潜在意識のナビゲーター ビリーブス田中  -30ページ目

タッチフォーヘルス・トレーニングコース開催します。

 久しぶりに、タッチフォーヘルスのトレーニング・コースを開催します。
 ★「タッチフォーヘルス個人セッション」
http://mixi.jp/view_album.pl?id=4656341
 ★「フォトアルバム タッチフォーヘルス・トレーニング」
http://mixi.jp/view_album.pl?id=4686095&owner_id=5593049&mode=photo


 私は、20年前にタッチフォーヘルスやここから発展した様々なキネシオロジーというものに出会い、「これは、これからの時代に、絶対に必要なものだな」と感じ、脱サラし、高額なお金と時間をかけてアメリカにまで渡り、マスターし、多くの人を育ててきました。

 しかし、15年間もセラピストをしていると、周りの人間関係のほとんどが、クライアントとトレーニングの受講生となり、次第に小山の大将となっている自分がいました。
 人に偉そうなことを言っている割には、自分がさほど出来ていないことに直面し、「自分を誤魔化して生きるのか、本物を目指して一からやり直すのか」の選択を迫られました。
 
 そこで、自分自身の在り方を見直すため、4年前、全てを捨てて、鳶職の世界に身を投じました。
 つべこべ考えることより、体を張って生きることを通して、どうでもいいプライドやこだわりを手放すことが出来ました。

 そして、この3年は、ビジネスの世界で実際に結果を出すために我武者羅に走ってきました。

 そして、ある程度の成果を収めることがで、次のステップを模索していました。
 
 そんな時、天野雅博さんとの出会いによって、この2ヵ月は遊んで遊んで遊びまくっています。

 その中から、「遊び=学び=ビジネス」なのだ!
という感覚を取り戻しました。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1245206168&owner_id=5593049

 「そろそろ『誰かから学んだことの受け売り』ではなく、『自分の経験を通して培ったエッセンスを伝えて行く時期だな』と感じ、トレーニング・コースの開催に踏み切りました。




 最近では、整体やカイロプラクティック、鍼灸師などの「身体の専門家」が心理学やNLPなどを学んで、自分の治療に結びつけようとしていますが、単なる組み合わせになってしまって、使いこなせてはいないようです。

 また、精神科医やカウンセラーなどの「心の専門家」になると、体のこととの結び付きが今一つ分かっていないようです。

 どちらの専門家も、私の元を訪れましたが、脳神経学、心理学、東洋医学などが統合され、心と体の両面からアプローチしていくタッチフォーヘルスの世界に触れ、「今まで高額なお金と時間を使って学んできたことがなんだったのか…?}としばし唖然として口がきけなくなった方も沢山います。

 日本ではまだあまり知られていませんが、世界では、112カ国に普及し、各国のオリンピック選手達が、この方法を使って飛躍的にパフォーマンスを上げています。

 昨夜も、プロ野球のコーチが私の元を訪れ、「今までのトレーニングに対する考え方が根底から覆されてしまった!」と驚きの声を上げていました。

 タッチフォーヘルスは専門家にみならず、一般の家庭のお母さんやお父さんが学ぶことでも画期的な結果が出ています。

 お子さんの食物アレルギーで下痢がひどく、トイレのしつけができなくて困っていたお母さんがタッチフォーヘルスを学んだことで、
アレルギーの元になっている感情的原因と身体の反応パターンを突き止め、普通に楽しく暮らせるようにもなっています。

 その他にも様々な分野で活用でき、学習障害やあらゆるな苦手意識の解消、慢性的であれ、急性であれ、関節炎、肩こり、腰痛、生理痛、頭痛、消化不良などの問題が、専門家の手に頼ることなく家庭の中で改善することができます。

 また、筋肉テストを使って、ペットや植物と対話したり、子宮の中の赤ちゃんのメッセージを受け取ることも可能です。

 逆子になっていた赤ちゃんのメッセージを聴くことで、その場で逆子がクルリと元の状態に戻ったこともあります。


 このように、治療的側面から見てもタッチフォーヘルスは画期的な成果をおさめるため、多くの治療家が自分の治療技術に組み込んでいます。そしてトレーニング・コースも開催しているようです。

