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 自己啓発書に分類される著作だけれど、中学校や高校の図書館にあったほうがいい本だろう。ナポレオン・ヒルが語った成功法則を、くだけた面白い対話型小説にしたような著作である。2007年8月初版。
 関西弁の会話の中に出てくる「自分」は「You」の意味なので、関東人の読者はこの点を誤解しないように注意しましょう。

 

【ガネーシャ】
 僕は、どうやらこの化け物のことを知っている!

 布団からゆっくりと頭だけを出した僕は恐る恐る部屋の中を見渡した。いつもは電話台の横に置いてある手のひらサイズの置き物。三か月前にインドへ旅行に行って来たときになんとなく買った象の神様(お土産売り場にやたらめったら売っていた)が床に転がっていた。
 まさか、そんなはずが・・・・しかし、目の前にうごめいている化け物は、どこからどう見ても、その神様とまったく同じ姿をしていた。急に怖くなって僕は頭から布団をかぶった。
「やっと思い出したようやな」
 勝ち誇ったような声がした。ポッとライターに火がつく音がする。ガネーシャは2本目のタバコを吸いだしたようだ。(p.8)
 関西人のオッサンみたいな、おもろい話し方で、ごく普通に我儘というかマイペースなガネーシャは、「プスッというオナラの音が、おもろかったから」という理由で僕の前に突然現れた象の神様。
 こんなんでも一応、神様だから、「僕に、課題を出しながら、成功の秘訣をいろいろ語ってくれる」というのが、本書の骨子。
ガネーシャ gaNeza (????)
 人間の身体と象の頭、4本の腕を持ったインドの大衆神。障害を取り除いたり、財産をもたらしたりするといわれている。また、徹底的な現世利益の神としても知られている。インドでは人々に最も親しまれている神である。(p.354)
 ガネーシャは、インドでは最も人気のある神様だから、そのまま人名にしている人も少なからずいるくらいだし、店舗でも一般住宅の中でも、商用車や自家用車の中でも見ることがあるだろう。それらを上掲写真に取り込んでおいた。金ピカのプレートと、白い大理石のは、チャンちゃんのガネーシャちゃん。
 ふと、「この本、ヒンディー語に翻訳されて、インドで出版されることはあるだろうか?」と思ったのだけれど、神々が神聖なものとして厚く篤く信仰されているインドでは、くだけたキャラクター過ぎて「まかりならん!」と捨て去られてしまうかもしれない。だとしても、本書は間違いなく良書である。

 

 

【ワシ、『希望』集めてんねん】
「ワシ、『希望』集めてんねん。全然モノにならんやつから『希望』集めて、筋のええ子に全部あげてんねん。そないしてえこひいきしとんねん。だからスゴイヤツってめっちゃスゴなるし、ダメなやつは徹底的にダメになんねん」
「な、なんでそんなことしてるんですか?」
「ワシの趣味やねん」
 そう言ったあと、ガネーシャは、だってスゴい子がどんだけスゴなるか見てみたいやんかあ、と言いながら冷蔵庫まで歩いて行き、僕に何の断りもなく扉を開いた。(p.18-19)
 ガネーシャに限らず、マクロレベルの働きをなす神々って、依怙贔屓が基本のはずである。なぜなら、世の中を良くしようと思ったら、ウルトラ凄い一人に全エネルギーを注いだ方が、善転効率が圧倒的に良いからである。
 ひとりひとりの成長を忍耐強く待つのは、個々についている守護霊とか守護神の役割だけれど、彼らとて、本人が、自らの心を持ち上げ、自らの力で立ち上がろうとしない場合は、加勢を禁じられている。それが、真に個々の魂の成長を願う「正神界の約束事」だからである。
   《参照》   『アーリオーン・メッセージ』 アートライン・プロジェクト (徳間書店)
             【自立】

 

 

【成功の『秘訣』】
「何ていうんでしょうかねぇ、こう、成功の『秘訣』みたいなものを教えてもらえれば・・・」
 するとガネーシャはしばらく考えてから言った。
「たとえば、こういうのん? 『成功するには自分で働くのではなくて、お金に働かせなさい』みたいな」
「あ、そういうのです。ぜひ詳しく教えてください」
「いや、教えるにもなにも、ここに書いとるで」
 ガネーシャは本棚から一冊の本を取り出してきて僕の目の前に置いた。最近巷で売れていると評判のビジネス書だった。書店の棚にずらりと並んでいたので勢いで買った覚えがある。・・・中略・・・。
「『秘訣』を知りたい、いうことは、ようするに『楽』したいわけやん? ・・・中略・・・。それは『楽』して人生変えたり、『楽』して成功したいっちゅう『甘え』の裏返しやん?」 (p.36-37)
    《参照》   『枠を超える発想』 石井憲正 致知出版
              【働く】

