《その3》より
【九次元霊と担当光線】
九次元は、地上に生まれると救世主の役割りをすることが多いので、別名「救世主界」とも呼ばれます。(p.118)
地球を担当している九次元霊は10人。
ブッダ 「黄」 「法(神の理)」
アモール(キリスト)「白」 「愛」 アモールは、銀河神霊アガシャ―の九次元名。
モーゼ 「赤」 「正義」
セラビム(孔子)「紫」 「秩序・礼節」
エル・ランティ (光を分光する役割) エル・ランティの地球名はヤハウェ
マイトレーヤ (ヤハウェの補佐)
マヌ 「緑」 「芸術」 著者のアマーリエさんはマヌの魂のパートナー。
カイトロン 「銀」 「科学」
ゼウス 「緑・青」 「知性」
ゾロアスター (担当色無し)
【地獄界】
自由意思が保証されているので、どんな思いを抱いても自由です。しかし、地上で愛に逆行する思いを持って生きた人が地上を去ったとき、そのままもといた霊域には戻れません。心の波長が、その霊域の波長と違ってしまっているからです。その場合、しばらくは暗い霊域に留まることになります。そのような人々が増えるにつれて、暗い霊域が拡大するようになりました。地獄界の始まりです。
地上で自由意思を濫用する者が増えた結果、同じ波長の者たちが、神の光をさえぎる霊域をつくり出したのです。地獄界は、原因結果の法則と波長導通の法則により出現した霊域です。もともと地球九次元神霊や神が望んでつくった霊域ではありません。(p.120)
地獄界は、最初、反省するための病院のような場所だったとも書かれている。それも、少数なら機能しただろう。しかし、数が増えることで、「獄」の様相を呈するようになってしまったらしい。
《参照》 『銀河史(下)』先端技術研究機構(ヒカルランド)《7/7》
【魔界の役割】
【カルマの法則】
どんな性格の魂であっても、次の人生では、課題がクリアできているかどうかが試されることになります。いくら霊界でトレーニングしてできたと思っていても、実際に同じような状況になった時に同じ間違いをしてしまったら、クリアできたとは言えないのです。
この課題のことを「カルマ」と呼びます。カルマは、前世から持ち越された宿題です。・・・(中略)・・・。三次元でつくってしまったカルマは、三次元でクリアしなければなりません。それが「カルマの法則」です。原因結果の法則のひとつと見なすこともできます。`(p.125)
クリアが完璧なものでなければ、クリアしたことにならないなら、ほとんどの人びとはクリアできないだろう。であるなら、カルマの法則から抜けでることは、多くの魂にとって不可能であり、「カルマの法則」自体が魂の進化を阻むものになってしまうだろう。
地球に転生してきた魂たちの多くが感じている「この疑問点に関する回答」は、本書には何も記述されていない。本書は2022年初版だけれど、著者のアマーリエさんがこの記述をしたのは、初版日よりかなり前なのではないだろうか。
船井幸雄さんは、カルマの法則に関するこのような疑問点を、下記リンクの中で、今から17年も前の2008年に書いている。
《参照》 『生きる!!』 船井幸雄 (あ・うん)
【「この世の仕組み」は妥当だろうか・・・】
地球の波動環境が急速に変わりつつある今日、カルマの法則は、変更されているのでは・・・。
【芸術を通じて神性を開花させたレムリア文明】
レムリア時代というのは宇宙連合の異星人たちから見ても、地球上で最も高度な文明を築いた時代として認識されています。・・・(中略)・・・。ポイントは、人々の霊性がどれだけ開花しているかということなのです。本来の神の子としての神性をどれだけ輝かせたかということでもあります。その点でレムリア文明は、芸術を通しても神に近づくことができることを示したと言えます。(p.140)
ところが、そんなレムリアも、芸術を司っていた王マヌ亡き後、ムーや辺境の地から人々を連れてきて、奴隷として扱うようになってしまったのだという。
結局、レムリアの人びとの想念の曇りが次第に堆積し、ある日突然、ほぼ一日でレムリア大陸は海中に没してしまったのです。ほんとうに最後はあっけないものでした。(p.149)
霊性を開き、神性を輝かせたとしても、それが永遠に続くのではない。正しく維持することができなければ、レムリアのように海の藻屑となって消えてしまう。
現在の地球が向かう文明の方向は、レムリア文明に近しい方向と言われているけれど、霊性が開けば、それですべてが良くなるのではない。そこには大きな魔が潜んでいる。それは、ルシ(後のルシファー)が辿った有様として、本書内で多くのページを割いて描かれているので、本書を通読した人なら、重く記憶に残って自戒の核となることだろう。