 ところが、治療家の方が行うトレーニングはどうしても、治療家としてのプロを育てようとするため、技術をしっかりマスターし、人に施術できるようになることに重点が置かれがちです。


 それはそれで素晴らしい事だとは思うのですが、私が大切にした観点は少し違います。

 私にとってタッチフォーヘルスとは、古来から、「もっとも根本的であり、難解な行」と言われてきた「身・口・意 一体」を最も簡単に可能にしていくトレーニングだと思っています。


「身・口・意 一体」とは、もともと仏教用語で、「日常生活の根本を形作る、全ての行動(身)と言語(口)と精神(意)を一致させる」という意味です。

 私たちの体の不調、精神的問題、自己不信、人間関係のトラブルなど、全ての問題は、内側で想っている事とは裏腹な事を言ったり、また言った事と違う行動をとったりすること(身・口・意バラバラな振る舞い)から生じています。
  この不一致は、実際に経絡と呼ばれる生体エネルギーの乱れとなり、それは、筋肉の強弱という形ではっきりテストすることができます。 つまり、心の姿勢(態度)が筋肉バランスの乱れとなり、姿勢の歪みを形作るわけです。
  タッチフォーヘルスでは、筋肉をテストすることで、生体エネルギーの乱れを発見し、反射ポイント(経穴)を刺激することで、心と体のバランスを調整していきます。

 このようにして、古来から難解とされてきた「身・口・意 一体の行」を科学的アプローチにより、誰もが簡単に至れるトレーニングにしたのがタッチフォーヘルスだと、私は考えています。

 そこで、生活のあらゆる側面で生かしていけるよう、「バランス調整のテクニックだけでなく、その奥に流れている法則を、どう日常に応用活用していくか」ということをテーマにトレーニングを進めていきます。

 その法則をつかむことで、食事をしている時であれ、家事をしている時であれ、仕事をしている時であれ、人と話している時であれ、常にバランスが取れ状態でいることができます。

 そうすれば、健康面であれ、精神面であれ、人間関係であれ、経済的側面であれ、全てが順調になり、幸せになっていくのではないでしょうか。

 そうなれば、もはや、バランス調整の技術すらを使う必要がなくなってきます。

 人にモチベーションを上げてもらったりすることなく、常に自分自身で自分自身のモチベーションを上げ、イキイキとした人生を歩んでいきたいと思っている方には、役立つコースだと思っています。

