しばらく間があいてしまいました
この夏、実母が転倒して大腿骨頸部骨折し、
手術しました
術後、しばらくの間倦怠感と
食欲不振になって
全身検査したところ
大腸と肝臓に腫瘍の転移が診られると・・・。
すでに末期でした
今年春に施設へ面会に行った時の写真
告知の後
もうそれほど命の灯火が
残っていない母に面会
せん妄の症状が出ているのに
私のこと(夫)のことも
わかってくれて
会いに来てくれたことを喜んでいた
私たち母娘には
壁があって
伝わらないことばかり
誤解してばかりだった
この50年以上もの間
母との関係性で私は
何百何千回と自身を
削ってきただろうか?
でもそこには
お互いに思いやりや優しさが
深過ぎてねじれちゃっただけ
私がお母さんを大切にしたい
でも上手くいかなかった
だから幸せに出来なかった私が嫌い
母から見た視点は・・・
親の虐待をうけてきた私(母)に
子育てなんてできるのだろうか?
頼りになる人もいない中
「もしかしたら自分も、自分がされたように子どもを虐待してしまうのではないか・・・」
そんな不安で押しつぶされそうな状況の中
もちろん自信なんてなくて
無我夢中で子育てをした
だけどそこには
お母さんは娘の私を
私はお母さんを思う
愛情はたっぷりあったわけで
お互いが大好き過ぎて
溢れてたんだね
私たちよく頑張ったよね
今までなんで私ばかり…という意識から
人生で初めて母のことも、そして自分のことも
お互いのことをねぎらえる自分がいた
まだ母の意識があるうちに
それをちゃんと気持ちを伝えられて
長年苦しみつづけていた
母との和解もようやくできたみたい
この厄介な母娘の確執と愛憎のカラクリは
本田晃一さん監修の
マイグレートメンターメソッドを
使ってのセルフコーチングや
監修者・本田晃一さん(晃ちゃん)と
マイグレートメンター認定講師の仲間たち
徳の学校でちょうど学んでいたこと
「黒歴史」は実は宝物=愛情物語だったということが
ぴったりリンクしてたし
そして応援してくれる仲間の存在が
私の長年の課題を進めてくれたんです
このタイミングで
すごい経験をさせてもらっているなぁ
めっちゃいい感じ☆
話しをもどしますと
弱く小さくなった母は
かわいらしくて愛おしかった
そして私たちは終始笑っていた
小さい女の子たちが
ケラケラ笑っているみたいに

そう、こんな状況いつかあったなぁ〜
と昔の写真を引っ張り出してみたら
今とは正反対の立場の写真

母もこの時こんな気持ちで
私を見ていてくれたと思ったら
泣いてしまった
良かった今で
病室では泣かないでいようと
決めてたから・・・。
とっても愛おしくって
ごめんね
お母さん
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