サバちゃんは、丸一日くらいで回復を見せた。
全身麻酔は、わたしも何度も自分が経験しているので、その後の辛さはわかる。
この小さな体でよく頑張ってくれた。わたしは仕事は最低限にして、そしていつでも中断出来ることだけにして、
サバちゃんを見ていた。

もともとよく吐く子だった。それで3歳の時にも一度内視鏡を受けている。
消化器官の動きの悪い子だった。だから「消化器サポート」というカリカリを食べていた。
7歳になってからは毎年検診を受けてきている。
その際に、腎臓の数値が、基準内ではあるものの、その中では高い目であることを見つけてもらい、
高い外部検査に出して調べてもらった。
その結果、すでに腎不全のステージ2であった。
すぐに服薬と、フードを腎臓サポートのものと消化器のものの二種類に増やした。

よく吐く子であったからこそ、すぐに病院へ連れて行かなかった。
よく吐くから、逆に見逃してしまった。
吐きすぎていたのに。忙しさにかまけて、通院させなかったママの罪。
悔やんでも悔やんでももう時間は巻き戻せない。

一度に沢山与えるのが怖くて、ちゅ~るを駆使したり、缶詰も四分の一にしたりで、
赤子に授乳しているかのような頻度での食事。
わたしは不眠症で、睡眠薬を飲んで寝るのだが、サバちゃんなウェットのゴハンでは3時間しか持たない。
それで寝ているママを起こす。しんどい。辛い。
かといって夫に頼む気にはなれない。
すべて自分でやらないと嫌なのだ。人を信じる気にはなれない。
わたしがこの子の具合を悪くしてしまった。だからわたしがケアして何とかする。

退院したのが17日の水曜日の夜。
20日、土曜日の午後に、わたしが寝ていると(昼夜逆転である)、夫がやってきた。
動物病院の担当医から電話があったそうなのだ。
昼間の用事は夫あてに、夜中はわたし宛に電話してもらえるようお願いしてある。
夫はたまたまズームのミーティング中で電話に出られなかった。
気が付いて掛けなおしたが、もう診察時間が終わって病院は休憩に入っており、
掛けなおしてくれることになったそうだ。
それで話を聞いたら、「病理検査の結果がもう来ました。」
そいういう、話だった。

こんな数日で出ることは珍しいだろう。
早かった子は一週間で来たケースもありました、とドクターは言っていた。
このスピードで結果が来て、
そして、結果が来たことを、わざわざドクターが知らせる電話をしてきた。

本来なら29日に来ますね、と言ってあるのだからそれで良いわけなのに、
わざわざ電話してきた。
それはつまり、「来たほうがいい、来てください」という意味だと、わたしは寝ぼけた頭で考えた。

「行こう?」
わたしが言うと、夫は「起きられるの?」という。
寝るときにはいつもラインで寝るねと連絡しているから、数時間しか寝ていないことは知っている。
「うん、今起きる。でも、すぐに支度しても40分はかかる。」
そう言うと夫も「俺も夕飯作っちゃうわ。」というので、18時出発にして、
わたしは「サバサバノート」から、退院して数日間のレポートも書いた。

キャリーを出してサバちゃんを入れた。
すごいい知らせであるか、すごく悪い知らせであるかの、二つに一つ。
すごくいい知らせなどありはしない。
対処療法が何一つ効果がなかったために、思い切って内視鏡検査を受けて細胞を病理検査に出したのだ。

審判が下ることになる。
真実を知ることが出来る。
わたしは落ち着いていた。


後ろ頭は「ワカメちゃん」ヘアー。

2021.11月
 

11月17日、特に何も連絡がないので、何事も起きておらず普通に夕方迎えに行っていいってことだね、と夫と話し、わたしはカウンセリングに送ってもらった。
先月は、サバちゃんの具合が最悪で、そうさせてしまったのが自分であることで自分を責め抜いており、本来ならそういう気持ちをカウンセリングしてもらうのが筋だが、サバちゃんから目を離すことも怖く、カウンセラーさんに簡単に事情を伝えてキャンセルした。
カウンセリングにすら行けなくくらいの酷い精神状態であった。
それで、今月は行きたくて行って、懺悔を聞いてもらった。
とても時間が短くて高いカウンセリングだkれど、このカウンセラーさんとの付き合いは10年以上。
もはや彼女の存在なしでは立っていられない。
 

たった40分なので、夫にはどこか停めやすいところで待っていてもらい、以前は帰りにあちこち買い物をしてお弁当を買って帰るのを常としていたが、どこにも寄らず、まっすぐ動物病院に向かった。

サバちゃん、辛かったかな。甘えるかな。わがまま言うかな。

呼ばれて診察室に入り、映像を見せてもらう。
まず、胃にはピロリ菌は検出されなかったとのこと。これはその場で細胞を顕微鏡で見ればわかるものだからだ。
なので、理由はそこにはなかった。

内視鏡検査の映像。サバちゃんの美しい内臓。
先生の説明を聞きながら見ていく。
胃はピンクでとても綺麗で、いわゆるできもの状のものは何もなかった。ツルっとした美しい胃壁だった。
カメラは幽門を通って十二指腸に向かう。

十二指腸に入ると景色が一変した。
胃は綺麗なつるつるの壁だったのに、十二指腸はミカンの肌のように粒々して荒れている。
一つ一つの出っ張った細胞が、一つ一つ腫れていて大きくなってしまっているので、このように粒々状に見えるのだということ。
どうやら、それが大問題らしい。

細胞を24箇所から採取したとのことで、採取している先端の画像も見せてくれた。
血が滲んで辛い。
そして、「この子の幽門は、黒くはっきり穴が見えましたよね。これ、実は正常ではなくて、こんなにぽっかり穴が空いてることもおかしいんです、とドクターは言った。
逆流しやすく、うまく胃から十二指腸に運ばれないのはそれも要因であった。

もう細胞は病理検査に出したとのこと。
大体二週間で結果が出るとのことだが、二週間後は夫は地方出張で留守である。
それで、本来なら12月1日に検査結果を聞きに来るのだが、前倒ししても大丈夫だろうかと、夫が先生に聞く。
先生は30日の火曜日だけ休みでいないとのこと。
ならば29日の月曜日に検査結果は揃うだろうか? と尋ねると、
外部機関なので、何ともわからないけれど、早い場合は一週間とか十日で来ることがあるので、多分大丈夫でしょう、と。
それでは29日に来ますと約束して、サバちゃんの入ったキャリーを引き取った。

