日曜日の、病院の救急外来で、
一人で車椅子に乗っていて、足首を骨折なさっていて、
「一人なんです。」
「一人暮らしですので。」と、凛としているあの女性。

わたしは、どうしてもどうしても気に掛かって、困っていました。

だって、おかしいじゃないですか。
たまたま、救急外来で一緒になって、お一人だったので、
ほんの少しのお手伝いをして、ほんの少しお話ししただけなのに、
なぜこんなに、心が震えるんだろう?と、
自分でもわからないのです。

わたしも、一人で暮らしてはいます。
でも、敷地内の家には夫が居て、夫の娘ちゃん二人がいます。
都内に、息子夫婦もいますし、従姉も都下にいます。
親しくしている友達もいます。
助けてもらおうと思えば、可能です。

何かしらの事情はあれども、全くの一人だとしたら?
一人じゃないとしても、一人であることを貫いていらっしゃるとしたら?

どうしよう、どうしよう、と、
わたしはぐるぐる考えていました。

短く言えば、「会いたい」のです。
でも、まさか、「会いたくて来ちゃいました。」なんて言ったら、
ドン引きされるし、怖いよね。

わたしには、他意はなく、ただ気になって仕方がなく、
何かお困りではないか、何かお役に立てないか…。
でも、正直、それ以前に、その方に惹かれたのです。

レズではないので、性的な意味ではありません。
人柄だってよくわからないのに、どうしても惹かれるのです。

そこでふと、思い出しました。

彼女が車椅子に座っていて、
わたしたちがちょっと離れたソファに座っている時、
彼女が携帯電話をバッグから出して、いじっていました。
誰かにメールでもしてたのかもしれません。

その携帯電話が、今どき???というような、
すごく分厚い、二つ折りの、ガラケーだったんですね。
すごく分厚い、ということが、キーポイントです。
相当、古い機種であるということです。
わたしの2世代前のガラケーでも、あれよりは薄かったので、
そうとう古いです。

あ…。
充電…。

わたしは、ハッとしました。

一人暮らして、脚を骨折しているので、
家に何かを取りに行くことができないです。
行ってくれる人も、いないということです。
入院した夜、看護助手さんが車椅子を押して、
売店でいっぱい色々買っていたのを見たので、とりあえず、
必要なものは買えただろうと思っていました。

ですが、あの古いガラケーを、充電できるものを、
持っているはずがないし、
売っているはずもない。
そこに気が付きました。

そして、また、わたしは、やらかしてたんです。

金曜だったか、土曜だったか、
わたしは、一番お気に入りの巾着袋が、
ベッドのスタンドに引っ掛けられたままであることを不審に思い、
中を見たんです。
そしたら、そこには、古い、携帯用の充電コードに、
新しい短いコードを繋いだものが、
一つ、ぽつんと、入っていました。

ええ?
なんでこれを、後生大事に、枕元に置いてたのよ。
わたしは自分がおかしいと思いました。
現在の携帯には、他に充電コードが2つあるんです。
なので、それはもう、無用の長物なんですね。

それで、コードを出して、巾着袋は、スーツケースの上に置いて、
コードは、他にもあるので、ちゃんと全部調べてから捨てようと思い、
とりあえず、引き出しに入れたんです。

その充電コードは、継ぎ足してあるため、
二種類の差込口に使える、特殊なものでした。

今、携帯の電池がなくなったら、
彼女は困る。
もしも、もしもだけれど、auユーザーだったら、使えるかもしれない。
それを口実にして、会いに行こう。

わたしは、勇気を振り絞って、バスに乗りました。

姑の所に行くと、夫の車がなかったのでまだ病院に居るのかと思ったのですが、
夫はいなくて、姑さんは寝ていたので、そっと離れました。
ナースステーションで、
「昨日の夕方、足首の骨折で救急で入院された、〇〇さんのお部屋は…」と
尋ねてみました。
そしたら、姑の隣の部屋でした。

わたしはカーテン越しに呼びかけて、返事を聞いてから、
顔を出して、
「昨日、救急でご一緒だったものですが…覚えていますか?」と聞くと、
彼女は「もちろんです! 親切にしていただいてありがとうございます!」と言い、
ベッドを開けて、「ここにお座りになりませんか?」と言ってくれました。
車椅子を入れてあるので、普通の椅子が置けないのです。

なのでお言葉に甘えて、ベッドに並んで座りました。
もちろん、「姑のところに来たので、寄らせていただきました。」と言って。

そして、わたしが手帳を出して、
「わたしの素性を明らかにしますね。」とペンを持ったら、
彼女が大き目のノートを差し出して、「ここに書いてください。」というので、
名前と、住所と、電話番号と、メルアドを書きました。

手術は決まりましたか?と尋ねると、金曜日だとのこと。
月曜日なのに、金曜日までこのままなのか、と気の毒になりました。
「何かお困りのことはありませんか? 買って来るものとかどうですか?」と、
お尋ねしたら、やはり「大丈夫です。」とおっしゃるのです。

それでわたしは、バッグから充電コードを出しつつ、聞きました。
「携帯の電池がなくなったら困るだろうなと思ったんですけど、
どちらの携帯ですか?」と聞きました。
すると、auだとのこと。
「わたしもauなんです。先日、たまたま、古い充電コードを見つけたので、
持って来てみたんですけど。」
そう言ってコードを見せると、「大丈夫です、そんなに使わないので。」と。

「大丈夫です。」が、大丈夫じゃないことが、とても多いんですよね。
きっと一人で気を張って生きていらっしゃるんだろうなと感じました。

「でも、充電がなくなったら不便ですものね、
携帯、見せていただいてもいいですか?」と声を掛けて、携帯を持つと、
本当に古い機種で、ずっしり重たい、分厚いガラケーでした。

充電コードを刺し込む口を見たら、幅広でした。
なので、どうかな、どうか合ってくれ!と、願いながら、
繋いである小さい差込のコードを引き抜いて、幅広のを差し込んでみると…
なんと、入ったのです!

「こっちの、白いコンセントは、お借りしても大丈夫なコンセントなので、

刺してみますね。」と説明し、コンセントに刺すと、
ガラケーのランプが、赤く灯ったのです!

使えた!

ああ、良かった、来た甲斐があった!

すると彼女はこう言いました。
「…実は、病院側から、だれか親類を呼ばないとと言われてて、
あちこちに電話して、充電、もうあと少ししかなかったんです…。
なので、コード、お借りしてもいいですか?」

やっぱりそうだった。
この人の「大丈夫です。」は
大丈夫じゃない人の、大丈夫だったんだ。

「このコードは、古くてわたしはもう使わなくて、捨てるつもりだったので、
捨てるものですから、差し上げます、使ってください。」
と言うと、彼女は感激して、
「お友達になってもらえますか?」と、言ってくれました。

そこで彼女も、ノートの紙に名前と電話番号を書いてくれました。
それを見て、「じゃあ、この番号に、ショートメールすればいいですか?」と
聞いてみました。
そしたら、お顔がぱあっと明るくなって、
「メール! メールやり取りできたら、嬉しいです!」というので、
携帯を見せていただき、わたしが彼女のメルアドを登録しました。

そして、テストでわたしからメールを送ってみて、
届いたのを確認して、
それをわたしの名前で登録してあげた、その時に、
親戚かな?と思われる男性が来たので、
わたしはそそくさと引き上げました。


やった!
やった!
行って良かった!

自分の衝動に従って、無謀に行動をしてしまいましたが、
結果的に、わたしはわたしを、とても満足させられましたし、
幸せな一日になったのです。

決して同情したわけではないし、
「宗教に勧誘しませんし、高い壺も売りません、他意はないんです。」と
わたしは説明しましたが、
本当に他意はなくて、衝動でしかないんです。

あの夜、たまたま、枕元の巾着を開けて中を確認し、
それを取り出しておいたわたし。

またシンクロを起こしたのです。


今、マヤ暦をやっているわたしは、
「運命の4日間」の真っただ中にいます。
それは、マヤ暦ダイアリーを無作為に配られた結果、
しおり紐が挟まっている、そのページの4日間は、
自分にとって最も大切な4日間で、
宇宙と繋がっていて、
指令が降りて来る、という期間なのです。

それを意識してもいました。

指令かどうかはわからないけれど、
魂の声に、従ってみよう、と、勇気を振り絞ったわけです。

正直、怖かったです。
ドン引きされるのでは?
気持ち悪いと思われるのでは?と、
葛藤しました。

でも、行って良かったです。
お友達が増えました。

今日、その方の生年月日をうかがって、マヤ暦で調べました。
そうしたら、潜在意識のほうの紋章が、わたしと同じ方でした。
初めてです。
また、音も、わたしにとって、相性のいい音の方で、
ナンバーも、わたしの隣のナンバーでした。

