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  南仏のプロヴァンスに移住したイギリス人の著者が体験した1年間のエッセイ。25年ほど前、欧米を中心に世界的にヒットした著作で、日本でもこの本が出版された当時、南仏旅行がブームになったとか。
 原題は『A YEAR IN PROVENCE』だけれど、邦題の『○○12か月』の方が季節を感じられて断然いい。1月から12月まで12章に分けて記述されている。1993年1月初版。

 

 

【ミストラル】
 ミストラルについては会う人ごとにずいぶんいろいろと聞かされた。ミストラルは人や家畜を狂わせる。情状酌量に余地ありとは言いながら、どうにも始末が悪い自然の暴力である。・・・中略・・・。プロヴァンスでは行政に責任を問えない不幸はすべてこれ神風ミストラルのなせる業と土地者たちはいささかマゾがかった誇りをもって言う。(p.13)
 南仏プロヴァンスといえば、地中海に面した州地域なのだから、陽光の射す場所というイメージをもつ人が多いだろうけれど、プロバンスはアルプスと地中海に挟まれた地域でもあるから、寒暖差は激しく、冬場に限らずミストラルという烈風が吹きすさぶことも多々あるらしい。
 11月はいつもこんなに冷えるのかい? 一年中暑いんじゃあないのかね? 氷点下の夜間や、吹雪やミストラルのことを話すと、まるで私たちが熱帯の陽気と偽って北極へおびき寄せたとでもいうふうに、みんな恨めしそうな目つきをする。
 プロヴァンスの気候は、日差しはきついが寒冷であるというのが正確である。(p.268)

 

 

【カルカソンヌのラグビー・チーム】
 「まあ、どうしてもっていうんなら、カルカソンヌのラグビー・チームに話してやってもいいよ」(p.47)
 大きな石のテーブルを屋内に運び込むのに、どうしたものかという思案中の会話の一部だけれど、南仏は総じてラグビーが盛んらしく、その中でも古代からの城壁都市であるカルカソンヌのラグビー・チームは特に強いらしい。
 ラグビーとは関係ないけれど、カルカソンヌ関連
  《参照》  『南フランス 小さいまち紀行』(グラフィック社)
          【メリメが修復したカルカソンヌ】

 

 

【プロヴァンスの時間感覚】
 プロヴァンスでは時間の観念が実に幅広く、弾力的であることを私たちは思い知らされた。融通がきく、と言えば聞こえはいいが、裏を返せば期限や期日がないのと同じで、口約束でいくらはっきり時間を決めても物事はその通りは進まない。(p.63)
 15分は今日中、明日は今週中、2週間は3週間から2か月の意味になるのだという。

 

 

【魔法の呪文:「ノルマルマン」】
 時に魔法の呪文「ノルマルマン」の一語を伴って絶大な効果を発揮する。ノルマルマンはフランス語で「通常は、普通なら」といった程度の意味でしかないが、これが保険契約の免責事項にも匹敵する実に便利な万能の逃げ口上なのである。・・・中略・・・。プロヴァンスの職人たちはことごとにこれを言い訳に使う。・・・中略・・・。私たちは夫婦で話し合った。何事もこっちの期待通りに運ぶと思うのは間違いだ。いつか終わるならそれで可(よ)しとしなくてはならない。(p.64)
 日本以外の国々の田舎の時間感覚は、たいていこの記述と同じだろう。

 

 

【季節単位で】
 このままではいつまで経っても埒が明かない。いっそのこと、職人たちを招いて工事の完成を祝うパーティーを開いてはどうだろう。ただし、出席は必ず夫婦同伴のこととする。・・・中略・・・。
 妙案だった。私たちはパーティーの日をクリスマス前最後の日曜と決め、午前11時にシャンパンを抜くと書き添えて招待状を発送した。
 二日を経ずしてコンクリートミキサーが家の前に立ち戻った。(p.274-275)
 結局のところ、着工(3月)から完成(12月)まで9カ月。
 つまり、このような杜撰極まりない時間感覚に金銭的欲心を絡ませているのが世界標準なのである。下記リンクはインドの事例。
  《参照》  『インド人には、ご用心!』モハンティ三智江(三五館)《前編》
          【バクシーシはインドの必要悪】
 私たちは日や週単位ではなく、季節でものを考えることを覚えた。私たちが何を言おうと、プロヴァンスの暮らしの流れは変わらない。(p.287-288)

 

 

【マルシャン・ドゥ・タビ】
 絨毯商人は、プロヴァンスではあまり評判が芳しくない。絨毯商人、マルシャン・ドゥ・タビという言葉がすでにして、いい加減で信頼できない人物を意味し、悪くすれば祖母のコルセットまでも盗みかねない人でなしを罵る蔑称である。(p.110)
 マルシャンは商人。ダビは絨毯。
 絨毯は牧羊文化圏の生産物だから、ジプシーの出身地にかなり重なっている。