いつも検診で一泊させると、帰って来たサバちゃんはぷりぷりしていて、ワガママを言う。
甘えるかな、ワガママ言うかな。

帰宅してリュック型のキャリーをおろし、蓋を開けた。
サバちゃんは首を伸ばして、自宅に帰ってきたことを確認。

いつもなら、ピョン!とジャンプして飛び出るのに、グッタリしていて、もはやその気力もなかった。

抱き上げてベッドに乗せる。
ヘトヘトなのが見て取れた。
二泊病院にいたせいで、体の匂いがいつもと変わってしまっていて、病室特有の匂いになっている。
怒ってご飯を拒否していたそうで(ちゅ~るさえも拒否したらしい)、強制給餌されたせいで、
口の周りやあごの下がカピカピになっている。
洗ってやりたいが、こんなに消耗しているとそれもはばかられて、
ハンドタオルをお湯で絞って、ラグの上に来ていたサバちゃんを何度も拭いた。
何度もタオルをお湯でゆすいで何度も拭いたが、嫌がる素振りはなく、むしろ、ありがとう、という目で私を見た。
それからブラッシングもして、サバちゃんはドームベッドにこもった。

ほとんど食べてないのだから食べたがるかと思っていたのだが、昏々と眠っていて、夜になっても何も要求しない。

先生からの指示は、エサはウェットのみで。
薬は、明日からステロイドを二錠ずつ。腎臓の薬はラプロスのみ。
カリカリは中止。フォルテコールという腎臓の薬も中断。
ひたすらウェットでしのぐようにとのことだった。

ちょうどタイミングよく友達が送ってくれた高級そうなちゅ~るのようなものがあったのと、ドラッグストアで買っておいた缶詰やパウチ、それをいつでも出せるようにしていたが、この日サバちゃんは何も欲しがることなく、体を癒すようにただただ寝ており、
やっと「何か食べる…。」と言いに来たのが、日付が変わって19日の夜半過ぎだった。
ちゅ~るの総合栄養食を与えた。
ペロリと食べた。

その後、自分が非常に空腹であったことにやっと気が回ったらしく、
短い周期で欲しがったので、慎重に、慎重に、少量ずつ与えた。

誰かに頼んだり任せたりはもうしたくない。それが夫でも。
何を捨ておいても、サバちゃんの面倒を最優先する。
内視鏡は、受けて良かったと思った。意味があるはずだ、展開があるはずだと信じていた。


あずき色の肉球。

2021.11月。

 

サバちゃんはアレルギー持ちで、痒がってお腹を舐め壊してかさぶた状態。

お腹は、つるっぱげでピンク色。
サバトラ×白の猫なのですが、黒い部分はあまり縞がなく、無地の黒なので、ピンクのお腹と合わせると、さながらジャージー牛です。
痒がるのが不憫で、ステロイドを二日に一錠という頻度で飲ませていました。

内視鏡検査に行き着くには、ステロイドを断薬して二週間が経過している必要があります。
ステロイドとは、まさに「諸刃の剣」で、効果はもちろん絶大なのですが、病変を隠してしまう力を持っています。
わたしは、うすうす、内視鏡検査を視野に入れていました。なので、痒がっていたけれども、あえてステロイドを与えずにしばらくいたのです。
それが当たりでした。
最後に飲んだ日からカウントして二週間経っており、平日で、担当の先生が三日間ちゃんと居る、となると、月曜日に預けて点滴を受けさせ、火曜日に内視鏡検査、その後も点滴を続けて水曜日の夜まで管理してもらい、引き取りに行く。
それしかありません。そして、年末に向けて委託会社さんから鬼のように出張を言い渡されていた夫が、その週だけ全部いたのです。
わたしは、お迎えに当たる日が心理カウンセリングの日でしたが、夫に送ってもらい、たった40分のカウンセリングなので待っていてもらい、その足で病院に迎えに行くという計画を立てました。

内視鏡の予約をしたのが11月2日。術前の検査が12日。

そこまでの10日間は、吐いて吐いて、缶詰も吐いて、わたしは泣いてばかりいました。
自分のせいだ、優しくしなかったどころか、吐いたことを怒ってた。
邪険に扱って、わたしのトイレについてくるのを「何の用事? ママ、休憩なんかしてないよ? ハウス!」と追い返してしまってました。
サバちゃんはママのストーカーで、トイレに来るのは赤ちゃんの頃からずっとだったのに。
本当にひどいことをしてしまいました。悔やんでも悔やみきれません。ひどいママ。ひどいよわたし…。
もはやなにもかもどうでもよく、びくびくしながらサバちゃんを見て過ごしました。

やっと事前検査の日が来ました。11月12日。
サバちゃんの体重はさらに減って5.1キロになってしまっていました。
レポートを読んでドクターも、あまりの状態悪さに思うことがあったことでしょう。
血液検査の結果、何もどこも悪くはないので、予定通り15日月曜日に入院、16日火曜日に内視鏡検査、一日様子を管理してもらい、17日水曜日の夜にお迎え、ということになりました。
もしも返せないくらい状態が悪かったら連絡が来ることになりました。

そこからの三日間は甘やかしました。すると、調子に乗って、ちゅ~るをお代わりしに来ました。
わたしはFacebookだけで活動をしているのですが、サバちゃんの具合が悪いこと、内視鏡検査を受けることなどを書くと、皆さん注文しにくくなってしまうし、仕事が減るのは嫌でした。
もっとこうしたら?とか、あっちにこういう先生がいるから紹介するよ?とか、色々言われるのも嫌いです。
なので、笑える話だけを写真付きでUPしました。
ちゅ~るをお代わりしに来た話は可愛い写真付きで上げたので、反響も大きかったです。

15日月曜日。わたしが午後の遅い時に起きると、サバちゃんは当然、ご飯をねだりに来ます。
よく吐くのに、根が食いしん坊なので、あきらめないんですね。
なので「今日はサバちゃん病院行くから、ゴハンは無しなの!」と、強く言ったら、
理解して、フン!とドームベッドに飛び込んでふて寝していました。

閉院前に来てくれればいいですとのことだったので、18時半に出発。

サバちゃんは、「病院に行く」とわかっていたので、この日は暴れてわたしのカーディガンに穴をあけました。

先生に引き渡し。
サバちゃんのいない二晩…。

わたしは狂ったように仕事をしました。
天然石の仕事を今はやっているのですが、この二晩のうちに新作の撮影をしてショップに掲載してオープンさせたかったのです。
サバちゃんが帰って来たら、サバちゃんファーストになるから。

