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 マッチョでネオコンのチェイニーのような男になれ! と薦めているわけではない。家族離婚問題などに詳しい著者は、女のしたたかさに打ちのめされている男たちを見るにつけ、その解決策を副題に示しているらしい。
 ダイレクトな語りが、この書籍の良さであり面白さであり楽しさでもある。

 

 

【ちょろい男】
 ちょろい男のまわりには、ちょろい女が群れる。きちんとした女性はきちんと襟を正した男性を信頼するものだ。どんな女を連れているかによって男の格も分かる。
 誰彼かまわずちょいちょいモテたいと望むのではなく、一番身近な、あるいはただ一人の女性から心から愛され信頼される男性こそが、結果的には多くの人から認められる。(p.19)
 当然。

 

 

【「だって~」女】
 「だって~」、「だってね、私だって」。話をかならず「だって」 から始める女性がいる。このタイプに弱い男性も多くいることだろうが、まあ、やめておいたほうがいい。つきあいはじめのうちは、なんだかカワイイと思うかもしれないが、それは誤解というものだ。わざと甘えて 「だって~」 と言うのは愛嬌だが、必ずそこから話が始まる女性というのは、言い訳をする女性である、言い訳だらけの女である。女が言い訳をする恐ろしさを多くの男たちは知らないが、それは、すごい。女の言い訳は巧妙だ。男には説明しても分からないだろうから説明を省かざるをえないほどに巧妙だ。(p.40)
 ふ~ん。
                【停滞するD音(だ・じ・ず・で・ど)】

 

 

【人間関係は文化と文化のぶつかり合い】
 男女間だけでなく、すべての人間関係は文化と文化のぶつかり合いであり、その融合でもある。あなたの持つ文化を大切にするためにも、女選びを間違えないでほしい。(p.43)
 んだ。
                【人それぞれ】
 
 
【引きこもりを直す方法】
 余談だが、引きこもりの子どもたちを韓国などの外国に連れていき、一定期間住まわせると治ってしまうというケースが報告されており、なぜ治るのかについてはまだ結論が出ていないが、とにかく治ってしまう例が多いために注目されているし、プログラムも組まれているようだ。(p.53)
   《参照》   『希望のしくみ』 アルボムッレ・スマナサーラ・養老孟司  宝島社
                【戦争中でも幸せ】

 

 

【日本の若者がダラダラしている訳】
 日本の若者がダラダラしている問題は、非常に根が深い問題だ。これについて語りだすと・・・中略・・・など、広範な議論になってしまうが、・・・中略・・・。
 まずは学習意欲についてだが、勉強が好きな子どもは例外なく読書好きである。そして、本を読まない親の子供が読書好きになることはまれである。
 父親は 「読書」 をしているか?
 ・・・中略・・・。
 家庭での会話に社会性がないのに、子どもに社会性を持てと言っても無理な話である。かくして、子どもはどんどん自分にひきこもる。これがダラダラの主な原因だ。(p.96-97)
 基本的な愛情に満たされていて、父親からの社会的なインセンティブが与えられれば、子供がひきこもることなどないと思う。それでもやはり、現在の日本は、社会構造的な問題がかなりのウエイトを占めている。

 

 

【強くなる意志】
 今の日本男子に、強くなろうという意思が欠けているように思えるからだ。強い人間は最初から強いわけではない。望む自己イメージを高く持ち続け、いつの間にかまわりが強いと認めるだけだ。戦後女性が強くなったと言われるが、それは多くの女性はその意志を持ったからである。しかし、男性はここ20年ほどは強くなろうと望まなかったかに思える。(p.54)
 確かに、そうなのだろう。それにしても、家族コンサルタントをしている著者の実体験として、この書籍に記述されている男性たちの “腰の引けた様子“ を読んでいて、「男たちは本当にこんなに軟弱になってるの?」 と私は驚いている。たとえば、こんなん・・・・・
 常々、夫たちのこづかいが少なすぎると私は感じている。
 ・・・中略・・・。たまにタクシーで帰宅した料金は会社の経費と認められず、こずかいでまかなえなくて、怖い顔をした妻に頭を下げて頼まなければならない、洋服や靴代は家計費から出るが、妻は 「選んで」 買うのではなく、これくらいのものを着ておくようにと 「与える」 ように買う。まったくひどい話だ。辛抱強い夫ほどひどく搾取されている。
 かたや妻たちは、・・・中略・・・、ホテルのバイキング、・・・中略・・・、日帰り旅行も楽しんでいるのだから、せめて感謝の言葉くらい伝えて当然だろう。(p.60)
 可哀そうに・・・。
 