 興味のある方は、ご連絡ください。

⑧爺ちゃんの言葉

つい先ほど、「体験ホームレス」から、居候のまさやんが帰ってきました。

多少、酸っぱい臭いはしていましたが、思ったよりもキレイな格好でした。

彼曰く、最近のホームレスは清潔で、
「段ボールの上を歩くときは、足と手を洗ってからにしてくれ!」
と言われて衝撃を受けたそうです。

彼は、行く時にはシケモクを持って出たのですが、帰ってきたときには新品のタバコを持って帰ってきました。

タバコはJTで試供品を只で配ってくれるのを貰って吸っているとのこと。

以下は、彼の言葉です。

*****************************************************************

この日本で食い物で困ることはないすね。

なんか、失敗が怖くなくなった…というか、『失敗なんてないんだ!』
『ただ、経験があるだけなんだ』ということが分かりました。


二日目の夜、公園でベンチで寝ながら本を読んでたんすよ。

そしたら、81歳のお爺さんが話しかけてくれたんです。

「飯食ったのか?」

「まだ、食べてません」

そしたら、サンドイッチとパンを分けてくれたんすね。

その爺ちゃんが話してくれたんすよ。

.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:.。.:*・゚☆.。.:*・゚

「わしは、16歳で徴兵され、特攻部隊に行くはずだったんじゃ。

ところが、その前日に戦争が終わってな、

何もないところから、物を創り出し、家族をつくり、子供たちを食わしていく為に、ただ我武者羅に生きてきたんじゃ。

それに比べると、今の世の中を見た時に、ちょっと可愛そうに感じる。

今は、物は溢れているけど、会社に雇用され、家族と一緒に過ごす時間もない。

物が有り余ってるから、当たり前の基準が上がり、家族のつながり、周りとのつながりとか…見落としていることがいっぱいあるんじゃないかな。

だから、『自分が何をしたいのかわからない…』なんて言ってウツになったり、病気になったりしている余裕がある。

わしらの時代は、そんな余裕もなかった。
ただ我武者羅に生きてただけや。

それでも、家族と幸せに暮らしていた。

わしは、北海道の炭鉱で働いていたんじゃ。だから体は丈夫。

同窓会に行くと、死んじゃった奴もいるけど、生きている連中は、みんな体は丈夫で元気いっぱいじゃ。


娘がな、『北海道で、老夫婦だけで暮らしているのは心配だから、一緒に暮らそう』って言ってくれてな、それで東京に出てきたんじゃ」


.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:.。.:*・゚☆.。.:*・゚.。

僕は、確かにその通りだな…と思ったんすよ。

昔は食うために働いていた。

今の自分たちは、『食う為』と口では言っても、実際ホームレスになっても食うには困らない。

僕も、夢中になってやったことはあったものの、本当に我武者羅になったことってないんすよ。


だから、自分がいかに恵まれたぬるい環境にいて甘えていたかがわかりました。

だから、これからは『とにかくやる!』って決めたんすけど、

でもそれも、今は正直は言いたくない!

口だけになりたくないから。


『全てのどんな出来事も経験になる。

何年か先に、この経験が笑って話せる思い出になる』

ということが、もうわかる。


天野さんのことも、一人で0からやり遂げてきた人だから、本当に凄いな!

と思いますね。本当の凄さがわかりました。


『人生は経験する為にある!』


頭の中では、分かっていたんですよ。

でも、本当は分かってなかったんですよね。

なんとなく、『そうだよね』と云うことは誰でもできる。

しかし、行動しなければ本当には理解できない。


…なんて偉そうなこと言ってますが、まだ私自身も全然経験が足りない。

でも、『経験しなければわからない』ということが分かりました。

*****************************************************************

1週間の体験ホームレスの課題を終えて、いい気づきを得たようだ。

話す言葉が、どこかで頭に詰め込んできた他人の言葉でなく、彼のハートから出ている彼自身の言葉になっているのが感じられた。


以上で、「ホームレス物語」第一部を完結します。

もう少し詳しいエピソードは、第二部として、彼自身が日記にUPすると思います。

その時は、リンクさせますので、お楽しみに!

長文にお付き合い頂き、ありがとうございました。

⑦陰/陽 統合

それから、数日して私は、群馬県の妙義山の麓に引っ越した。

ホームレス体験の2ヶ月前に依頼を受けて1週間泊まり込みで集中個人セッションをした女性の家に居候させてもらえることになったからだ。

彼女とは、その後結婚することになった。

それまで、家賃20万円、スタッフの給料20万円、その他広告宣伝費などで、60~70万円の経費を使って、ほとんど休まず働いていた。


ところが、妙義に移り住んでからは、3DK、広大な庭、駐車場付きのアパートに二人で住んで4万5千円。

犬が3匹居て、毎日3回妙義の自然の中を散歩に連れていくと、帰りには近所の農家の方から野菜を持ち切れないぐらい、ただで貰って帰ってくるので、ほとんどお金のいらない生活。

