(昨日がスーパームーンだと思って
UPしたブログの再掲載、
しっかりしろよ〜私)
今日は昨日よりも
さらにまったくまとまらないよー
私のメモ的備忘録ブログなので
是非ぜひ他の人のブログへ
GOひろみしてね
いよいよ緊急事態宣言が
発令されるってことで
発令までに実家の母のところへ
今生活はどんな姿なんだろう?
さて行ったはいいけど
思ったよりも物盗られ妄想の
状態が悪くて 汗
暖かいうちに母を入浴させて
落ち着かせて
とりあえず今日出来ることはやりきって
ふぅ〜こっちも緊急事態だなぁ
一つだけ良いことは
長年言えなかった事
母に対する思いを正直に言った
いや、毒吐いた
ワダカマリをときたかった
最初はさ
「ごめんね〜」なんて軽く言って
自分を正当化してたけど
そのうちキレて
「じゃあぁどうしたら許してくれるの?」と
いつもはそこでうろたえる
引いてしまうパターンの私だけど
「絶対許さない!」って
私もキレた
すんごい声出して
睨みつけた(と思う)
母に対してタイマン張ってるの
初めてだったかも
(↓言い方バリバリの昭和積木くずし‥ってる)
本格的に痴呆になってからじゃ
会話も噛み合わない
間に合わないと思って
ここで言わないでいたら
私ずっと引きずる
人生要らない荷物を
これからの人生背負っていくのいやだ思って
怖かったけど、言ってみたよ
「私は存在してはいけない子だったの?」って
でね、私が機能不全の家族の中でずっと
家族のために犠牲となっているってことは
私にとって事実だったけど
母も必死で頑張って
無我夢中でそうしてきた態度や言葉は
その時は愛情だと思ってきたって
可哀想に我慢させてるのを知ってて
そうせざるをえなかかったって
自分がネグレクトで育つてきた女性が
「自分が結婚して子供を育てていけるか
ただ不安でしかない」とTVインタビューを聞いて
母は初めて「私と同じ気持ちだ」と
思ったらしい
そう虐待された子は自分が親になったときに
虐待してしまうんじゃないかという恐れが
それでその時に私に悪いことしたと
心の中で負い目を感じてたって
そう不安でいっぱいだったんだよね
苦しんでいたんだよね
母も
私が子育てしてみて
今その頃とその歳を超えて振り返ってみたら
初めて気がついたよ
私は特に子育て期に1番近くに母に
見守られたかったんだって
不安で心配で自信もなくって
見捨てられたって感じてた
みんな不安だったんだ
心配で仕方なかったんだね そう
最後は泣きながらハグしたよ
鼻水グチュグッチャだったけど
ほっぺにチュッしてくれた
赤ちゃんだった頃
母にこうやってあやされた記憶が
ふと蘇えってきたの
愛されていたんだなぁ
ずっと
コントロールされていた?
コントロールしたんじゃなくて
愛されていたのが
ちょっとずれていただけなんだ
無知ながらも
無我夢中で子どもを育てて
普通に未熟もののオンナだっただけ
だって母親業をはじめてやったんだもん
最初からパーフェクトなわけないじゃん
そして私も毒娘ぢゃなくて
どこかでいつも母のこと
とんでもなくバカにしてた
超未熟ものだっただけ
だって長女業はじめてだったもん
うまくいくわけねえよな~
「楽しむことだけ考えればいい」だって
もうアレコレ心配は横に置いておこう
(いや今の時期心配で溢れているけど)
とりあえず
とりあえず心配は横に置いておこう
心配は横に置いた自分にエールを(笑)
スーパームーンの日
毒母と毒娘は浄化されたかな?
すっごく嫌いな母
大っ嫌いな母だったけど
すっごく好きなんだよね
お母さん・・・



