指揮者③やさしく解放! | 潜在意識のナビゲーター ビリーブス田中 

指揮者③やさしく解放!

前の日記の続きです。

T氏は今まで「音楽が好きで指揮者をやっている」と思っていたのが、実は「人の注目を引く一番の方法が音楽であり、指揮者であった」ということに気づいた。
そして、だからこそ人の評価が気になって苦しんできたのだった。

これは、まさに「森のドラゴン」だ。
最初から存在しない問題を作り出して不安や怖れで一杯になり、それを解決するのにまた余分なエネルギーを注いでいるのだ!
これでは、ムダが多すぎて、精神的にも、身体的にも、また経済的にも豊
かにはなっていけないわけである。


また、現代人はこのようなアドレナリン過剰の人が数多く存在する。
アドレナリンが過剰の人は、感覚が麻痺しているため、微細なやさしい刺激では、何も感じ取れない。
だから、ついつい強い刺激を求めることになる。
昨今の激辛ブームや絶叫マシーンが流行るのも、この為だ。
しかし、強い刺激を与えることで益々感覚が麻痺し、更に強い刺激を求めていく…という悪循環に陥っていく。これは自己破壊的な生き方といえる。

ここまで洞察が深まったところで、筋肉反射テストを使って次に必要な情報をT氏の身体に聴いてみたところ、
「やさしく解放できますか?」をチェックせよとのことだった。

解放には、枕を叩いたり、叫んだりして感情を発散していく「激しい解放」と、気づいただけで解放されてしまう「やさしい解」がある。

「激しい解放」は達成感があったり、深い解放ができたように錯覚しがちだが、それだけに、一度味をしめると、「もっともっと」とエスカレートしがちだ。
「泣いたり、叫んだり」するとカタルシスが起きるため、とてもスッキリした快感が味わえる。そうすると、次もまたこの快感を味わいたいため、「ふだん我慢して溜め込んでおいて、定期的に皆で集まって発散させる」ということに中毒していくことになる。結局何も変わっていないのだ。

T氏に「激しく解放するのか、やさしく解放するのか、どっちを選ぶ?」と聞いたところ、意外にも考え込み、悩んだ挙句、

「確かに今まで激しいのが好きでした。やさしいのでは、何か物足りないような、効果があまりないような感じがしていました。
でも、とりあえず解放してもらえるなら、どちらでもいいです!」と叫んだ。

「『とりあえず』でいいんだ。ということは、枝豆なんだね。
居酒屋に入って、本当に食べたいものを決めるまで、『とりあえず枝豆とビール』というのと同じだね。
枝豆ばかり食べているうちにお腹が一杯になってしまい、本当は何を食べたかったのか忘れてしまったりしてね」

そんな風に返したら、彼はイスに座ったまま悩みはじめた。

「えっ!わかんない! どういう意味、どうしたらいいの?」

「おっ、アドレナリンを溜め込みはじめたね。充分溜め込んだら、『そうか、こうだったんだ!』って興奮して叫ぶんだろうね!」と言ったら、ますます混乱しはじめた。

私は、彼の前に座っていたのだが、「これは暫らく埒が開かないな」と思い、隣の部屋で奥さんと、彼の様子を観察するこtにした。

彼は、ますますどうしていいか分からず、イスに座ったまま混乱していき時間が経過していく。

「あーあ、今日会った時、『田中さん、セッション終わったあと、何か予定は入ってますか?
なかったら、実はワインを買ってありますから、一緒のみましょうよ!』って言ってたから楽しみにしていたんだけど、お預けなんだ。
何か僕のサービスが悪いから、飲ませてもらえないのかな…」

「そんなことないですよ。とにかく、激しくてもやさしくてもいいですから、とりあえず解放して下さい!」

「へー、ということは、誰かに縛り付けられていると感じているんだね。さっきから、ずーっとそのイスに座ったままだけど、何か鎖かなんかでがんじがらめになっているんだね。
そのイスから動けないんだ」

「動けますよ! ちょっとトイレに行ってきます」と言ってイスから立ち上がると、トイレに立ち。用が済むと、またイスに座って考え込み始めた。

「あっ、またイスに座って、自分でシートベルトしめたね。」

「えっ?何のことですか?」

奥さんは、それを見ていて、

「ああ、こういうことをしていたんだ。何だかバカバカしくなってきた。人のことを見ていると本当に良く分かる。
きっと、私も同じことしているのよね。」

「一度気が付いてしまうと、もうバカバカしくて、やってられないでしょ!
最初に注意をしといたけど、類友で居心地がよくて一緒にいれたけど、どっちがが気づいて成長してしまうと、気づかなかった時のような関係では居れなくなってしまうんだよね。
早くワイン飲みたいな…」

「そうだ、私、何かチーズとかおつまみ買ってきますね」

「いいねー。僕も退屈だから一緒に買いにいくよ!
天気もいいし、外に出るのも気持ちよさそうだもんね。
なんだか、放置プレイだね。帰って来るまで同じ状態だったりしてね…」

こうしてT氏を置いて、二人で買い物に出かけた。
春の暖かい日差しの中、おしゃべりをしながらの散歩はとても楽しかった。
桜が満開。卒業式の帰りの子供達で溢れていた。

私は、帰りに、近くの花屋さんで、キレイな鉢植えの花を買ってプレゼントした。値段は、たったの250円だった!
普段「お金がない」と言って、花を買う余裕もなかったようだが、実際にはたった250円。その心の余裕があるかないかだ。