やはり、何かしら惹かれたのは、理由があるのですね。

わたしが手術を控えていることなどはまだ話していません。
おそらく、入院してからしか、知らせないと思います。
でも、昨日も今日も、メールのやり取りをしていて、
とても楽しいです。


心の声を聞くこと、信じてみること、
それは、意外に難しくて、意外にみんな、出来ていないんです。
わたしもそうでした。
勇気が要ります。傷つきたくないし、怖いです。
でも、今回は、本当に良かったと思っています。
嬉しい出来事になりました。


今日も長々とお読みくださり、ありがとうございます。

                                 「ゆきのひ。」
 

年末に小腸イレウスになってしまい、
1月の出展が出来なくなってしまいました。
新作をいっぱい準備していたので、残念でたまらなかったです。
1月だったら行ける、という方もいらっしゃったので、
本当に申し訳なく思いましたし、わたしも残念でした。

ですが、2月2日にはまた出展が叶うので、
もっと新作を作りました。

今日も、委託店舗さんにピアスを納品したくて、
そろそろ作業をスタートしようかな、と思っていた時に、
夫からメールが入りました。

わたしは後妻で、夫の家族とは、別棟に住んでいます。
夫はもちろん鍵を勝手に開けて、いつでも自分の好きな時に、
いきなり入って来ます。
それ以外に、母屋の玄関には、わたしの部屋の鍵がかかっていて、
娘ちゃんたちも、入ることができます。

で、メールは、「またお母さんが転んだ。」という内容でした。

実は、昨日の時点で、お姑さんは転倒していて、
足が痛くて、引きずりながらどうにかトイレに行っている、
といった状況でした。
お姑さんは92歳で、認知症です。
夫は嘱託ですが、まだ働いているので、
デイサービスやショートステイ、ヘルパーさんを駆使して、
夫が管理をし、夫が朝と夜の世話をして、
何とか自宅で介護している状況です。

お姑さんとは、わたしは数カ月一緒に暮らしただけなので、
もう、わたしが誰だか、わからなくなっています。
世話を一緒にやってくれている長女のことはわかるけれども、
何も手を出していない次女ちゃんのことは、ちょっとわからないようです。
わたしが一度、夕飯のお世話をしたら、
お姑さんは、怖くなってしまわれたようで、
わたしが帰ってから、家じゅうの鍵をめちゃくちゃにいじってしまったので、
今は、お世話には加わっておらず、
衣類を選んで通販で買ったり、
呼ばれたら行って、夫の愚痴を聞いたりという、後方支援しかしていません。

今日、二度目、お姑さんが倒れて、痛くて動けない、と言っていて、
夫は、リビングの椅子に座らせて、途方に暮れています。
長女が今日は留守で、次女ちゃんが不安げに立っていました。

「そもそも、立てるの? それによるよね。」とわたしが言ったら、
夫は前からお姑さんを抱えるようにして、立ち上がらせようとしましたが、
「痛い、無理。」とおっしゃるので、
立てない人を、自宅で介護はできないし、その痛み方だと、
また二年前みたいに骨折している可能性が高いので、
「救急車だね。で、骨折した時のあの病院に行くしかないね。」と
わたしが決めました。

夫が救急に電話して、「向かいます。」と返事をもらったので、
わたしは部屋に戻って、着替えをし、猫の餌を用意しました。
それでまた、母屋に取って返して、
次女ちゃんに、宵の口に、猫に餌をやってもらえる?とお願いをしました。
救急車に同乗するのは、次女ちゃんではなくわたしです。

お姑さんはわたしをもうわからないので、不審な顔をしていますが、
わたしが行くのは、お姑さんのためではなく、
夫の気持ちに寄り添うためなのです。

夫は末っ子ですし、孤独にすっごく弱い人です。
頭はいいのですが、精神年齢は、5歳児程度といったところでしょうか。
なので、一人で何もかも背負うとなると、
駄目になってしまうんですね。
非常に、一人であることに弱い人なのです。
だからわたしと再婚したがったわけです。
死ぬときに、看取ってもらいたいそうで。

わたしは、夫とは真逆で、孤独に非常に強いです。
というか、そうせざるを得ない育ち方でした。
一人で過ごすことが好きで、寂しいと言う感覚もないし、
むしろ、人とずっと居ることの方が苦痛なのです。
なので、同居が無理なんですね。疲弊してしまって。

救急隊の人がお姑さんを救急車に乗せて、
夫とわたしが同乗して、発車しました。
10分ほどの近い病院です。
二年前に、お姑さんはやはり転倒して、大腿骨を骨折していますが、
その時も日曜日で、
夫が、抱きかかえて近所のクリニックに何とか行く、というのを、
日曜日にそんな小さいクリニックに行ったって、看護師さんもいないし、
レントゲン技師さんもいなくて、
結局そこから救急搬送されて大きな病院に行かされるんだから、
もう、救急車呼んで、〇〇病院に行こう!と決めて、
わたしが119に電話をしたのです。

その時は手術をして、大腿骨にチタンの棒が入っています。
今回も同じく左足の付け根が痛くて立てないとのこと。
そのチタンの棒があるために、逆に他に負荷がかかったのでは?と、
わたしは思っていました。

救急車で、その病院の救急外来に行くと、
先に、小さい女の子を二人連れた若いパパと、
どうやら脳梗塞を発症したらしい、60代か70代の男性と奥さん、
それと、一人で車いすに座っている、
わたしと同じくらいの女性がいました。

お姑さんはストレッチャーに移されて、救急外来に入って行き、
わたしたちは外の待合室で待機。

脳梗塞っぽい男性が先に呼ばれ、
そのあと、車いすの女性が呼ばれましたが、
彼女は一人で、車いすを押してくれる家族がいないことに気が付きました。

それでわたしが立って行って、車いすを押して診察室まで連れて行きました。
たったそれくらいのことなのに、
すごく感謝されてしまいました。

出ていらして、こちらはまだ呼ばれず、
看護師さんがその女性に、「どなたか、ご家族か、連絡できる方は…?」と
尋ねていました。
すると、「いないんです。わたし、一人暮らしで…。」
と答えていました。

わたしはそこに、どうしても引っ掛かるものを感じました。

一人暮らしでも、別に暮らしている子供や、
自分の兄弟はいないのだろうか。
親しくしてて、手伝ってくれるお友達はいないのだろうか。

そのことは伏せて、話しかけてみると、
出掛けていて、駅の階段、数段を踏み外して転んで、
タクシーに乗って、この病院に来たとのこと。
タクシーの運転手さんが、救急外来に連れて来てくれたそうでした。

左の足首が骨折しているそうです。
それはさぞ痛いでしょう、と言ったら、とても痛いんです、と。
まさか自分が怪我をするだなんて、とおっしゃっていたので、
そうなんですよね、誰もが、自分が怪我をするだなんて考えてないですものね、と
少し話しました。

何かお手伝いできることはありませんか?と聞いたら、
いいですとのこと。

そこで、わたしたちが呼ばれ、お姑さんの状態がわかりました。
CTを撮った結果、恥骨の左の方が骨折しているとのことでした。
転倒して恥骨骨折はなかなかないと思うので、
足に頑丈なチタンの棒が入っているのも、良し悪しなんだなあと思いました。

ただ、手術の必要はなく、痛くて歩けないうちは静養し、
治癒して来たら歩いて構わない、
ダイレクトに退院して自宅が難しければ、
リハビリ専門の病院に転院でもいい、というお話しでした。

とりあえず、今日はこのまま入院です。
明日から、どうしたらいいのかと、夕べ夫は頭を抱えていたので、
入院させてもらえたことで、一回クリアになるので、
それは、安堵した、と言っていました。

それからまた採血やら採尿やらあるので、わたしたちは外に出されましたが、

しわしわのお婆さんなので、採血がどうにもできないらしく、
いる限りの看護師さんが入れ替わりたち替わりトライするのですが、
駄目なようで、「いったん休憩!」という声が聞こえました。

夫が席を外した時に、その車椅子の女性が、
足首をグルグルに固定されて、まだ待合に放置されていたので、
また声をかけて、
「何かやれることはありませんか? お飲み物とか、買ってきましょうか?」
と言ってみたら、いえ、大丈夫です、とは言ったものの、
「じゃあ、何か、飲み物をお願いしてもいいですか?」と言われたので、
お金を預かって、わたしはお茶を買って来て渡しました。

「一人暮らしである」ことと、「一人きりである」というのは、
違うと思うんです。
きっと色んな事情がおありなんだと思うんですが、
わたしも、もし、夫がいなかったら、「一人暮らしですので。」と言って、
一人で救急車を呼ぶでしょう。
夫の娘ちゃんを、利用することはしないと思うし、
息子夫婦をすぐに呼ぶこともしないと思うんです。

