イメージ 1

 日本は、世界で最もセックスレスが進行している国らしい。その原因を含めて、さまざまなセックス文化に関することが語られている。学生時代にこのような本を読んでいれば、男ばかりで徹夜麻雀している時に、その知見を大いにひけらかすのに最適だろう。しかし、今時の学生は、麻雀なんてそんなにしなくなっているのかもしれない。対談として編集されている人文系の教養書である。2009年7月初版。

 

 

【資本主義の推進力】
鹿島 70年代から80年代にかけては、本当にゾンバルトの言うように、奢侈と恋愛が資本主義を引っ張ったのです。
 ところが、ゾンバルトの理論が当てはまったのは、実は、80年代のバブル期までにすぎなかったのです。(p.28)
    《参照》   『大人の読書』 渡部昇一・谷沢永一 PHP
              【ゾンバルト】
    《参照》   『男の復権』 池内ひろ美 (ダイヤモンド社)
              【経済と性欲の関係】
鹿島  というのも、90年代に団塊の世代以降の世代が消費世代として登場すると、恋愛のために消費するという傾向が次第に減ってきたからです。男たちが、一生懸命頑張って金を稼ぎ、それを使ってモテようと努力するよりも、面倒くさいことをやりたくないという面倒回避に走ってしまったんですね。・・・中略・・・。
MJ  やりたくないことをやるのではなく、やりたくないことはやらない、という自由ですね。
鹿島  セックスをがんがんやるぞー、そのためには金を稼いで見栄を張るぞ、ではなく、オナニーでいいんだ、女なんて面倒くさいからという方向へシフトチェンジされてしまったんですね。(p.28-29)
 今日の資本主義の推進力は、マックスウェーバーの言う“プロテスタントの勤勉さ”でも、ゾンバルトの言う“恋愛と贅沢”でもなく、“面倒くさいものは回避したいという欲求”だと言っている。
 「面倒くさい」は、「便利」の裏返しである。コンビニ(便利)に象徴されるように、現在の日本では何でもかんでもお金で「便利」が買える。このような資本主義国では、「面倒くさいのは嫌」という気持ちが経済を動かす推進力になっている。

 

 

【ホモ・オナニスタ】
鹿島  これまでの由緒正しい「まじめ史観」から見れば、二足歩行に移行して、手が空いたために、「これで人間は物をつくるようになった」と考え、そこから「ホモ・ファーベル」(働く人間)が誕生した、ということになります。でもね、私はそうじゃなくて、「ホモ・オナニスタ」(オナニーする人間)が誕生したと思っております。
MJ  新しい定義ですね!
鹿島  オナニーは、『創世記』(旧約聖書の『創世記』。ユダは上の息子を主に殺されたので、子孫を残すため、下の息子オナンに兄嫁との子どもをもうけるよう命令する。しかし、その子孫は自分のものにならないことをオナンは知っていたので、兄嫁と交わるたびに、子種を地に流した。これは主の意に反していたので、オナンも殺された。[第38章6-10節])のユダの息子オナンの名前から来ていますから。(p.35)
 本書の主旨からは離れるけれど、この記述を読んだチャンちゃんは、以下のように思ってしまった。
 下記リンクにあるように、聖書にある『神』というものが、人類を家畜のよう支配する存在だったのであるなら、人類は、オナンのように子種を地に流して、自発的に種の存続を止めて断ってしまえば良いだろう、と。
 人間は本来、この三次元の物質過程で輪廻転生を続けるものではなく、高次元に進化しうるものなのだけれど、宗教を創造した聖書の『神』(人類の支配者)は、その事実を長らく封印してきたのである。
    《参照》   『空なる叡智へ』 サアラ (ヒカルランド) 《前編》
              【知ること】 【新たな楽園を築くために】
              【アダムとイブの「失楽園」について】
    《参照》   『ドラゴニアンvsレプティリアン これが《吸血と食人》の超絶生態だ!』 高山長房 《1/5》
              【人類捕食者の目的と手段】

 

 

【フェロモン誘導から視覚誘導へ】
 人類が、4足歩行から2足歩行へと進化したことで、手が重要な役割を持つようになったこと以外に、異性に対してフェロモン誘導から視覚誘導への移行が生じたと書かれている。具体的には、お尻より、胸や顔にウエイトが移ってゆく、と。
鹿島  フェロモン誘導だったら、基本的には、相手は誰でも構わないことになります。・・・中略・・・。
 ところが、視覚誘導になると、そのとたんに、オスはメスのことをよく見るようになる。・・・中略・・・。
 そうなると、人間、見た目が大事という思想が生れ、・・・中略・・・、見た目に惹かれ、美人、不美人、美男、醜男を識別する能力が生れる。
MJ  でも、美女、美男は果たして、遺伝学的に優秀なんですか? (p.43)