奥さんは、沢山の会社を経営をしてきたセレブで、現役を全て退き、一つだけ残した会社の役員として、月に一晩だけ仕事に行くだけで毎月30万円の稼ぎをしてくる。

私の仕事は、庭一杯咲いた花に水をやり、芝の草を抜き、毎日3回 1回1時間かけて犬を散歩に連れていくことぐらい。完全「逆玉の輿」だ。

一体、今まで何のために仕事をしてきたんだろう…という位、ガラリと環境が変わってしまった。


しかし、その予感は、最初に人から彼女を紹介された時に直感的に感じていたものだった。

その辺りの詳細は、既に日記「人生を変える旅路 ⑥ 卒業と旅立ち」
に書いたので、興味がある方はお読みください。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=210107899&owner_id=5593049&org_id=209142170

妻との結婚生活は、あらゆる意味で今までの正反対の体験だった。

同棲していた元彼女との間では、常に私が主導権を握っていたが、
妻との関係では、完全に尻に敷かれている状態だった。


物事は、陰陽両極から成り立っている。

親にならないと、本当の親の気持ちがわからないように、
両方の立場を体験しないと、全体は見えないものである。
そして、学習のシンボルは三角形。
「陰」「陽」両面を学んだ上で、「統合」して初めて学習のプロセスが完結するといわれている。


今回、同居人に対して、1週間のホームレス体験をしてくるよう課題を出したが、その時彼に言った言葉は、ほとんどが、実は私自身が妻から言われた言葉そのものだった。

「私は、あなたと一緒になることを選択して以来、私が考えられる全てをやりつくした。だから、私には何も悔いが残っていない。

それでもあなたは、選択しなかった。

だから私の方が新たな選択をした。

もう結婚は解消しましょう。

あなたに残された選択は、どんな想いでこの家を出るのか。それだけ。

そして、いつか私の気持ちが分かる日がくるでしょう。」


私は、1週間前に同居人を家から出したあと、うちの奥さんがその時私に言った言葉の意味が初めて心から理解できた。

「ああ、愛されていたんだな…」

そう思ったら、7年間の結婚生活だけでなく、子供時代から、私の全ての人生の中で関わってくれた人の愛を感じ感謝の想いがあふれてきた。



妻は、私が出ていく時に改めて、
「どんな意図・目的を持って出るのか」を問おた。

私は、「頭でっかちで、中途半端な生き方をやめ、50歳までに本物の人間としての生き方をつかむために出る」

と宣言して家を出た。

45歳にして2回目のホームレス体験だ。

ああ、7年前に「落ちてホームレスになっても、こんなもんなら何も怖くない…」なんて思ったばかりに現実化しちゃったな…と苦笑した。


45年も生きていると、ある程度の未来に対してレールが敷かれるものだ。

しかし、私はその時点で、そのレールが消え、真っ白になった。

私の人生にこんなことが待ち受けていたとは…。まるっきりの想定外だった。

しかし、私がここで何を感じたか?



「おお、この歳で、どこに住み、何をしても全く自由になったんだ!

しかも、本物の人間としての生き方をつかむために旅立つんだ!

俺って、何て幸せなんだ!」


そして、1週間のホームレスの後に、住み込みで鳶職の世界に転がり込むことになった。

ここから先は、「人生を変える旅路①旅立ち」に書いた通りです。

鳶職、居酒屋でのバイト、ネットワークビジネスを経て、今は天野雅博さんとの出会いを通して、次のステップに進んでいます。

来年は、宣言した50歳。

そして5月には、ヨットで太平洋横断!