淡々と作業をこなし、病院からは夫にも私にも連絡はなく、無事に検査は終わったらしいことがわかりました。

11月17日、久しぶりのカウンセリングの後、サバちゃんを迎えに行きました。


2021.11月

きものサローネで倒れてから、記事を書いていませんでした。
わたしは結局、月に一回の出展もしないうような境遇になったのです。
2021年1月に、クレイワークのサブとして作っていた、4センチ角の小さな四角いがま口に火がついて、瞬く間に大の売れっ子作家になってしまったのです。
1月中旬から、こと切れて、あ。これ無理。ってなってショップをクローズするまでの9か月間。
わたしは一日も休まずに働き続けました。
一つの趣味もなく。一分もテレビを見ず。
どこにも行かず。誰とも会わず。

その間、部屋にいる猫は3月で12歳を迎えました。丑年生まれなのです。
よく吐く子で、吐かれると仕事を邪魔されるので頭に血が上り、不必要に怒ってしまい、ある時は人間用トイレに幽閉して寝てしまいました。
それくらい、わたしは常にピリピリと殺気立っていたのです。
猫の存在が疎ましく、毎日売れて毎日発送、新作を待たれている、これをまた作って欲しいと催促される。
わたしはどんどん病んで行きました。

夏物で爆発的に売れたものが3種類ほどあり、夏には縞の特集をやるといった手前やらざるを得ず、なのにもう売り切れているこれが欲しいとか言われます。
挙句には、値段が安いので買い漁りをされて、すべて台紙ラッピングして、紐も一本ずつラッピングして、これにはこのチャームをつけて、これは付外し可能にしてと、めちゃくちゃ面倒な要望をしてきた人がいました。
その数を見て、ほかの発送をカウントしたとき、あ、これ、もう無理。と理解しました。

その人のせいで、ショップをクローズに追い込まれたのです。
優しい言葉を使い、わたしを黙らせるためにお菓子をせっせと送り付けて来て、心は悪魔のような人でした。

わたしは潰れました。
けれど、潰れたのはわたしだけではなかったのです。

一緒にくらしている猫のサバちゃんが、具合が悪くなりました。
吐く頻度が増えたのと、吐き方がおかしいのですね。
それを、怒りながら、忙しさに追われて、放置していました。
9月にクローズしたあと、わたしが倒れ、なんとが15名様への発送を済ませ、そしたら、サバちゃんが吐いて吐いて。
ああ、これ、もう放置できない事態だ。
今日行かなくちゃもうダメだ、という状態にまで追い込んでしまいました。

診察で、典型的な悪い消化不良の吐き方だと言われ、撮影されたエコーでは、消化器官の蠕動運動がおきておらず、消化液がふつうは一方向に流れていくのに、サバちゃんのは行ったり来たりして揺れていました。
それでちょっとしたことで吐いてしまうのです。
フードを消化器用のものに変えて、吐き気止めを毎日2錠飲むこととして、取り敢えず吐き気止めの注射を打ってもらいました。

そこから二週間様子見です。わたしは「サバサバノート」という、以前は記録していたノートを復活させて、一つも漏らさずに観察して記入しました。

何時に何を何グラム食べた、オシッコ何回、ウンコはどれくらい、吐いたら何をどんなふうに吐いたかを記入して二週間後にレポートを書いて受診しました。
 

吐いている頻度が減ってない。便通だけが改善されたけれども、吐くということに変わりが見られない。
フードも変えて、胃薬を飲んでいても吐く。
胃の薬をもう一種類増やして、フードは消化器用のものだけに絞ってもうしばらく様子を見よう、となりましたが、それまで吐かなかった缶詰を、食べてしばらくしてから自分のベッドの中でふいに吐いてしまったのです。
もう二週間待つ意味はありません。
通院してウェットを吐いたことを告げるレポートを読んで、担当のドクターはもう、エコーさえ見ようとしませんでした。
 

今、岐路に立ちました。どうしますか。

選べるのは内視鏡検査で消化器官を見て、細胞を採取して病理検査に出すことです。
そこには全身麻酔という、大きな壁があります。
夫は内視鏡検査には反対でした。彼はそういう人です。
死にゆくものは死なせる。そうやって先妻さんも亡くしたのです。
母屋のガレージにいる、キジ君が真冬の小屋の中で倒れてたのを告げに行った時も「でもキジが選んでそこにいるのだから」と、見捨てる発言をしました。
わたしが、12歳で、腎不全を抱えたサバちゃんの体を案じていると、ドクターが、「普段はこういうこと、言わないんですが」と前置きして、
「今なら、腎臓を守る措置をしながら麻酔して内視鏡検査を受ける体力があります。でも、こうやっている間に衰弱が進んで体重が減れば、その時にやろうとしても、もう耐えられる体ではなくなることがあります。飼い主さんが最も後悔されるのがここです。はっきり言います。このままであと10年は持ちません。お母さんもお辛いでしょう。」
わたしの涙腺は崩壊しました。

こんなにしてしまったのはすべて自分のせいだ、わたしのせいだ、全部私のせいだ。わたしのせいでこんなことに。
「前日から入院してもらって、腎臓を守る点滴を打ちます。終わってもまた打って、丸一日様子を管理します。受けたほうがいいです。」

わたしは腹が決まりました。
反対していた夫も納得してくれて、その場ですぐさま夫の予定に合わせて入院の日、内視鏡の予約をしました。

その日まで、家で穏やかに過ごしててくださいと言われて、サバちゃんを背負って帰宅しました。

部屋で、キャリーからサバちゃんを出そうとした時でした。
急に、視界が開けたのです。
あれ?
朝が来た?
くらい、世間が明るくなったんです。

それをもし、「予感」という言葉で呼ぶのであれば、

わたしは特別スピリチュアルに目覚めた人間ではないけれども、誰にでも備わっている第六感というもの。
あ、これ、結果的に、良かったってなる。
そう思いました。
検査結果が良い物である、という意味ではない。ここまでの症状だと何もないはずがない、と言われている。
この時点で内視鏡検査を受けたことが、おそらく後々、良かったよね、って、

きっとなるんだ。
そう感じて世界が明るく見えたのでした。

そこから、サバちゃんの命と共に生きる、2000日を、こうして記録することとします。
2000日は生きててもらわないと、ということであるのです。
まだ、たった12歳。


2021.11月
 

わたしの出展には、夫が空いていれば、
搬入・搬出を手伝ってくれます。
こはぜのパリ行きの仕事の際には、わたしは室内撮影ライトを購入し、
夫が新しいデジカメを買ってまでくれました。

今回のきものサローネには搬入に休みを取ってくれて一緒にディスプレーしてくれ、
土日には、番頭さんとして金銭の管理もやってくれました。
搬出は車でやってくれました。

