五行の相剋ルートは「魂の進化の方向」であったと説明しました。中国の群雄割拠の時代を生きた鄒衍(すうえん)は、その真実を矢印の方向に隠し、表向きは「相手を剋する(負かす)関係」として表してきたのでした。
さてこのことを五行の象徴で表すと、このことが真実であることがよくわかります。
相剋ルートの前半は「木」→「土」→「水」ですが、この象徴は以下のとおりです。
「木」…若者 →上がる「気」
「土」…大人 →下がる「気」
「水」…老(賢)人 →変わる「気」
まず「木」から「土」を見ると、「若者から大人へ」ということで時間的経過だとわかりますが、若者の自由奔放さ(気は上がりっぱなし)に比べて、大人の社会的立場とか疲れ具合(気もモチベーションも下がる)は不自由さが増していることはよくわかると思います。
しかしこれは魂の観点から見ると進化であることに気づきます。若者の自由さのままにあると人間的に成長しないことは大金持ちのボンボンを見ればわかることです。お金以外でも、大物の政治家や芸能人の子どもが世間からずれてワガママになってるケースはたくさん見ていると思います。
つまり真に親の視点からみれば、「獅子は我が子を千尋の谷に落とす」という姿勢を持つわけで、これが「木」から「土」ということなのです。単に時間的な変化を指しているわけではないのです。
次に「土」から「水」は、やはり「大人から老人へ」と見ると、単なる時間的変化となるのですが、「老賢人」と書いてあります。老害ではなく老賢人であるということは、尊敬の対象になっていることを意味します。世間的には単に事業での成功者が尊敬されるでしょうが、身近の人は品性まで見ています。この点で人間への評価が金銭的なものから魂的なものに変化していることにお気づきでしょうか?本当に尊敬される老人とは、品性豊かで人をひきつける魅力を持つ人です。つまりここに魂のあり方の重要性が見えてくるのです。
ここから、上がっている「木」気を下げて「土」気で地に足をつけ、気の力を魂的な活動へと充実変化させて「水」で本当の個性(自我)に表していく…のがこの過程だと理解できると思います。
ちなみに、「十文字五行」の図(https://ameblo.mom/daru-man/entry-12878836280.html)でもわかるように、「土」は全体の中心にあって引力をもっています。ということは、
『「木」から「土」』は引力にひっぱられるので、追い風的な背景を持つが
『「土」から「水」』は引力に逆らって進むので、向かい風的な厳しさがある
ということがわかります。
現代人にとっての相剋ルートは、『「木」から「土」』は比較的達成できているが『「土」から「水」』はまだまだ達成できていない…ということがわかるのです。