本当に命がけのチャレンジです。



さあ、あと5分で、居候が1週間のホームレス体験を終えて帰ってくる予定です。

どんなことをつかんで帰ってくるか楽しみです。

⑥ホームレスの社会貢献

ステーキをたらふくご馳走になった後に、いろいろな話を聞いた。

それにしても、ホームレスとは思えないほど、綺麗な服をきて、清潔そうだ。


「なんで、そんなにキレイなんですか?」

「体は、公園のトイレの水道で洗っている。

服は、毎月第三水曜日に、○○に行けば、服がいっぱい出るのさ。

だから、その時、全部着替えるんだ。

だけど、実家のそばに行く時は、わざと汚い格好で近所を歩いてやるんだ。

そうすると、母親が出てきて、『頼むから、そんな格好で歩かないで』って泣きついてくるのさ!」


どうやら、この人の場合、親への復讐の為にホームレスを自ら選んでやっているようだ。


他のホームレスの話も聞いてみた。


結構遠くまで旅に出るそうだ。

「どうやって、行くんですか?」

「電車に乗ってさ」

「切符はどうするんですか?」

「自動改札で前の人の背中にくっついて通ればフリーパスさ」


なんと、阪神大震災の時には、関東のホームレスがたくさん、この手を使って神戸に行ったそうだ。


そして、にわかホームレスの被災者に、ブルーシートハウスや段ボールハウスの建て方を教えて、

ボランティアが炊きだしてくれた食事を頂き、社会貢献が終わると、また散っていったのだという。


なんだか、ホームレスに対する見方が変わってきた。

もちろん、こんな話ばかりではない。


選択の余地なくホームレスになって、かなり悲惨な状態の人に会ったり、話も聞いた。


しかし、結局どんな状況でも、本人がその状況をどう受け止め、どう行動するか!

それは、本人が選択することであり、それによって全然違った世界になっていく。


「なんだ、落ちたとしてもここなのか!」


この豊かな日本で、ホームレスになったとしても、餓死することも凍死することもない。

自分の気持ちさえしっかりしてれば、何が起きたって大丈夫じゃないか!


そう思えた瞬間、それまでの不安や恐れが消え、

「よし、やってやろうじゃないか!」

と、内側から力が湧いてきた。

そして、引っ越して、新たなスタートを切る決断ができた。


                 <つづく>

⑤朝からステーキ

翌朝、「ご飯だよ!」という声で目が覚めた。

「えっ? ご飯?  なにそれ?」

びっくりして飛び起きると、見慣れないホームレス仲間が5~6人集まっていた。
「今日は松坂牛のステーキだよ!」

「えっ? 松坂牛のステーキ?」

見慣れないホームレスの一人が肉の入ったパックを5~6枚重ねて持っていた。

そして、サラリーマンが早足で通勤していくのをしり目に、朝から私のあげたフライパンとガスコンロでジュージュー、ステーキを焼きだした。

「美味い! なんて贅沢なんだ!」

私は、何が何だかわからないまま、ステーキを頬張った。

「ど、どこで、手に入れたんですか?」

「そんなの肉屋のゴミ箱に行けば、賞味期限切れのが転がってるのさ。
肉っていうのは、腐る手前が一番美味いんだよな」

そして、言うことがしゃれている。

「いいかい、食いきれなくって余ったからって、もったいないから取っておこうなんて考えちゃダメだよ! 
そんなんで腹を壊したら何にもならない!俺たち体が資本なんだから! 
それに欲しい時は、いつだってあるんだから!」

なんというカルチャーショック!


私はこの時、「彼らは農耕民族ではなく、狩猟民族なのだ」と悟った。

「どこのコンビニは何時になったら、弁当が捨てられる」

「どこの肉屋では、いつ頃いけば肉にありつける」

「あすこの酒屋のビール瓶から集めれば、ビールが飲める」


そして、正確にその時間に行かないと、他のホームレスに先を越されてしまう。

など、熟知しているのだ。



私はその時、以前読んだネットワーク地球村の高木善之さんの本の一節を思いだした。
正確には覚えていないが、確かこんな感じだったと思う。

それは、アマゾンの原住民を、先進国の研究者たちが訪れた時のエピソードだ。

*********************************************

ある研究者がアマゾンの原住民に質問した。

「あなた達は狩りをして生活しているんですよね。

もし、狩りをして獲物が獲れなかったらどうするんですか?」

「食べない!」

「じゃあ、翌日も獲れなかったらどうするんですか?」

「食べない!」

「じゃあ、その翌日も獲れなかったらどうするんですか?」

「食べない!」

「じゃあ、そのまた翌日も獲れなかったらどうするんですか?」

「食べない!」

「それじゃあ大変でしょ! なんで農耕をしないんですか?」

すると、原住民は研究者に向かって、何をバカな質問をしているのか…という様子で答えた。

「あなた達が、『獲物が獲れなかったらどうする?』と聞くから『食べない』と答えただけだ。
でも、獲物が4日も5日も獲れないなんてことはない!アマゾンは豊かなんだから。
動物たちの中には、私たちの食べられる為に逃げ遅れたり、仕留められたりするものがいる。
その獲物に感謝していただく。
食べきれないほど、余分に獲ることもない。
獲物がない日は、「今日はそういう日だ」ということで食べないだけだ。