何の結果も出せず、
着物に特化した催事に大金をはたいて出ているのにも関わらず、

見てくれる方すら少なく、
商談になりそうなのも本当に片手以内。
現金収入もぜんぜん出費を補えない。

夫に、パリに行った作品が惨敗したことを告げたとき、
「キミは、とにかく期待しすぎなんだよ。世の中そんなにうまく行くわけがないじゃないか。今度のサローネだって、期待したって駄目だよ。」と言われました。

そうでしょうか。

わたしは、すべてのことを切り捨ててすべてを諦めて、
寝る時間も惜しんで頑張ったのです。
針が振り切れるくらいに必死に頑張って、できうる限りのことをしました。
そこまで頑張ったのだから、なにかいいことが起きるかもしれないって、
期待してしまうのも普通ではないでしょうか。

必死に、力いっぱい、針が振り切れるまで頑張って、
期待をするなとは、その言葉がもう既に酷です。

サローネ側からは、当日の売り上げ代金ではなく、
展示会なのだから、
どれだけ名刺をお配りできたか、どれだけ商談があったかが重要なので、
当日売り上げがないからと言って落ち込まないように、とのことでした。

でもそれって、PL法のようにしか聞こえません。
一般の、着物好きな方しか来ていらっしゃらない会場で、
見てももらえない。
それは作品にも魅力がないし、ディスプレーにも問題があるし、
いっぱい問題点があったに違いありません。

「だから、期待をするなと言っただろ」。、と夫に言われて、
もう、心が折れています。

必死にやったんです。
病院と美容院以外、どこにも出かけず、テレビも1分も見ず、
何の娯楽もなく、ひたすらひたすら夏前から頑張って来たのに、
見てももらえない。

もはや、何を直せばいいのか、迷走状態に入りそうです。

工房内も荒れ果て、まともに歩けないために、足は青あざだらけ。
工房じゅう、箱だらけで、何がどこにあるかもうわからなくなっています。

まずは片づけて、整えて、
それから今後のことを考えようと思います。

期待をするからがっかりするんだ、ほら見ろ、と
夫に言われました。

期待をすること、希望を持つことが、そんなに悪いことですか?

例え、駄目で、打ちひしがれる結果になるとしても、
人は「希望」を失ったら、生きてはいけないのです。
どんなに辛くとも、どんなに理不尽でも、
神がパンドラの箱に、最後に一つ
「希望」を残してくれたのは、
立ち上がる気力を持てということではないでしょうか。

今はまだ無理ですが…
明日も明後日も、しあさっても、多分まだ無理ですが…

工房内を、綺麗に片づけて、何がどこに入っているのか、
ちゃんとわかるように整頓して、
金具の在庫なども把握して、
新しくスタートを切りたいと思います。

どんなに失敗だったとしても、どんなにうまく行かなかったとしても、
自分が「希望」を失ったら、そこがはじめて、ジ・エンドになるわけです。

落ち込んでいます。
悲しんでいます。
でも希望は捨ててません。
夫が何と言おうが、頑張った自分に対して、
自分が、
ほら見ろ、期待なんかするからだ、というのは、余りにも失礼です。

ああ、映画を観に行きたいなあ。
カラオケに行きたいなあ。
ショッピングモールをフラフラしたいなあ。
本や図録を読みたいなあ。

ちゃんと煮物を作って食事をしたいなあ。

すべて犠牲にしてやってきて、結果が出せず、
今はもう、誰とも会いたくないし、誰とも話したくないし、
猫を抱いてDVDを見て過ごしたい。

猫にもずいぶん我慢させてしまったし、イライラして当たってしまったし、
今はペットホテルから帰って来て、ひとしきり見回りをしたあと、自分のではなく、
ベッドのわたしが寝る箇所で、
安心して眠っています。

しばらく、猫と、休ませてくださいね。

 

売れなかったので、作らなくてもあるものについては、
お見せした写真の現物をお送りできます。
それくらいの作業しかできませんが、
どうか、しばらくお待ちください。

人らしい生活を取り戻します。

フミカ

書きますね、って言ってから、全く書いておらず…。
すみません。
怒涛の日々でした。
本当に、1分もテレビを見ていないし、映画にも行ってないし、
本も読めてないし、
ただひたすら、
ただひたすらに、
わたしはわたしであるがために、
仕事をしていました。

6月・7月に、「ソーダ・ドロップス・フェスティバル!」というものを、
委託店舗さんで開催しました。



上が、ソーダ・ドロップス。
下がそのフェスの時にデビューした、妹分の「ソーダ・ポップ」ちゃんです。
正直、ポップちゃんを作る方がはるかに難しいです。重さが約半分、
直径たった9ミリの中にマーブル模様を綺麗に作り、
金具を挿入した後、まん丸に戻すのはとても大変です。
ですが、ポップちゃんも人気で、もうドロップスを死ぬほど買ってくださっていた、
「ソーダ教」の信者さまたちがいらしてくれて、
ポップちゃんで新しいものを色々作って行きましたよ。

次は、わたしは作って差し上げるのではなく、
ドロップスちゃんたちは提供するので、
ご自分で組んでみませんか?という、催事をやってみたいですね。

これが6月、7月と、二日間ずつあったのです。

そして、休む暇もなく、わたしに、
創作人生で、おそらくは、最初で最後の、大チャンスが訪れたのです。

東京の、というか、日本の、と言ってもいいと思いますが、
二大キモノショーである、「きものサローネ」のマルシェ出展に、
選考で合格したのです!
なんという快挙!

忙しすぎてショップに新しい商品を全く登録できず、
けれど、いつか来るかもしれない、何かのために、
わたしは、教えてもらったフリーで使えるHP用のページに、
作品写真だけを懸命に登録だけしてありました。

最近は、応募はもう、紙媒体の時代ではないと痛感しました。
応募のメールに添付できるのは、たった3枚だけの写真…。

まさか、3枚とも集合写真というわけにもいかず、わたしは悩んで悩んで、
吉祥文様の帯留めの集合写真、蓮の大かんざしの写真、
そして、帯留めになっているとはいえ、
「えどいろ」にとっての「アート」である、一点を添付しました。
これです。

「渦巻」、という、シンプルな題名です。
これは、帯留めとしては使いにくいかもしれません。
先日、色違いの京紫が売れたということでしたが、
こうなんですよ。

帯を殺しますよね。
しかも出っ張りすぎてますよね。

ですが、実用うんぬんよりも、わたしは、グラフィックデザイナーとしての、
自らのセンスと力量をこれに賭けました。
そして、HPを記入する欄も当然あったので、
ただひたすら作品が羅列してあるそのページのアドレスを書きました。

わたしはポリマークレイ歴は26年になりますが、
着物界に足を踏み入れてたった一年だったのです。
それで、最大の催事である、「きものサローネ」への出展を、
手に入れてしまったのです。

