなったのを感じました。そして、振り返ってもらったら、そこには、落ち着いた面持ちの全く別人が立っていました。
そこで、再びパフォーマンスをお願いしました。
静かに両腕を胸の前に上げ、ゆっくりと開いていく…というだけの動作でしたが、そのわずかな動き一つ一つに、Dさんの本来のエネルギーのほとばしりが伝わってきて、感動して目が釘付けになってしまいました。
そして再び、重心チェックをしましたが、どんなに押してもビクともしないくらい安定していました。
人生のペレストロイカ
(この経緯を知らない人は是非ご一読下さい)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=292617904&owner_id=5593049
彼は、「勤めていた銀行を辞め、起業しようと思っている」ということを両親に話したところから大バトルとなったそうです。ところが、真剣にトコトン話し合い、自分自身を見つめなおすことで、分かり合い、応援されるにまで至りました。
この感動的な展開は、是非彼の日記を読んでみて下さい。
~人生を変えた瞬間~ ☆親子の絆☆
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=324924467&owner_id=2324502
(彼の成長ぶりは、この後の日記にも続いて記されています)
今日、彼に1ヶ月ぶりで再会し、彼の成長ぶりは目を見張るものがありました。そして、彼のぶれる事ない一本筋の通った姿に、私自身が脱サラした時のことが思い起こされました。
その時のことは、当時アドラー心理学を学んでいたヒューマン・ギルドのニュースレターに投稿したものが残っていましたので、自分自身が初心に帰る意味も含めて、ご紹介させていただきます。
☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.
◇◇私の八月革命◇◇
1991年8月、「ゴルバチョフ失脚」の第一報から始まるソ連での政変は、めまぐるしいスピードで進んでいきました。
時を同じくして、私自身の人生も大きな変化を迎えていました。
私は、企業研修を行う教育団体でクロス・フィールドというオリエンテーリングを高度にしたような野外行動学習のインストラクターをしています。これは、企業人の意識改革を図る上で「座学による知的納得に加え、野外での実践的行動から体を通して学ぶ」というプログラムです。
しかし、もっと深いレベルで行動を変えていく上では、体の歪み、筋肉の緊張といった、身体そのものにアプローチしていくことの必要性を感じていました。そんなわけで、9月から「身体心理療法学院」という学校に仕事を続けながら、勉強に行こうと思っていました。
学校は、土日2日、平日2日の月4日間通えばよいので、有給をとって通わせてもらえないかと上司に相談しておりました。
ほぼ、それで大丈夫だろうと思っていたところ、総務部長から話があり、「社員という形では、他の社員への影響もあるので、やっぱりまずい。社外講師という立場ならいいだろう」とのことでした。
「そんな方法もあったのか。自由がきいてかえっていいや」という気持ちと、「それで食っていけるのだろうか」という不安が織り交ざった心境でした。
ちょうど8月20日「ソ連でクーデター発生。ゴルバチョフ失脚」
のニュースに世界中が動揺している時でした。
社員としては8月一杯ということが決まり、最後の出張も終え、「サラリーマン生活もあと数日だな」
と感慨にひたりながら、少しワクワクする気持ちで出社しました。すると、何か様子が違うのです。私の不在中に状況が急変していたのです。
学校に対するいろいろな誤解から「社外講師という話はなかったこととし、会社に残って学校を断念するのか、学校をとって会社と縁を切るのか、選択は二つに一つだ!」ということになったのです。
いきなり、下から梯子を外されたような、あまりに急な変化に唖然としてしまいました。
「人生の 転機に立ちて 眺むるに
明日は嵐か 快晴か」
時はまさに、クーデター失敗のニュースがテレビや新聞を賑わしている頃で、ソビエト情勢と自分自身の人生が二重写しに感じられました。
「我が道の 自己変革(ペレストロイカ)の行く末に
何が待とうと ただ突き進まん」
「ソビエトに 起こりし変化 見るにつけ
世界は我が身の 鏡に似たり」
さあ、どういうことになるのやら…。しかし、どういうことになっても、多分必要なことが起きているのだろうから、長い目で見れば「良かったな」ということになるだろう…と意外なくらい落ち着いていました。
また、どういう形になっても会社とはケンカをせずに別れよう。何といっても、この会社での約十年という日々があったからこそ今の自分があるのだし、それを最後に否定してしまったら、この十年の自分の人生まで否定することになってしまう。
「結末が どちらの道に転ぶとも
変わらぬ思い 十年の恩」
「人生に起こりし全ての出来事に
無駄なきならば 何をか学ばん」
以前の私なら、会社に食ってかかり、ケンカ別れをしていたことでしょうが、とても冷静に主張的に会社側と話し合いができました。これもアドラー心理学を学んだお陰だと感謝しています。