こうして、アマゾンの原住民であれ、アメリカ・インディアンであれ、先住民族と呼ばれる人たちは、みんな狩猟民俗であり、つい最近まで、何万年も同じ生活を送ってきた。
つまり「永続可能な社会」だ。

これに対して、先進国(農耕民族)は、便利快適を追求し、自分たちばかりが食べきれないほどのものを所有し、子孫に残す分まで使い切ってしまっている。
つまり「永続不可能な社会」だ。

「永続可能な社会」と「永続不可能な社会」では、本当に文明として発達しているといえるのは、どちらだといえるのか?

*********************************************

確か、こんな感じの内容だったと思う。

ホームレスの人たちを見ていて、「所有しない」ということで、実は「全てを所有している」…もしかしたら、私たちよりも、もっともっと豊かな生活を送っているのかもしれない。
そんな風に感じられたエピソードだった。

                      <つづく>

④獅子座流星群

10年前にしし座流星群があったのを覚えてますか?

その夜は、ちょうど しし座流星群の日だった。


「そうだ。ガーデンプレイスに流星群を見に行こう!」

引っ越しを前にして、荷物が詰まった段ボールが散乱する部屋に転がっていた寝袋を持って、恵比寿ガーデンプレイスに向かった。


ガーデンプレイスの広い敷地には、あちこちにカップルが仲良く座って、夜空を眺めていた。

「なんだよ! みんな幸せそうでいいな!」


私は、一人寝袋にくるまって、夜空を眺めることにした。


しばらくすると、今まで見たこともないような大きな流れ星が現れた。


「この状況をなんとか克服して、私にも、幸せが訪れますように!」

言い切る前に、流れ星は消えていった。


それから、何度となく流星があったが、なかなか最後まで言い切れなかった。


そんなことをしているうちに、いつしか眠ってしまった。



「みんな帰りましたよ! もう帰って下さい」


警備員に起こされ、あたりを見回すと、あれほど沢山いたカップルは一組も残っていなかった。



だだっ広いガーデンプレイスの敷地に残っていたのは、私一人だった。


このまま、部屋に帰っても仕方ないと思い、公園のホームレスに缶ビールを差し入れ、一緒に飲むことにした。



しばし、語り合い、公園で眠りについた。

                 <つづく>

③ホームレスのマナー

ガーデンプレイスの隣にある公園のホームレスと友達になって、いろいろな話をした。

ある時、その公園にもう一人新人のホームレスがいて、何か話している。

なんと、先輩ホームレスが新人ホームレスの教育をしていたのだ。


「いいか! 朝起きたら、いつまでもベンチで寝てたり、寝具を広げてちゃ駄目だよ!

俺なんて、皆が起きてくる前に、綺麗に片づけているんだから!

(彼のベンチの後ろには、どこかで拾ってきたカラーボックスがおいてあり、その中に彼の荷物は綺麗にしまってあった。
 その中に、私があげたガスコンロとフライパンもあった)


それに、ゴミが落ちてたら拾ってるし、近所の人には、ちゃんと挨拶だってしてるんだよ!

公園に住ませてもらってるんだから、嫌われるようなことしちゃダメだよ!

愛されるホームレスにならなきゃ!」


おお、ホームレスの中にも社会があるのだ…と感心した。

                       <つづく>

②そうだ!ホームレスになろう!