奥さんの方は
「このまま帰って、全然変わってなかったらどうしよう!
 もしそうだったら、もう、一緒にいるのはイヤだな…。」
としきりに心配をしている。

「そうでしょ! 一度気が付いちゃったら元には戻れないでしょ!
 今日、本気で人生を変えるセッションを受けたら、もしかしたら片方だけが成長して、もう片方がそのままだったら別れる事もありえる…っていったよね。
ピーンチ! でもピンチはチャンスでもあるよね。
だから、僕は全然心配してないよ。信頼することだよね!」

部屋に帰ると、相変わらず、イスに座って悶々としていた。

「まだ、そうしてたんだね。外は桜が満開で、温かいし、最高だったよ!
卒業式だもんね。もう古いパターンを卒業して、ワインで乾杯して、新しい人生歩んでもいいんじゃないの?」

「わたしも、そうしたいですよ!
でも、どうしたらいいのか分からないのですよ!」

「ということは、何か特別な方法が必要だと思っているんだね。そして解放してもらいたいんだね。
ということは、誰かに縛り付けられていると思っているんだね。
スリーインワンのトレーニングコースを受けたことがあるって言ってたけど、何か同じような手続きをとってもらって、
『ハイ、ネガティブチャージが0%になって、ポジティブが100%になりましたから、これであなたは解放されましたよ!』てな感じで認めてもらえないと解放されないと思っているみたいだね。でも、僕はスリーインワンのセッションをするなんて一言もいってないよ!」

「あっ!確かにそうでした。勝手に思い込んでいました。」

「それこそドラゴンじゃないの?
今本当はどうしたいの?
いつまでも、そこに罰を受けているみたいに座り続けて悩んでいたいの?
それとも一緒にワインを楽しみたいの?
$田中信二の「人生を本気で変えたい方」の為のブログやさしく解放するって、激しく枕を叩く代わりに、何かエネルギー調整をしてもらったり、情報を読んで気づきを得たり…。
でも、究極にやさしい解放って何だと思う?」

「究極にやさしい解放? 
  あっ! 何もしないことだ。」

$田中信二の「人生を本気で変えたい方」の為のブログ
「美味しくワインを飲むのに、何か特別な儀式が必要なの?」

「いや、そんなことありません。お待たせしました。
取って置きのワインを用意してたんですよ!」

T氏はケロッとして、ワインの薀蓄の述べ始めた。
一緒に楽しいひと時が始まった。


これでT氏のセッションは終わった。


しかし、実はまだ話は続く。

あることで今度は奥さんに焦点が当たった。

そうしたら、今度は奥さんがグルグル考え込み嵌ってしまったのだ。

それをT氏の方が客観的に見る立場になり、
「ああ、さっきまでの自分はこんなんだったのだ!」とあらためて別な視点で見ることができ、ますます芯が通り背筋が伸び、顔つきまで代わっていった。

それに対して、奥さんの方は、さっきまであんなに、全てが分かって、自分は卒業できたと思っていたのが、そうでなかったことを知って、ますます混乱していった。

人がどんなに混乱していても、渦中にいない第三者からは、「出口がそこにあるのに、何で出ないのだろう」と分かるのだが、いざ自分に焦点が当たると全く分からなくなるものだ。
だから、人は、他人の問題に焦点を当て、心配するのが好きなのだ。そうしている間は自分の問題を見なくてすむのだ。
しかし、相手に見えるものは自分のもの、同じコインの裏表に過ぎない。

だからこそ、本当の成長とは、森に入ってドラゴンが出てきたなら、そこで逃げ出すのでも、闘うのでもなく、勇気を振り絞って、真っ直ぐに見据え、ただの幻想に過ぎなかったことを看破することなのだ。
そして、次からは口笛を吹きながら楽しく森を散歩できるようになること、これが成長だ。

暫らくもがいた挙句、奥さんも闘うのをやめ観念した。
相方を心配することで、自分の問題を見ないできたことを受け入れた。

めでたく、二人して卒業できた。
これから、素敵な人生が待っていることだろう!


【追記】
$田中信二の「人生を本気で変えたい方」の為のブログ

T氏によると、カラヤンやフルトベングラーといった巨匠でさえ、普段はとても嫉妬深かったそうだ。
「闘うか/逃げるか」の二元性の中に生きていたのだ。
オーケストラの指揮者で本当に二元性を超えた状態にあった人はまだいないかもしれないということだ。

現代社会は、アドレナリン過剰の人々が圧倒的多数を占め、その二面性の破壊的な価値観により、環境破壊も究極的なところまできている。
陰極まれば陽になる。そして次のステップは統合だ。

時代の価値観が大きく変わろうとしている。
ベルリンの壁が一夜にして崩れ落ちたように、人の手前で本心を偽るごまかしの時代は終わりを告げることだろう。

これからT氏が二元性を超えた意識状態を体得し、自分自身の内側が完全に統合された状態のエネルギーから指揮をした時、オーケストラが奏でるハーモニーはどんなものになるのであろう。

その予行演習として、セッション後、T氏にもう一度ピアノを弾いてもらった。
セッション前は停滞していた督脈のエネルギーが逆に上昇するようになっていた。
督脈は尾てい骨から背骨を伝わって向上していくエネルギーだ。
これからT氏の指揮するオーケストラの演奏を聴くことで、多くの人が勇気付けられ、二元性を超えて調和した本質的意識に目覚めていくことになるのであろう。

その時が楽しみだ。