また、ある先輩からは「君がやろうとしていることは、社会的にはまだ認められていないし、正統派というよりは亜流の部類に入るのではないか。日の当たらない道を歩くより、お天とう様の当たる表街道を歩いた方がいいぞ!」というアドバイスをいただきました。
しかし、誰もがやっていることならば、自分がやる必要はない。むしろ、人がやらないことだからこそ、今自分がやる意味があるのではないかと発奮しました。
「今はまだ 行く人少なき道なれど
やがて日のさす 大路にならん」
そして、8月31日、いよいよ結論の出る日を迎えました。台風十四号がまさに通過せんと、風雨が吹き荒れていました。
「目標が 地図からはみ出すものならば
信じて進まん 我がコンパスを」
その頃の私にとって社長は、雲の上のような存在でした。
しかし、「何とか自分の想いは、社長に伝えておこう!」と、詠んだ詩を短冊に綴り、秘書を通して社長に送りました。
腹をくくって最後の面談に臨みました。
意外なことに結論は「君の思いはよくわかった。やっぱり社外講師という形で関わってほしい」ということでした。
「台風の 過ぎ去り後の青空は
以前に増して 目にしみる」
まさに台風一過の日本晴れ。
最初に「明日は嵐か快晴か」と詠いましたが、結局両方が来ることになりました。
しかし、最初の空の青さと、嵐の後の空の青さは、やっぱり違うのです。
物事のありがたさというものは、失った時に初めて気づくということも多いようです。
この嵐のお陰で、会社に対する依存心や甘えからくる不満は吹き飛びました。
そして、「男一匹、自分の目標さえ見失わなければ、何をやったって生きていける。これから俺がやろうとしていることが、世の中に役に立つことならば、必ず食っていけるはずだ!」という開き直った気持ちが自分を自立させたように思います。
このため、再び「社外講師という形で関わってほしい」と言われた時には、浮かれるわけでもなく、坦々とした気持ちで「最終的には、やっぱり一番良い方向に治まったな」という自己信頼と感謝の気持ちで満たされていました。
状況はこれで一段落しました。しかし、私自身の革命は終わったわけではなく、今まさに始まったばかりだな…。
そんなことを感じている今日この頃です。
☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.
16年前に書いた文を今あらためて読み直してみて、自分の原点に戻った気分がします。
91年8月31日に脱サラをし、偶然にも15年後の同じ日に 脱鳶をして新しいステージに移っていたとは、感慨深い思いです。本当に私自身の革命は今も続いています。
また、あの時は、誰から何を言われても全くぶれない自分がいました。
芯がまっすぐ通り、頭の中も驚くほど冴え渡っていました。そして、自分の思いが即座に短歌となってあふれ出してくるのです。
あの頃は、「セラピー」とか「癒し」という言葉は、ほとんど聞いたことがないような時代であり、会社では、「隠れ切支丹」のような存在であったのを思い出します。
それが、今では「癒し系」なんていう言葉が普通に使われるようになっています。
そして、今、ロバートキヨサキや本田健の登場により、経済的自由人(右側のクワドランド)を目指して、起業する人が増えてきました。しかし、まだまだ一般的には胡散臭く思われがちでもあります。
特に、親の立場からすると「そんな夢みたいなことを言ってないで、ちゃんとした会社に就職して働きなさい!」と言いたいところなのでしょう。
しかし、誰もがやっていることならば、自分がやる必要はない。むしろ、まだやる人が少ないからこそ、今 自分がやる意味があるのです。
「今はまだ 行く人少なき道なれど
やがて日のさす 大路にならん」
死ぬ瞬間にどう在りたいか、からの逆算
これは、「パートナーの体調不良の為、希望者に譲ります」
という告知がマイミクのL氏の日記にあり、応募者多数の中から当選し、ラッキーにも参加できたものだ。
参加者はなんと400名、しかも単なる講演会ではなく、グループワークをしたり、質疑応答という名の公開カウンセリングがあったりと、とても深いワークだった。
私も、セラピストとして、個人セッションや50名位のワークショップをしてきたが、ここまで深いことを400名の参加者全員を惹き付けた状態で行える本田健さんの実力は素晴らしいものだと思った。
そして、思いがけず受け取ったこのギフトを自分の為だけに抱え込んでしまっては「豊かさの感性を高める」というテーマと相反する在り方になってしまうのでは…と感じた。
そこで、自分に何ができるだろう…と考えた。
私は、その人の本質的な人生の目的を見つけ出し、潜在能力を引き出していくセラピーを15年以上続けてきている。
私のパートナーは、経済的自由人そのもので、精神世界でも実業界でも大成功をしている人で、自分自身のそれまでの人生では考えられないような豊かな生活を送っていた。
しかし、その生活は彼女の実力によってもたらされたものであり、私自身の実力ではないと感じて苦しんだ。
そこで、全てを捨て、鳶職をしながら、今まで学んできたことを自分自身の実生活の中で統合していくための人生修行を1年間した。