あわあわして、わたしは、慌てふためいて、
とにかく片っ端から準備を始めました。
その時は確か6月末。
説明会は8月20日。
それまで待ってからでは何もかも間に合わない!
思いついたものをひたすら買い揃えて行き、
いろんな作品を作り、作り、作り、
何の娯楽もなく、病院と美容院以外、どこにも行かず、
修行僧のように働き続けました。

これを書くと、もう号泣してしまいますが、
無償で手伝ってくれようという人が居るんです。
何も求めず、わたしが、夢を掴む手伝いをしてくれる人が居るんです。
ありがたすぎて、なんとお礼を伝えたらいいかわかりません。

わたしは、高校生の時に明確ななりたい職業がありました。
テキスタイルデザイナーか、タイルのデザイナーになりたかったのです。
ですが、極貧の家だったので美大になど行かせてもらえるわけもなく、
バイトするからせめて専門学校に行かせて!との願いも、

あっけなく踏みつぶされ、
わたしは、たった17歳で、夢を絶たれました。

回りはみんな、何になりたいとかは決まってないし、希望もないのに、
当たり前のように親の金で大学に行かせてもらい、
親の金で免許を取って車を買ってもらい、
親の金で旅行に行き。

わたしは、滅茶苦茶に働きました。
もちろん、自力で免許を取って自力自力で車も、一眼レフのカメラも買いました。
社内の女性社員の中で、最も残業時間が長かったです。
信頼されて任されていました。

昼休みにも、隣の課に行っては、製版のことを教えてもらい、
工場に降りては印刷技術を見せてもらいました。
その後、デザイン事務所に入ることが出来て、
徐々に力をつけたのです。

そして、その傍ら、ポリマークレイに出会って、創作を始め、
やがて美術館のミュージアムグッズを作ったり、
教える立場になって、ホビーショーで不休で体験コーナーを三日間やり切ったり、
最後には本も出版しました。

ですが、その段階で、わたしはとある事件に巻き込まれてしまい、
世間から身を隠さなければならなくなりました。
本まで出版して、その後の仕事のスケジュールもいっぱいだったのに、
「先生を育てる先生になってください」とまで言われて、
公認のトップアーティストだったのに。

やがてわたしの体はおかしくなり、
心を病み、
何一つ、出来なくなりました。

一度もデザインに困ったことなどなかったのに、
ペンを握っても、
そこから何も生まれなくなりました。


今の夫が拾ってくれて再婚して、
けれど病気はひどくなり、家事もやれないばかりか、
恐ろしくて外に出ることすらできませんでした。
道を全く覚えられないのです。
区画整理された、平坦で真四角な街に住んでいるのに、
出たらもう、わからなくなるのです。

わたしは、与えられた5畳の部屋で、
前日、夫が買って来てくれたサンドイッチをちびちび食べ、
夫が水筒に氷と入れてくれた水道水を飲んで暮らしていました。
(てか、なんで水道水なん? 他の物も買ってくれたらよかったやんか!)

庭に建ってるアパートの二階が空くと知って、
わたしは、そこで暮らさせて欲しいと頼みました。
夫が承知してくれ、お姑さんがリフォームをしてくれて、
わたしはそこで猫と暮らし始めました。

あれから11年が経過しました。

去年、いっぱい辛いことがありました。
心をえぐられるようなことが。

それを埋めたくて、何年かぶりに、外に出て見るようになりました。
色んな体験教室に行ってみたり、スピリチュアルな会合に出てみたり。

そしたら、スイッチが、ポン! と、押されたのです。
どこにあったの?
スイッチ。

以来、わたしは走り続けています。
お金のためじゃない。(お金は欲しいよ。)
誰かのためじゃない。
ただ、わたしは、わたしがわたしであるために、
自らのアイデンテティを賭けて、創作を続けているのです。
 

あふれ出てくるアイディアとデザイン。
やってなかった数年で、リウマチ発症し、老眼にもなっていて、
以前のように上手には作れません。
そう、ぜんぜん上手ではないんです。わたしは不器用なんです。
ただ、記憶の中にあるものを、可視化できる才能がある。
色を分割して、この色を作り出すためには何色と何色がこんな比率で必要だ、という、分析の力があるので、色にはすごく強いです。

そして、自力で日本の伝統文様と伝統色を学んだので、
それを、「着物かざり」に生かしたい!と始めたのでした。
自分のアイデンテティのために、
失われた40年間を取り戻し、17歳の時に夢見た自分になるために、
今、本当に、死に物狂いで、やっています。

チャンスは、
何度もやってくることはありません。
これ一回きりかもしれないのです。
そこをどうとらえ、どう動くかで、自分の未来を作ることが可能なのです。
采配なんて待っていられない!
誰にでも采配はあるわよ~なんって言ってられない!

振り切ってしまうくらいに、頑張って、頑張って、やり切った人に、
そういう人にのみ、ふさわしい未来が采配として訪れるのです。

わたしは、このあとの20年間の創作人生を、この「きものサローネ」に、
賭けました。
ここまでやって、こんなに頑張って、それでもダメだったら、
何をどうしたって駄目だった。方向性が間違っていたと思うよりほかないです。
けれども、チャンスは、二度目はない。

今、今掴まないとならないものがある。

それを逃さないために、死に物狂いで、
毎日を生きているのです。

宇宙は見ている。

これは、わたしの「宇宙」を表現した帯留めです。
とても変わっているでしょう?
上の左から、「アース」、「コスモ」、「天の河に三日月」。
下段は「漆黒の宇宙」、そして、異色ですが「水面(みなも)シリーズの一点です。
その原型が、25年前にもうありました。

これは、何にも使えない、卵型のオブジェです。親指の先ぐらいの小さな卵。
これが、わたしの手から生まれて、25年が経過し、今年帯留めになりました。

あの当時、これが意味なく欲しくて欲しくて、
台に張り付いて見つめてた少年少女。
普通のお母さんに「遊べないし食べられないのよ!」と怒られて、
振り向きながら涙目で離れて行ったあの頃の子供たち。
もしこれを見たら
見覚えがあったら、
コメントをくださいね。

わたしを支えてくれているみなさまのためにも、
たった一回きりの、このチャンス、無駄にはしません。
自分のアイデンテティのために。
生きて来た意義を、いまここに!