「働く」という言霊の解義は「傍楽(他楽)」。
「自楽」なら「自堕落」に通じるだけである。
 だから、ガネーシャは、以下のような課題を出した。
「今日は『募金』でいこか」 (p.38)
 「成功(≒お金儲け)」の『秘訣』を知りたいに人に、ガネーシャは、まず、「働く(=傍楽)」の端的な実践方法として、「お金を他者に与える」という実践を指南したのである。
   《参照》  『銀河より地球へ 「最後の審判」下る』 聖地・十和田 羽衣の塾 (創思社出版) 《後編》
             【他楽・日本人】

 下記リンクから芋蔓式に7つ、「与える」ことの効果が書かれています。
   《参照》  『NO LIMIT ノーリミット』 栗城史多 (サンクチュアリ出版)
             【与え続けられる人間に】

 与えることは、脳機能としての効果も確認されている。
   《参照》  『ゾーンに入る技術』 辻秀一 (フォレスト出版) 《後編》
             【フォワードの法則】

 

 

【基本的に自分ら食いすぎやねん】
「意外と飯って残さへんやろ。なんでやろな?」
「なんでって言われても・・・子どものころ、食べ物を残したら先生や親から怒られたからかなあ。あと、残すともったいない気もしますし」
「なるほどな。ま、料理作ってくれる人や、素材になってる生き物には感謝せなあかんけど、でもな、基本的に自分ら食いすぎやねん。食いすぎると体に悪いし、眠なるし、集中力下がるし、あ、あとな、寝る前に食いすぎると目覚めが悪いんやで。自分が朝起きられへんのもそのせいとちゃう?」・・・中略・・・。
 ガネーシャは付け加えた。
「『一切ノ疾病ハ宿食ヲ本トス』。これ、ワシのダチの言葉なんやけど。『宿食』ちゅうのは食いすぎのことでな、食い過ぎがいろいろな病を引き起こすという教えなんやで」 (p.46)
 ガネーシャのダチって、お釈迦様のこと。チャンちゃんのダチはシケ桃。
 「多食」は、あらゆる意味で、「人生の喪失」である。
    《参照》  『大事なこと』 船井幸雄 (ビジネス社) 《前編》
           【多食の愚か】
   《参照》  『世界は祈りでひとつになる』 白鳥哲 (VOICE) 《前編》
           【食に関する洗脳】
           【少食を可能にするもの】
   《参照》  『「空腹」が人を健康にする』 南雲吉則 (サンマーク出版) 《後編》
           【著者の夕食】
   《参照》  『高次元シリウスが伝えたい水晶(珪素)化する地球人の秘密』 松久正 (ヒカルランド) 《後編》
           【不食・不眠は松果体の水晶(珪素)化に連動する】

 

 

【ただでもらう】
「よっしゃ。次の課題は『ただでもらう』 これやってみいや。どんなちいさいことでも、安いもんでも、とりあえず何でもいいから、ただでもらったりしてみい。それ意識してたら自分のコミュニケーション変わってくるで。言い方とか仕草一つとっても気い遣うようになるで」
「はい」
「仕事を助けてもろたり、何かのアイデアもろたりしてもええ。たとえば、ある人にかわいがられて仕事を振ってもらうのかて、ある意味、『仕事』と『愛嬌』の交換といえるわけやし」
 なるほど。人から助けて「もらう」人たちには、そうされるだけの理由があるんだな。これは試してみる価値がありそうだ。(p.157)
 仏教の施業に、和顔施、和語施、財施、物施、法施等があるけれど、財施や物施は、【成功の『秘訣』】の中で「働く=傍楽」の基本として学習済み。
 ここでは、和顔施や和語施を会得することを目指しているとも言える。
 因みに、法施とは、ガネーシャのダチであるお釈迦様が悟った「法=因果の理法(必然の法則)」を人に教えてあげる(施す)ことだけれど、「法施」は、全ての行為(施業)は、循環して自分に返って来ることを言っているのだから、人の幸せに寄与することを施すのが、当り前である。
 幸せになりたいと望んでいながら、「貧すれば貪する」だけで「直ちに人のモノを奪う」という行為に及ぶ人は、悪因悪果のカルマに深く沈むだけで、幾たびもの転生を経てきながら、あまりにも教養がなさすぎるのだし、もしかしたら、本書のようなくだけた自己啓発書(ビジネス書)を読み通すほどの、微かな知性すらなく、不平不満顔が常で笑顔なんて一瞬たりともない人なのかもしれない。であるなら、幸せには程遠い極めて気の毒な人である。

 

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