昨年9月に、新たなメンター伊木氏との出会いから、次のステップが来たことを悟り、鳶職を辞めた。
そして、伊木氏の指導のもと起業し、「人生を本気で変え、精神的にも、物質的にも、経済的にも豊かにしていく為の活動」を展開しはじめた。
また本田健さんとは、今のようにメジャーになる前から、セラピーの関係で知り合いだった。この為「幸せな小金持ち」の小冊子をペイフォアードし始めてから、あれよあれよという間にメジャーになっていったプロセスも知っていた。
そこで、自分が今回受け取ったものを咀嚼し、自分自身が体験を通して学んできたことと結び付けて、皆さんにシェアーしたらどうだろうか…と考えた。
そして、それを受けて良かったと思う人には、ペイフォアード(次の人に伝える)してもらう。参加費も「1円以上ご随意」という形にしたらどうだろうと考えた。
そして、招待してくれたL氏に話したところ、是非やろう!ということになった。
「最初は少人数からのスタートだろうけど、もし、これを毎月開催し、ペイフォアードがうまくいって12月には、400名にまで広がってたりしたら、同じこの会場で開催することになるかもしれない。そうなったら、めちゃくちゃ楽しいね!」と盛り上がった。
そして、休憩時間にステージの上から400名の人達の前に立つのは、どんな感じがするものかを味わった。
本田健さんにもそのことを話したら、「絶対できますよ!必ず実現して下さい」と固い握手をしてくれた。
この展開を私よりも先にL氏は日記に書きとめた。
出先から携帯で読んでみると、
>水をさしたらごめん、だけど・・。
>確かに本田健さんは素晴らしい人かもしれない。
>けれど、それは彼のオリジナルな体験や考え方があってからこそ。
>そしてそれだけ人を集めるのは本田健という実績があるからこそ。 (中略)
>キツイ言い方だけど二番煎じじゃんって思えた。
>もう数年くらいは自分の方向性に突き進んで地道に努力しないと言葉に説得力がないと思う。感動は与えられないようにも感じる。
>Kさんの意見もその通りです。
>けど、『学ぶ』って『真似ぶ(まねぶ)』からきてるんですとどなたかがおっしゃてました。
>なので、Lくんの試みは良い部分が多いと思いますよ。
>アウトプットってすると良いですよ(^^)v
>一度勉強した事をさらに深められるというか…
早速、賛否両論のコメントが書き込まれている。
何をやったとしても、賛成、反対、無関心の反応があるもの、そんなことは気にしないで、自分がやりたいと思ったことをやればいい…。
そう思って携帯からコメントしようとしたら、後少しというところで、文字が消えてしまった…。
こいつは、「もう少し考えろ…」というメッセージなのだろうか?
どこかで電ノコの音が聞こえる気がする、「伸びた鼻」をチュインと切られる恐怖が体に蘇ってくる。
そんな中、 今日は私のメンター伊木さんが開催するタイム・マネジメントセミナーに行ってきた。
その中で、「~したい!」という「願望」の状態では、待ち焦がれているだけで、実現はしない。
「願望+目的(何のために)」になって初めて「願望」が「目標」に変わり、自分にとって実現する必然性が生まれてくる。
そして、目標を立てるに当たっては、「人生の目的は何か」つまり、「どんな死に方をしたいのか?」から逆算して、長期目標から短期目標に絞り込んでくるということを学んだ。
今まで私は、「夢リスト」を書いても、内面的なことばかりで、物質的なことにはあまり興味が湧かず、書き出せない自分がいた。
しかし、「どんな死に方をしたいか?」ということを考えたとき
「『ああ、やりたいことは全てやった。本当に充実した人生だった!』と言って死にたい!」という思いが湧いてきた。
そうしたら、自分の内側に閉じ込めていた願望の封印が解け、色鮮やかにリアリティを持って立ち現れてきた。
そして、逆算して20年後、10年後、3年後、1年後まで来たとき、私の夢に賛同し、共に人生を本気で変え、それぞれの夢実現の為に協力し合う仲間が400名になっている必然性が浮かび上がってきた。
「ああ、これが、一昨日の本田健さんのセミナーに集まっていた
400名の前に立ったときに感じた一年後の自分の感覚なんだ」と悟った。
そうだ、私には、何が何でも「有り余る豊かさを手にしなければならない」BIG WHYがある。だから、やり方はもう少し練っていくにしても、1年後には400名の仲間が出来ている自分がいなければならない。その為には今から具体的な行動計画を立ててスタートしなければならないのだ。
今回私が本田健さんの「豊かさの感性を高めるセミナー」を通して受け取ったものは、
「受け取る⇒感謝して味わう⇒信頼する⇒分かち合う」ということだった。
Lさん、年の初めに、本田健さんのセミナーをプレゼントしてくれて本当にありがとう。
また、日記を読んで、貴重なコメント頂いた皆さんありがとう。
私のメンターの伊木さん、
「死を迎えるその瞬間にどんな自分でいたいのか」そこから逆算して、今を真剣に生きることの大切さ」を教えてくれてありがとう。
クリス岡崎さん、
「出来ないと思ったら、やらなければならない!」
「怖いことは、やってみる!」
「誰もやらないことは、私がやる!」
ここぞ!という時の、パワーボキャブラリーをありがとう!