どうしても、どうしても、あの方のことが気になって仕方がありません。
綺麗で、品が良くて、とても感じのいい方でした。

何かできないものでしょうか。

それより、自分の体調の管理や、
夫の気持ちのケアをすべきとはわかっていますが、
かたくなに、「一人なんです。」と言い続けたあの人が、
わたしは気になって仕方がありません。

帰り際、エレベーターの前で出会ったら、看護助手さんが車椅子を押して、
一杯の買い物をしていらしたので、
ちょっと安心しましたが、それでも、なぜこんなに気になるのかがわかりません。

凛として、
「一人なので。」と微笑みながらおっしゃる姿に、惹かれたのです。

わたしは、どうすればいいのでしょうか。
心が震えるのです。


帰宅して、お粥を作って、夕べ煮ておいた煮物と梅干しで夕飯にしました。
わたしはわたしで、体調を管理しなくてはなりません。

この、心が震える現象の、意味がわからないのです。
どういうことなんでしょうか。


お読みくださり、ありがとうございました。

                                  「ゆきのひ。」


 

毎日、自分が食べるお粥を作っています。
友人が、簡単な作り方を教えてくれたので、
それに沿って、いえ、それよりも手抜きで、
作っています。
本当はしばらくお米を浸しておくと美味しいよ、と教わったのですが、
やってみた結果、
わたしには、それだと柔らかくなりすぎて、
研いですぐに炊くのが、一番口に合うことがわかりました。

一回に、二食分出来ます。
一日三回食べるので、毎日お粥を炊きます。

そんな自分が信じられません。

わたしは、柔らかいご飯が、大嫌いなのです。

でも、それがはっきり「過去形」になりました。

中途半端に柔らかく炊いた普通のご飯は多分、嫌いですが、
柔らかい、お粥や雑炊が嫌いで、
鍋の〆めに雑炊、というのも、嫌でした。
自分が炊くときは、水の量を少なめにして、硬いご飯を炊いていました。

わたしは、病気の時に母にお粥を作ってもらった経験はありません。
多分、小学生のころは、必要があれば、自分で「おじや」を作っていました。
母は、わたしが病気になると怒るので、
わたしはなるべくばれないようにしていたのです。

でも、インフルエンザのような高熱が出た時は、
動けないので、仕方なく、寝ています。
でも、そんな私のためにの料理は何もなく、
ただ、寝ているだけで、
病院にも一人で行けと言われて、
それはさすがに無理だよ…とうなだれたこともあります。

病気=悪いこと、なので、怒られるのです。
母は、厄介なことが起きるのを極端に嫌い、
わたしの体調なんてどうでもよく、
心配するどころか、怒鳴り散らす人でした。
父も、自己管理がなってない!と厳しかったです。

なので、こっそり寝ているしかなく、当然、お粥なんて与えられません。

20年前くらいでしょうか、中国粥のブームが一時的に起きて、
改装した上野の駅にも、中国粥の専門店がありましたが、
「お粥にお金を払うなんて。」とわたしは思っていました。


胆石が胆管に詰まり、その間に肝臓の数値がヤバいことになっていて、
車椅子に乗せられ、緊急入院したとき、
丸々、五日間の絶食をしました。
4人部屋だったので、他の3人は食事をしているのです。
その辛さ。
気晴らしにテレビを見ようとしても、
テレビには、これほどまで、食べ物の情報があふれているのか!と
ビックリするくらいで、
辛くて見られませんでした。
食欲は、いつか麻痺するかと思っていたのですが、
来る日も来る日もただただ空腹で、
わたしは、戦争で南方に送られ、
戦ってではなく、餓死してしまった兵隊さんのことを、ずっと考えていました。

戦争は絶対にダメです。

愚かなことです。絶対にしてはいけない。
ですが、もし、兵隊として送られて、
敵と刺し違えて亡くなったのならまだしも、
南方に送られて亡くなった兵隊さんのうち、
実に三分の二が、食料がないことでの「餓死」だった事実を、
みんな知らないのです。

アメリカには豊富な資源と、確実な後方支援があり、
食料はきちんと、補充されていました。
そんな相手に、精神論だけで勝てるわけがない。
愚かなことです。
死んでしまった同胞の靴を脱がせて自分が履き、
前へ進めども、食料はなく、支援部隊も来ず、
ジャングルでは疫病も多く、
闘ってではなく、病気や餓死で無駄に失われた命。

わたしはずっと、そんなことを考えていて、ちょっとオカシクなりました。

五日間が過ぎて、初めての食事が出て、
お粥を食べた時、
その甘さに、わたしは泣きました。


今、毎食お粥で、満足しています。
自分で、鍋で、一回一回作ることにも、意義を見出しています。
夫は「炊飯器でやれば勝手に作ってくれるじゃないか。」と言いましたが、
そういうことじゃない。

わたしには、「お粥を炊く」という、
この作業が、今、必要なんです。

コトコトと鳴る鍋の横で、野菜を小さく切って煮物を作ったり、
豆腐を煮てみたり、
毎日、一時間ほど、キッチンに立っています。
それが、今のわたしに、「必要なこと」として、
与えられたのです。

病気を作り出したのは、自分だった。
そう、気が付いた時、宇宙は助けてくれました。
手術しなくて済むよう、最短で帰れるように仕向けてくれました。

そして、お粥を炊く作業を、わたしはとても楽しんでいます。

嫌いだったはずのお粥。
それを作ることが、面白い。
毎日、ちょっとしたコンデションで、出来上がりが変わります。
音と、混ぜた時の重たさで、出来上がりを見極める。
それを、炊飯器なんかに任せるなんて、もったいない!

わたしは起きるのがお昼ごろなので、
お昼には、お粥とおかずを食べます。
宵の口にもそうです。おかずが増えたり変わったりします。
夜中には、梅干しでお粥だけを食べます。
とっても美味しいです。
飽きません。
とても不思議でなりません。

わたしは今、不要なものを削ぎ落されているのです。

元がとても太っているので、見た目わかりにくいですが、

11月に咳が始まって食べられなくなってから、
今までで、6キロ、体重が減りました。
これは、母との確執で、大過食をして、半年で増えてしまった量にあたります。
それを落とせました。
 

まだかなり余分なので、もう6キロは落としたいところです。

絶対に変わる。
わたしは変わる。
 

なぜなら、ちゃんと、「気が付いた」からです。
だからきっと救われる!
そう信じて、まだ当分は、お粥生活です。
それを楽しめる自分が、好きになりました。

読んで下さり、ありがとうございます。

                                    「ゆきのひ。」
 

「元日や 粥を炊く腕 内出血」

こんばんは。
年末、27日に、激しい腹痛で緊急入院しました。
夜中に痛みだしたのですが、
翌日の夫の予定を知っていたわたしは、
朝までは夫を寝かせてやらないと、そして支度をさせてあげないと、と思い、
痛みをこらえて、ベッドでうんうん、唸っていました。

朝6時半になり、夫の支度ももう済んだだろうと判断し、
スマホに電話するも、まだバタバタしているらしく、
夫は出ません。
メールも入れておいたのですが、読んでもいないようです。

あ、ちなみに夫とは、敷地内別居で、わたしは猫と暮らしています。

夫がスマホに出てくれないので、
最後の手段で、家電にかけました。
でも、これも確率は低いのです。
認知症のお姑さんが電話に出ないよう、
生活のフロアである2階では、音が鳴らないようにしてあるのです。
なので、夫が子機を持っているか、
自分の書斎に居る時でないと、出てもらえません。

幸い、ちょうど支度が終わって降りて来たところだったようで、
早朝の家電は、何かあったとしか思えないでしょうから、
出てくれました。

夫はすぐに母屋を飛び出して来てくれました。
うんうん唸りながらうずくまっているわたし。

朝になってお腹が空いたと鳴く猫。
わたしは、次の入院に備えて、
書いておいた猫の世話の仕方を描いた書類を、テーブルに置き、
夫が病院に電話している間に、
いつもある入院カバンを見て、要らないものを引っ張り出そうとしていました。

そしたら、夫に、そんなものはあとで持って行くから、
保険証と診察券だけ持って車に乗れ、と。

痛みは陣痛のようで、波があるので、
傷まない隙をねらって階段を降り、車に乗り込み、病院に運ばれました。

うんうん唸って痛がっているのに、寝かせてももらえず、
パイプ椅子に座って、その隣で書類を書かされる夫。
途切れ途切れに指示を出して、記入してもらい、
自分もはあはあしながら、本人欄にサインをしました。

何が起こったのか、全くわかりませんでした。
痛いのは胃だと思って、太田胃散を飲んだのです。
でも、看護師さんが、お腹を押して、わたしがギャッ!と叫んだ箇所は、
小腸か、もしくは盲腸だとのこと。

やばいやばい、盲腸だったら、手術決定じゃん!
今はまずいよ!