 

 

【ジプシーという窃盗団】
 「毎日、夜は片づけてくださいよ。そろそろサクランボ摘みのジプシーが来るでしょう。あいつら、何だってかっぱらっていくんだから」
 それで思い出したが、ちょうど私たちは家に保険をかけることを考えていたところだった。・・・中略・・・。ベルナールは愕然としてサングラスをはずした。パリを別とすれば、ヴォークリューズはフランスで最も押し込み強盗の被害の多い地域だということを知らないか? ・・・中略・・・「すぐに保険をかけなきゃあ。午後、知り合いの保険屋を寄越すから、それまで油断しないで家を見張っていてくださいよ」
 いくらなんでも大袈裟すぎると思ったが、ベルナールは盗賊一味が近くで隙を窺っていると決めてかかっているふうだった。(p.121-122)
 ヨーロッパ人には、“ジプシー=盗賊” という認識が一般的に流布しているらしい。肌の色が浅黒いジプシーの出自を定義するのは簡単ではないらしいけれど、スペインと南仏の地中海岸域に広く多く分布している。
  《参照》  『カルメン』 メリメ (岩波文庫)
        【ボヘミアン/ジプシーの主要分布域と生業】

 チャンちゃんもスペインのバルセロナで直接、南仏のペルピニャンで間接に被害を体験しているので、この記述は誇張でないとこが良く分かる。
 バルセロナでは、ポーチを肩から外して(その旅で唯1回)キャリーバックの上に置いてエスカレータで上がっている時だった。コートを持った肌の浅黒い女性が下から追い越してゆきつつ、コートをカモフラージュにポーチ内の財布をかすめ盗ったのである。電車に乗ってから気づいたのだけれど、その犯行の手口は全くもって見事というしかなかった。
 ペルピニャンでは、レストランで昼食中に、マッシモというイタリア人ドライバーを含む総勢22人のツアーバスの鍵が壊されて、車内に置かれていたパスポート入りのバッグやジャケットがすべて持ち去られたという完全な車上荒らし盗賊だった。
 本書には、自分が売った老馬に、化粧が施され、その馬を2倍の額で買わされたという、馬喰(ばくろう)による露骨な詐欺話も記述されている(p.262)けれど、上掲リンクによると、馬喰はジプシーの主要な生業らしい。
 しかしながら、ペルピニャンの車上荒らしについては、イタリアの盗難車に関する国境をまたいだ組織的犯行の可能性も考えられるから、必ずしもジプシーの犯行とは断定できない。
  《参照》  『フェラーリと鉄瓶』奥山清行(PHP)《前編》
          【自動車泥棒】

 

 

【死んだねずみ色から死んだロブスター色に変わるもの】
「たった3時間で、死んだねずみ色から死んだロブスター色に変わるのは何だか知っているか?」こみ上げる笑いを堪えかねて、彼は肩を揺すった。答えは「レ・ザングレ・アン・ヴァカンス・ヴー・コンプルネ?」夏休みのイギリス人。わかるかな? (p.189)
 陽射しの少ないイギリスから、陽光豊富なプロヴァンスにヴァカンスで来たイギリス人(ザングレ)はこうなってしまうらしい。
 プロヴァンスの地中海に面したコートダジュール(紺碧海岸)の中心地ニースに、プロムナード・デ・ザングレ(イギリス人の遊歩道)という幅広い海岸通り遊歩道があるけれど、このプロムナードはイギリス人が造ったからこのように呼ばれている。
 世界で最初に産業革命を成し遂げたイギリスは、それによって蓄えた資本を観光地開発に投下し観光旅行産業をも興したのだという。ニースの中心から東側5km程の岬にロスチャイルド邸があるけれど、ヨーロッパ各国に拠点を構えたロスチャイルド兄弟たち一族が互いに融通し合って営利化に協力したのだろう。鉄道を中心とする沿線開発技法は、産業革命の賜物であり、山梨県出身の小林一三が興した阪急鉄道と宝塚歌劇団は、このようなヨーロッパの観光産業モデルを真似たものであり、東武・南海・西武・東急も同様である。
  《参照》  『1900年への旅』寺島実郎(新潮社)《前編》
         【三井物産の始まり】

 蛇足ながら、ついでに書いておけば、コートダジュールの海岸は砂浜ではなく3cm程度の小石の浜である。地球温暖化の影響で海面が徐々に上がっているのが原因かどうかわからないけれど、海岸が浸食されてゆくので、常に小石を補給して海岸を維持しているそうである。これについてはハワイのワイキキ・ビーチも同じ。