私は、まだまだ甘かったことに今日気づいた。
「いつ死んでもいい!何の後悔もない!」といえるほど人生を真剣には生きていなかった。
私は、今日、ライフワークを生きることを決断した。
その為には、自分が本当に欲しいものを明らかにし、それを素直に表現していく!
そして、自分が与えられるものを惜しみなく分かち合っていく!
私が今欲しいものは、「本気で人生を変えていこう」と決めていて、しかも「私と一緒に夢を実現していくために、実際にタッグを組んで共に行動してくれる仲間」である。そして、この1年間でそんな仲間を400名まで増やしていくことだ。
その為に私が提供できるものは、
・それを妨げているメンタル・ブロックを解放し、あなたの潜在能力を引き出していくセラピーのスキル
・有り余る豊かさを手にする為の画期的なビジネス・モデル
・誰もが成功していけるよう整備された教育システム
・バラエティに富んだ私の人脈
です。
この主旨にご賛同いただける方は是非ご連絡下さい。
そんな仲間が集まって、様々なビジネスを展開したり、社会貢献をしたり、世界中を旅行したりして、
子供達に夢を与えられるような
「イケテル、チョイ悪オヤジ」なっていくことが私のライフワークです。
掃除力
毎年元旦の朝は、空気がとても澄んでいるのを感じます。
年末に大掃除を済ませ、誰もが新しい年を向かえ、新たな思いで1年をスタートしようという意識になっているからでしょう。
昨年は「そうじ力」という本がベストセラーになり、掃除と心のつながりに意識を向ける人が増えてきたことは喜ばしい限りです。
ところで、どこからともなく現れる埃、これは一体どこからあらわれるのでしょう。
「実は物質が波動にかえる過程で埃になる」という説があるのをご存じですか?
量子力学によると、物質は観察者がいることで形をとどめるが、観察者がいなくなると波動に戻ってしまうそうです。
人が住まなくなった廃墟を見たことがありますか?
必ず埃だらけになっていて、ガラスもなぜか割れています。また、1週間も部屋を留守にしていると埃だらけになっているものです。
神道の行も積んでいた私の元奥さんのKちゃんは、掃除を一番根本的な行として位置づけていました。普段から隅々まで徹底的に掃除をする為に、どこにも埃一つない状態が保たれていました。それは、場の空気そのものが清浄で凛として澄んでいることが訪れた人の誰もが感じ取れるほどでした。
彼女は1週間以上家を空けたとしても、部屋は埃一つない状態が保たれていたといいます。なぜ、そのようなことが可能なのでしょう。
その秘密は、ただ部屋の隅々に意識を向けることだけなのだそうです。これによって、これが量子力学的に考察するならば、「観察者効果により、部屋が物質状態を保ち、埃を発生させない」ということになるようです。
しかし、一般の人が旅行中に、部屋に意識を向けるといっても、どこまで意識できるでしょうか?
部屋の隅々にまで意識を向けられということは、普段から隅々まで掃除をしているからできることなのです。
またこれは部屋に限らず、全てに対して微細に気を巡らしていることの表れの一つに過ぎません。
この話を聞くと「とても大変なことだ」感じる人がいるかもしれませんが、実はそんなことはないのでよ。
普段から綺麗にしているので、どこでもハタキでさっとなでる程度でいいのです。
結局、常に綺麗な状態が保たれていれば、ほんの少しのチリであれ、乱れであれ気になって手をうつことになるので、すぐ綺麗な状態に戻り、それが保たれます。
反対に一旦乱れだすと、脱いだ服も、使った食器も、ゴミもそのまま放置していても気にならなくなりだし、それが保たれます。
結局、高いレベルを保つのも、低いレベルで保つのも、普段の手間はあまり変わらないというわけです。
「チリも積もれば山となる」
山になってからでは大変ですが、毎日チリになる前に気を向ければ、チリすらほとんど出ない、そしてその気を向ける(フォーカスする)為のフィジオロジーとして「掃除」という身体を使った毎日のアクションが大切だということです。
新年を迎え、私も初心に帰って、日々の掃除と共に、自分の内面の清浄を保っていこうと心を新たにしました。
幻想(マトリックス)からの脱出
以前「割り箸を使うことが、森林破壊につながる」ということが話題になり、「マイ箸」を持ち歩く人が増えました。ところが、「割り箸は間伐財の有効利用」という宣伝から、ブームも下火になったようです。
ところが昨日聴いた話では、割り箸は、かなり大量の薬品を使って処理している為、健康面の立場から考えて「マイ箸」を携行した方がいいということでした。これはかなり説得力のある話でした。
また、マンションの水がどれほど汚いか…私の兄は水道工事の仕事をしていますので、私もアルバイトでいろいろなマンションや学校の高架水槽の掃除をしました。
そこで、あまりの汚さに、「浄水器を通さない水道水は絶対に飲むまい」と思ったのを覚えています。
日当たりのいい場所にある高架水槽は塩素を入れていても藻が発生し雑菌が繁殖しています。日陰のものは、それはそれで不衛生になっています。また塩素は猛毒のトリハロメタンを発生させます。
プールには大量の塩素を投入しますが、本来、塩素は無味無臭だそうです。では、「あのプール独特の塩素の臭い」と思い込んでいるものは何でしょう?実は、あれこそがトリハロメタンの臭いだそうです。だから、屋内プールはガス室のようなもので、健康の為にプールに通うことで、逆にどれほど健康を損なっているのか…。
また、皆さんは、「ウォシュレットが流行りだしたのと、大腸ガン増えたのが一致している」というのをご存知でしたか?