「えどいろ」
タカハシフミカ


※応援よろしくお願い申し上げます。
長々とお読みくださり、ありがとうございました。

みなさま、もと「ゆきのひ。」こと、「フミカ。」です。
ブログタイトル、名前、写真、全部変えました。

胸の腫瘍の手術は、無事に成功し、今は元気にお仕事をしています。
7時間に及ぶ大手術で、胸の真ん中を切り開いたので、大変と言えば大変でしたが、体の傷は癒えるものです。
今は、手術前から痛み止めを体内に流してしまうので、意識が戻った時、
傷口の痛みはありません。
ただ、骨を切って、ぐわっと広げたため、その痛みは結構長く続きました。

胸骨という、胸の中心の骨をカットして、肋骨をぐいんと広げて腫瘍と、「胸腺」を切除したのですが、幸い、悪性ではありませんでした。
今も、何も再発はしておらず、腫瘍は、肺にも、大動脈にも、癒着していませんでした。
これはとてもラッキーなことでした。

切った胸骨は、ワイヤーで繋いでありますが、骨折しているのと同じなので、
一リットル以上の物は持ってはいけない、
何か落としたら拾ってもいけない、
体を開いたりねじってもいけない、
クレイを練るのも当然禁止。

で?
大人しくわたしが、療養していたと思いますか?

答えは、ノーでした。
クレイを練れない期間に、しておきたいことが山ほどあり、
それらに追われていて、ブログを書く暇も無かったのです。

工房のロゴマークをデザインし、
大枚をはたいて、工房の箱を制作しました。
野望を果たすために、体裁を作り始めていたのです。

新しく、マークを入れた名刺を作り、自分がデザインしたロゴが、
金色で箔押しされた箱が出来上がって、一気に工房はプロっぽくなりました。

今は、仕事をしまくっていて、追われている状態です。
ソーダ・ドロップス・フェスティバルというのを開催しています。
6月分は終了しましたが、7月にまた、恵比寿の委託店舗さんで、
フェスを開催します。
今日はご挨拶にとどめておきますが、また近々、記事を書きますね。
ご心配をおかけしてて、すみませんでした。

ドロップス、とっても可愛いです。
妹分の「ソーダ・ポップ」も人気上昇中。
頑張ってます。

これが「ソーダ・ドロップス」、全7色。


こっちが、妹分の「ソーダ・ポップ」。



工房のロゴ入りの箱。色は「納戸色」といいます。


帯留めが入ります。かんざし・羽織り紐用の長い箱もあって、そちらは「弁柄色」。



人気のある、マーブルのお箸置きセット。3600円。

では、また時間を見つけて
記事を書きますね。
読んでくださり、ありがとうございました。
今後もよろしくお願いいたします。

「えどいろ」
フミカ。

みなさま、こんばんは。

今まで黙って普通に更新していましたが、
本日はあまり楽しくないお話しです。

11月に気管支炎を起こし、総合病院でCTを撮った結果、
肺に、腫瘍があることがわかりました。

大きさは既に5センチ。

毎年、検診でレントゲンを撮っているのに、
なぜ、レントゲンに、そんな大きなものが映らなかったのか、
それは不明なままです。

ですが、肺に何かが出来た場合は、
それが仮に良性であっても、手術で摘出するのだそうです。
なので、11月の半ばには、実は肺を手術することが、決まっていました。

それを言わずに今まで来ました。

12日に入院し、14日に手術です。
大きさが5センチを超えており、大動脈との隙間が数ミリしかないので、
開胸手術をお願いしました。
腫瘍マーカーの数値にはブレがあり、
悪性ではないと思う、という意見が主流ですが、
正直、取って見てみないと、わからない、といったところです。
でも、悪性ではないと思っています。

12月から検査検査・問診・検査検査・外来・問診・検査検査…。

検査なので食べずに行って、やっと食べ物にあり付いたのが16時、
なんて言う日もありました。

自分は制作に忙しく、食べることをおろそかにしていたので、
年末に、小腸が絡んでしまう、イレウスを起こしてしまいました。

幸い、緊急手術にはならずに退院できました。
その後、食生活には、気をつけています。
手術の日まで、元気でいないと、です。

今まで経験した手術が二つありますが、
いずれも、腹腔鏡手術でしたので、5日で退院してきました。
ですが、今回は開胸するので、
何事も起こらなくて順調だとしても、退院まで二週間です。


合併症や肺炎を起こすことなく、早く退院したいと願っています。

猫は、毎食薬を混入しなければならないので、
夫が働きながら面倒を見るのは無理です。、
行っている動物病院に併設の、ペットホテルに、預けます。
そのことが一番、辛いです。
どこにも預けたことがない、お姫さま猫なので…。

早く退院して、迎えに行きたいです。

手術の辛さは、今までのが比べ物にはならないので、正直、怖いです。
今は、手術前に、体に痛み止めを流して置けるよう、
背中に管をとおすのですが、その施術が、すごく辛いです。
胎児のように丸くなって、看護師さんにガッチリ技を決められ、
背骨と背骨の隙間に、注射を打って行きます。
その注射が、余りにも痛いため、
注射のための麻酔の注射を打ち、すかさず注射し、
麻酔を打ち、すかさず注射し…を、二往復、やるのです。

手術は、麻酔で眠っているのでなにもわかりません。
目覚めた時には、終わっています。

今回は初めての大学病院ですので、見学の研修医さんも多いと思います。
実験材料ですから、仕方がありません。

(いやだけど)

正式には、「縦隔(じゅうかく)腫瘍」というそうです。

肺でもなく、心臓でもなく、食道でもない、その空間を「縦隔」と呼ぶそうで、
良性・悪性関係なく、「腫瘍」としか呼びようがないとのことです。

わたしの場合、全体の形が丸いのと、
中味がぎっしり詰まっている感じではなさそうで、半透明なので、
「脂肪腫」なのではないか、という意見が多いとのことでした。

でも、5センチって、大きいです。
子供の握りこぶしくらいありますよね。


病気にはいろいろありますが、
わたしは、精神的に、抑圧しすぎて、腫瘍を産んだと考えています。
言いたいことを言わないで、
反論したくても我慢して、
行きたくないけどしぶしぶ付き合って…。
そういう自分が招いてしまった病気のように思えるのです。

だから、これは、もう要らない!
取っちゃう!
軽くなる!

本来のわたしを生きることにする!