実は、私はこれまでの人生の中で2回ほどホームレスの体験をしている。

1回目は、38歳の時。

その少し前まで私は、当時付き合っていた彼女と同棲しながら恵比寿ガーデンプレイスの近くでセラピールームを開設していた。

都心の一等地だったこともあり、全国からたくさんのお客さんが来てくれ、かなり繁盛していた。

彼女とは、同じセラピーの学校で共に学び、卒業と同時に一緒に住むことになった。


私は毎日、平日は個人セッション、土日はセミナーに明け暮れ、仕事が楽しくて仕方なかった。

彼女の方は受付や、セミナーのサポートをしてくれていたが、二人の時間が持てない生活にだんだん不満がたまってきていた。


私の方は、どんどん小山の大将になっていき、彼女に対して聞く耳を持たず、結局別れることになった。

すると、お客さんがだんだん減っていった。

それまで、私は、自分がこんなに一生懸命に仕事をしているのに、彼女の方は大した仕事もしないくせに、不満ばかり言っていると感じていた。

しかし、彼女は、私のついつい行きすぎてしまうところに、ブレーキをかけると同時に、来る人にとって、居心地の良い場を作ることに、さり気なく気を配ってくれていたのだ。

別れて初めて、彼女の存在の価値に気づいた。
しかし、それも後のまつり…。


しばらく一人でやっていたが、事務作業が滞るので、スタッフを雇うことにした。

しかし、人件費や家賃、広告代などの経費がかさむ割に、思ったように人が集まらない。

「このままではまずい…」

と不安になり、次第にストレスで眠れない日が続くようになった。


そこで、「何をそんなに恐れているのだろう…」

と、その究極の結末をイメージしてみた。


人がどんどん減ってきて、経費がかさみ、借金が増え、やっていけなくなり、倒産し、信用がなくなり、最後には、ホームレスになってしまう…。


「そうか! ホームレスになるのを恐れているんだ!

じゃあ、一回ホームレスってどんなものか体験してみたらいいじゃないか!

まずは、ホームレスと友達になろう!」


恵比寿のマンションはとても愛着があったので、何とか踏みとどまろうと思っていたが、そろそろ限界。

もう引っ越しをするしかないだろう。

そこで、家の中の不要なもので、ホームレスが喜びそうなものを上げることにした。


ガーデンプレイスの隣の公園にいるホームレスに、ガスコンロとフライパンをあげた。

すると、とっても喜んでくれ、すぐに友達になることができた。

                         <つづく>

①一週間のホームレス体験を命ず!