人間の身体は本来、常在菌という有用微生物のベールで守られている存在でした。ところが、日本人の清潔好きから、手洗い、歯磨き、シャンプー、ウォシュレットなどで、徹底的に常在菌を殺してしまい、無防備になったところに、それらに含まれている有害な化学物質が侵入してくるわけです。
これが、アトピー、喘息、大腸ガン、などなど様々な問題を引き起こしているわけです。
なんという勘違いだらけの世の中なのでしょう。
私は、こういった、社会的な勘違いから、個人的な勘違いに至るまで、突き詰めれば、ラムサの言うところの「人類の脳の誤用」から始まっているという説に共感しています。
(ラムサに関してはまた別の機会に触れます)
私の専門のワンブレイン・システムでも、このことは「サバイバル・モード」として明確に定義しています。このことについて、今まで、いろいろな場所で紹介してきましたので既に読んでいる方も多いと思います。まだ読んでいない方のため、抜粋したものを載せますので是非この機会にご一読下さい。
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1.大脳の機能を左右前後のマトリックスで解説します。
左脳は物事を二つに分け、分析し、判断し、自分の信じ込んだことに基づいて記憶しています。
左脳思考の特徴は、どちらが「正しい/間違っている」「上/下」「勝ち/負け」「自分/他人」というように、相対させ比較し判断、決定づけることです。
これによって、「何を、いつまでに、どれだけ、どのように、どうするのか」が決まり、コントロールされ、形となって実現していきます。これは男性エネルギーとも呼ばれます。
「自己イメージ」や「価値観」「競争意識」「自己証明」「自己防衛」「信じ込み」「主観」「論理的思考」「言葉を使った言語」などは、ここに宿ります。
また「科学」「西洋医学」「一神教」も左脳的思考といえます。
それに対して右脳は全体像をとらえて、公平にあるがままの全てを知っている記憶の宝庫です。
右脳は物事の全体を捉え、いい悪いの判断をせず、自他の区別なく、全ては一つという観点を持っています。芸術、音楽、シンボルなどは、右脳の女性エネルギーと関係します。「客観性」「公平」「気づき」は右脳から訪れます。
今まで非科学的と言われてきた、「ネイティブ・アメリカンをはじめとする先住民族の在り方」「東洋医学」「多神教」などは右脳思考といえるでしょう。
2.ストレス状態=サバイバル・モード
脳神経学者によると、「私たち人間は、人生の95%以上の時間、脳の一部(全体のわずか5%未満)しか使って生きていない」と言われていることは、既にご存知のことと思います。
では、その脳の一部とはどこを指しているのでしょう。それは、左脳の後部にあり、「共通統合野 (Common Integrative Area→以下CIAと略す)」と呼ばれる場所です。その仕事は、自動的に過去の経験と現在の経験をつなげて、共通する意味を決定することです。
そして、一度共通の意味を決定すると、ストレス状況下での最善の対処法を「過去の最悪な状況の中でどう生き延びたか」に基づいて選びます。つまり、「より良くなるため」ではなく、「これ以上悪くならないよう為」に対処するということなのです。これをサバイバル・モードといいます。
脳がサバイバル・モードに切り替わると、交感神経が活性化され、アドレナリンというストレス・ホルモンが分泌され、心拍が上がり、血液が体表面から引き、大きな骨格筋に集中します。これによって、皮膚表面の感覚がマヒし、「火事場の馬鹿力」のような、緊急時に対処する力が発揮されます。
3.左脳思考による外側への原因追求
と右脳による内側への気づき
一般的に何か問題を解決しようとした時には、大きく分けて二つの考え方に分かれます。
今起きている問題は、
①「外側の原因によるものである」という考え方と
②「内側の目的(選択)によるものである」という考え方です。
西洋的な物の見方では、「原因は外にある」と考えます。そして、その原因に対する対処法を研究する方向に発展してきました。これは「左脳思考」です。
例えば、「病気の原因は病原菌にあり、それを突き止めて、その菌を殺すことができる薬を開発し処方すれば治る」という考え方です。ところが、その場はそれで治ったとしても、また別な病気にかかったなら、また薬で抑えることになります。かくして、薬漬けになって、身体はその副作用でますます免疫力が低下し、病気になりやすい身体になっていきます。
これは、農業の分野でも同じで、作物を大量に取るために化学肥料を投入し、害虫が発生すれば農薬を散布する。しかし、翌年には抵抗力をもった害虫が発生し、それを殺す為に、更に毒性の高い農薬を散布し、土地が有毒になったところに、化学肥料を投入し、そこでとれた毒性の高い作物を食べ、人体の免疫力が低下し、ますます病気にかかりやすい身体に薬を投与する……。
対人関係に置き換えてみても、「ある人との関係がうまくいかないのは、その人が私のことを理解してくれないから…」と考えたならば、例え相手が変わってくれることで、その関係はうまくいくようになったとしても、別の人との関係ではやはり同じことが起きます。そうなると世界中のあらゆる人が私のことを理解してくれない限り、私は人とうまくやっていけない」ということになってしまいます。
このように、「問題の原因は外側にあり、自分に責任はない。したがって、外側を変えることで解決するしかない」という左脳のサバイバル・モードに基づく思考が、際限なく外へ外へと広がり、戦争や現在の地球環境の危機をもたらしていると考えられないでしょうか?