鹿島  それは、美女や美男が最も平均値に近い人なんだからだそうです。つまり、偏差値50の真ん中で偏りがないから、遺伝学的に偏っていないと訴えているんです。(p.44)
    《参照》   『顔学への招待』 原島博 (岩波書店)
              【平均顔】

 

 

【視覚誘導の男女差】
MJ  先ほどの視覚誘導とオナニーとは、どう関係するのですか?
鹿島  人間がオナニーするようになった背景には、もう一つ、イメージする力、想像力というのがあるんです。目の前に何もなくても、人間はイメージを思い浮かべることができるでしょう? 特に、男は勝手に女性の裸を創造する力がある。
MJ  人間の脳の発達と関係がありそうですね。・・・中略・・・。
 確かに女性は、他人のセックスに自分を重ねて、傍観者の気持ちでその状況に浸るなどという「サイバー脳」を持ち合わせていないかも。 (p.47-49)
 この記述を読んで、下記リンクのコメント内に書いた、「男は現象だが、女は実体だ」という養老さんの発言を思い出してしまった。
    《参照》   『堕落論』 坂口安吾 (角川文庫クラシック) 《前編》
              【女性の孤独】

 

 

【女性の性の解放と男のオナニーの関係】
鹿島  男性のインポテンツの始まりは女性の性の目覚めと関係しているんですよ。・・・中略・・・。重要なこととして押さえておきたいのは、女性の性の解放イデオロギーが浸透すると同時に、男のオナニー産業がどんどん発達してきたことです。この二つは両輪です。男の意識は、女を喜ばせるにはどうしたらいいかという方向へ行かないで、オナニーのオカズをどうやって揃えるかという方向に進んでいったのです。
MJ  ドーダ女の出現で、男のコンプレックスが増大し、オナニーに救いを求める男が増えた、という図式になりますね。 (p.84-85)
 だったら、“ドーダ女”ではなく、“しおらしい女”で迫れば、男が寄って来ると女性は思うだろう。それで成算はあるだろうか?
鹿島  オナニー回路に入れば、DVDなりサイトの中にいる女の子は、いとも容易に、なんの抵抗も示さずに、永遠に自分のペニスに奉仕してくれるわけです。天下の美女たちが、日々更新される常に新鮮なメンバー交代によって。
MJ  とは言っても、やはり、生身の女性にも興味はありますよね?
鹿島  最初の話につながりますが、男性は放っておけばオナニーに走ってしまうのです。女の人は誤解しているかもしれませんが、オナニーの方がはるかにいいと断言する男が結構いるんですよ。これは、女性を「千人斬り」したという安藤昇さん自身が言っていますから、本当なんです。(p.88)
 既婚者でも「ひとりHの方がいい」と言っている男の連中は確かに少なくない。
鹿島  人類が長い間、粒粒辛苦の下に築き上げてきた全員結婚できるシステムを壊して、オナニーにOK出して、ついにはどんどん奨励して――。今の日本は、原始に戻ってしまったんです。・・・中略・・・。
MJ  オナニーとの戦争に私たちは負けてるわけですね。
鹿島  そういうことです。・・・中略・・・。だからセックスレス亡国論なんです。(p.111)
 筋としては通っているけれど、このセックスレス亡国論には正直なところ違和感がある。
 現在の人類は、そんなにセックスに心が向かっていないはずである。それには、地球の支配者達が環境ホルモンをコントロールして人口を減らそうと画策している事実が根本にあるけれど、それ以外に宇宙規模の変化が影響しているのである。
 宇宙物理学の科学者はそのような観測事実を掴んでいるけれど、現在の地球は、従来とは異なった波動環境に晒されている。宇宙的な波動環境の変化によって、現在の人類は従来の人類とは異なった心理傾向と行動パターンをとるようになっているのである。
 アセンション系列の著作に触れて現在の地球の状況を理解している人々なら分かるだろうけれど、人として生まれている多くの魂は、セックス以前に結婚自体にさして興味が向いていないはずである。このような変化を、従来の人類学的ないし社会学的観点であれこれ推移を語っても仕方がないのである。
    《参照》   『空 天翔ける歓喜の弥栄』 Mana (三楽社) 《前編》
              【社会意識に縛られているかも・・・】

 こんなことを書くくらいなら、このような本の読書記録を書く必要はないではないかと思われるだろうけれど、実際のところその通りである。「魂の旅路」という視点で地球の現状を見た時、既存の多くの文物は語る必要のないことになってしまうのである。最近、読書記録を書く気にならず、書いても月に数冊程度になっているのは、正にその点にある。