記憶も飛び飛びで時系列がわからないのですが、
やっと医者が出勤してきて、レントゲンとCTを撮りに行き、
また座って待ってろというので、
せめて横にならせてくれ!と懇願しました。

一睡もしてないので、痛みの隙間に睡魔が来ます。

唸ったり眠ったりしながらERのベッドにいました。
夫が写真を見せられて、医者から説明を聞いたようです。

小腸がねじれて絡まって、狭窄を起こしていると聞きました。
なんで?
なんでそんなことに?

看護師に、生ものを食べてないか、痛くなる前に食べたチョココロネは、
古くなかったか聞かれましたが、
その日は買って来たお惣菜を食べたし、
チョココロネは買ったばかりのものでした。

なんで?
なんで?

医学的な根拠は、あります。
「腹部の手術をしたことがある人」
「臓器を摘出して少なくなった人」に、よく起きる症例だそうです。
スペースが広くなって、腸が暴れやすいのでしょうか。
確かに、胆のうを摘出したとき、
執刀医が、臓器が腹膜と癒着していたのを発見してくれて、
ついでだからと、はがしておいてくれたのです。

わたしの正式な病名は、
「小腸癒着性イレウス」でした。

悪くすれば、腸の絡んで詰まっている箇所が、壊死を起こしたり、
ちぎれたり、破裂したりすると、命に関わるとも聞きました。
その日は12月27日。
手術室は、28日までしか使えないというのです。
28日のあと、清掃と殺菌に入り、器具は棚卸しに入る。
なので、もし手術室が空いても、器具がない。
なので、そういう事態に陥ったら、
年中手術を行っている病院に救急搬送して、
手術をしないと危ない、と聞かされました。

完全絶食で、腸に何も行かないようにし、
点滴をガンガン入れて、腸がほどけてくれるのを、期待するしかないとのこと。
水すら飲めないという、苦しい時間が始まりました。

やばいやばい。
でも、一睡もしていなかったので、
わたしは痛みが治まると気を失うように寝てしまいます。
医者の問診中にも寝落ちしました。

そうして、ただ安静にして、点滴をものすごいスピードで大量に入れて、
そう、もう、それしかないんです。
ほどけてくれ! 頼む!
「腸頼み」でしかないのです。

幸い、痛みが徐々に軽くなってきました。
押されれば痛いですが、大人しく寝ていれば痛みがないようになってきました。
ERなので、一時間おきに看護師が点滴を見に来て、
わたしが起きているのを見ると、「ガス出ました?」と聞きます。
そうか、腸が繋がったことを証明するのが、ガスなんだ?

すごい量の点滴を入れているので、
(看護師さんも、え?これを4時間で入れるの?とビックリしていました。)
トイレは近く、
点滴さんを引きずって、というより、
点滴の架台につかまりながらトイレに行っては力んでみますが、
なかなか出ない。

日付が変わり、明け方になり、4時半にトイレに行ったとき、
小さいのが、プスっと出ました!

あっ! 
今の、「出た」でいいよね?

その後も、朝もう一回出たので、
9時ごろに回って来た回診の医師に伝えて、
お水の許可ももらいました。
お水が飲めないのが本当に辛かったので、嬉しかったです。

絶食は、もういっぱい経験しているので、さほど辛くありません。
28日の午後に、個室に移れました。


個室に入って、やっと一人になれて、
わたしはわたしと向き合いました。

何故、このようなことが起こったのか。
必ず何か、あるはずなのです。

過度のストレスによってなった、精神疾患とはまた違って、
何か自分に、原因なり、理由が、あるはずだと思いました。

それがわかったのは、
「通し検査」と言うのをやって、薬を飲み、ライブ映像で腸の動きを見た医師が、
「大腸までちゃんと到達したので、夕飯を出します。」と言って、
届いた夕飯を食べたときだったのです。

来る食事が、「低残瑳食(ていざんさしょく)」であることはわかりました。
徹底的に、食物繊維を排除した料理です。

わたしの母が、大腸がんで、横腸を40センチも切っているのですが、
そのあと、特に食事指導がなかったらしく、
繊維質の物がいいに違いないと思い込んで、
キノコソテーを山盛り食べた日に、腸が詰まり、緊急入院しています。
その後も、何度も何度も詰まらせた結果、
「低残瑳食」しか食べてはいけないということになっています。

母は病的で、皮つきゴマがいけないとわかると、
たった一粒でも絶対に食べないし、
異常なくらい、そう、病気じゃなく、病的に、
食べないのです。

腸の病気の痛みは、出産を抜いて第一位です。
わたしは幸い、問診で「出産を10とするなら、今、7です。」でしたが、
母は、出産を上回る痛みを何度も経験し、
恐怖におびえて暮らしています。
そんなちょっとの量で詰まらないでしょ、と思うような量でも、
絶対に食べません。

だから、どういう食事が来るのかは想像が出来ました。

ですが、出た来た食事は、流動食でもなく、
「低残瑳・超軟菜」の指示はありましたが、
全粥の半分量、鶏肉をほろほろに煮たもの、
湯豆腐、そして、クタクタのマロニーちゃんの酢の物でした。

それを食べた時、体中の細胞が、歓喜したのを感じました。

やはり、原因は、自分にあったのです。

こういう、ちゃんと手をかけた食事を、
わたしはもう何カ月も、とっていませんでした。
忙しさにかまけて、買って来たお惣菜を温めもせずに食べ、
野菜はジュースで、
一切煮炊きをしていなかったので、
月々のガス代が、たった1700円だったのです。

自分が、自分を大事にしていませんでした。

食べることが生きることであり、
喜びでもあり、体のために最も大切なことなのに。

このところ、検査が多くて、絶食も多く、
そのあと大量に炭水化物のみ摂取したり、
温かいものを食べてなかったり、
毎日パンだったり。

お粥を食べた時、その甘さに、わたしは涙しました。

お豆腐も、ただ、湯豆腐にして、おかかをかけて、お醤油を少しかけるだけで、
こんなにおいしいんだ?
マロニーちゃん、こんなクタクタでも、酢の物にすると、美味しいんだ?

食をおろそかにした、自分が、作り出した病気だったのです。
そしてこれは、あきらかに、「警告」。

もちろん、条件的に、
わたしは卵巣と胆のうを摘出しているので、
腸の捻転が起こりやすいのは確かです。
でももし、ちゃんと自炊して、
自分で炊いたご飯を、自分で作った煮物を食べていたら、
こんなことにはならなかったように思うんです。

あの夜、夕飯に食べたものを思い出しました。
大好きな、牛蒡・蓮根・こんにゃくの、ごろごろきんぴら、だったのです。

主治医に話したら、「最悪な組み合わせを食べましたね。」と言われました。

年末年始の、人手がない時期に、患者を置いておきたくない病院の方針で、
わたしは急きょ、30日に退院させられました。
「次の外来までは、あなたは「患者」なのだから、自宅でもお粥ね。
お粥の他に食べていいのは、豆腐と卵。
野菜は細かく刻んでクタクタに煮て。
パンは駄目。お餅? 絶対にダメ!」とのこと。

退院してきて、運動がてら歩いてスーパーに行きましたが、
年末の、ご馳走が並ぶスーパーで、
わたしは大根と白菜と、豆腐とささみと鱈を買いました。

大好きなイカもタコも食べられない。
今後、母ほどではないにしても、わたしも「低残瑳食」が必要になるでしょう。

最初はレトルトのお粥や雑炊を食べましたが、
病院で食べた、あのお米の甘さのある、ねっとりとしたお粥が食べたい。

友人が、簡単に生米から作れるお粥を教えてくれたので、
生まれて初めて、自分でお粥を作ってみました。

そしたら、まあ、なんと甘くておいしいこと!
おかずが要りません。
まあ、白菜をクタクタに煮て、豆腐と鱈を入れて、
ポン酢で食べましたが。
それすらも、信じられないくらいに、美味しかったです。

柔らかいご飯が大嫌いで、
母にもお粥を作ってもらった経験がなく、
絶食のあとのお粥の甘さに泣き、
今回は、自分で作ってみて、
お米の持つ、「使命」に、驚きました。

お米は、お粥になって人を癒し、
おむすびとなって、人を繋ぐ力をもっているのです。

そんな神聖な食べ物が、世界のどこにあるでしょうか。

日本人が、世界の規範であるべきなのは、お米の力を借りているからです。
お米の国の人だから、
大災害の時に、暴動が起きないのです。
お粥の甘さに泣き、おむすびに人の手を感じることが出来れば、
きちんと整列して順番を待つ、そういう人間でいられます。
それこそが、日本人が世界に見せるべき、模範の姿なのです。