【悟性の文明を目指したムー文明】
「人間には知性、理性、感性がある」ということは納得するでしょう。
でも、「悟性」という言葉は、聞き慣れないかもしれません。
哲学的にさまざまに論じられてきた「悟性」です。
本来「悟性」は、「霊的直観」とも呼ぶべき性質です。
「知性、理性、感性が総合し、霊的にとらえる感覚」と表現することができるかもしれません。人間に本来備わっているのが悟性なのです。
感性を中心としたレムリア文明で成果をあげた九次元霊界は、「次は悟性を中心に据えた文明を築こう」と、さらなるチャレンジに挑むのでした。・・・(中略)・・・。
文明の舞台はムー大陸です。(p.153)
スピ本の多くは、そもそもからしてレムリアとムーを明確に弁別していないから、本書の、感性と悟性という弁別はたいそう興味深い。
【東洋思想の源流と位置づけされていたムー文明】
今回の文明が、将来的に東洋思想の源流となることは明らかでした。それは九次元霊全員が承知していることでした。悟性を中心とする文明であり、自らの内に深く分け入り、そこにある神と出会うというプロセスを避けて通ることは出来ません。その内に向かう方向こそ、陰陽の中の陰そのものが持つ方向性なのです。もともと九次元霊たちは、西洋を陽、東洋を陰という位置づけにすることを決めていました。だから、ムー文明は東洋思想の源流となるはずなのです。
九次元霊たちは、陰の源流は男性より女性の方が適していると思っていました。・・・(中略)・・・。
女性でその役割に最も適しているのは誰か?
ほとんど議論らしい議論もなく、九次元霊たちの意見は一致していました。現在ではアマテラスという名で知られている女性が適していると思っていたのでした。「その人以外にはありえない」というのが全員一致した意見なのです。(p.154-155)
ということで、アマテラスは、ムーの王家に生まれることになった。
彼女は、・・・(中略)・・・ただ、「大視線の中にある神と一体になりなさい。神とは光そのものであり、太陽のような存在です」と教えました。ムーの人びとの中に、素朴なアニミズム信仰を植え付けたのでした。(p.155-156)
【ムー文明の終焉】
大自然に宿る「気のパワー」を神の方向に利用する、というのがムー人たちのやりかたでした。
神の方向というのは、すべてのものを生かし育む太陽の光と同じ方向です。ですから「天地の気」は自分の欲得のために用いてはならないという大原則があったのです。
ところが、・・・(中略)・・・反抗する者たちは、己の支配欲のためにつかってしまったのでした。天地の気のパワーを、間違った方向に使った反作用はとても大きなものでした。(p.159)
太平洋にあったムー大陸は、3段階にわたって沈下していったので、少なからぬ人々が、周辺に逃げ延びることができた。なので、日本にも当然渡ってきている。
《参照》 『大和物語 第1巻 アマテラスノメッセージ』山内光雲(たま出版)
【ヴィーナスの法】
地球が次のステップに進む前に、月の女神であるセレニティから「ヴィーナスの法」が降ろされることが、地球誕生のときから約束されていました。「ヴィーナスの法」とは「女性の法」です。男性の法である「太陽の法」が聖アントニウスから明かされるとき、「ヴィーナスの法」が降ろされるのです。それがセレニティと地球神霊との約束だったのです。(p.171)
「太陽の法」が「男性の法」なら、「女性の法」は「月の法」でいいじゃん、と思うけれど、なぜか「金星」を思わせる「ヴィーナスの法」となっている。“ヴィーナス” は、“愛と美の女神” だから、“女性の法” だよ~~ん、🐭ことか。だったら、オカマたちはブブー言うだろう。
まあ、そんなのは、どうでもいいとして、「太陽の法」と「ヴィーナスの法」は、いつ降ろされるのだろうか? オープン・コンタクトの後?
【女性性の役割】
陽の意識は、エネルギーを外に向かって発散します。一方、陰の意識は陽からのエネルギーを受け止め、自らの中でそのエネルギーを変換する能力を本来的に持っているのです。それが女性性の基本です。
女性は自らの役割を深く認識してください。いたずらに男性と競おうとするのではなく、まず受け止めることです。(p.171-172)
《参照》 『ガイア 愛と光につつまれる言葉』アマーリエ(イースト・プレス)
【女性性の本質は母性】
【受容性】
《参照》 『ゼロの革命』宇場稔(幻冬舎)《後編》
【天国と夫国】
【霊的に賢い品位ある女性たち】