同居人の一人に一週間の体験ホームレスをする課題を出した。

いきさつは、以下の通りだ。


彼は、人生を変える為に彼の友人の誘いで田舎から体一つ(ほとんど無一文状態)で出てきていた。

彼の友人は私のビジネスパートナーでもあったので、その友人の頼みで、私の家に居候させることにした。

そのうち、紆余曲折あり、私と彼と、彼の友人との三人で新たなビジネスを起ち上げようということになった。


しかし、彼はこの1ヶ月半、考え込んでいるだけで何一つ行動にうつすことができなかった。

そこで、一週間前の夜、名刺を50枚渡し、「誰でもいいから名刺交換してくる」という課題を出した。

彼は、なかなか帰ってこなかった。

今頃、頑張っているのだろうな…と思いながら待ったが、夜中を過ぎても帰ってこない。

彼が返ってきたのは翌日の昼だった。


どんなエピソードがあったのか…。

何をつかんで帰ってきたのか…。

楽しみにしていたのだが、彼は、12時間放浪していただけで、名刺一枚も交換してこなかった。


まさに、この一ヶ月半の彼の内側の状態が、そのままこの12時間に現れただけで、何一つ変わってはいなかった。


このまま、うちで居候させて置くだけでは、甘やかすだけで、本気で何とかしようという気持ちになれないのだな…と悟り、次の課題を出すことにした。


それは、「一週間ホームレス体験をしてくる」というものだ。


私は、彼に言った。


「人生を変える為に、田舎から体一つで出てきたという勇気と情熱を買って、君を居候させることを選択した。

最初のうちは、進路が決まらず、なかなか動けなくても仕方ないだろう…と、家でゴロゴロしていることにも目をつぶってきた。

自分からは、何も思いつけないようだったから、様々な提案もしてみた。

しかし、考え込むだけで、何一つ選択して行動しようとしてこなかったね。

君がいつまでも選択しないから、私の方が新たな選択をした。

それは、今日限り、君をここから出すということだ。

君に残された選択は、『よし!自分の為にホームレス体験をし、そこから何かをつかむぞ!』と決めて出るのか、

『イヤイヤ家を出されて、可哀想な自分』をやり続けるのか…ということだけだ」


彼は、一週間前の午後、覚悟を決めて、家を出た。

                        <つづく>

100Kmウォーク⑥肉体を超えた領域

17時間半経過

さあ、ここから先は、一歩一歩がレジェンドだ!

ビーサン王子、彼の存在は既にレジェンドだ!

あれだけ皆なから「ビーサンなんかじゃ絶対無理だからやめておけ!」
と言われながら

「大丈夫っすよ!楽勝楽勝(^-^)」
と完全になめてかかっている感じ…。

誰もが、途中で音を上げると思っていた。

休憩の時、彼のビーサンを履かしてもらったが、全くクッションは効かず、しかも鼻緒で親指と人差し指の間は痛い。
しかも、クロックスに比べたら、なんて重いのか…。
オマケに左足首は捻挫して腫れあがっている。

ここまでも、何度も激痛に襲われながら、突然全く痛みを感じない世界に入り、また激痛に襲われ…ということを繰り返してきたそうだ!
 

「ここから先は、お前が先頭になってレジェンドを拡大していくんだ!」


彼を中心に喜愛(気合い)を入れ、前人未到の地に向けてスタートした。


ビーサン王子が先頭を切って歩きだした。


ちょっと待て、どうしちゃったんだ!

どんどん背中が遠くなっていく…。


必至で走って、なんとか追いつき、

速足で追随していこうとすると、また距離が離れていく…


ビーサン王子は歩いているだけなのに、後続の3人が必至で走って、なんとかついていけるのだ…。


ビーサン王子は、完全に肉体を超えた領域に入っていた。


道はひたすら上り坂、


まるで、モーゼが海を開いて道を作ったように、ビーサン王子が歩くごとに空間に扉が開いていく感じだ。


もの凄いスピードだ!


沿道の人も、呆気にとられ、道をあけてくれる。



もう、とっくに休憩する距離を超えている。


「ちょっと休もうよ!」

思わず、私が声をかけたが、

「このまま行きましょう!」

と、さらに加速して進んでいく。


後で聞いたのだが、少しでも速度を落とすと激痛が走るのだそうだ!


とにかく、必至で走っているうちに、

フッと体が軽くなった。

そして突然楽しくなってきた!


おお、これが限界の先にある領域だったんだ!


それからかなり、歩いて休憩をした。


先頭集団は、ビーサン王子、航、そして、航の彼女(きゃしゃな体の彼女が少しも遅れずぴったり付いて走っていたのも凄いものだ!


しばらくして、股ズレ王子到着。


さらに、後方組からの伝令で、ヨサコイが全力疾走で走ってきた。


後続部隊がとても付いてこれないから、「少しペースを落とせ」とのことだった。


とにかく、先頭集団は、皆元気だ!


休憩を終え、再び、凄い勢いで走りだした。

しばらく経って、突然 電話が鳴った。


「全員、そこまで! 終了!」

山中湖までは着かなかったが、118Kmぐらいは歩いたようだ。


19時37分迎えのバスが到着!

前日の2:16から歩きだして、17時間半歩き切った!


でも、まだ元気だ!

意図した通りだ!


この感覚は、体験したものでないとわからない…。

限界を超えてやり遂げたものだけが分かち合える、

誇らかなで感覚だった!


この感覚でビジネスをやったら、絶対に成功する!


そんな確信をつかむことができた貴重な体験だった。