一行目に詠んだ俳句は、
元日の夕方、初めてお粥を作っている自分の内肘に、
採血でぐりぐりされた、内出血の痕を見つけたことを書いたものです。

お粥は、40分もあれば作れます。
全然難しくもないし、煩わしくもありません。
煮ているそばで、次の料理を作りながら、
かき回して作れます。

甘い甘い、ねっとりとした幸せなお粥の出来上がり。

食べることが、生きること。
それをおろそかにしたわたしにやって来た「警告」。

この病気を、わたしは大切にします。
大好きなものが、もう食べられないかもしれない。

大好きなイカ、霜降りのステーキ、マグロの中トロ。
天ぷら、きんぴら、きのこ、こんにゃくゼリー、
全部駄目になるかもしれません。

でも、それでもいいです。
そんなことは、大したことじゃない。
貧しかったことしかなかったから、もともとそんなに食べてなかったし、
夜中に、自分のお粥を煮ている、その自分が、好きになりました。

お米の国の人として、
わたしはまだしばらく、生きてみようかなと思います。

                                     「ゆきのひ。」

長々とお読みくださり、ありがとうございました。

告知以外で記事を書いていなくて、
すみませんです。

まだちょっとお話しできないんですが、
今、病院で色々検査をしておりまして、
今日は、検査3つというハードな日。

2つだったところに、もう1個入れられたので、脳内ワシャワシャ。

で、病院に行く前に、美容院に行く予定を入れてあったのに、
すっ飛ばしてて、新作の仕上げとか撮影をしてて、
美容院からの電話で気が付きました。

でももう、病院に向かって出発しないといけない時間だったので、
予約を入れ直して、病院に出掛けました。

わたし、今年の10月から、マヤ暦デビューしたんです。
なので、すごい初心者。
教えて下さった講師の先生は、「マヤ暦楽しいよ、ワクワクするよ!」って、
おっしゃっていましたが、
あの時のわたしは、まだ何が何だかわからず、

言われたことをダイアリーに記入するので精一杯。
ワクワクの意味すらわかりませんでした。

それどころか、今この時期に、
なんで急に、マヤ暦のダイアリーを使い始めようと考え付いたのか、
それすらもう、思い出せないのです。

どなたかのブログから、その講師の方のブログに飛んで、
しばらくフォローして読んでいまして、
ダイアリー講座があるという告知があり、
ちょうど場所も近いし、土地勘のある地域で、
安いし(これも重要)、あ、この日なら空いてるな、行ってみようかな、って、
本当に軽い気持ちで、申し込んでみたんです。

だから、いきなり高いテンションで、
「ワクワクしますからね~!」とか言われても、ついて行けなかったんです。

かといって、始めると決めたからには、
クソ真面目なわたしは、やります。
この年は10月26日が新年のスタートでした。

そして、毎日、あったことを記入して、
明日からの暦はどうかな?って見て、
「絶対拡張」だったりしたら、「告知」を頑張ってみたり、
「極性」だったら、制作を頑張ってみたり、
そして、「この4日間に会う人が重要。」と言う日には、
どうしても会いたかった人に、無理を言って会ってもらい、
変態系の女子トーク炸裂!
楽しかった~!

マヤ暦、マジ楽しい~!

そして、日付が変わったので昨日ですが、
超大切な1日だったんです。
わたしの紋章である「赤い地球」の1日で、
学びもあり、力も発揮し、人生案内もあり、何かを広めるには絶対にいい日!
だったのですが…。

もう、大学病院の検査が、クソで!

CTの時に、血管に造影剤を入れるための点滴の針を刺されたんですが、

まさかの、一番太い血管に、刺しやがった!
この血管は、太いから外から見えていて、
刺す方は楽かもしれないが、厚みがあるので、刺される方はメタクソ痛いんじゃ。
採血で、ここから採る看護師なんて素人だよ。

しかも、このあと、MRIもあるから、その針をそのまま入れて待ってろと言われて、
ブチ切れました!
「あのね、普通、この血管に刺す人いないわよ! 曲げることも伸ばすことも出来ないくらい痛い! この状態であと数時間待てというの?」
「あ~、ちょうど曲がる肘のところですから、痛いのはしょうがないですよ。」
「じゃなくて、この血管に刺すのがオカシイって言ってんの!
痛くてこのままじゃ、身動き取れない!」
「え~、じゃあ、抜きます~? MRIのときに、また刺すことになりますよ?」
「ええ抜いて! 痛すぎて動けない!」

わたし、そんなにしょっちゅう、ブチ切れないですよ。
でも、ここの病院は本当に酷いのです。

それで針を抜かれて、そのままの検査着で、待つこと1時間。
やっとMRIに呼ばれました。

今度は仕方がないので、右腕から採ってもらうことに。
幸い、太い血管ではなく、脇の血管を探ってくれてる。
あ~よかった、と思ったのもつかの間、
グーをしているのだけれども、わたしが、一本立てていた、
人差し指を、
何も言わず何も聞かず、グイっと、押し曲げやがった!
「痛いっ!!」
「は? 痛いんですか?」
「リウマチなんですよ。じゃなきゃ、全部曲げますよ!」
意味もなく、一本だけ指を立ててると思ったのだろうか?
〇ック・ユーじゃあるまいし!
「握れますか?」とか、「曲げていいですか?」って、なぜ尋ねない!

もうムカついてムカついて、

ああ、こんな大切な日なのに、こんなで終わっちゃうの?

検査で、何も食べずに行っていたので、某ラーメン店にて、
ラーメンと半チャーハンのセットを注文。
すると、頼んでもいないのに、麺はバリ固で、
チャーハンにいたっては、ジャーに放置しちゃって3日目のご飯で作りました?
みたいに、カピカピで、食べれやしねえ!

ああ、もう、いつものパスタ屋さんにすれば良かったよ…。

帰って来て、猫の世話をして、シャワーして、
昨日24時間の心電図ホルターを貼っていたから、胸が痒くて、
がしがし洗って、着替えて、
ガレージの猫に会いに行きました。

2時間、脚に乗せて、一緒に過ごしました。
まだ一緒に居たい、という顔をしていたけれど、

明日、パパ休みだから、パパに朝、甘えなね、と帰って来ました。

そして、大切な1日なんだから、せめて告知をと、
フェイスブックで、新作を紹介し、出展の案内をしました。

すると、いつも、わたしの記事をシェアしてくれる方が居て、
その方には、まだ告知に出さない新作の写真を、
特別に早く、メッセージに付けて送ったんですね。
そしたら色々話が弾みまして、
今度、1月の出展を見に来てくださるそうなんです。
それで、お名前が、外国語名だったので、
「実際お会いした時、なんとお呼びすればいいでしょう?」とお尋ねしたら、
FBでのお名前は芸名で、実はこういう名前です、っておっしゃったのが、
わたしが、夕方、猫を脚に乗せて、考えていたお名前だったんです!

その名前については、生まれたのが娘だったら、
そういう名前も可愛かったな~と、考えていたお名前で、
しかもお聞きしたら、由来も、わたしが考えたのと同じだったみたいで、
はい、来ましたね! 
シンクロ!
と、一人鳥肌。

その方が、作品を褒めてくださって、今夜わたしにヒントを与えて下さり、
多分明日以降、デザインをきっと考えるだろうと思うんです。

それが23時台だったので、
1日の最後に、マヤ暦にあった「ガイド」が、やって来たのです。

ああ、この方とお友達になれていて良かった。
わたしが、「実はマヤ暦を始めた初心者でして、今日はすごく大切な1日のはずなのに、嫌なことばっかりでした。でも最後にいいことが起きて嬉しいです」と書いたら、
なんと、その人は、
マヤ暦に沿って生きているわけではないけれど、

ご自分の紋章と、音をちゃんとご存じだったのです。

すごい!
わたし、フェイスブックでは、マヤ暦のことは発信していません。
もちろん、彼女にも今夜初めて話しました。
そしたらマヤ暦をご存知で、わたしにとっては「類似」にあたる、
楽しくて楽な相手だということがわかりました。
KINを調べて教えていただいた時、おお。もしかして!と慌てて調べました。
わたしの「鏡の向こうの相手」の数字によく似ていたのです。
残念ながら、1日違いで、「鏡の向こうの相手」ではありませんでしたが、
お逢いするのが、より楽しみになりました。

わたしの紋章は、顕在意識が「赤い地球」で、
シンクロを生み出しやすい性格です。
夕方、ぼんやり考えていたお名前の方と実際にお話し出来ていたのです。
潜在意識の紋章は、「青い手」で、
これは文字通り、「手」で何かを作って、
それで人を癒せる人間、ということだそうです。
嬉しいですね。

人との出会いは、とても重要です。
わたしは、失敗が多かったので、今はとても大切に考えています。
でも、大切に考えすぎてしまい、
相手はそれほどわたしを大事に思ってなかった、ってこともあり、
ステージが変わってしまうことも、まだよくあります。
寂しいですね。

ですが、彼女のおかげで、いい1日になった、と締めくくれます。
本当にありがたいことです。

いつも皆さんに応援していただき、ありがとうございます。
1月は元気に出展いたします。
その後のことはまた、追ってお知らせいたしますね!

