《前編》 より

 

 

【カトリックとプロテスタント】
鹿島  セックスの聖地とされていたフランスはポルノ解禁は最後でしょう。ラテン系の国はいずれも解禁が遅れましたが、それは、カトリックがポルノを敵視したためではないんです。男たちがみんなナンパ師だったから、ポルノが必要とされていなかったんです。
MJ  反対にアメリカにはポルノに強いニーズがあったんですね。
鹿島  実は、世界で一番最初にポルノを解禁したのは、スウェーデンやデンマークなどの北欧のプロテスタント国なんです。それから西ドイツが解禁して、次がアメリカ。プロテスタントの方がポルノ解禁を先行しています。つまり、結婚しないとセックスできない国であるからこそ、オナニー用のポルノが求められていたということです。(p.95-96)
 カトリックでは、懺悔すれば色事の「罪」も許されるから、ポルノはいらなかったらしい。

 

 

【セックスは子孫を残すための「義務」】
鹿島  表向きの謹厳な性道徳が支配している文化圏では、セックスから快楽を得ることが是とされるようになったのはかなり後になってからのことです。
 例えば、西洋のキリスト教社会では、セックスは、あくまで子孫繁栄のためとされていました。とはいえ、昔は死産率がとても高かったので、・・・中略・・・、ほかの異教徒の土地に攻め込んで、女を奪っては子どもを産ませていました。男はその場で殺されるか、奴隷にされたのです。・・・中略・・・。
MJ  ほかの民族の血が混じることに抵抗はなかったのですか?
鹿島  北の十字軍の場合、異教徒といっても元は同じゲルマン民族か、あるいはスラブ系ですから、それほど血が混じるという感覚はなかったでしょうね。ただし、アングロサクソン系は、征服地の女と交わるのを潔しとせず、故郷の女を連れて行っていました。映画『ピアノ・レッスン』で描かれていたように、自国から花嫁を取り寄せるという、「通販花嫁」のようなことをしていました。オーストラリア、ニュージーランドなどの「白豪主義」の国は典型的な例です。
MJ  そういえば、私もケニアに住んだときに感じたんですが、アフリカでもイギリスの植民地だった国には混血が少ないです。子づくりは同国人女性と、余生の恋愛相手は現地人と、と割り切る男性が多いですね。(p.119-120)
 「セックスは男の征服欲の現れ」みたいな安直なことを言う人がいるから、必ずしもそうではないことの根拠と実例を書き出しておいた。

 

 

【床入れの儀式】
 マリー・アントワネットは、国境に設けた小屋の中で、医師によって処女膜の検査をされてから輿入れされたと書かれているけれど、それだけではない。
鹿島  結婚の床入れの儀式というものがありました。
MJ  どのようなものですか?
鹿島  夫婦の寝室に両家の侍医が入ってきて、合体があったかどうか、きちんと見届けるのです。お嫁さんの侍医は、「入りました」という合体の確認をして、実家に報告する。
MJ  結婚初夜の一部始終を、侍医には“公開”ですか!
鹿島  王様がセックスの義務を怠ると、妻からの持参金を返さねばいけない。その持参金というのが領土であることも多いので、こういう確認が行われるのです。(p.123)
 王族のエッチは、いわゆる“カネ絡み”だから、非公開の自由はありません。

 

 

【セックスを楽しむなら愛人と】
MJ  夫婦の寝室は別で、子づくりに成功すれば、あとはそれぞれ自由に恋愛を楽しむというわけですね。
鹿島  それはキリスト教精神にも合致していました。キリスト教のセックスの教えは、「妻を愛人のように愛してはいけない」。つまり、妻とセックスを楽しんではいけない。「セックスは子づくりのためだけよ」ということです。要するに、結婚は聖なるもので、神に認められた夫婦だけが子孫を残すことができる、と考えられています。セックスを楽しみたかったら愛人とやりなさい、愛人となら楽しんでもしかたがない、と。キリスト教の教えを忠実に実行すれば、そうなるのです。(p.130-131)
 子孫繁栄のための聖なる行為といいながら、不倫文化を推奨していることになる。
 ヘンなの!
 あてがわれた相手を拒否できない血族主義やら政略結婚の現実を回避するために考え出された男の側の詭弁的教学解釈だろう。

 

 