もう、子供は立派に成長し、結婚もしています。
親の面倒は、見ないと宣言してあります。(諸事情あり)
自分のために生きてもいい年齢になっていると、教えてもらいました。

あと20年、
わたしは夢を追ってみたいと思います。

そういうわけでして、しばらく、画面から消えますが、
退院してきましたら、また、ご報告させていただきますね。

当然、手術は辛いですが、
頑張って来ます。

みなさまも、お体にお気をつけてくださいね。
大事に生きてください。

いつもありがとうございます。

                                     「ゆきのひ。」

 

今日は、告知の記事です。

月に一日、横浜・関内で出展いたしておりますが、
1月は、年末に急病になってしまったため、
泣く泣く、出展を取りやめました。
楽しみにしてくださっていた方には、大変申し訳ありませんでした。

3月は、ちょっと体の事情があって、出展がかないません。
4月は、キャンセル待ちの列に入れてもらっていますのですが、
今の段階ではわかりません。
もしかしたら、この2月で一旦おやすみに入り、
秋までお会いできない可能性もございます。

ですので、2月2日、もしお時間を取れましたら、
横浜・関内駅北口直結マリナード地下街、
エリクシオールカフェ前の、マリナード広場で開催されている、
「関内駅チカアート市」に、お越しくださいませ。

寒い時も、暑い時も、空調なしのこの広場で、
頑張って来られた出展者さんと主催者さんの努力が実り、
夏までには、エアコンがつけられるそうです。
良かったですね。よくずうっと頑張って来られましたね。

会場の一角には、ストリートピアノが設置され、
誰でも自由に弾けるようになっています。


2月のわたしのブースは、表を向いたとってもいい場所です!
皆さんで来ていただいて、ぜひワイワイしてください!

1月用に作っていた新作に加えて、その後も作り足したため、
新作モリモリで参ります。
ゆっくり、隅々まで、見ていただけたら幸せに思います。

特記すべきは、小さいブローチがいーっぱい、あることです。
和風あり欧風ありで、色んなイメージの、ちびちびブローチが沢山!
他にはかんざしなどもご用意があります。

もちろん、一番人気の「ソーダドロップス」は、全6色、
モリモリで行きますね!
楽しんで一粒ずつ選んでください!
 

このあと、1月のとカブるものもございますが、12月にはなかった新作を、
写真で紹介いたします。
ぜひ、実物を見に来てくださいませ。

関内駅チカアート市は、2月2日、11時~17時です。
何とか時間を作って、おいでくださいませ!
心からお願い申し上げます。

では新作の写真たちです。
 



ちびちびブローチ「森の連作」


ちびちびブローチ「ハート王国の婚姻」



ちびちびブローチ「参列」


ちびちびブローチ「ひよこ・うさぎ」






ましかくブローチ「ブタ姉さん」、「カエルくん」、「うささん」



うさぎさんのペンダントと、ミニ額縁。



うさぎさんの名刺立て「雪月花」




和風ちびブローチ。上「羽根」、下「青海波に千鳥」
下「南天」、「梅」
三分紐用帯留めにも出来ます。



ましかくブローチ。上「黒地に梅」、下「月見るうさぎ」
五分紐用の帯留めにも出来ます。




「雫ピアス」 上「Benio」。「Wabi-Sabi」


豪華棒かんざし(弁柄色に常盤色)


シンプル棒かんざし「弁柄色」、「象牙色」、「納戸色」


かくかくピアス(Japanesque)

お揃いストールピン。他の色もあります。


ソーダポップリング(フリーサイズ)


もりもりソーダドロップス!

全6色。今はね。

こんな風に、ガラスの器にまず取って、そこから更にお気に入りを選べます。
すっごく楽しいですよ!

みなさまのお越しを、心からお待ち申し上げております。

「えどいろ」

※「えどいろ」は、ポリマークレイ「プレモ!」を使用している工房です。
(公認講師)

                                  「ゆきのひ。」










 

わたしは、去年の10月から、マヤ暦デビューをしました。 
といっても、マヤ暦のダイアリー講座を受けて、 
ダイアリーを使っているだけの、超初心者です。 
まだ何もわかっていません。 

そもそも、なんで急に、マヤ暦を始めることに決めたのかを、
もう覚えていないのです。 
どなたかのブログを読んでいて、 
そこからマヤ暦の講師をされている方のブログに飛び、 
毎日読ませていただいている時、 
その先生のマヤ暦のダイアリー講座があることを知りました。

その日がたまたま空いていて、

場所も、土地勘のあるところでしたので、

本当にふっと、気まぐれで、申し込んだのです。 

安かったことも魅力でした。

それが9月の半ば過ぎです。 
10月から、数年ぶりの出展を控えていて、

決して暇ではなかったのに、

なぜこのタイミングで申し込んだのだろう、と 

今でも、わかりません。 

 

そして、先生が教えてくださることを必死に記入するだけの、

ただ必死な講座になりました。 

果たして、自分は何かを得たのだろうか?と、 

はなはだ疑問でした。 

 

わたしがポリマークレイをやっていることを知って、 

講師の先生が、

マヤの紋章を作るワークショップをやったら面白い!

と おっしゃっているのですが、 

わたしは、数十年、クレイをやってきて、

講座ももう、 ヘドが出そうなくらいやって来ました。 

ストレスで帰りに吐いたこともあるくらいです。 

なので、そんな簡単に言われても無理です、と言ったら、

 「え~、何か、全然ワクワクしないんですけど!」と、

 否定されてしまいました。 

 

その先生は、「マヤ暦をやると、ワクワクするよ!」が口癖でしたので、 

わたしの及び腰が、気に入らなかったようなんですね。 

でも、まだ始めてもいない、理解もしていないことに対して、 

何かやれと言われても、そう簡単にはいかないですし、 

慎重にことを運ぶべき・安請け合いはしてはならないと思って、

無理です、と申し上げたんです。 

 

ですが、わたしはクソ真面目ですので、 

スタートする日にちゃんとマヤ暦ダイアリーを始めました。 
 

その日にあったことを欠かさず記入しています。 

「絶対拡張」という日には、告知を頑張ったり、 

極性という日には、制作に没頭したり、 

マヤ暦に沿って、行動をしています。 

 

そして、前回の記事で書きましたが、 

無作為に配られたダイアリーの、
しおり紐が挟まっていたページの、 4日間が、
自分にとって大切な4日間になり、 
宇宙から指令が降りて来るかも、という期間に突入しました。 

その初日に、お姑さんが転倒して、
一緒に救急車に乗って、 病院に行っています。 
そして、一人なんです、と頑なに言っている
車椅子の女性と出会いました。 

どうしても会いたくて、 翌日、わたしは口実を作って、
会いに行きました。 
ですが、たまたま、何だったけ?と、巾着袋から出した、充電コード。 
それが、その口実となり、
更に、それはちゃんと役に立てて、 
彼女から「お友達になってください!」と、 嬉しい言葉をいただいたのです。 