 
【「三高」 ではなく 「三低」】
 今の時代、結婚相手に求められるものは 「三高」 ではなく 「三低」 なのだという。
 それは、低姿勢・低依存・低リスクである。女性に対して自分を誇示せず提案しない腰の低さと、ひとりで家事もできる自立性、安定した職業でリスクのない生活が求められているのだ。・・・中略・・・。平たくいえば、私の自由を奪わない、私の生き方を邪魔しない男性がいいと言っているのである。(p.73)
 「三低」 でなくとも、相互に自立した関係なら目的は達せられるであろうに。

 

 

【引きうける気概なき脆弱さ】
 男というものは、何かを引き受けてこそ値打ちが出るものだと思う。
 チェ・ゲバラがヨーロッパでカッコイイと支持されている理由は、ちょい不良だったからではなく、世界を引き受けたからなのだが、そこまでいかなくても、・・・中略・・・、子供の一人も引き受けることのできない男に、ホントのカッコよさが身につくとも思えない。
 ちょい不良オヤジを気取るディンクス・オヤジには申し訳ないが、彼らにはニートな若者たちと似た匂いを感じる。つまり、自分以外の何ものも引き受けようとしない、どちらもある種の脆弱さがあるが故である。(p.69)
 言えてる。 (世界中で 『チェ・ゲバラ』 人気が高まる理由の背景には、アンチ・アメリカの風潮もある)

 

 

【専業主夫から子供たちは何を学ぶのか?】
 専業主夫である父親から子どもたちは何を学ぶのだろう? そこが気がかりでしょうがない。男は男らしく、女は女らしく、父親は父親らしく、母親は母親らしく、そんな描き方をされる韓流ドラマに日本女性がはまるのは、そっちのほうが正しかったんじゃないか、と潜在的に感じ取っているからだ。・・・中略・・・。専業主夫になる前に、まずはカッコいい男になってくれ。(p.90)
 タイトルの背景として最も色濃いのは、この記述かな。

 

 

【経済と性欲の関係】
 英国のコンドーム・メーカーであるデュレックスが2005年、世界41カ国を対象に行ったセックスに関する調査によると、セックスの頻度が高いトップ3は、ギリシャ、クロアチア、セルビアとモンテネグロ(同率)。1位のギリシャは年間138回もしている。日本は世界最低の年45回。・・・中略・・・前回調査で一位だったフランスは120回で今回は5位に転落。世界平均は103回。(p.125-126)
 日本人は昔から淡泊だったとも言えない筈である。
 それにしても、世界の最下位というのは、ちょっと意味深。
 まるでバブル崩壊による日本経済の縮小とともに男性も縮小し、性欲はどんどん減退してしまったかに思える。
 夫婦のセックスレスよりも男性の性欲減退のほうが大きな問題だ。なぜなら、健全な性欲があってこそ、健全な精神を保てると感じるからだ。・・・中略・・・。
 そして、生に対するイマジメーションは経済も牽引する。戦後、最も求愛文化が花開いたのはバブルのころだったろう。若いのに女性にモテたいと思わない男性は、生活文化全般が貧弱なものになる。結果、経済は浮上しない。(p.127)
 ドイツ人経済学者である ヴェルナー・ゾンバルトの著作 『恋愛と贅沢と資本主義』 の論旨に反論できないから、上述の文章は基本的に正しいのだけれど、現在の日本人の多くは “恋愛” も ”贅沢” も精神的に飽和してしまっているように思えて仕方がない。
   《参照》   『いま大人に読ませたい本』  渡部昇一・谷沢永一  致知出版
              【『恋愛と贅沢と資本主義』】

 だからこそ思うのだけれども、日本は、21世紀にありうべき最も新たなかつ模範的な経済構造を、世界に先駆けて作り出すのではないだろうか。
 
<了>