しかし、CIAは「変化は全て危険」と認識し、どんな画期的な提案があったとしても、「前例にないことはやらない」という自己防衛に明け暮れます。なんだか、お役所をはじめ、組織、国家、そして、官僚、医者、弁護士など、いわゆる「頭がいい」とか「エリート」と呼ばれる人達が脳の中のCIAしか使っていない気がしませんか?
4.左脳と右脳の統合し全体脳として機能させること
=西洋的科学的思考と東洋的伝統的叡智の統合
=地球の蘇生化?
統合免疫学の第一人者、安保 徹先生は、「体温免疫力」を提唱されています。
レビュー
体温免疫力―安保徹の新理論!
「風邪をひいたり、感染症にかかったりすると、体温が高くなります。インフルエンザになると40度近い高熱になり、ウンウンうなることもあるでしょう。高熱がでると、体がだるく、節々も痛くなり、大変つらいものです。そのためどうにか解熱剤を使って熱を下げようとする人も多いのですが、それではかえって病気は治りにくくなります。(略)
風邪などをひいているときは、リンパ球が減って、免疫力が低下しています。そこで体温を上げてリンパ球を増やし、風邪などの病原体と闘おうとするのが発熱のメカニズムなのです。(略)
自然の摂理からすれば、薬を使わず、体力が消耗しないよう体を休め、発熱でリンパ球を増やして自然に治るのを待つのがベストの治療法なのです。(第2章 低体温が万病をつくる より)
さて、話を身体のことから、地球環境のことに広げて考えてみましょう。
●地球は病んでいない! では病んでいるのは…?
「異常気象」という言葉が当たり前のように使われ、「オゾン層の破壊」「種の絶滅」「地球温暖化」が叫ばれて久しいです。それでも、「なんとかなるさ」と他人事のように楽観的にとらえていても、地震や台風が日本列島を直撃し、多くの被害が出ているニュースを立て続けに見ていると、「地球はおかしくなっちゃったのだろうか? 地球は病んでいるのか?」と思えてきます。
しかし、前述の安保 徹先生の「体温免疫力」の話や、東洋の伝統的な考え方にのっとれば、「自然は全て大調和の中でバランスが取れており、何一つ間違うことなく、ただ在る」ということになります。
そうなると、「地球温暖化」というのも、地球が発熱することで免疫力を上げ、病原体と闘おうとする働きだと考えたらどうでしょう。その病原体にあたるのは、明らかにここまでの環境破壊をもたらした人間だといえます。
そして、病気など存在せず、人間の身体が間違うのでも、行動が間違えるのでもないとしたら、間違えているのは、「思い」や「考え方」ということになります。
常にストレス状態に身を置くことで、全体脳のほんの5%にも満たない左脳のCIAにとどまって、自分の狭い信じ込みに基づいて過去の失敗を繰り返し続けているサバイバル・モードの生き方にあるのではないでしょうか。
●新しい思考習慣に基づく新しい生活習慣を選択すること
「成人病」が子供やペットにまで広がり、「生活習慣病」と呼び方が変わりました。
生活習慣病を治す為には、薬や外側から治療に頼るのをやめ、生活習慣そのものを改善する必要があります。そして、生活習慣を変えるためには、まず内側の「生活 思考 習慣」を変える必要があります。
その為にも、痛みや症状、歪みといった、目の前の現象に対処することに焦点を当てるのではなく、「痛みや症状、歪みがといった現象が訴えているメッセージに耳を傾け、そこから学び、自分自身の生き方、在り方を見直していく」新しい生活思考習慣を始めることが大切です。
これはまた、「左脳(西洋の科学的思考)=男性エネルギー」と「右脳(東洋の伝統的思考)=女性エネルギー」を統合し、全体脳として機能させることをも意味します。
つまり、男性、女性という性的役割にはまり、脳の片側だけで生き、自分の足りないものを、異性に求め、互いに依存し合う生き方、思考習慣を改めること。一人の完成した人間として全体脳を使って自立して生きることです。
こうして、今まで脳の5%しか使って生きてこなかった私たち一人一人が、全体脳を機能させた時、エゴむき出しで自己中心に生きて、他とのトラブルを引き起こしたり、その逆に我慢して抑え込み、自分の内側とのトラブルを起こし病気になっていくということがなくなるのではないでしょうか。
一人一人が自己責任を持って、「社会、世界、地球、宇宙といった、より高次の共同体」へ貢献することが「とりも直さず本来の自分自身の本当にしたいこと」と一致する様になった時、人類が地球環境を破壊するガン細胞から、一転し、地球を蘇生化させる免疫細胞に変容することになるのではないでしょうか。
東洋の伝統的叡智と西洋の最新の科学的思考を統合は、頭骸骨の中に納まった左脳半球と右脳半球の統合であり、地球上の東洋世界と西洋世界の統合。そして、一つの地球、一つの宇宙と広がっていく……。
内なる小宇宙「人体」と外なる大宇宙が統合されていく…。
そんなことをシンボリックに考えて、「う~~む!」と一人悦に入っている今日この頃です。
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今まで右脳思考の東洋医学の代表選手であった中国が、今、物凄い勢いで西洋的近代化路線をとっています。
これによる環境汚染のスピードは、人口の数からしても物凄いものになっていくと思います。そして、その有毒な汚染物質がもろに日本海に流れ込んでくるのです。
この現状を踏まえたとき、もう、脳の一部(CIA)しか使っていない政府の役人が何とかしてくれるのを待っていたら手遅れになるのではないでしょうか?