1月の新作は、「ちびちびブローチ」モリモリです。
22ミリ・3.3~3.6グラムの小さいブローチを、一杯作りました。
コートの衿につけるのが、いまうちのお客様の間では流行しています。
冬場はアクセサリーが目立ちにくくなるので、
小さいブローチが、衿や胸元や、帽子なんかに付いていたら、
すごく可愛いと思うんです。
軽いので、お洋服もたわみませんし、並べて着けても可愛いです。
このあと写真を掲載しますね。

病院は年内は終了。年末年始がぽっかり空いたので、
モリモリ作ることにいたします。
お楽しみに~。

                                   「ゆきのひ。」


















まだまだ作ります!






 

ずいぶんご無沙汰してしまい、すみませんです。
11月の出展後、ちょっと無理をしたので、
体調を崩しておりました。
今は病院にちゃんと行って治療しているので、もちろん、出展します!

10月に、委託店舗さんが決まり、納品に行く中、
猫さんが病気になり、入院させて、毎日毎日面会に行き、
新作も作り、と、ちょっと無理をした体で出展になっちゃったんですね。

なのに、夫の要求を飲んで、
食事(夫の大酒飲み&愚痴大会)に二度も付きあったので、
エネルギーを吸われ、体調を崩してしまったんです。
夫はパワーの強い人なので、振り回されると大変なことになってしまいます。
「NO!」が言えるようにならないと、ですね~。

さて、12月の出展は、ガラっと変わって、テーブルの半分はクリスマスです。
ドアにかけるのにちょうどいいクリスマスリースから、
ペンダント、ストラップまで、あらゆるものが勢ぞろいします。
いつもの「えどいろ」とは全く違うラインナップですので、
ぜひ見に来てください。

会場は、横浜・関内駅直結の、マリナード地下街です。
エリクシオールカフェの前の、「マリナード広場」が会場となっています。
25組の作家さんと5つの体験会、
そして12月は本格的ジャズも演奏されます。
地下街なので、雨でも平気! 風も吹きません。
ただ、暖房設備はないので、コートを着たままどうぞ。

11月は金具が欠品していて、大人気のソーダドロップスを、

ちょっとしか追加できませんでした。
今月もまだ、金具の入荷はないので、自分で作り、
ただいま、もりもりドロップスを作っております。

ピアスやイヤリングに、ストラップに、イヤホンジャックのフックに、
ボールチェーンなどもご用意していますので、
その場で何にでもお作りいたします。
色は、水色・空色・ピンク・黄緑・オレンジ・雪色、の6色。
組み合わせたり、左右別の色でピアスにしたり、
色んな楽しみ方ができるので、一番人気。
一粒400円というお値段も、お手頃です。


他にも小さいものたちをいっぱい作りました。
このあと写真を掲載しますので、ぜひご覧くださいね! 
ネットショップに掲載しないものもありますので、
あ、これ、欲しい!と思ったら、コメントを下さい。
お取り置きをいたします。

それでは12月1日(土)
関内駅チカアート市、11時~17時という短い時間の開催ですので、
ぜひお越しください。
お待ち申し上げております。

「えどいろ」

まずは「お供え餅」から。

 

 
























お待ちいたしております。

                                  「ゆきのひ。」









 

みなさん、こんばんは!
毎日いろんなシンクロを起こしては、おおすごい!と暮らしているのに、
全然書けてなくてごめんなさい。

わたし、「マヤ暦」をスタートしたんですね。
マヤ暦は、今年10月26日が、新年の一日目にあたります。
その日に、マヤ暦の260日間の、目標とか希望をダイアリーに記入して、
毎日、今日はこういう日か~と思いながら暮らすのです。

わたし自身のマヤ暦は、顕在意識が「赤い地球」で、

シンクロを引き寄せやすいのだそうです。
身の回りに不思議なことがよく起きるので、このブログを立ち上げたのですが、
それは自分が、招くタイプの人間だった、ってことですよね。

そして潜在意識が「青い手」なんです。
「手」を使って何かを作り出し、それで人を癒せるそうです。

まさに、わたしは今、「手」で、物づくりをしています。
型を使わず、全部指先で作っています。
それが意義があることだと思っていたからです。
もちろんマヤ暦のことは知りませんでした。
指で作り出しているのが、正解である、と言われたわけです。

そしてわたしのネットショップの名前、
みなさん、ご存知ですか?

「碧の部屋」
あおのへや、というんです。

この場合の碧には、空や水のブルー以外にも、草木の緑も含んでいますが、
ちゃんと「あお」を入れてたってことが、すごいな~って、自分で思いました。

一人一人にナンバーがあります。

わたしは37です。
この間、夫とカラオケに行ったのですが、案内された部屋が、37でしたよ。
シンクロ。

わたしはもっとマヤ暦を学んで行くと思います。
またお話ししますね。

さて、「横浜・関内駅チカアート市」
11月の開催が近づいてまいりました。
11月3日(土)、が、開催日です。
たった一日だけですので、見逃さないでくださいね!

場所は、関内駅北口改札から直結の、マリナード地下街。
階段を降りて行って、突き当ると「らーめん糸ぐるま」というお店です。
その左手に、数段階段があって、エリクシオールカフェがあります。
そのカフェの前の「マリナード広場」が、会場となっています。

25組の作家さんと、体験コーナーがあり、

ライブ演奏も行われる楽しい催事です。
わたしは屋号「えどいろ」として、派手派手なブースで出展しています。


売っているものは、着物用の帯留め・根付けが多いですが、

帯留めは、委託店舗さんにあらかた置かせていただいたので、
今回は少ないです。
記事の終わりに色々新作の写真を掲載しますね。

根付け、と称していますが、ペンダント用のカンがトップについていますので、
その場で、ストラップにも、ボールチエーンにも、
バッグチャームにも、そしてペンダントにもお作りかえいたします。
純和風ではなく、色々ポップでカラフルなものがあります。
ぜひ一度、実物をご覧になっていただきたいです。

わたくし「えどいろ」の出展は、年に半年間のみ(10月~3月)、
月に一日のみです。
お会いできるのはこの時だけ、一年で6回だけです。
委託店舗さんは、東京・恵比寿の「きものBeBe」さん一店舗のみです。
他は、わたしのネットショップ、
えどいろ「碧の部屋」
こちらでの販売になります。

まずは出展して、
それから必要なものをBeBeさんに納品し、
そのあとショップに掲載します。
この記事に、色々写真を載せますので、
「これ欲しい!」というのがもしありましたら、
お取り置きいたします。コメントかメールを下さい。
kyarahime1206☆gmail.com  (星マークを@に置き換えて送信してください。)

関内・マリナード広場は、駅直結なので、雨でも風でも大丈夫。
ゆっくり楽しんでお買いまわりしていただけます。
開催時間は11時~17時と短いので、お気を付け下さいませ。

みなさまにお会いできますことを、
心からお待ち申し上げております。

11月3日、
よろしくお願いいたします。


                                    「ゆきのひ。」
新作達の写真です。





























こちらは小さいブローチです。直径22ミリくらい。
意外に好評な「ちびちびがま口」。
300円入ります。
路上のコインパーキング代として車に常備したり、
入院時の自販機でのドリンク代、
あとは、アクセサリーを入れてもいいですね。指輪やピアスがちゃんと入って、
ボールチェーンが付いているので、バッグにぶら下げてても可愛いです。
手作りしています。
布の、いい柄ゆきのところを惜しげなく使っているので、豪華です。
中は金色ですよ。

お待ちいたしております~(^ ^)v

先月、数年ぶりの出展を終えまして、
歓喜の中で終了し、三日、寝込みました。
緊張で、出るものも出てなかったので、しんどかったんです~。

そのあと、失敗だった初代フォトブックを、黒歴史として封印し、
ちゃんとしたものを、カタログ代わりに、
委託店舗さまに置かせてもらいたい!と思い、
全てをうっちゃって新作をまず作り、撮影し、
フォトブックを作り直しました。
自然にノンブルが入ると思っていたら、入らない構造だったので、
ノンブルを入れる作業だけでも大変でした。
文字の級数が大きすぎたので、タイトル風に作品名を明確に入れ、
本文の級数を下げました。

写真も詰め込み過ぎだったので、マイナスし、
ごっそり順番を入れ替えたり、文章も誤字があったので直し、
速攻で入稿してから、
制作元さんに、「泣き」の電話を入れました。
どうしても、この日に持って行かないとまずいんですよ、
なんとかお願いできませんか~?って。

「今回に限りですよ。」と言われて、間に合うように納めていただきました。
それと、新作を含めた作品たちを持って、委託店舗さんに伺いました。
好きなところに飾っていいと言ってくださったので、
古い朱塗りの、いい雰囲気のお膳を二台お借りしました。
麻の色んな色のコースターや、すだれコースターを持って行っていたので、