【男尊女卑の元祖】
鹿島  ナポレオンが民法典(1804年制定)を作ったときに、それまでは持参金があれば妻の権利がとても強かったのが、妻は夫の承諾を得なければ、息子、娘に自由に自分の財産を渡すことができないように改められました。ナポレオンは女の権利を認めず、女性の地位を弱めたのです。近代の女性の抑圧の原点はナポレオンにあったということです。
MJ  ナポレオンがフェミニストの宿敵ったとは。なぜそのように法を変えたのですか?
鹿島  ナポレオンは、「女は子どもを産む機械だ」と考えていたからです。
MJ  聞き覚えのあるセリフですね・・・。考えてみれば、日本も、明治政府はナポレオン法典を手本にしたそうですし。
鹿島  ナポレオンは男尊女卑の元祖です。 (p.135-136)
 だからと言って、ナポレオンを槍玉にあげて女性の権利の回復を主張しようとしても、本来の女性性は回復しないことを知っておいた方がいい。
    《参照》   『アシュタール×ひふみ神示』 宇咲愛 (ヒカルランド) 《前編》
              【女神性の中には「委ねる」という性質がある】

 

 

【お稚児趣味】
MJ  今の日本も、セックスを描いた漫画とかアニメとかがあふれていて、凄く性欲が強い国民ではないかとヨーロッパ人は思っている。でも実はセックスレスが問題になっていると言うと、「えっ、信じられない」と驚かれます。
鹿島  伝統的に日本はセックス自由な国なのです。

 唯一、江戸時代には、武士階級や一部町人階級に、処女性を重んじ、人妻の不倫を断罪する傾向がありました。しかし、キリスト教社会では絶対的な禁圧の対象となっているオナニー、アナルセックス、フェラチオ、男色などには、何も刑罰がありません。
MJ  全部、OKということですか?
鹿島  OKだったんです。では、武士階級はどこで性欲を発散するのか。この問題の解決のために生まれたのが「衆道」、いわゆる「お稚児趣味」です。合戦に出るとき、武士たちはお稚児さんを連れて行って戦場で性欲処理したのです。
MJ  男同士の恋愛ですか!
鹿島  これは濃密でした。 (p.150-151)
 だからと言って、これをホモはレズより多く存在する理由にすることはできない。このような傾向は、日本だけでなく世界共通である。
    《参照》   『エンタメ通訳の聞き方・話し方』 小林禮子 (PHP新書)
              【ブロードウェーでは楽屋は3つ】

 ホモがレズより多いのは、男性の脳が女性脳よりバーチャルを受け入れる視覚脳傾向が強いからだろう。

 

 

【薩摩藩の「郷中」制度】
鹿島  司馬遼太郎が『翔ぶが如く』で触れている薩摩藩の伝統的な若者組織「郷中」は、実は、「衆道」の実践の場だったんです。西郷隆盛も大久保利通も「稚児」のときには掘られ、「二才」という年長組に回ったときには掘っていたはずなんです。それがルールだったんですから。これはパプアニューギニアなどでつい最近まで残っていた少年のイニシエーションの習慣とよく似ています。(p.153)
 これを読んで、ドキッ!
 下記リンクのコメントを書いた時は、「郷中」が「衆道」の実践の場だったとは知らなかった。
    《参照》   『「愚」でもいい「直」に生きる』 武田鉄矢 (青春出版社)
              【東郷平八郎が強かったワケ】

 

 

【昔のエネルギー理論?】
鹿島  昔のエネルギー理論で言えば、精液が出ていくとエネルギーが衰えると考えたのです。・・・中略・・・。夫婦生活もやりすぎると、旦那は腎虚になって、早く死んでしまう。女性の排卵と同じ思想なんです。女性の排卵は数に限りがあって、全部出し終わったら閉経になりますからね。・・・中略・・・。昔は、男も同じだといわれて、精液は出し惜しみしろと命じられた。貝原益軒さんが『養生訓』(1713年)で言っている、「接して漏らさず」です。(p.182)
 昔のエネルギー理論ではなく、今も100%通用する理論である。
 オナニーやセックスにばかり耽っている人間は、本当にアホ顔をしているし、実際にアホなのである。そういうアホ顔と話してみれば、本当に教養がないことが分かるはずである。そこまでスカスカの中味で生きるくらいなら、童貞を貫いて頭の中味を高めるべきだろう。
    《参照》   『ロングヘアーという生き方』 みうらじゅん・高見沢俊彦・リリーフランキー (扶桑社)
              【Keep on 童貞】
    《参照》   『霊止乃道』 内海康満 (たま出版) 《後編》
              【性の真実】



<了>

 

  鹿島茂・著の読書記録

     『セックスレス亡国論』

     『破天荒に生きる』

     『ぼくたち、Hを勉強しています』