それが宇宙からの指令であったとは思っていませんが、 
自分の魂の衝動に従って行動を起こした結果、
望んだ関係性を手に入れることが出来たのです。 

わたしは、彼女とお友達になりたかったのですね。 

それとも… お友達になるべき人だよ、という、教えが、
衝動となって表れたのか…。 
事実はわかりません。 

運命の4日間のうち、3日目は、
作品の納品に、 恵比寿の委託店舗さんに行きました。 
これも仕組まれていました。 
わたしは、いつも、日曜日を狙って行っています。 
店長さんがお一人で店番をなさっていることが多く、 
かつ、駅や電車が空いていて楽だからです。 
で、日曜日に伺いたいとメッセージを送ったところ、 
その日はたまたま、店長さんがお休みで、 
火曜日なら一人で全日います、とのことでしたので、 
では火曜日に伺います、と決めたのですね。 

日曜日に、お姑さんが救急搬送になったので、
 どのみち、日曜日には行けなかったのです。 

そして、お店にお邪魔して、ディスプレーを完了して、
値札を書いていると、 店長さんが
「ちょっとだけ、コンビニに行って来ていいですか?」と わたしを店番にして、
数分、出られたのです。 
その時、社長さんが、上のフロアから降りていらっしゃいました。 
社長さんは、日曜日には出社していらっしゃいません。 
今までは軽く挨拶しかしたことがなかったのですが、 
たまたま、店長さんがいなかったので、少しお話をしました。 

そして、社長さんが、おそらくは初めて?
わたしの作品をしみじみご覧になり、 
「明日、パーティがあって、着物なんだけど、帯留めを使いたいのよね~。」
 とおっしゃって、
わたしが並べたばかりの、新作帯留めを、見てくださいました。 
そして「南天」を手に取ると、
 「あら、これ、南天、ちょうど時期だし、いいじゃない! これ使うわ!」 
とおっしゃいました。 

こちらの社長は、芸能界の方の着付けをなさっている方ですし、 
コシノジュンコさんのお着物も担当されている、
業界では超有名な方です。 
先日お亡くなりになった、市原悦子さんの着付けも 20年以上、
担当していらっしゃいました。 

そんな有名な方が、わたしの帯留めをしてくださるなら、 
それ以上の広告はないと思い、 
お買い上げいただかなくていいので、
どうぞご自由にお使いいただいて、
広告塔になっていただけたら、と、 お願いいたしました。 

ですが、その「南天」の帯留めが、三分紐用(細い帯締め)であることが気になり、 「社長、それは、三分紐用なんですけれど、大丈夫でしょうか?」と 
念を押しました。 
すると、「あら、そうなの? だったら、選ぶ帯締めが限られちゃうわね~。」
 とのこと。 
なので、わたしは、やはり新作の、
四角い、黒地に梅柄の帯留めをお見せして、
 「こちらですと、裏の金具が挟むタイプなので、22ミリ幅まで挟めますし、 
丸ぐけはちょっと難しいですが、丸い紐でも挟めますよ。」と、 
説明をいたしました。 

そしたら、それを手に取って、裏返して模様を見て、
 「あらっ! これ、梅じゃない! わたし、明日は梅の着物に梅の帯なのよ!」
 とおっしゃるのです。
 「あら~、これいいわ。気に入った! これ使う! 

 これは、梅が、はみ出してるのね?」
 「はい、そこが意匠としているところです。」
 「いいわ~、梅尽くしで行くわ。いいのを見つけた!」 と、
大変ご満悦でしたので、 
お買い上げいただかなくてもいいので、
どんどん使って宣伝お願いします、と 逆にお願いをしてきました。


帰宅して、猫の世話を終えて、夕飯を食べて、 
さてと、明日はあの帯留めが社交界デビューだわね~、
あのデザインは、全部作り終えて、道具をしまった時に、
降りて来たデザインだったのよね~、 
だから、デザイン画の紙の余白に無理くり描いたデザインなんだよね~とか、 
思いつつ部屋に入った時、 
ふいに、言葉が、降って来たのです。

 「ポリマークレイの、帯留めの、第一人者になる。」 

ええええ???? 

わたしはびっくりしました。

なにそれ! 
だれよあんた! 
第一人者って、どういうことよ! 

でも、はっきりと、言葉が降りて来たのです。

ええ~。 わたし、もう、余命20年だよ? 
30代とかなら、喜び勇んでやったるぜ!ってなるかもしれないけれど、 
リウマチで指が痛いから、硬いポリマークレイを練ることも大変だし、 
第一人者って、誰が、どう決めるの? 

まったくもって、意味がわかりませんし、
もちろん、 展開も想像できません。 

ですが、わたしには、「デザインに困らない。」という、事実があります。 
デザインは無尽蔵に湧きます。 
いくらでも。どんな雰囲気の物でも。
和風でも欧風でも。 

ひねり出さなくても、自分の長い魂の歴史に刻まれた映像を、 
作品に投影することが出来るのです。 

必死にひねり出さなくても、デザインには困らない。 

うううーん。 これは、やるしかないのか? 
これが、ミッションなのか? 
そのための長い旅だったのか? 

声を、言葉でハッキリ聞いてしまったので、 
無視はできなくなりました。 

うーん。 
うーん。 
病気持ちで、余命20年だけど、出来るのか? 

でも、わたしは、幸せなことに、結婚していて、夫が居て、 
養ってもらっています。
工房と化している、独立した部屋もあります。 
ポリマークレイ歴25年という経験もあり、 
日本の伝統色・伝統文様を、自力でですが、勉強して、
知識もあり、
色合わせに関しては、絶対的な自信は、あります。 

残り20年を、費やして燃焼してもいいのかも…。 

宇宙からの指令を、無視はできません。 
そしてそれは、宇宙からであるのか、 
もしかしたら、「未来の自分から」からのメッセージであるかも、という、 
ビックリするような仮説を、今夜、知りました。 

失うものは何もないのです。 
失敗すら、無いのです。 
出来が悪かったら、でへっ!って、こっそり捨てちゃえばいい。 
(実際、納得がいかないものは、捨てています) 

やってみるかあ…。 

どんな展開がやって来るのか、
全然、ビジョンは見えてないですが、 
デザインだけは無尽蔵にあります。 
失うものはないし、
夫が居てくれるので、生きていけてる。 

じっくり、取り組んでみようかなと、
観念し始めました。 

それにしても、マヤ暦ってすごいです。 とても面白いです。 
教えてくださった先生が、「ワクワクしますよ~!」って、 
おっしゃっていた意味が、
やっと分かって来ました。 

これからも、直感や衝動、聞こえる声、 
それらをおろそかにせず、精神を研ぎすまして、
生きて行きたいと思います。 

今日も長々とお読みくださり、 ありがとうございます。                                  

                                   「ゆきのひ。」




上「南天」(三分紐用)
下「黒地に梅」(五分・平組紐用)