この現状に直面しましょう。
『不都合な真実』
http://www.futsugou.jp/
私は、草の根運動ではありますが、2007年は、一人一人の意識改革と、環境汚染のストップに向けて、本格的に活動していこうと考えています。 だからと言って深刻になっているわけではありません。
「環境汚染反対!!」を叫んでピケを張るのも、全く同じ「サバイバル・モード=コインの裏表」ですから。 。o@(^-^)@o。ニコッ♪
「陰極まれば陽になる」という言葉があるように、陰に極まり、「もうこのままじゃダメだ!」と気づいた人が、ある一定量に達したとき、「百匹目のサル」現象が起き、まるで「ベルリンの壁」が一夜にして崩れた時のごとく、人類の意識の目覚めが始まるものと思っています。
その為にも、これを読んだ「あなた」がまず目覚めることです!
それは、「生き延びる」から「どう生きるか!」に意識を変えることです!
私達は最初に「豊かさ」を外側に求めたばかりに、人と競争し、「サバイバル・モード」に陥ってしまいました。
クリス岡崎氏が言うとおり、「今が幸せだ」と気づけば、「自由になり」そして「豊かになる」というのが本来のようです。
私達一人一人が地球にとってのガン細胞から、地球を救う免疫細胞に変容していきましょう!
「末期ガンからの奇跡の復活!」は、意識の変容がもたらすものです。
そろそろマトリックスの幻想から抜け出す時が来ました。
2007年は、「成功者の脳みそ」にバージョン・アップさせ、自由で豊かな年にしていきましょう!
この主旨に賛同していただける方は、下をクリックして下さい!そして、そのための具体的なステップを一緒に歩んでいきましょう。真実に目醒め、本当の意味で賢くなっていくのです。キーワードは「明るく、前向き、発展的」です!
クリスマスの最高のプレゼント!
《クリスマス・スペシャル・セミナー》が終了した。
23日は、目標を最後まで達成できないメンタル・ブロックの解放!
24日は、有り余る豊かさを手に入れられる自分にバージョンアップ!
WMからは、SMILEが両日とも参加してくれた。ありがとう!
さて、15年間セラピストをしてきたが、一旦全てを捨てて人生修行の為、鳶の世界で1年間過ごした。
そして、9月から新しくビジネス起業させると共に、その合間に個人セッションやセミナーを1年ぶりに再開した。
(この辺の経緯を知りたい方は
「人生を変える旅路 ①~⑦をお読み下さい)
http://ameblo.mom/life-chenge/theme9-10015737455.html#main
大阪、名古屋に出張し、集中的にセッションをして実感したのは、「人が成長していくことに関われることは、めちゃくちゃ楽しい」ということだ。
しかし、そうなると、ついつい調子に乗って「教えたがり屋」の自分が顔を覗かせる。
相手が求めてくるのに応じて、伝えているうちはいいのだが、その範囲を超えて伝えたとき、抵抗が起き始める。そんな時は自分の方が引かなければいけない。
だが、調子に乗って興奮し、自分ワールドにはまった状態では、相手が出しているサインを見過ごしてしまうことになる。
鼻高々でご満悦だったにも関わらず、忘れた頃に、別な人から思ってもみぬフィードバックを受け取り、ガックリ!