それを使いながら、並べてみました。
いい分量で、あとは、売れ筋と思われるものの在庫と、
パッケージ用品を用意して、値札を書けばいいですね、ということになり、
本当は一度撤収して、値札を書いて、また近日に伺うことになっていましたが、
思いのほか、綺麗にディスプレーが出来たので、
このまま、置いてしまいましょうか?と、いうことになり、

わたしは、急ぎ値札を書いて、翌々日にまた伺いました。

梱包して渡していただくときの台紙や箱もご用意し、
値札を並べながら、ディスプレーを見直し、
綺麗に仕上がって、満足でした。



こちらのお店、
東京・恵比寿の「きものBeBe」さんですが、
25日からセールが始まっています。
とても気軽に入りやすいお店さんです。
格式張っていなくて、気軽に相談が出来る感じで、大変居心地のいいお店です。
人間国宝の方が描かれた帯もあれば、1,000円の羽織もあったりと、
バラエティに富んだ品揃えです。

また、親会社さんでは、着物のレンタルを行っており、
ドラマや映画の撮影にもよく貸し出しをなさっているそうです。

わたしは、帯留めの多くは、このお店さんに置かせていただきました。
なので、11月の出展には、帯留めは多くはありません。
その代り、「根付け」をモリモリ作りました。
「根付け」と呼んでいますが、着物の根付け用の紐がついているので、

そう称していますが、決して、純和風ではないのです。
ペンダント用のトップカンを仕込んでありますので、

その場で、ストラップにも、ボールチェーンにも、そしてペンダントにも、

お作りかえいたします。








こんな風に、可愛い作品がいっぱいあります。
前回、来られなかった方も、ぜひご検討くださいね。
わたしの出展は、一年のうち、10月~3月の半年間、月に一日のみです。

出展が終わりましたら、作品はネットショップに掲載して、

販売を開始します。




これらも、新作なんですが、在庫を作ることが出来ていなくて、
まだ掲載出来ていません。
でも、一点ものではありませんので、是非に!というは、こちらへのメールにても、
ご注文をお預かりいたします。
kyarahime1206☆gmail.com   (☆を@に変えてお送りください)

今までは「盛れ盛れ」の「えどいろ」でしたが、
そろそろ、本格的に、文様と向き合おうかと考えております。
考えて、というわけではなくて、「これを作れ~」と、
湧き上がって来ちゃうんですけどね。

浅葱色と金色の陰陽。

マット黒とパール黒との「陰陽」
こちらは、撮影に適した帯を持っておらず、週明けにリサイクル着物屋さんに、

探しに行って来ます。

恵比寿「きものBeBe」さんでは、「えどいろ」の作品はもう、
売れ始めているとのこと。
出展が終わったら、急ぎ在庫と新作をお納めせねば。

途中、実は、猫が病気になり、入院させていて、
退院になるまで毎日面会に行きながら、
新作を作り、委託業務もこなしていたんです。
ちょっと大変でしたが、明日は夫に、
「回転寿司に連れて行け~。」と頼んであります。
カラオケにも行って、発散しちゃう?

それでは皆さま、またもう一回告知はいたしますが、

11月3日、土曜日、「横浜・関内駅チカアート市」に、ぜひお越しください!
25名の作家さんが集う楽しい催事です。
体験講座もありますよ。
地下の広場なので、雨でも強風でも大丈夫!
関内駅北口、出てすぐの「マリナード地下街」、
エリクシオールカフェ前の「マリナード広場」が、会場です。
11時~17時という短い時間ですので、ぜひお越しくださいね。


わたしのブースは、こんな風に派手派手なので、すぐ見つかると思います!

お待ちいたしております。

「ゆきのひ。」
 

 

 

 

 

 

 


    
 


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数年ぶりの出展が、終了いたしました。

無事に終えられ、成果を出せたのは、
6月からコツコツ準備してきた自分の努力はもちろんありますが、
出展当日、手伝いに来てくれた友人のおかげに他なりません。

25年も出展してる、と息巻いていましたが、
当時はユニットで相方がいたので、完全分業制でした。
お互いの得意分野がまるで真逆だったので、
お互いがお互いの工程を知らないのです。

それを、一人でやる。
わたしのやり方を模索して、全部一人で準備しました。
作品も、作って作って、ショップに上げて上げて。

正直、買っていただけることは少なく、
精神的に行き詰ってしまったこともあります。
なんでだろう、なんで売れないんだろう…。
でも、まだ、スタートしてないじゃないか、
まずは出てみないと!と、自分を奮い立たせました。

作りたいものは無尽蔵にあるのです。
わたしの脳内は、いつも混乱しています。
魂の記憶を知ってからは特に、
わたしの中から湧きだす創作意欲とデザインに、
自分が追い立てられるように、作り続けて来ました。
まだ、三分の一も出しきっていません。

コミケに出展している友人の勧めで、一度自分のテーブルをマステで仕切って、
実際にディスプレーしてみたのも、良かったです。
それを、図面に描いておいたので、わりとスムーズに出して行けました。

ですが、受け付けをしてからオープンまで一時間しかありません。
わたしの作品は細かく小さいので、
出すだけでも大変ですし、置き方、値札、どれをとっても大変です。

そこの部分を、20年来の、大お得意さまである、今は友人を、

めっちゃコキ使ってやってもらい、
宇宙人仲間には、ヘルプを出して来てもらい、
買い物をして来てもらいました。
一日目はこの二人のおかげで、無事に終えることが出来ました。

中一日、休みがありましたが、
無くなったものを一つだけ追加で作り、
値札シールが意外に剥がれず苦労したので、それをはがして、
終了でした。

日曜日は、更に朝が早いです。
わたしにとって、最も辛い、朝の早起き。
23時半には、通常の二倍の睡眠薬を飲んで、
無理矢理眠りました。

そして、ちゃんと8時に起きて、予定の電車よりも早いのに乗れました。

そしたら、疲れてるのに、初日に手伝ってくれた友人が、
また朝から、来てくれていたのです!

本当に感激でした。

金曜日にディスプレーをやってもらってるので、
もう何も指示しなくても、彼女はすべてを把握していて、
超スピードで、ディスプレイが、完成したのです。
まだオープン時間前に、完成しました。
ありがたくてたまりませんでした。

そしてまた、この日は、
25年来の、大お得意さま兼、生徒さん兼、今は友人が、
北区から関内まで、遠いのにわざわざ手伝いに来てくれました。
この彼女の働きぶりも素晴らしく、
わたしが梱包している間にお会計を済ませてくれ、

待たせる時間が出来てしまうと、この出展のために作ったフォトブックを見せたり、
上手く場を繋いだり、他の作品も勧めてくれたりして、
ものすごく有能な売り子さんでした。

友人3人の支えがなかったら、無理でした。

わたしは、作ることが大好きで、デザインにも自信があります。
説明することも大好きで、人を引き付けるコツもわかります。
でも、一人じゃ無理、一人じゃしんどい。
もう若くないし、パワー切れが早いのです。

彼女たちが帰る時、泣けました。

ああ、甘えてもいい人がいる。
なんの見返りも要求されない。
わたしを尊重してくれて、上手に仕事をやってくれる。
美味しい差し入れもしてくれる。


わたしは、親に甘えられることなく育ちました。
夫と言う人に甘えたこともありません。前夫にはもちろんですが、
今の夫にもです。
丁寧にお願い事はしますが、
心を開いて、お願い、助けて!とは言ったことはありません。
ゴキブリの処理を頼んだ時、見返りに体の関係を迫られたので、
それ以来、何とか、なんでも自分が出来るよう、
脚立も買いました。

ハヤカシマナミさんのアカシックリーディングを受けて、
「他人を受容しすぎていて、自分がボロボロの状態。」と言われ、
ああ、本当にただただ、ことを穏便に済ませるために、
我慢の毎日だったなあと、しみじみ思いました。

わたしは頑固なところがあります。
でも最近は、人の意見を取り入れてみることを積極的にしています。
FB上でしかやり取りしたことがない人にも、
「もうちょっとこうしたらいいんじゃない?」と言われて、

そうか、そう見えるんだったら、やってみよう、と取り入れることにしています。
それは、信念を曲げることではなく、
もっとこうしたら見やすいよ、とか、言葉をこう変えたらいいよ、みたいな、
そういう、いいアドバイスだからです。
以前なら受け付けなかったかもしれません。
でも、どう見えるかを客観的に教えてくれてるわけですから、
ありがたいと思って、やってみています。
そして、その結果、いい方向に流れが向いているのです。

人生は、人との出会いと、それをどうはぐくむかの連続です。
あらかじめ用意されていた出会いも、
自分が大事にして育て上げていかなければ、縁は切れてしまうのです。
20年以上も付き合ってくれてる人、
今年初めて友達になった人、
わたしには最高に大切な仲間です。

今回の催事には、丁寧なDMを、封書で30名様くらいに送りました。
色診断のチラシも入れて、
催事会場がちょっとわかりにくいので、地下ロードの写真も入れたチラシを作り、
一人一人に、お手紙を書いて送りました。

そのDMで、今月来てくださったのは、わずかお二人でしたが、
たまたま予定が合わなくて、来月はみんなで来ます、と
いつも5人のグループで来て下さっていた方の一人が、
来てくださって、そう言って帰って行かれました。

その方々も、20年近いお付き合いで、
天然石をやっていた時も、毎回来て下さり、全員がワイワイ買ってくださったので、

主催者さんが驚いていたほどです。

ただ待っていても、通りすがりにふと買おう、というものではないので、
やはり、心を尽くして、丁寧にDMをお出しするのは大切だと思いました。

今回は、目標金額を達成し、
新たにご注文も頂き、
一番気に入っていたお店さんに委託で置かせていただくことも決まり、

6月からの4ヶ月間が、報われました。
真面目に、手を抜かずに、頑張って良かったです。

でも、一人では無理でした。
それを痛感しました。

一年のうち、半年間だけ、月に一回のみの出展。
販売は、ネットショップと、委託した店舗さんのみ。

わたしは、これで行こうと思っています。
自分のキャパを超えてはいけないし、

作品のクオリティも守りたいし、
希少価値もついてて欲しいからです。

みなさま、応援、ご購入、ありがとうございました。

そして、手伝ってくれた友人に、心から感謝をいたします。
ありがとう。本当にありがとう。

「ゆきのひ。」


一番人気だった「ソーダ・ドロップス」
一粒400円で、その場でピアスやストラップに仕立てます。

アッセンブル代は100円と言うサービス価格~。
半透明と、パール入りの素材を練ってマーブル模様にしているので、
光が当たると、透けたり光ったり、綺麗です。
これは定番にしましょう。




 


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5日(金)、横浜・関内駅チカアート市に出展しました。

出展自体は、25年前からやっていますが、
全く一人きり、というのが初めてで、
図々しくも、異星びと仲間と、そして20年来の、大のお得意様兼お友達に、
ディスプレーを手伝ってもらいました。

仲間には食べ物も買って来てもらったら、
美味しくて栄養のある飲み物を二つも差し入れてくれて、
本当に嬉しかったし、
今は友達になってるとはいえ、一番の大お得意さまである友人を、
めちゃこき使いました!
(酷い話だよね!)

でも、だから、一時間と言う制限時間で完成しました。
作っているものが小さくて、種類も多いので、
並べるのも片づけるのも、いつも一番時間がかかってしまいます。

違う友人のアドバイスで、家で実際の大きさで、ディスプレーしてみて、
それを図に書き留めておいて、本当に良かったです。
あれがなかったら、ボーゼンと凍り付いていたでしょう。

二人をこき使い、なのに、しかも二人ともお買い上げ下さり、
二人が帰ってからは、お隣の人やお向かいの作家さんとも楽しくお話ししました。

そこで、衝撃的なことが、起きました。

わたしは椅子を余分にレンタルして、
自分が出版したポリマークレイの本と(出版社が潰れたため廃盤)、
天然石をやっていた時の作品集と、
今回の作品の作品集を置いて、

ご自由にご覧ください、と書いて置いておいたのです。

お向かいの作家さんが、それを見て、
この本を出されたんですか?というので、ええ、昔に、と言うと、
なんと、お隣の作家さんが、ビュン!って立ち上がって、

「うそ! わたし、この本、持ってます! 買いましたよ!」
 

ええ?
本当に?
これ、わたしの本ですよ、と言ったら、もうビックリの嵐です。

その作家さんは、粘土を何かやりたくて、どの素材がいいか、
いろいろ試すときに、わたしの本を購入してくれたのだそうです。
和菓子とか、作ってみたかった、と言っていました。
「この本の、先生なんですか? 信じられない! お会いできるなんて!」と、
大騒ぎになりました。
来月、本を持って来るのでサインして欲しいと言われ(笑)
いやいや、もう、あの時のわたしじゃないし、今更サインなんて。

でも、使っているポリマークレイについて詳しく説明してさしあげたら、
使ってみたくなったようで、
今度、カットした粘土のセットを作って来て分けてあげますよ、と約束しました。

こんな出会いがあるんですねえ。

マヤ歴を始めたのですが、わたしの紋章は、
顕在意識が「赤い地球」で、シンクロニシティを引き寄せる力が強いそうです。
潜在意識が「青い手」で、「手」を使って物づくりをして、人を癒せるのだそうです。
まさしく、当たっているなあと感じました。

わたしの作品は、和洋折衷で、
正当な着物の着方をなさる方には、ちょっと合わせにくいと思います。
それでも、何軒もの着物屋さんや、
着物の小物屋さんを、FBでフォローさせていただいていて、
ずっと記事を読んで写真を見させていただいていました。

その中に、「この店に気に入っていただけたら、幸せだなあ。」と思える、
普通の着物屋さんとはちょっと違う、着物屋さんがあって、
思い切って、失礼ながら、メッセージを送らせていただいたんです。

作品写真を4枚つけて、ネットショップのアドレスも書いて、
今回の出展についても書いて、突然のメッセージ失礼いたします、と
送りました。

すると、すぐにお返事を下さり、
素敵な作品ですね、見に行ってみたいです。その節はご連絡しますね、と
書かれてありました。

でも、そういう社交辞令ってこともありますし…
わたしは、でも、寝る前に、お返事をくださった方のプロフィール写真を、
もう一回確認してから寝ました。
お綺麗な方でした。

そうしましたら、
来てくださったんです!
本当に、わざわざ、来てくださったんです!
「あっ、〇〇さん!」とわたしは叫んでしましました。
ああ、寝る前に、お顔を確認させられたのは、来てくださるからだったんだ、と、
天の采配に感謝しました。

とてもお美しく、すっごく感じのいい方で、
ゆっくり見ていただけました。
そして、スタッフにも作品のウケがすごく良かったこと、
実物を見てみて、写真でよりも魅力がわかったこと、
他にどこにも置いてないことなどを確認されて、
うちに置きたい、と、言っていただけたんです!

わたしは、抜型も使わず、型紙さえ持ちません。
全て、指先で花びらの一枚一枚を、作り出しています。
なので、量産はできないし、量産するつもりもありません。
そちらのお店は、本当にお洒落な、粋な、特別なお店さんなので、
そちらに置かせていただけるのであれば、
もう他の店に営業はしません。

その店か、わたしのネットショップか、
月に一日の出展でしか買えない。
それでいいと思うからです。
そしてそれに見合う、貴重で、手を抜かない、
独創的なものを作る、強い意思があります。

その方は店長さんですが、委託うんぬんの話以外に、
ご自分でも気に入ってくださって、
梅干しのペンダントを、ご購入してくださいました。
紐のペンダントですので、紐を挟み込んでしまえば、根付けにもなりますしね、と
わたしが話していたら、
その方は、ペンダントの紐を左右に広げて、
お腹に、当てられたのです。

わあお!
帯留めとしても使えますね!と、大盛り上がり!

それから、お店に伺う日程などを相談していて、住まいをきかれたので、
〇〇区です、と答えたら、彼女が小さく飛び跳ねました。
「の、どこです?」
「△△ですけど…」
「えーっ、わたし、▲▲なんですよ!」
とのこと。

なんと、住まいが徒歩圏内というシンクロ!
もう一気に親近感が増しました。

名刺を交換し、作品のサンプルをお渡しし、

梅干しをお渡しし、
「似合う色診断」のチラシも渡して、説明すると、
それについても、「いいっ!」と、目をキラキラさせてくださいました。

ああ、出会えた。
出会えたんだ。

感無量です。

6月から、ひたすら制作し続け、紹介しても紹介しても、
正直、あまり売れていませんでした。
それで辛くなってしまった日もあります。
それでも手を抜かず、納得のいくものを出しました。

わかってくれる方と、とうとう出会えました。

きっと来月には、そのお店に作品を置かせていただくことになると思います。
あのお店が好きでいらっしゃるセンスの方の目に留まれば、
そんなに嬉しいことはありません。

今日は、とてもいい一日でした。
幸せでした。

日曜日にまた、おなじ会場で出展いたします。
開催時間が変わりまして、
日曜日は、11:00~17:00となりますので、お見知りおきください。

作品は、「売るほどありま~す~!」

みなさまとの出会いを、心待ちにいたしております。
よろしくお願いいたします。

手伝ってくれたMさん、Rさん、
めちゃコキ使ってすみませんでした。
本当に助かりました。ありがとうございました。


「ゆきのひ。」




 


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