ここ1週間、知らず知らずのうちに、昔と同じパターンに陥っていた自分に気づいて、
「全てを捨てて出直したはずなのに、全然変わってないじゃないか…!」と感じて落ち込んだ自分がいた。
昨日、私の人生の師匠であるKちゃん(元奥さん)から久しぶりに電話があった。
彼女は、私の鼻が伸び始めると、どこからともなく現れ、電ノコでチュインと鼻を切り落としていく。
一緒に居た頃は、その度に、面目を失ったり、悔しがったりしたものだ。
昨日もまた、タイムリーに電話をしてきて見事に私の伸びた鼻を切り落としてくれた。
しかし今回ほど、そんな自分を笑い飛ばせ、爽やかに受け止められたことはなかった。
「なんだ、ちゃんと前より成長している自分がいるじゃないか!」
そう気づけたら、心底嬉しくなって笑いが込み上げてきた。
彼女が様々な形で伝え続けていること…。
その要点を三つに絞って言うならば、
「身・口・意 一体」
(『思っていること』と『言ってること』と『やってること』を一致させること)
「明るく、前向き、発展的!」
そして、いつでも「がはは」と豪快に笑う彼女の態度そのものだ!
理屈を言ったり、「人に認められたい!」という隠された意図が手放せない間は、まだまだなんだな…。
そういえば、ピノキオの鼻はウソをつくと伸びるんだっけ!
「身・口・意 一体」って凄く難しいことだと思ってきたけれど、内側に不満があるから、それをそのまま出すわけにはいかず、「身・口・意バラバラ」になってただけなんだ!
だったら、「思いっきり、ご機嫌な自分でいたらいい!」
そういえば、私のメンターの一人、クリス岡崎氏がこう言っていた
★.。.:*・゚★.。.:*・゚★.。.:*・゚★.。.:*・゚★.。.:*・゚★.。.:*・★.。.:*・゚★.。.:*・゚★.。.
多くの人が
「豊かになる 自由になる 幸せになる」
というパターンを成功のイメージとして持っている。
でも、
「幸せに気づき 自由になり 豊かになる」
というパターンに変えてみよう。
■幸せ
幸せはなるものでもなく、
見つけるものでもなく、
たどり着くものでもなく、
ただ、今ここにあると気づくもの
★.。.:*・゚★.。.:*・゚★.。.:*・゚★.。.:*・゚★.。.:*・゚★.。.:*・★.。.:*・゚★.。.:*・゚★.。.
そうか、Kちゃんと一緒に暮らしてた時は、勝手に張り合って、上がったり、下がったりしてたけど、本当は、ただ美味しいものを一緒に食べ、「がははっ!」って一緒に笑って楽しく暮らしているだけでよかったんだな。
今頃になって気づくんだから、男ってバカだね!
なんだ、俺って、つくづく幸せだったんだな!
そして、今も幸せだ!
しかも、めちゃくちゃ自由だぞ!
豊かだな~!!
うわー!なんて素敵なクリスマス・プレゼントが届いたんだろう!
Merry Christmas!
コラボレーション・ライブ
一昨日は一日ゆっくりし、英気を養い復活しました。
ここ3ヶ月位で、ものすごく沢山の素晴らしい方に出会いました。せっかくのご縁を闇雲に広げるばかりでなく、これからは、深めていくことに力を注いで生きたいと思っています。
さて、関西方面にお住いの皆さんに朗報です!
[アーティストとメンタルブロック]
でご紹介した。才気溢れるアーティスト達のコラボレーションライブが開催されます。
これは、龍笛奏者であり、武道家でもあるマイミクのREYさんのライブを奈良に聴きにいったところから始まります。
REYさんは、日本の伝統楽器と現代音楽のコラボレーション・ライブを主宰する異色のアーティストで、奏者の身体と音との相関を研究されているところから、意気投合し、アーティストを集めて、メンタルブロックを解放することで、音がどれほど変わるかの実験的ワークショップを開催しました。
お集まりになった、皆さんは、素晴らしい才能に溢れた方ばかりで、メンタルブロックをちょっと解放しただけで、ビックリするほど音が変わりました。
そして、最後に即興でコラボレーションを行ったときの素晴らしい演奏がきっかけとなり、今回のライブの開催が決まりました。
今年の最後に、癒されたアーティストが発する音がどれほどのバイブレーションとなって、聴く人の身体に共鳴し、心の奥深くまでをも癒してくれるのかを是非体感してみて下さい。
異なった人々が出会うことによって、単なる組み合わせを超えた化学変化が起き、思いがけないすばら事が始まります。
私は、そんな人間触媒になっていきたいと思っています。皆さん、これからもよろしくお願い申し上げます。
【ライブ予定】
◆2006年12月27日(水)start 19:30(open 18:00)
コラボレーションライブ@Jazz Shot Bar 街山荘
・場所:Jazz Shot Bar 街山荘 → http://
大阪市天王寺区生玉町10-20朝日プラザ高津II-1階
TEL/FAX: 06-6775-1415
machi@machi-sanso.com
地下鉄谷町線谷町九丁目3番出口より徒歩2分
・料金:前売¥2,000 当日¥2,500
(いずれもフード・ドリンク要オーダー)
・出演:出口煌玲(龍笛・横笛)↓
http://
榊原明子(ピアノ)↓
http://
植村淑子(ボーカル/元宝塚歌劇団月組花城アリア)
牧桃子(ダンス)
・曲目 「たそがれ」「唐子」「You Raise Me Up」
「踊りあかそう」「アメ-ジンググレイス」...ほか
★予約は街山荘へ。。。

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